04『親友』
トリパエーゼに帰ってきたブランテは、自宅によらず真っ先にネロの店へ向かった。一刻も早くネロのパニーノが食べたかったのだ。しかし、その願いは叶わない。
「あ、ブランテ…………ブランテッ!?」
とても機敏な動きでクリムに二度見された。はて、そんなに驚くようなものだろうかとブランテは首をかしげる。それからとりあえず「こんにちは」とクリムに挨拶をしてみるのだった。
「あ、こ、こんにちは……って違うの! そんな悠長な挨拶は求めてないの!」
こんな反応をするだろうと思っていたブランテはやたらと動くクリムを見てカラカラと笑った。動揺しているのがよくわかる。実にからかい甲斐のある状態だ。あまり遊んでいると本気で怒られそうだからやらないけれど。
「で、ネロはなんでこんなところで寝てんだ? 二日酔いか?」
ブランテは店に入ってからずっと気になっていたことを訊く。ソファーで眠るネロはどこかぐったりとした様子だった。
「えっと……その……」クリムは少しだけ言いづらそうにした。「喧嘩、しちゃって……」
「……え、クリムちゃんがネロをフルボッコに?」
「いや、そんな力は流石に……無くはない、の」
「えっ」
「そ、そうじゃなくて!」反応に困っているブランテにクリムは慌てたように言った。「あの、筋肉がすごい人……えっと、キンニクダルマって呼ばれてたような……?」
ジェラルドの名前を覚えていなかったクリムは視線をさ迷わせて名前を思い出そうとする。しかし名前は出てこなくて、特徴で伝えようとしたのだが筋肉しか出てこなかった。
「ああ……ジェラルドか」
筋肉だけで十二分に通じたブランテは少し心配そうにネロを見た。ネロが喧嘩をするというのは珍しい話ではないが、こうしてぐったりと眠るほど喧嘩をすることはほとんどなかった。ましてやジェラルドと一対一で喧嘩をしたことなんてほとんどないはずだ。ネロには悪いが、体格差的にジェラルドに勝てるとはブランテは思っていなかった。
「もしかしたら、明日まで目を覚まさないかもしれないの……」
「そうか」
申し訳なさそうに言うクリムにブランテはそれだけ言って店を出ようとしたところで「ところで」と思い出したように言った。
「ネロとは仲直りできたか?」
「え?」
「できてんならいいんだ」
クリムがここにいるという時点で分かったようなものだが、ブランテは敢えて確認するように言って、クリムの反応を見て満足げに店を出ていった。表情が暗くならなかったから、仲直りは無事にできたと確信を持ったのだ。
「……問題は俺、だよなぁ……」
ブランテは家に向かって歩きながらスメールチとの会話を思い出していた。フィーニスは必ずブランテに何かをさせようとするだろう。それまでに残された時間があとどれだけあるだろうか。
「ちゃんと言わないと、納得してもらえないよな……」
もし戦争に行くことになったとしたら、そう考えたとき、一番心配なのはネロのことだった。ネロとブランテは物心ついたときからずっと一緒にいる。ネロが怒りっぽいのに喧嘩に弱いことも、気丈に振る舞っているけど本当は寂しがりやなことも、ネロのことなら自分が一番詳しいと自負している程だ。だからこそ、離れてしまったときにどうなるか分からなくて不安になる。いくつになってもネロから離れることの出来なさそうな自分にブランテは思わず苦笑した。
「……はは、思い切り怒られるだろうな」
ただ、何もかもをネロに言っているわけではない。隠していることは山ほどある。残された時間のなかで、少しずつ話していこうとブランテはそう決意した。隠していたものを明かすというのは中々決意のいる行為だ。
しかし残念なことに、非常に残念なことに、ブランテのそんな決心はとても簡単に折れてしまうことになる。
「ははは……」
自宅につき、郵便受けに入っていた一通の封筒を見てブランテは渇いた笑い声をあげた。
この辺では見たこともないような紙質に変わったデザインのそれは、中に入っている文書が重要なものであることを示している。
「嘘だろ、おい……」
ブランテは顔を伏せ、壁に体重をかけながら一発、二発……とゆっくり力なくその壁を叩く。
次第に力は抜けていき、ブランテは地面に膝をつく。拳で地面を叩いてみたが、何をしたところで現実は変わらなかった。
「早すぎるんだよ……ッ!」
郵便受けに入っていた封筒。それは国からのお達し、つまりフィーニスからの依頼だったのだ。




