14『危機』
アムールと別れると、ブランテはヴァーノンの家へ帰り荷物をまとめた。勿論、ヴァーノンの家から出ていくためである。
「どうした、急に……事が済むまで此処に居たっていいんだぞ?」
「いいや、そういうわけにはいかねえよ。元々、足が治るまでって話だったしな」
「だったら尚更だ。まだ治ってないだろう」
ブランテが軽い調子で言うと、ヴァーノンは険しい顔つきになってブランテの足を見た。矢で貫かれたのが簡単に治るのならそう苦労しないはずだし、わざわざフィービーが魔力を使って治療するなんてこともなかっただろう。
「会ったばかりだから詳しくは知らないが、お前は自分の身体を蔑ろにし過ぎなんじゃないか? 若いんだから、もっと自分は大事にしろ」
ヴァーノンの言葉に、ブランテはくすぐったそうにキヒヒと笑った。こうして自分を説教するのはネロかロドルフォぐらいなものだが、いつも無茶をして怒られているのはネロだから、実際ブランテが怒られたことはほとんどない。ネロはいつもこんな気分なのか、とブランテは反省せずに親友の気分を味わうのだった。そして勿論、意思は揺るがない。
「大丈夫だよ、ちゃんと動ける――」未だ顔をにやつかせたまま、ブランテは誰もいないところへ蹴りを放ったり、その場でバック宙を披露して見せたりする。「――ほらな?」
確かに、その動きはなんの問題もないように見えた。ブランテの表情を注意深く観察してみても、痛みを我慢しているようには見えない。それに、どう言ったところでブランテの意思が曲がることは無さそうだ。そのことを諦めたように確認すると、ヴァーノンは「いつでも戻ってきて構わないからな。頼ってくれ」とだけ言うのだった。
「ありがとう、ヴァーノン。世話になった」
ブランテは笑顔で手を振った。
◇
ヴァーノンの家を後にし、ブランテは一人森へと足を進める。フィービーに連れられてアムールと出会った森とは別方向の、フィネティア軍の基地が近い森だ。
森が近づくにつれ、ブランテの目付きは鋭く、神経は尖っていく。
森の入り口まであと僅か。そんな地点まで来ると、ブランテは腰につけたブロードソードに手をかけ、勢いよく身体を反転させると、その回転を利用しながら地を蹴り跳んだ。
一回、金属音が高く鳴り響くと、ブランテは宙返りをして音の発信源から距離をとる。
「いつ、気付いた?」
「さあ、いつだろうな」
剣を構えたフィネティアの騎士に問われると、ブランテは軽く笑いながら返した。そこに普段の軽さは何処にもない。それどころか、余裕もどこにもなかった。
ブランテが騎士に気づいたのは余り早い段階ではなかった。むしろ遅かったと言える。もっと早くに気付けていれば、失態をさらさずに済んだのに、と後悔する程度には遅かった。何せ、気づいたのは今日アムールと会って話している最中だ。騎士がブランテを尾行していたのはもっと前からだった可能性が大いにある。
「一応訊いておこうか。何で俺なんかをつけてるんだ?」
もっとやることがあるんじゃないか、と皮肉を込めてブランテは問う。すると騎士はそんなブランテに哀れみを込めた視線を送りながら淡々と返した。
「フィーニス様の命令だ。お前が単独行動を取り始めてからずっとそうするように言われていた」
「ははぁん……あの野郎」
それを聞いてブランテは苦々しい笑みを浮かべるしかなかった。つまり、フィーニスは最初からブランテを信用していなかったのだ。むしろ、裏切るだろうという確信を持っていたことになる。そうでなければ、シャンテシャルムに居ないフィーニスの命令がこんなに早くシャンテシャルムに届いて、実行するなんて事が出来るわけがないのだ。
「最初から俺を処分するつもりだったってことかよ」
低い声で呻くようにブランテは呟く。こんなことなら毒入りの紅茶を飲んでおけばよかっただろうか。そんなバカなことを思う位にはこの状況はどうしようもなく救えなかった。
「今まで襲ってこなかったのはヴァーノンたちが居たからか」
「ああ、その通りだ。彼らは強い。魔術でこられてしまえば、こちらは打つ手がないからな。実際そうだった。もう少し時間があれば、数で攻めるつもりだったがな」
実際やったのかよ、と軽口を叩く余裕はブランテにはない。目の前の騎士以外にも気配を感じるのだ。いつ襲われるのかは分からない。
「悪く思うなよ、ブランテ・エントゥージア。お前にはここで死んでもらう。裏切ったお前が悪いんだ」
騎士は言う。その言葉の響きが、まるで自分に言い聞かせるようなものだとはブランテは気付かない。そんなものに意識を割いている余裕はない。いつどんな攻撃が来ても大丈夫なよう、すべての神経を張り巡らせていた。
「ッ、ぐあッ」
にも拘らず、ブランテは先手を打たれてしまう。
「今度はナイフかよ……ッ! しかもどんな肩の力だ!」
愚痴るように叫んで、ブランテは自分の右肩に刺さったナイフを抜いた。何処から投げられたのかは分からない。どうやら群を抜いて隠密性に長けた騎士がいるらしい。
「く、そッ!」
右肩を負傷したため、右腕をうまく使うことが出来なくなったブランテは防戦一方になるしかない。ナイフを合図に襲い掛かってきた騎士たちに、利き腕ではない左腕でブロードソードを操り立ち向かうなんて技術は流石のブランテにもなかった。足技で対抗しようにも、いつの間にか剣を持って襲い掛かってくる騎士が二人に増えているため上手くいかない。片方を蹴っている間に片方に蹴られてしまいそうだ。おまけに相手は鎧を着ている。蹴れば逆にこちらがダメージを受ける可能性だってあった。
一人になったのは失敗だったか、と後悔する。だが、こうでもしていなければヴァーノンたちやアムールなどを巻き込んでいた。シャンテシャルムに来てから、一人にならざるを得ない状況を着実に作られていたのだ。
「ぐッ!?」
左の脇腹が地を吹く。同時にブランテの動きが止まり、二人の騎士の剣がブランテの首に向けられた。決着はあっけない。どうやら詰んでしまったみたいだ。
完全にしくじった。ブランテは酷い後悔に押し潰されそうになりながら、目を閉じた。そしてネロにまだ手紙を送っていなかったな、なんてことを考える。この状況はもう諦めるしかなかった。
「ギャッ!?」
「ぐぁッ!?」
しかし、諦めてないやつが他にいた。




