05『逃避』
いつまでも嘆いていたって現実は変わらない。ただ限られた時間を無駄に浪費するだけだ。
ブランテは自分にそう言い聞かせて、フィーニスの依頼の内容を確認することにした。そしてスメールチの言った言葉が現実にならないよう、生きるための手段を考えることにする。
「……ちょろまかせそうねえな……当たり前か」
内容を確認してブランテは深く息を吐いた。
依頼の内容は至って単純で、シャンテシャルムの王女に、後で渡す紙の内容を頷かせること。この時点で既に厳しい依頼なのだが、『依頼が達成されるまで帰国を禁ずる』なんて無茶苦茶な追記がブランテに絶望感を与えた。適当に誤魔化して帰国した日には散々追い回されどつき回された挙げ句、海に沈められてしまうのだろう。フィーニスならやりかねなかった。
「やるしかないってか……」
ガシガシと頭をかきながらブランテはぐしゃりと手紙を握り潰した。それから、どうこの事をネロに伝えるか考える。依頼状に書かれていた日程では明日には出発しなければ間に合わない。フィーニスは考えたり悩んだりする余裕すら与えなかったのだ。
クリムは明日には目を覚ます的なことを言っていたが、実際それはネロ次第でどうなるかは分からない。出発までに言葉を交わせるかも怪しい状態だ。
さて、どうしたものか。
悩みに悩んだ末、ブランテはネロと話すことが出来なかったら手紙を書いて置いておくことにした。全部、ネロが起きるかどうかそれ次第だ。行き当たりばったりかもしれないが、できる限り現実を直視したくなかったブランテの心境的には、これが一番の方法だった。
◇
眠れない夜を過ごし、翌日を迎えると、昼頃ブランテはネロの家へ向かった。するとそこにはクリムだけでなくロドルフォもいる。
「ったく、こんなぐーすか寝ちまってよ」
なんて言いながら、若干口許を緩ませてロドルフォは眠っているネロに文句を垂れている。入り口に立っているブランテに気付くと、手をあげて「おかえり」なんて言ってきた。だからブランテはそれに素直に「ただいま」と返す。
「お疲れさん。仕事だったんだって?」
「そうそう。ひっさびさに依頼が来たんだ」
「良かったな、ニート脱却できて」
「なんだと」
和やかな雰囲気で二人は会話を交わす。
会話をしながら、ブランテはカウンターに座った。ロドルフォに「そんなところに座るなよ」と注意されたがそれを無視する。
「ロドルフォはなんでここに? 引きこもりは?」
「ちょっと嬢ちゃんに話を聞きたくてな」
なにかを含ませた言い方にブランテはすぐピンときた。十中八九、その話題はクリムが魔女だという話だ。ネロが目を覚ましたら話すとか、クリムはそんな約束を取り付けたのだろう。だからロドルフォはここにいて、眠っているネロに文句を垂れながら待っている。
ブランテはそうなった経緯を思考する。幾つか考えてみたが、しっくり来たのは一つだけだった。
「ネロのために力を使ったってことか……」
「あん? お前知ってたのか?」
「あー、うん。最初から薄々ってのと、ネロに相談されたので」
ロドルフォには他人の魔力が分かるようになったとかそういう話はしてある。その話をしたときは、危険なことはするなと随分心配されたものだ。ブランテはその記憶を懐かしむ。今ブランテが置かれてる状況をロドルフォに話したらどんな反応をするだろうか。同時にそんなことを考える。
チラリとロドルフォの顔を見る。今ではすっかりはげてしまったが、騎士団に所属していた頃はしっかり髪の毛が生えていた。騎士団をやめた直後のロドルフォはとても沈んでいて、当時はわかろうともしなかったが、今なら当時のロドルフォがどれだけ辛い思いをしてストレスを抱え込んでいたかということが分かる。だからといって、あの日ロドルフォを殴り飛ばしたことを反省するわけではないのだが。
そんな騎士団に対し苦い思いを抱いているロドルフォに、騎士団から依頼があったなんて話をしたらどうなってしまうのだろうか。考えたくもない話だった。更にフィーニスのことを考えると、余計に話すわけにはいかない。十年前、ロドルフォとフィーニスが会っていた可能性は大いにある。
そんなことをぐちゃぐちゃと考えていると、何処からか小さなうめき声が聞こえた。その声のした方を見ると、ソファーで眠っていたネロが目を開いて顔をしかめている。
「あー、やっとお目覚めかよネロちゃん」
二週間ぶりの再会を喜ばしく思いながら、明日という現実から目を背けながら、ブランテは明るくそう声をかけた。




