01『出発前』
久し振りの依頼が来た。
それは奇妙な依頼で、依頼人の名前は書かれていなかった。
そんな怪しい依頼は受けることができないと思ったブランテ・エントゥージアは、依頼状を見なかったことにしようとした。が、そこで玄関のベルが鳴った。こういうタイミングの来客を無視すると、大抵ロクなことが起こらない。そう確信していたブランテは、渋々玄関の扉を開いた。
玄関に立っていたのは薄汚れたローブを見に纏った一人の男。彼は自分のことを商人だと名乗ったが、ブランテには男が商人という立場であることがどうも不釣り合いに見えた。もっと違う、いい位についているような人間だ。ブランテはそれを直感で感じ取っていた。
「あんたがこの紙を俺に出したのか」
「そうである。貴様の腕を見込んで頼みたい」
やけに偉そうな依頼人だ。
偉そうな依頼人はブランテの返事も待たず、こう続けた。
「私をここから都まで警護してほしいのである。馬でだ」
「馬……?」
トリパエーゼには、トリパエーゼと都までを繋ぐ鉄道がある。鉄道を使えば都まで一日もあればつくだろう。そんな距離を、男はわざわざ七日はかかる馬で行くと言う。ブランテはスッと目を細めた。なにか裏がある。そう確信したが、裏までは読むことができない。受けるべきか、否か、睨むように依頼人を見ながらブランテは考えていた。
そんなブランテの視線に気付いてか気付かないでか、依頼人は言う。
「ちなみに貴様には拒否権が無いと思え。依頼ではなく、命令であるな」
男にどんな権力があるのかブランテは知らない。しかし、厄介ごとに巻き込まれたということだけははっきりとわかった。
「……いいぜ、いつ行けばいい?」
「明日だ」
ニヤリと笑った依頼人とは対照的に、ブランテは深いため息をついた。
◇
暫く帰れないことをネロに伝えようとネロの店に行くと、店ではかなり凹んだ様子のネロがしょぼくれた表情でグラスを拭いていた。おいおい、分かりやすすぎるだろ、とブランテは思わず心の中で突っ込んでしまう。
「よう、ネロ。なんかあったのか? 例えば、クリムちゃんとか」
「…………」
軽く壁の内側をノックしてからブランテは店内に入り、当てずっぽうで問い掛けてみる。ネロは何も答えなかったが、目を少しだけ開いてブランテの問い掛けが正しいことを意味した。別に、本人が意図的にやった行為ではないのだが。
しかし図星をつかれたからといって正直に白状するような男ではないネロは、沈んだ表情のまま、右手だけでカクテルを作り始めた。かなり雑な手つきだ。
「……ネロ、いい加減話せよ。クリムちゃんは?」
雑に作られたカクテルを飲んでから、しびれを切らせたブランテはそう切り出した。
「……わかんない」ネロは観念したように目を閉じて話し出す。「なんか、怒らせたっぽい」
「今日、クリムの花畑に行ったんだ。……そしたら、クリムが花を生み出してて」
ネロの説明にブランテは全くついていけない。クリムが少なくとも常人よりも多い魔力を持っていて、恐らくシャンテシャルム人だろうとは思っていたが、花を生み出すという予想の斜め上をいく言葉がここで出てくるとは思ってもみなかったのだ。
「不老不死の魔女だって言ってた。なんか、花畑にゴーレムとかミニドラゴンとかいて。クリムは、趣味で作ったオブジェとか、進化して巨大化したトカゲとか言って誤魔化そうとしてたんだけど」
無理のある言い訳にブランテは一瞬吹き出しそうになった。しかしネロの表情はとても真剣なので、そこはグッとこらえる。
「……なるほどな」
不老不死の魔女だというところで大体話がつかめたブランテは呆れたように言った。「つまり、お前はクリムちゃんの人に見られたくないもんを見ちまったわけだ」
話しながらブランテは、この様子じゃ暫く帰れないことを伝えられないなと心の中で苦笑した。でも店に来なかったら絶対に心配して探すだろうから、家に置き手紙でも置いておこうか。帰ってきたときに怒られるかもしれないな、なんて、そんなことを考えながら。




