07『行動開始』
シャンテシャルムに着くとブランテは嫌な事実を知らされることになる。
「……どういう、ことだ……?」
シャンテシャルム人は自ら攻撃を仕掛けない。襲い掛かってきたフィネティアの騎士から身を守るために力を使うが、これはどこからどうみてもフィネティア側の一方的な暴力だった。
フィネティア側はシャンテシャルム人を今すぐここで殺してしまうわけではなく、ある程度弱らせて気絶させたところで拘束して基地に連れ帰っていた。恐らく、拘束されたシャンテシャルム人が戻ってくることは二度とないだろう。ネロと考えたことが現実味を帯びてしまい、吐き気がする。
悩んだ末、ブランテはシャンテシャルムに着いてから三日目にフィネティア側を裏切るという決意をした。戦争が終われば帰ることができるのだから、こんなふざけた戦争擬きなど終わらせてやろうと思ったのだ。シャンテシャルムの敗戦ではなく、フィネティアの敗戦という形で。そうでもしなければ、フィネティア側の一方的な暴力は続き、いつまで経っても名ばかりの戦争は終わらないと思ったのだ。
フィネティア軍のキャンプにいたブランテは、騎士たちに「自分の指命を全うしてくるから別行動になる」と適当なことを言いキャンプを後にする。
「王女と話ができたら早いんだけどな……」
そんなことが簡単にできるのならフィーニスは自分に依頼など出していないだろう。忍び込もうものなら魔術で押さえつけられ処刑されるのがオチだ。魔術に関して知識がないフィネティアにはそれを防ぐ術がないから、騎士を使って王女を思い通りに動かすのを諦めたのだ。恐らく、既に誰かが実践して痛い目を見た後のはず。そうなると、なんとか友好的に話せるよう信頼してもらわなければならない。この戦争真っ只中の国でそんなことが可能だろうか? ましてや、敵国の男相手に。
既に詰んでいるような気がして、ブランテはため息をついた。思考を一旦中断して前を見ることにする。
「ッ!」
思考を止めたことによりスッキリした頭は勝手に身体を動かす。
ブランテの前で起ころうとしていたのは、人間のものではない耳を生やした幼い少年を、フィネティアの弓兵が射殺すという残酷なもの。幸い、弓兵はまだ弓を構え始めたところだ。間に合う。そう信じて、ブランテは少年の元へ全速力で駆けていった。自分の目の前で誰も殺させはしないという強い意思をもって。
「う、お、おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
自分の持つ力を最大限に使ってブランテは一気に跳ぶ。少年を矢から守ること。ただそれだけを考えて手を伸ばす。何が起こっているのか状況を理解できない少年は、突然跳んできたブランテに目を丸くし身を固くした。
ブランテと少年がぶつかった瞬間に一度だけ強い衝撃が二人を襲う。少年にぶつかっただけではフルスピードで走って跳んだブランテの勢いなど止まるはずもなく、少年の後ろに広がっていた深い茂みの中へ二人は突っ込んでいった。
「あー……しくじった……」
腕のなかに少年がいることに安堵しつつ、ブランテは痛みに顔を歪める。
「ッ……微妙に間に合わなかったか……」
右足を動かそうとすると、何かが地面にぶつかりブランテに激痛を与えた。運よく深い茂みの中へ入れたお陰でさっきの弓兵には暫く見つかることはないだろうが、これではここからまともに動くことができない。愛用のマントを置いてきているため止血帯になるようなものが無いことを恨みながら、ブランテは右足に刺さった矢の対処方法を考えた。
痛みで思考を邪魔され、何も思い付かないでいると腕の中でもぞりと少年が動く。
「あー、悪い。怪我はないか?」
抱き締めたままだったことを忘れていたブランテは、少年を解放しながらそう訊いた。しかし少年はすっかり怯えてしまっていて言葉を発することができない。見たところ、怪我は無さそうだが。
「怖いよな、ごめんな」
ブランテの横にちょこんと座ったまま動かず半泣きの少年に謝りながら、せめて頭でも撫でて安心させてやろうとブランテは少年に手を伸ばす。
そこに、ヒヤリとした感触が首に当たった。
「息子に汚い手を向けるな」
頭上から厳しい声が降ってくる。
「くたばれフィネティア人」
嫌悪がたっぷり込められた罵倒の言葉に、ブランテは自分の現状が詰んでいるどころか既に終わっていることを知ったのだった。




