11『勇者』
エルフの少女はフラヴィと名乗り、ブランテを近くの森の中へと案内した。
その森は鬱蒼と木が生い茂っている訳ではなく、適度に日の差す明るい森で、吹き抜ける風と木漏れ日がとても心地よかった。今が戦争中であることを忘れさせるような、そんな静かな場所。こういう場所は、なんとしてでも守らないとな、とブランテは思うのだった。
「それで? えっと……フラヴィ、何処まで行くつもりなんだ?」
鼻唄混じりに前を歩くフラヴィに問い掛けると、フラヴィはくるりと半回転し、くりくりとした目をブランテに向けた。それから「そーだねぇ……」なんて考える素振りを見せる。
「……まさか、行き先は決まってないのか?」
「んーん、そうじゃないよ。行き先はこの森だもん。ただ、どこで待ってようかなーって。この辺でもいいと思う?」
無邪気な少女の問いかけにブランテは思わず「俺に訊くなよ」と突っ込んでしまう。するとフラヴィはカラカラと笑って「だよねー」なんて言った。正直言って、かなり不安だ。本当に彼女についてきてしまって良かったのだろうかとブランテは今更ながら後悔してしまう。
「それじゃーこの辺にしちゃおうかー? 時間的にはいい感じだし、そろそろだとは思うんだよねー。あ、ブランテさん、とりあえず、はい」
フラヴィは無邪気な笑顔のままブランテに手を差し出す。何を求めているのか掴めないブランテが首をかしげると、フラヴィはブランテの右手を掴んで「はい、握手」と強制的に握手をしたのだった。
そして次の瞬間、ブランテは激しく背後の木に叩きつけられる。
「か――かはッ!?」
背中を強打したことで肺の中の空気が一気に押し出され、一瞬息が出来なくなる。敵襲に気付けず、後手に回ってしまった自分を恥じつつブランテはフラヴィの身を案じるが、彼女の姿を確認する前に強い力で地面に押さえつけられた。ぐしゃり、という効果音がとても似合っていただろう。
「うッ……ぐ、う、うぅ……ッ」
押さえ付ける力はどんどん強まり肺を圧迫する。重力魔法だろう。木に叩きつけられた衝撃で只でさえ空気を失っていたのに、ここでだめ押しとばかりにブランテから酸素を奪っていった。酸欠のため段々脳がぐらぐらと揺れ、重力魔法に抵抗していた身体も力を失っていく。
「もう大丈夫ですよ、エルフの娘! わたくしの目が届く範囲では誰一人として襲わせません!」
凛とした女性の声が響く。聞き覚えのない声だったが、とても真の強い女性だ、とブランテは思った。そして、きっと美しいのだろう、とも。そんなことを考える余裕などどこにもないはずなのだが。いや、余裕がどこにもないから、抵抗することを諦めてされるがままになることを選び、どうでもいいことを考え出したのかもしれない。
彼女が言った言葉を何度か頭の中で繰り返すと、彼女はフラヴィを守ろうとしたということが分かった。こんなときにフィネティア人と二人きりで居れば勘違いするのもおかしくはないだろう。自分が襲われてしまうというのは何とも困った話ではあるが、しかしフラヴィは安全だろうと考えられるので、ブランテは一先ずそこに安心した。
ミシミシという嫌な音が全身から聞こえてくる。その内、全身の骨が砕けて死んでしまうかもしれない。こんなところで、戦争に何かを仕掛けることも出来ずに死んでしまうなんて、ネロたちになんて言い訳をしたらいいのやら、なんてブランテは苦い笑みを浮かべた。
「笑っ……!? フィネティア人、貴方の狙いはなんですか!?」
ブランテの顔を見て若干の恐怖心が芽生えたらしく、鋭い女性の声がブランテに飛ぶ。しかし、重力魔法で押さえつけられ全身をくまなく潰されそうになっているブランテは声を出すことはおろか、呼吸することすらままならない状況であるため、その声に応えることはできない。
「……魔力抵抗が無さすぎますね。これだけで反応も出来ないなんて」
無反応のブランテから察したらしい。彼女はそう言って重力魔法を緩めた。すると圧迫されていた肺が一気に解放され、空気が取り込まれていく。
「っぷぁッ!! ……ッは、ッはぁ……」
荒い呼吸を何度か繰り返す。汗がどっと流れ出し、今までが相当危険な状況であったことをブランテに自覚させた。
「ダメぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
「……子どもの声?」
さて、何処から話して弁解したものか、なんてブランテが考えていると、後方――ブランテとフラヴィが来た方向――から子どもの叫ぶ声が聞こえた。声は段々近付いている。しかもかなり速い。走っているようだ。
「このおにーちゃん、虐めちゃ、ダメ!」
声の主はブランテと女性の間に入って鋭い声で言う。重力魔法に逆らって、ほんの少しだけ首を動かすとブランテを守ろうと両手を広げる少年の小さな背中が見えた。見覚えがある。
「り――リオネル」
ブランテに名前を呼ばれると、リオネルは少しブランテの方を向いて笑顔を見せる。その顔を見てブランテは、頼もしい勇者様だ、と思わず笑みをこぼした。




