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22話 気まぐれのレン

 生徒会の仕事は滅多にない。

 委員会や部活連が優秀なためだ。

 しかし、滅多にないと言ってもある日はある。

 そういう日に限って、憂鬱な日なのだ。

 今日のように。

 午後の授業が終わった。

 ようやく帰れると思うと、口許に笑みが浮かぶ。

 帰り支度を整え、立ち上がると、ケータイが鳴った。

 確認にしてみると、会長からのメールだった。

 内容は生徒会室にこいとのこと。

 俺はケータイを閉じて、ため息をついた。

 解放されると思ったのに……。


「どうした?」


 同じく帰り支度を整えたレンが聞いてきた。


「会長からの呼び出しだ。遅くなるかもしれないから、先に帰ってくれ」


 この後、俺はレンと帰る予定だった。

 今朝同様、偽の恋人を演じるためだ。

 しかし、この状況ならば、中止するしかないだろう。

 生徒会をサボるわけにもいかないし、ましてや、レンを待たせるなんてできない。

 だが、それは杞憂に終った。


「いや、待ってる。丁度ボクもしたいことがあったからな」

「そうか」


 どうやら、レンにも用事があるみたいだ。

 なら、甘えさせて貰おう。


「んじゃ、終わったらメールするから」

「わかった」


 そのやり取りを最後にレンは教室を出ていく。

 さてと。

 俺は鞄を持って教室を出ていくと、後ろのドアから出てきたのか、廊下で菜月と鉢合わせた。


「……」

「……」


 俺は無言、菜月も無言。

 気まずい……。

 菜月は目を逸らすと、歩き出した。

 後をつけるつもりはないが、俺はおそらく菜月と目的地が同じなので、後をつけるような形で歩く。

 やはり、ついた場所は生徒会室だった。

 菜月が入りドアを閉めた後、俺はドアを開けて入った。

 えっ!? と声を上げそうになった。

 なぜなら、会長が鋭い目付きで俺を睨んでいた。

 しかし、瞬きして会長を見ると柔和な態度をみせた。

 気のせいか……。

 もしかしたら、ストレスが溜まってそう見えただけかもな。


「……泉さんも一緒だったのかしら。どうぞ、お掛けになって」


 促され、俺は菜月の隣に座った。

 会長は俺と菜月を交互に見比べると、口を開いた。


「さて、今日の仕事は――」




「ふぅ、疲れた」


 人影がまばらな廊下を歩きながら、小声で呟く。

 生徒会の仕事がようやく終わり、俺はレンがいるであろう図書室を目指していた。

 それにしてもだ。

 先程の生徒会室でのことを思い出す。

 菜月は不機嫌な態度を隠そうとせず、俺を無視し続け、いつもなら、そんな状況に茶々を入れる会長は、笑顔を浮かべたまま仕事に没頭していた。

 そんなカオスな生徒会室で、俺が疲れるのは当然のことだろう。

 図書室につき、中を見回す。

 中には、図書委員とまばらに人がいるだけだった。

 その中にレンの姿はない。

 もう一度、見回していないことを確認すると、俺は頭を掻いた。

 レンの行きそうな場所に図書室以外には生憎心当たりがない。

 そういえば、電話するて言ったけな、俺が。

 そのことを思いだし、図書室から離れてレンに電話をかける。

 三コール目でレンは電話に出た。


「今どこにいる?」

『……』

「おーい、聞いてんのか?」


 ……返答がない。

 どうしたんだ?

 俺が再び、呼び掛けようとするよりも先にケータイからレンの声が聞こえた。


『……凪沙』

「ようやく出たか。今どこにいる?」


 聞くと、レンは少し間を開けて答えた。


『……体育館裏』


 簡素な答えを聞いて、俺は上を向いた。

 体育館裏? どうしてそんなところに?

 そういえば、レンの声なんか弱々しいな。

 うん? 弱々しい……まさか!?


「おい、レン!?」


 俺は周りに人が居るにも関わらず、大声で呼び掛けた。

 返ってきた返事は無言。


「クソッ!」


 俺はケータイを握りしめ駆け出した。

 途中、スリッパが邪魔になり、手に持つ。

 体育館と校舎を繋ぐ、吹き抜けの渡り廊下から外に出る。

 靴下で地面の感触を感じ、ようやく体育館裏についた。


「レン!」


 俺は急いで、木に寄りかかるように座りこんだレンの元へ駆け寄る。

 レンの制服はボロボロだった

 ブレザーはボタンが取れかけ、数多に蹴られた痕跡がある。

 スカートは蹴りにくかったためか、蹴られた跡はなく、代わりに砂で汚れていた。


「凪沙」


 レンは俺に気がつき、目を開けて弱々しい声で応じた。


「大丈夫かっ!?」

「ああ、多分な」


 レンは笑って見せるが、それが虚勢であることは明瞭だった。

 見てみると、顔や足にも暴力が振るわれた跡がある。

 見えないところもかなりやられているだろう。

 なんてことだ、と唇を噛み締めるが、まずはレンの治療が最優先だと思い直す。


「保健室にいこう」

「この程度大丈夫だ」


 強がってレンは立ち上がろうとするが、直ぐに痛みに顔を歪ませた。


「無理するな」


 倒れそうになったレンを咄嗟に支える。


「そうだな、そうするよ。すまないが肩を貸してくれないか?」

「いや」


 俺は横に首を振った。

 レンに肩を貸すということは、支えて歩くということだ。

 しかし、レンは歩くこともまともに出来ない状態。

 それに、身長の差もある。

 だったら、やることは一つだろう。

 俺はレンの脚と背中に手を回した。

 そして、持ち上げる。

 軽かった。


「なっ……」


 レンが目を見開き絶句した。

 まあ、驚くのも仕方がないことだ。

 だって俺はレンを俗にいう、お姫様抱っこをしているんだから。


「お、下ろせ!」


 レンが顔を赤くして怒鳴った。

 無論、そう言われたところで下ろすきはない。

 俺はレンをお姫様抱っこをしたまま、保健室に向かい歩き出す。


「静かにしてろ。じゃなきゃ落ちるぞ」


 警告すると、レンは抵抗しても無駄だと理解したのか、俯いて黙りこんだ。

 よしよし。


「気分はどうかな。お姫様」


 調子に乗って、冗談を言ってみると、レンは冷ややかな視線で見上げてきた。


「……そんなこと言って気持ち悪いと思わないのか?」


 ……確かに。




 保健室には先生はいなかった。

 なので、レンの指示に従い、俺がレンの手当てを行った。

 下手くそだとか、痛いなどの文句を言っていたが、終わった後、礼を言われたので合格点といえよう。

 俺はレンを背負って帰ることにした。

 当然、途中でスリッパを返却することを忘れない。

 そして、帰り道。

 俺はレンから話を聞くことにした。


「誰にやられたんだ?」


 背中にレンの温もりを感じながら、訊ねた。

 レンは小さな声で答える。


「……名前は知らない。ただ、横にデカイやつだった。後、動物に例えるならばゴリラに似ている」


 それを聞いて俺の脳裏に忌々しい一人の人物が浮かび上がる。


「村田か」

「村田って……、凪沙が殴り飛ばしたやつか?」

「ああ」


 俺は頷いた。

 村田。

 野田と南さんをいじめていた首謀者の名前だ。

 まさか、もう一度やつの名前を聞くことになろうとは……。


「他にはいなかったのか?」

「ああ、そいつ一人だけだ」

「そうか」


 取り巻きはどうしたんだろうか。

 そういえば、前に取り巻きの一人谷川さんが謝ってきたっけな……。

 となると、他のやつらも、もしかして……。


「ここだ」


 レンの声に考えを中断して俺は立ち止まった。

 見てみると、そこは木造建てのアパートだった。

 ほとんどが木で出来ており、唯一金属で造られているのは、階段と玄関のドアだけだ。

 見るからに、古く築五十年は経っている。


「一階の奥の部屋だ」

「わかった」


 俺はレンが指示した部屋に向かうと、ドアの横に設置してある表札に『海道』の文字が。


「開けてくれ」


 レンは俺に鍵を渡す。

 俺はレンを落とさないように注意しながら、鍵を開けて中に入る。

 これまたレンの指示でレンをベッドに下ろした。


「……ありがとう。助かった」


 レンが殊勝な表情で言った。

 俺はレンから目を逸らした。


「……いや、俺の方こそすまない俺が巻き込んだばっかりに」

「そうだな」

「そこは否定するところじゃないのか?」


 そう言うと、レンが可笑しそうに笑った。

 俺もつられて笑う。


「そうだ。なんか食べ物買ってくるよ。怪我した身体じゃ晩飯作れないだろ」


 せめてもの償いとして、晩飯を奢ることにした。


「そこは何か作るべきじゃないのか?」

「残念ながら俺に料理スキルはない」

「そうか。だが、心配無用だ。作り置きがいくらかしてあるからな」


 それは残念だ……。


「少しそっち向いてろ」

「うん? どうしてだ?」


 レンはタンスから服を取り出して答えた。


「着替えるからだ。それともお前はボクの着替えに興味があるのか?」

「ない。てか、着替えるんだったら出ていくが」

「いや、そこまで気を使わなくていい」

「わかった」


 俺は後ろを向いた。

 背後からは着崩れする音。

 居心地が悪くなり辺りを見回すと、一枚の写真が目に留まった。


「これって……」


 写真に写っている人物に心当たりがあり、思わず声に出して呟くと、背後からは声がかかった。


「それはボクと会長の写真だ」


 俺は驚いて振り返り、顔を赤くした。

 レンは丁度制服を脱ぎ終わったところで、下着姿だった。


「み、見るなっ!」

「すまんっ!」


 俺は慌ててレンに背を向ける。

 なんてことを!

 後悔に苛まれていると、レンが静かに語り出した。


「ボクと会長は腹違いの姉弟なんだ」


 反射的に振り返りそうになったが、さっきのことを思い出した。


「ボクが愛人の子で、会長が本妻の子。とは、言っても育ててくれたのはほとんど義理の母親。つまり、会長の母親なんだ」


 レンは淡々と続けた。


「ボクの母さんは、ボクが五歳の時に事故で亡くなった。それで、五歳のボクは当然誰かに引き取られることになるんだけど、母さんは親戚と仲が良くなかったから、誰も引き取ろうとはしなかったんだ」


 悲しい話だ。

 しかし、レンは平然とその事実を語った。

 もしかしたら、平然と聞こえるだけで、強がっているかもしれない。


「そんな時に、ボクを引き取ってくれたのが会長の両親だ」


 会長の両親も親族ではないのか、と思ったが口にはしなかった。

 レンには本当の意味での父親がいなかった。

 それは、レンの母親は会長の父親の愛人だったためだ。

 レンからしてみれば父親に捨てられたと思うのではないだろうか。

 そして、そんな父親を子供の頃のレンは親戚と認めたくはなかったんだろう。


「最初の頃は抵抗もあったんだ。でもさ、凉ノ宮家の人達はみんな優しくてね。何度、冷たい態度をとっても、しつこいと思うくらい話しかけてきたんだ。今思えばそれで大分ボクは救われていたんだと思う。特に姉、会長なんか……いや、これは会長の名誉のために黙っておこう」


 一体、会長はなにをやったんだろう……。


「そして、ボクは段々と心を開いていったんだ。もう、本当の家族と言っても差し支えがないくらいね」


 それはきっと良いことなんだろう。

 他人同士が本当の家族になれることは素敵なことだから。

 なのになぜだろう。

 俺は感動もせず喜びも感じない。

 もしかしたら、俺は本能的に察していたのかもしれない。

 この後に聞くであろう悲劇を。


「でも、一年前のあの出来事のせいで変わったんだ。凪沙も知ってるだろ?」

「ああ」


 同調を求める質問に、俺は頷いた。

 一年前の出来事。

 元男の俺にも因縁深いことだ。


「ボクと義父さんが女になってな。大慌てだったよ本当。でも、義母さんと会長は直ぐに受け入れてくれたんだ。義父さんのことはね」


 その言い方だと、まるで自分は受け入れて貰えなかったと聞こえる。

 しかし、レンはそれを否定した。


「別に義母と会長が女の子になったボクを受け入れようとしなかったわけではないよ。受けて入れようとしてくれたんだ。でも、ボク自身が女の子になった自分を受け入れられなかった」


 頭に昼休みの時のことが思い浮かんだ。

 男の時は簡単に持つことが出来た机が、女になった今では簡単に持つことが出来なかった。

 レンの今の体型を考慮しても、それは当然の結果だといえる。

 それでも、レンは必死に頑張ろうとしていた。

 まるで、頑張ることが義務かのように。

 レンは俺が考えている以上に苦しんでいたんじゃないだろうか。

 男の時と女の今のギャップに……。


「それから色々あって、家族と顔を合わすことが辛くなったんだ。だから、家を出て独り暮らしをしている現状にあるってわけだ」


 レンが一通り語った後、疲れたのかため息をついた。


「もう、こっち向いてもいいぞ」


 許可が降りた。

 だが、俺は振り返ることを躊躇った。

 レンが今どんな顔をしているのか見るのが怖かったからだ。

 しかし、いつまでもそうしている訳にはいかず、恐る恐る振り返った。

 レンはいつも通りの無表情に近いポーカーフェイスだった。


「……なんで、こんな話を俺にしてくれたんだ?」


 このままだと居たたまれなくなるのが、明らかだったので聞いてみた。

 レンは誤魔化すような素振りをしながら、答えた。


「なんでだろうな。もしかしたら、そういう気分だったのかもしれない」

「そうか」


 俺は納得したかのように呟いた。

 それ以上は言及はしない。


「そろそろ帰った方がいいんじゃないのか? 本物の彼女が心配してると思うぞ」


 時刻はすでに六時。

 確かにそろそろ帰った方が良い時間帯だ。


「そうだな。そうさせて貰うよ」


 俺は「じゃあな」と付け加えて、部屋を出ていった。

 部屋を出る寸前、背後から「またな」とレンの声をはっきりと聞こえた。

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