02『都にて』
それから七日後。トリパエーゼから都までの道中に何があるわけでもなく、ブランテは無事に依頼人を都に送り届けることができた。めでたしめでたし……とは、流石にならない。ブランテは不満で一杯だった。
「用はこれからなんだろ? 俺をここに連れ出して、本当は何がしたい? ……いや、そうじゃないな。そもそも、あんたは誰だ」
馬を降りると、ブランテは強い口調で依頼人に言う。ブランテの分の馬も用意していた男は、自らを商人と名乗った割にはそれらしき荷物を一切持っていなかったのだ。我ながら安い雑な罠に引っ掛かってしまったと、ブランテは一日目から後悔していた。
ブランテの言葉に男は口元をニィッと歪ませた。そして薄汚れたローブを脱ぎ捨てると、「賢いやつは話がはやくて助かるのである」と言った。
「私はフィーニス・アルビトリオ。この国の騎士を統べる程度の力は持っている。現在の戦争の指揮官も私である」
わざと権力を見せびらかしてブランテに重圧を与えるようにフィーニスは言う。悪巧みしかしていませんと、でかでかと書かれていそうなフィーニスの顔を見て、ブランテは小声で思わず「あちゃー……」と言うのだった。どのタイミングだったら、こうなることを避けられただろうか。なんて無駄な後悔も少しだけした。
◇
「正直なところ、私は貴様の腕前がどのくらいのものか見定めたかったのである」
応接間で二人は向かい合い、フィーニスは足を組んで紅茶を片手にそんなことを言う。組んだ足の上には猫がいた。フィーニスも猫も、かなりリラックスしている様子だ。
「モンスターを蹴散らしたという、その腕を見てみたかったのだがな」
やれやれ、と紅茶を飲みながらフィーニスは言う。それに合わせるように猫がにゃあと鳴いた。
一方で、ブランテは一瞬たりとも気を緩めない。フィーニスの足の上の猫が気になって仕方なかったが、なんとか緊張を保ちつつ、出された紅茶に手を出さないでいた。紅茶を運んできた女騎士の態度がほんの少しだけおかしいような気がしたのだ。相手は感情を容易に消せるようなプロの騎士であるため、その態度のおかしさも気付いたのが奇跡くらい小さなものだったのだが。
「しかし腕試しになるような賊も出てこなくてな……まったく、必要なときに出てこない」
襲ってくればついでに持ち帰れて一石二鳥だったものを、とフィーニスは愉しそうに言った。ブランテは生まれて初めて他人の愉しそうな顔に嫌悪感を抱いた。どうしたらこんな気持ち悪い笑みが浮かべられるのだろうと本気で考えた。ブランテはほぼ直感でフィーニスの本質を見抜いていたのだ。これは、他人を捨て駒としか考えていない種類の人間だ、と。
「何故固くなっている? 確かに私は権力者であるが、もう少し崩してもいいのだぞ。ほら、遠慮せずに紅茶でも飲んだらどうであるか」
「悪いが、俺はミルク派なんだ。ストレートじゃない」
「それは気が利かなくて悪かった。直ぐにミルクを持ってこさせよう」
そう言ってフィーニスは女騎士を呼び、紅茶のミルクと、ついでに猫のミルクを持ってくるように命じた。ミルクという単語に反応したのか、猫が呑気な鳴き声をあげる。
女騎士は直ぐにミルクを持ってきた。猫のミルクを床に置いた後、ブランテの前にも紅茶のミルクを置こうとする。ブランテはそれをわざわざ立ち上がって受け取ろうとし、そして
「あ」
ブランテが立ち上がった拍子にテーブルが動き、ティーカップが倒れて紅茶をこぼした。
「わ、悪い」
「いえ、大丈夫ですよ。私が片付けておきますから」
女騎士は柔和な笑みを浮かべ「これは今は必要ありませんね」とミルクを持って応接間を後にした。わざとやったのがバレただろうな、と女騎士の顔を思い出しながらブランテはフィーニスと向き合った。
「これも、俺の腕を試すためか?」
「なんのことだかサッパリである」
優雅に紅茶を飲むフィーニス。ブランテは一つため息をつくと、「とぼけるなよ」と言った。
「あんたは人に紅茶をすすめるようなタマじゃない」
根拠はなかった。ただの勘だけだった。でも、どうしても出された紅茶を飲んではいけないような気がしたのだ。
「ああ、さっきの女神様」
応接間を出ると先程の女騎士が待ち構えていた。ブランテが普段のナンパのノリで話し掛けると、女騎士は「誰が女神よ」と呆れたように笑った。
「ちゃんと、フィーニスがどういう人間なのか見抜けたのね」
ブランテの横を歩きながら女騎士はどこか安堵した様子で言う。「あの紅茶とミルク、毒が仕込んであったのよ」
そんな気はしていたが、改めて人の口から聞くと鳥肌が立った。あの男は、ブランテが毒を飲むかどうか、それを愉しそうに見ていたのだ。紅茶を飲みながら、本の続きをでも読んでいるかのように。
「じゃあそれを教えてくれた女神様にはちゃんと感謝しないとな。これから俺と食事でもどう?」
「呆れた、たった今貴方に毒を飲ませようとした男の部下を食事に誘うの?」
「部下って言う割には忠誠も何も無さそうだから大丈夫だろうなって」
根拠にもなっていないことを言われて女騎士はふふふと笑った。
「私はルーナ・コスタ。残念、貴方の身体がもう少し筋肉がついてたらナンパに応じたかもしれないのに」
「筋肉かぁ……」
ルーナの趣味を知り、ブランテは微妙な顔をしてしまう。筋肉ときいて、真っ先にジェラルドを思い浮かべてしまったのだ。ブランテはあんな筋肉だるまになるつもりはなかった。
「大丈夫だとは思うけど、十分用心して帰ってね」
「ありがとう」
別れ際、二人はこんな言葉を交わす。
「じゃあね、エントゥージア君」
「ああ、またいつか」




