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19話 凪沙の決意

 朝。

 目が覚めると、目の前に菜月がいた。


「おはよう」

「ああ、おはよう」

「……」

「……」


 無言で見つめ合う二人、てか、


「起きられないんだけど……」


 菜月は俺に覆い被さるよう、もとい俺を押し倒すようにいるので、退いて貰わないと起きられないのだ。

 菜月は指を唇にたて、ウインクする


「キスしたらどいてあげる」

「……冗談はよせ」

「えー、冗談じゃないのに」

「ほら、早く退いてくれ、じゃないと動けないだろ」

「……わかった」


 菜月は納得できない様子だったが、退いてくれた。

 俺ははぁとため息をつく。

 やはり、昨日のことが原因だろうか。

 昨日、俺と菜月はキスをした。

 それからというもの、菜月は異様にキスをしたがる。

 たった一日しか経っていないのに、キスを迫られた回数は二桁に昇る。

 そのせいか、最初は戸惑っていたものの、もう慣れた。


「着替えるから出っててくれ」

「手伝うよ」

「いや、結構だ」

「じゃあ、キスしたら……」

「……ジー」

「ごめんなさい、冗談です」


 菜月はドアノブに手を伸ばして、


「やっぱり」

「ジー」

「なんでもないです」


 菜月は部屋を出ていった。

 俺は油断せずに耳を澄ますと、階段を下りる足音が聞こえた。


「ふぅ」


 安堵し、ボタンに手をかける。

 そして、さっきのやり取りを思い出す。

 キスを迫られるのは苦じゃない。

 恋人としては嬉しいことだ。

 だけど、つい拒んでしまう。

 理由はわかっている。

 恥ずかしいからだ。

 




 今日は月曜日。

 休日あけの学校だ。

 だるい、めんどい、いきたくない、と思ってもいかなくちゃならない。

 俺は学生だからな。

 ということで、俺と菜月は一緒に登校している。

 周りには俺らのように、一緒に登校している学生の姿が目に入る。

 いつも通りの光景だ。

 だが、俺は一つの違和感を覚えた。


「なあ」

「なに?」

「さっきから見られている気がするんだけど……気のせいか?」


 俺は隣を歩く菜月に訊ねた。

 いつもなら、視線など感じないのだが、あからさまに何度もチラチラと見られると気づくものだ。

 それが、全てうちの学校の生徒ならばなおのことだろう。


「凪沙くんのスカートが捲れているからじゃない」

「えっ!? マジで!?」


 慌てて、スカートを確認する。

 だが、スカートは捲れていなかった。

 俺は菜月を忌々しく睨みつける。


「からかったな」

「ふふっ、ごめんね凪沙くん。でも、安心して凪沙くんの今日の下着の色が緑だってことは知ってるから」

「むしろ、危機感を覚えるな」

「危機感? まあ、いいや」


 そこはスルーせずに、ちゃんと聞いてほしいな。

 俺が細やかな願いを祈っていると、


「ねえ、あれって」

「うん」

「やっぱあのことは本当なのかな」


 後ろから追い抜いてきたグループが、俺達を見てヒソヒソと話し始めた。

 しかも、小声で話しているため会話が聞こえない。


「一体なに話してるんだろうね」

「特に俺達話題にされることないのにな」

「そうだよね。話題といったら、わたしと凪沙くんが生徒会に入っているくらいじゃないかな」

「そうだけど、それは結構前の話だよな」


 生徒会に入ったのは四月なので、約一ヶ月前の話である。

 そんな前の話をしないと思ったら、


「うん、でもさぼりの常連と言われた凪沙くんが、心機一転、真面目な生徒会に入るていうのはかなり珍しいと思うよ」


 菜月が皮肉混じりに言った。

 なんか、ありそうな気がしてきた。


「そうかもな」

「そうだよ」


 菜月が笑い、俺もつられたように笑う。

 いつもと変わらね日常。

 いつもと変わらね二人。

 俺はこの時深くこのことを考えなかった。

 もっと、ちゃんと考えていればそれが前兆だと気づけたのに。




 教室のドアを開けた瞬間、空気が変わった。

 騒然としていた教室が、静寂へと変化したのだ。

 しかも、全員俺と菜月を見ている。

 好機の目ではない。

 あるものは疑心の目で、あるものは軽蔑の眼差しを向けている。

 俺は嫌でもさっきの考えが違うことを悟った。

 あれが真実であってほしいという願望だったことを。

 そして、ある一つの可能性が思い浮かぶ。

 まさか、バレたかっ……!?

 俺はそう結論付けると、隣を見る。


「……」

「……」


 無言で菜月と目があった。

 その表情は必死に驚きを隠そうとしているが、幼馴染みの俺には見抜けた。

 菜月も同じことを考えていることを。


「……行くぞ」


 俺は自分の席に向かって歩く。

 菜月は黙ってついてくる。

 今までになく帰りたい気分だが、帰ればそれを真実だといっているようなものだ。

 それに、まだバレたとは限らない。

 バレてなかったら、まだなんとかなるかもしれない。

 席につくと、ケータイに新着メールがあった。

 しかも、レンからだ。

 隣の席を見る。

 レンは本を読んでいた。

 俺は話しかけずにメールを開いた。


『昼休み、黒川さんと一緒に体育館裏にくるように』


 と、書いてある。

 これくらいなら、普通に言葉にすればいい。

 しなかったということは、周りに聞かれたら困るんだろう。

 俺は『わかった』と返事をして、ケータイを閉じる。


「……」


 目だけ動かして、教室を見渡す。

 さっきのような静寂ではないものの、チラチラ俺を見てくるので困ったものだ。

 菜月は大丈夫だろうか、と菜月を見る。

 菜月は本を読んでいた。

 それなら、大丈夫だろうな。

 菜月は本を読み出したら周りなんて気にしなくなるし。

 でも、俺はどうする。

 はっきり言って教室に居にくい。

 だからといって教室を出るわけにはいかない。

 万が一菜月になにかあったら守れないからだ。


「……はぁ」


 結局俺は寝たふりをして午前中を乗りきった。




 昼休み。

 俺は菜月と共にレンが指定した場所、体育館裏に向かう。


「やっと来たか」


 つくと、レンがそう言って出迎えてくれた。

 辺りを見回すが、体育館裏にレン一人しかいない。


「黒川さん以外誰もつれてきてないな」

「ああ」


 俺は頷き、


「それでなにか話があるんだろ」


 単刀直入に切り出す。

 レンは真剣な眼差しで俺を見据え応える。


「……気づいていると思うが凪沙と黒川さんが付き合っていると噂になっている」


 俺と菜月は驚かなかった。

 レンの言ったことは想定していたものだったからだ。

 だが、次にレンが言ったことは想定外だった。


「噂の発端は、昨日の日曜日に凪沙と黒川さんがキスしているところを目撃したらしい」

「っ!?」


 俺は恥ずかしさから顔を真っ赤にした。

 菜月も同じく顔を赤くする。


「一応聞いておくけど、昨日キスしたのて本当か?」

「……本当だ」


 俺がそう応えると、レンはやれやれという表情を浮かべた。


「まあ、本当か嘘かはこのさいどうでもいいが」


 だったら、聞くなよな!

 と、心の中でツッコミを入れる。


「重要なのは、噂がどの程度広がっているか、てことだ」

「……」

「それで色々と調べてみたんだが、幸いにもクラスメイトのやつらは、まだ噂の真偽を確かめてる、て感じだ」

「そうか……」


 俺は少し安堵した。

 クラスメイトには俺と菜月の関係が完全にバレていると思っていたからだ。

 レンは安堵した俺を見て、言い聞かせるように言う。


「だけど、安心はできない。おまえらは仲が良いし、実際に付き合っている。少し調べれば中学の時に付き合っていたことも分かるだろう」

「えっ!? ちょっと、待って!?」


 レンが詳しく説明していると、どこかわからないところがあったのか菜月が驚いた様子で声を発した。


「なんで、海道くんがわたしと凪沙くんが付き合っていること知っているの?」

「あっ、そういえば菜月には言ってなかったな……。聞いての通りだがレンは俺と菜月の関係を知っているんだ」

「え、そうなの……?」


 菜月は恐る恐るレンに目を向けた。

 その瞳には不安が見てとれる。

 きっと、軽蔑されると思っているのだろう。

 レンはやれやれという表情を浮かべて応えた。


「そうだ。まあ、どう知ったかは話すと長くなるから割愛するけど、これだけは言っとく。ボクは同性愛を軽蔑しない。だから、安心してほしい」

「……うん、わかった」


 菜月は口ではそう言っているが、態度から見てまだ不安そうにみえる。

 後で、励ましてやんないとな……。


「話を戻すが、このまま放置すれば君らは必ずいじめられる。ゆえに、対策を練る必要がある」

「……対策か」


 俺はそう呟いて考える。

 だが、アイデアがなにも出ない。

 俺と菜月は今までバレないように、対策はしてきたが、バレた後の対策はなにも考えていないのだ。


「学校では話さないようにする、てのはどうかな」


 と、菜月が言い、レンが否定した。


「それはやめた方が良い。普段からやっていることを変えるのは周りからは不自然に見える。ましてや、君らは今や注目されているからね」

「じゃあどうすれば良いんだ?」

「簡単なことだ。不自然に思わせなければ良い。つまり、考える余地なくそれを真実だと思い込ませれば良いんだ」

「?」


 俺はレンの言ったことに首を傾げた。


「なにが言いたいかと言うとだな。凪沙と黒川さんが付き合っているという噂を全く別の、そして、疑いの余地なく信じれる噂を流せばいいんだ。つまり、噂を書き換えるてことだ」

「そんなことできるのか?」

「できる。噂と共に噂を決定付ける証拠を流せばな」

「なるほど」


 冷静に考えて見れば、俺と菜月はもういじめを受けていてもおかしくないのだ。

 では、なぜいじめを受けていないのか、というとそれは噂の信憑性が欠けているからだ。

 だから、俺と菜月はクラスメイトから軽蔑の眼差しで見らている、程度でまだすんでいるわけだ。


「それで、具体的な方法なんだが、流す噂はボクと凪沙が付き合っているで、証拠はキスしている写真でどうだろうか」


 レンは平然とそう言った。


「そうか、それは良い案……て、えっ!?」


 余りの平然さに承諾してしまうところだったが、言っている途中で事の重要性に気づいた。


「おまえなに言ってんだよっ!?」

「そうだよっ!? 凪沙くんとキスしていいのはわたしだけなんだよっ!」

「菜月もどさくさに紛れてなに言ってんだっ!? 今重要なのはそこじゃなくて、その対策を実行したら」

「間違えなくボクも標的になる」


 俺が言うよりも早く、レンが毅然な態度で言った。

 レンは真っ直ぐ俺を見据えいる。

 その表情からは冗談で言っているようには思えない。

 まるで、なにかを決意している表情だった。

 そして、俺はこのレンの表情を知っていた。

 けして曲げない意思の表れだと言うことを。

 レンは俺の大切な人を守るために……。 


「……良いのか?」

「構わない。友の為だ。それに……いや、なんでもない」


 含みのある言い方に、俺は気になったが訊ねるより早く、レンは言葉を続けた。


「期間は今日を含めて三日間。それ以上待つとボクの対策が使えなくなるならな。だから、その間に他のアイデアを出すか、ボクのアイデアに賛成するか決めてくれ」


 それと同時にチャイムが鳴った。

 時間切れだ。

 

「ほら、授業が始まるぞ。仮にも生徒会役員が授業に遅れても良いのか?」

「……ああ、そうだな。菜月行くぞ」

「うん」


 俺と菜月はレンに背を向け、教室に向かう。

 体育館裏から離れ、もうすぐ昇降口に差し掛かろうとした時、菜月が口を開いた。


「凪沙くん、わたしは反対だよ」

「レンの案にか?」

「うん」


 菜月は足を止め、俺を見詰める。

 俺もつられて足を止め、菜月を見詰めた。


「わたしは凪沙くんがいじめを受けるところを見たくない」


 今の俺達が置かれている状況から見れば、菜月の意見は駄々をこねる子供のようである。

 だが、俺を大切にしているという気持ちは十分に伝わってくる。

 素直で真っ直ぐな気持ちが。

 同時に俺は菜月の気持ちに応えられないことを覚った。

 なぜなら、


「俺は菜月を守りたい。例え俺が傷ついてもだ」


 自分がどんなに傷ついても菜月を守る、と意思が決定していたからだ。

 俺は菜月を守る自信がなかった。

 だから、バレないように対策をし、バレた後のことから目を逸らしていた。

 しかし、実際に現状を目の前にすると、守る自信がどうこうとか、どうでも良くなった。

 大切なことは菜月を守りたいという強い意思だと気づいたからだ。


「だから、俺はレンの提案に乗る」

「ふざけないでっ!」

「本気だっ!」

「認めないっ! そんなの絶対に認めないからっ!」


 宣言すると、菜月は俺に背を向け走って校舎に入っていった。

 俺は校舎に消えていく菜月の背中を眺める。

 それでも俺は……!

 決意と共に、拳を強く握り締めた。


 

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