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ブスと母親

作者: 駒由李

 そのブスは母親似だった。

 元気の良さと、明るい笑顔を褒められた。無邪気な様子は、子供らしくあどけない。母はそれを喜んだ。我が事のように喜んだ。けれど、

「●●ちゃんはお母さん似ね」

 誰も彼もがそういうと、母は黙って笑うばかりだった。

 ブスは母方の伯母に昔の写真を見せて貰った。そこには幼い伯母と幼いブスがいた。母である。ブスの姿形は母親に生き写し。まるで妹が若返ったようだと伯母は笑う。その話を家に帰って母にした。母は頷いて笑うばかりだった。

 ブスは部活に入った。部活の行事で写真を撮った。ブスは左脇に写る。ブスはプリントされた写真を見て、我が目を疑った。その時まではあまり自覚のなかった事、自分の笑顔に母の面影を見た。その衝撃のままに母に伝えれば、母は顔をしかめるばかり。この頃から、次第に笑わなくなっていった。

 一時、母はブスを無視していた事がある。ブスは鈍かったので、母に冷たくされている事に気付けなかった。理由も思い当たらなかった。しかし数日して、母は突然、娘を抱きしめた。

「やっぱり無理だ」

 娘には何の事かさっぱりわからない。ただ、黙って抱きしめられていた。

 ブスはブスだったので、学校でいじめられた。容姿を含めて、率直すぎる言動が他者のかんに障った。一挙手一投足を指摘され、さしものブスも萎縮した。しまいにはカウンセリングに通った程だ。その時に、娘を支えた母は、泣きじゃくる娘の頭を撫でていた。けれど自身の容姿に関して吐露する、娘の言葉に否定も肯定もしなかった。ただ、黙って頷いていた。

 ブスのいじめが落ち着いた頃、今度は父が浮気した。母は荒れ、ブスは家に帰りたがらなくなった。ブスはこの頃、生涯の友が出来る。萎縮した心が解けていき、漸く密かな反抗期を迎えた。親に対しての客観視。この頃、母はそれまで決していわなかった言葉をいっていた。

「私はブスだから」

 ブスはこの時、傷ついた。自分でもなぜ傷ついたのかわからなかった。いったのは、その1度きり。そして父と母の関係は一応の改善を見、家庭は落ち着いていった。

 成人式。ブスも例に漏れず晴れ着を着た。写真も撮った。写真屋できちんとカメラで撮った。できあがった写真を見て、親戚の伯父はとある演歌歌手にブスをたとえた。ふくよかな体つきの、ぶさいくではない女性だった。その歌手が年嵩で、母親と同じぐらいの年代で、それがブスには不満だった。横の母は、その歌手にたとえられた事自体にショックを受けていた。この頃から、娘は自分の中にあった、解けない気持ちの名前を見出しだす。それは違和感。

 ブスの母方の祖母が倒れた。入院中に久方ぶりに会う祖母は、すっかり痩せ衰えていた。祖母は感慨深そうに孫娘を見て、「キレイになったね」と褒めた。ブスは如才なく「若い頃のお祖母ちゃんに似たんだよ」と答えた。けれど祖母は答えなかった。そこは笑って欲しかったのに、そう訴える娘に母はいった。笑っていた。

「お祖母ちゃんは美人じゃなかったからね」

 ブスは母に似ていた。母は母の母、祖母に似ていた。その事を思い出すと、違和感が色濃くなった。

 大人になってからしばらくし、母は死んだ。病死だった。元より持病が多かったので、その死自体は、突然の事ではあっても受け入れられた。家は静かになった。実家で暮らしていたブスは、母のいない家で日々を淡々と過ごしていた。その静けさが当たり前だと思うようになった頃、ブスは自分を省みるようになった。それは容姿的にも精神的にも該当した。

 自分の顔のぶさいくさを認め、その点を改善するように化粧をするようになった。そうするとまるで自分の心の凹凸を補ってくれたようだった。友人との出会いで、いじめで安寧を失うも、再建を果たしつつあった精神は、この事を切欠に立ち直ろうとした。

 けれど、ブスは唐突に気付いた。自分が本当に、本当に母親似だという事に。化粧をした鏡の向こう。そこには嘗ての母がいた。ブスは気付いた。

 ブスは鏡だった。母親にとっての鏡だった。無遠慮に自分の顔に視界を覆う程に迫って突きつけてくる、自分の何もかもを映し出す鏡だった。

 ブスが泣きたくなったのはこの時だ。

 実のところ、ブスは大してブスではなかった。悪くいっても下の上だった。多少特徴が強い程度の、ごくごく普通の顔だった。その顔は、母親にとても似ていた。母親もまた、祖母に似ていた。けれど母は、それを認めなかった。

 母は、愛していた。自分自身を。自分の理想を。娘に見出したのは本当の自分の姿。自分の中に思い描いた理想の自分。特別で、美しい自分。それを否定するのは、自分が生み出した鏡だった。ごく普通の平凡な顔の娘。娘が他者に似ているといわれる度、母はそれが歪められると感じた。母が愛していたのは、娘ではない。娘という名の鏡を通した自分自身だった。

『自分の好きなものを他人に否定されるのって腹立つよね』

 ブスは鏡を置いた。頭に浮かぶのは、母が生前、父が何かと彼女の趣味にけちをつける事に対しての愚痴だった。

(それでも結局、母は私をちゃんと育てた)

 その事実だけが、娘を支えた。今ではもう、確かめようもないという現実。それはかえって彼女を苦しめていたから。


ブスと母親


End.

うpってから気付きましたが、昔の少女漫画にこんな感じの話があった気もします

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