9話 初仕事の終わり
授業が終わり、家に帰ると最近のお決まりベッドにダイブした。
菜月から受けた精神的ダメージは大きく帰りに何度もパンちらをやらかし、ライフはゼロだ。
唯一救いだったのは、放課後生徒会室にいくと、「家でやってもいいわよ」と会長に言われたことだ。
あの会長の相手はかなり疲れるのでありがたい。
もし、放課後生徒会室で会長の相手をすることになっていたら、ライフはゼロどころかマイナスになっていただろう。
枕に顔を埋めながらゴロゴロとしていると、コンコンとノックする音が聞こえた。
「入るね」
と、言って菜月は入ってくる。
だが、枕に顔を埋めて姿は見えない。
たぶん、ポニーテールでエプロン姿なのだろう。
帰ってくるなり、夕食を作ると言っていたしな。
「用件はなに?」
枕から少し顔を離し訊ねた。
顔を枕に埋めながらだと聞こえにくいのではないか、という微かな配慮だ。
「夕食できたから呼びにきたんだけど……それサービス?」
「サービス?」
菜月の問に俺は顔をしかめた。
振り返ってどういう意味だと訊ねようとしたが、その意味に気づいた。
スカートがめくれて黄色いパンツが丸見えだった。
俺はゆっくりとした動作でスカートを直し、ベッドに座った。
もはや、精神的ダメージは羞恥心なんてどうでもいいというぐらい増大な物だった。
「わかった、着替えたらいくから」
「うん、わかった」
そう言って、菜月は出ていった。
夕食を食べ終えて、俺と菜月は原稿を書くことにした。
今朝、菜月が生徒会室で寝ている間に会長と話したことを説明し、さらにレンのアドバイスを付け加える。
そして、新入生が聞きたいであろうポイントに丸をつける。
丸をつけた部分を重点的に書き、それ以外は軽く説明するような感じで書く。
菜月が主に原稿を書き、俺がこうしたほうがいいんじゃないかと提案する。
そうして、約二時間かかり、原稿が出来上がった。
「疲れたー」
「お疲れ」
菜月は天井に引っ張れるように体を伸ばした。
最初のほうは、俺は提案という形で参加できていたが、菜月は慣れてきたのか、提案する間もなく原稿用紙を埋めていった。
おかげで、効率良く進んだが、俺は役立たずだった。
「悪いな、菜月一人でやらせたみたいな形になって」
「気にしなくて良いよ、だって、凪沙くんにやらせたらいつ終わるかわからないし」
ひどい言われようである。
だが、真実なので言い返せない。
もし、俺がやっていたら、四日間で終わるかどうか怪しいところだ。
菜月はなにも言い返せない俺が可笑しかったのか、クスクスと笑った。
「なんで、笑ってんだ?」
「凪沙くんが図星を突かれたような顔してたから」
どんな顔だよ、と想像してみたが自分の間抜けな顔が思い浮かんだ。
そして、またそんな俺の顔を見て菜月が笑った。
「凪沙くんコーヒー飲む?」
「飲むが、俺が淹れる」
そう言って、菜月が立ち上がる前に立った。
原稿を書いてもらい、コーヒーまで淹れてもらっては菜月に悪いだろう。
台所でインスタントコーヒーを二つ淹れる。
その間に菜月は書いた原稿を鞄にしまった。
できたコーヒーを菜月の前に置くと「ありがとう」と言われた。
そうして、俺と菜月はコーヒーを飲みながら、他愛ない会話をし、気づけば時間は九時になっていた。
「そろそろお風呂入ってくるね」
「ああ」
菜月は俺の家の家事をやるようになってから、俺の家で風呂に入るようになった。
菜月曰く、食事や洗濯を一緒にすることで、節約できるだそうだ。
このままでは、一緒に住んだ方が都合がいいと言われそう。
「あっ、そうだ凪沙くん」
「なに?」
菜月は名案が思いついた、みたいに手を合わせてニコニコ笑っている。
こういう表情をしている菜月は大抵良からぬことを考えている。
案の定それはあたり、菜月はイタズラをする子供のような笑みを浮かべながら、
「よかったら、一緒に入る?」
と、言ってからかってきた。
俺は即答した。
「お断りだ」
「残念」
菜月はわざとらしい表情を浮かべ、いつの間にかリビングにあった、キャリーバックから着替えを取りだし、リビングを出ていった。
こりゃ、本気で一緒に住むとか言われそうだな。
期待と不安を感じ俺はテレビをつけた。
菜月がいなくなると俺はいたたまれない気持ちになった。
さっきから、妄想を繰り広げているためだ。
テレビをつけたのも、気持ちを紛らわすためだが、シャワーの音が聞こえる度に菜月の入浴シーンが頭を過る。
だが、これは仕方のないことだ。
気になる異性(?)が自分の家でお風呂に入っているとなれば、気にならないわけがない。
なので、覗きに行かずリビングでじっとしている俺は紳士だと言えよう。
内容が頭に入らないテレビを見ていると、リビングの扉が開いた。
悶々としているうちに、菜月が風呂から上がったみたいだ。
菜月をみると、菜月はピンク色のパジャマ姿で、濡れた黒髪をタオルで拭いていた。
さらに、風呂上がりのためか頬が赤くなっている。
俺は思わず鼓動が早くなった。
なんというか、菜月の姿がエロいと思ってしまった。
「凪沙くん、お風呂どうぞ」
「あ、ああ」
菜月はそう言うと、着替えを俺に手渡す。
その瞬間、ふわりとシャープの香りがした。
なんだ、このフローラルのような匂いは。
俺は顔を赤くなるのを感じながら、急いで風呂場に向かった。
脱衣場に入ると、ドアを閉めた。
そして、ドアに寄りかかり、はぁ、とため息をついた。
まさか、風呂上がりの菜月があそこまで魅力的だとは思っていなかった。
もし、後数分あの場にいたら菜月に玩具にされてただろう。
そう考えながら服を脱ぎ、速攻タオルを巻く。
いい加減に慣れたものだ。
最初の頃は服のまま、入ろうかと思っていたが、今では早着替えが特技の一つになってる。
まあ、自分の体を見て興奮する悲しさと虚しさを知ったらそれりゃ対策ぐらいねるわな。
体と髪を洗い、いざ、風呂に入ろうとしたとき、
「……」
気づいた。
この風呂て菜月入ったんだよな……。
そう考えるとただの湯を張った浴槽が、羞恥心を掻き立てるなにかに見えてくるではないか。
俺は浴槽を前にして、また悶々とするのであった。
結局、風呂をシャワーだけで済ますという、チキン行為を行い、パジャマを着てリビングに戻ると、
「凪沙くん、わたしそろそろ帰るね」
パジャマ姿にキャリーバックというおかしな格好の菜月がいた。
「わかった」
男なら、「今日は遅いから泊まっていけよ」とか言うんだろうが、俺はそんなことは言わない。
だって、菜月が泊まったて俺は手を出さないし、手を出せない。
なので、ただ悶々とするだけだ。
それだったら、安眠をとる。
それにだ、俺はもう男じゃなくて元男だしな。
なんか、言ってて、悲しくなってきた……。
俺は菜月を家まで送る。
まあ、隣なんだけど、一応ね。
「凪沙くん、おやすみ」
「おやすみ」
菜月は帰っていった。
俺も家に戻り、戸締まりを確認すると、自室のベッドにダイブする。
寝る時間には早いが、まあ、たまにはいいだろう。
最近昼寝する時間がないからな。
なんか、ぐっすり寝られそうだ。
翌朝。
俺と菜月は生徒会室にきていた。
会長に書いた原稿を見てもらっているのだ。
ちなみに、菜月はまた寝ている。
もしや、あの紅茶に睡眠薬が盛ってあるとか?
それとも、最近疲れてるのかな?
「上出来です」
会長は原稿に目を通すとそう言った。
「ありがとうございます」
よし、と心の中でガッツポーズをとる。
「わたしのアドバイスの意味は理解できていたようですね」
「はい、もう一人アドバイスをくれた人がいたので」
レンのことである。
はっきり、いってあのアドバイスがなかったら、会長はちょっと頭がおかしい人という、イメージが成り立っていただろう。
「それは気になるわね、誰のことかしら?」
「俺と同じクラスの海道レンです」
「そう、レンがねぇ」
そう言えば、会長とレンてどういう関係なんだろうか。
会長が今名前でいったから、それなりの関係だとは思うんだけど。
「会長はレンと知り合いなんですか?」
「ええ」
「どんなですか?」
続けてそう訊ねた。
「実は前に生徒会の仕事を手伝ってもらったことがありますの」
「えっ!? 本当ですか!?」
「ええ」
まさか、あのレンが生徒会を手伝うとは驚きだ。
でも、なんで生徒会に入るんではなく、手伝いなんだ。
この学校の生徒会役員になるには基本的に普通の部活と同じだ。
入部届けを出すだけ。
だが、それだけでは集まらないため、二年生で学年一位をとった人は勧誘されるらしい。
一年生は学校生活に馴染ませるという理由で、三年生は受験で忙しいと理由で、それぞれ勧誘はしないようだ。
普通に入るにはいいそうだが。
あと例外として、俺みたいなやつも入れられるが、まあ、滅多にないという話だ。
「なんで、レンは生徒会に入らなかったんですか?」
会長はなぜか言いにくそうにしていた。
聞いてはいけないことをきいたかな。
そんな不安を抱えていると、会長が、
「……それは」
と言おうとしたところで、チャイムが鳴った。
「もう、時間ですね。すみませんなんか変なこと聞いちゃって」
「いいえ、気にしないでください」
それから、寝ている菜月を起こし、教室へ向かった。
正直会長とレンの関係はなにか、気になるが聞かない方がいいだろう。
部活紹介。
俺は緊張していた。
目の前に広がるのは新入生達。
集まる視線。
対するこっちは、俺、菜月、会長という三名。
生徒会の全メンバーだ。
立ち位置は、会長が真ん中で、右に俺、左に菜月である。
そして、今、俺たちよりも会長は一歩前に出て原稿を読み上げている。
俺と菜月が書いた原稿だ。
てっきり、原稿だけで終わると思っていたら、会長にステージに上げられてしまった。
しかも、ただ突っ立てるだけなので、なんか恥ずかしい。
さらに、書いた原稿を大勢の人の前で読まれているので、恥ずかしさは倍増である。
菜月も同じだろうと、思って横を見たら、目を爛々と輝かせていた。
俺を見てだ。
しかも口パクで『恥ずかしがっている凪沙くんかわいい』と言っている。
場所をわきまえろよな菜月よ。
それから、生徒会の部活紹介は無事に終わった。
全部の部活の紹介がおわり、後片付けをしたあと、俺と菜月と会長は生徒会室でお茶会をしていた。
「二人ともお疲れさま、おかげで上手くいったわ」
会長が労いの言葉をかける。
「「ありがとうございます」」
と、俺と菜月は頭を下げた。
「初めて仕事はどうだった?」
「はい、凪沙くんが頑張ってくれたおかげでよくできたと思います」
菜月、なかなか嬉しいことを言ってくれるじゃねえか。
「泉さんはどうだった?」
「そうですね……」
菜月は俺を誉めてくれた。
なので、俺も菜月を誉めることにしよう。
「俺一人では無理だったと思います」
「黒川さんがいたからできたってことかしら?」
「はい、そうです」
「凪沙くん」
菜月は頬を赤くして俺を見てきた。
「今日、泊まってもいい?」
「ダメだ」
どさくさに紛れて何て言うことを言うんだこの子は。
「じゃあ、明日」
「ダメだ、明後日も明明後日もダメだぞ」
「凪沙くんのケチ」
菜月はいじけた。
会長はそんな様子を微笑ましそうに見ていた。
こうして、俺と菜月の初仕事は終わった。