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16話 谷川亜美の気持ち

 一週間が経ち、停学が開けた。


「久しぶりだな、レン」


 俺は教室に入り、席につくと、隣の友に話しかけた。

 レンは本を読みながら答えた。


「そうだな、勇者」

「勇者?」

「お前のことだ、凪沙」

「いや、全然意味わかんないんだけど……」


 俺がそう言うと、レンは説明し始めた。


「村田武て知ってるだろ?」

「……いや、知らない」

「……はぁ、お前が殴ったやつだ」

「そうなのか、あっ、そういえば……」


 囮作戦の後の生徒会で、野田が村田て言ってたな。


「でだ、村田はかなり問題があった生徒らしい。勝つあげ、いじめ、暴行など、色んな問題を起こしている」


 レンは続けた。


「そんな村田のことを、周囲を良く思っていなかった。だけど、なにかするにも村田が怖くて出来なかった」


 確かに、村田のゴリラのような体格は怖いだろう。

 俺も恐怖したぐらいだ。


「そんな時に、お前が現れて村田を殴った。お前は誰にもできないことをやって見せた、それで勇者てわけだ」

「……なるほどな」

「そして、この勇者にはもう1つの意味がある」

「もう1つの意味?」


 俺が復唱すると、レンは本から目を俺に向けた。

 ニヤリとレンは笑って、


「犠牲という意味だ」

「……犠牲?」


 よくわからないが、なんか嫌な予感がする……。


「知ってるか? 村田てやつは執念深いらしい。つまり、村田に恨みを買ったお前は狙われるてわけだ。その間、村田の周りのやつは危害がお前に向くわけだから、周りのやつは安全地帯になる。泉凪沙という、犠牲のお陰でな」

「……」

「まあ、あれだ。ドンマイというやつだ」

「友達の危機をドンマイの一言で片付けるなよ……」


 俺は机に突っ伏した。

 どうやら、状況はかなり危機的であるらしい。

 どうするかな……。

 そんなことを考えていると、レンが言った。


「噂をすれば……」


 ビクッ。

 体が恐怖に反応した。

 もしかして、来たのかっ!?

 俺はゆっくりと、頭を起こしドアを見た。

 そこには……


「……ホッ、誰もいねえじゃねえか」


 誰もいなかった。

 レンはあからさまにホッとした俺が可笑しかったのか、笑った。


「ハハッ、すまんすまん。つい、からかいたくなってね」

「ふざけんなよ……、言われる方は大変なんだぞ」

「まあ、そうだろうね」

「他人事だと思って……」

「実際他人事だしな、それに、殴ったお前に非がないとは言えんだろ」

「確かにそうだけど……」


 南さんが襲われようとした時、俺はゴリラを殴る権利などなかった。

 俺自身はゴリラになにもされてないからだ。


「それとも、お前は自分に非がないと言うのか?」

「いや、俺に非はある」

「そうか、だったら一つ良いことを教えてやるよ」


 レンはそう言うと、俺を真っ直ぐに見据えた。


「村田武には、凪沙に仕返しをする権利……いや、気がある。だから、注意しろよ勇者」

「……わかった」


 その言葉が冗談ではなく、レンが本気で俺を心配しているのがわかった。

 もしかしたら、俺は呑気だったかもしれない。

 南さんを助けて、野田に感謝されていい気になっていた。

 村田が仕返しをしてくる可能性なんて考えてもいなかった。

 それを、レンは気づかせてくれたんだ。

 だから、これからは気をつけよう。


「ありがとな、レン」

「気にするな」


 レンはそう言うと、また本を読み始めた。




 昼休みになった。

 俺は菜月、レン、日向と一緒に昼飯を食べようとした時、一人の少女が日向の所にきた。


「未来先輩、お昼一緒に食べてもいいですか?」

「おう、構わないぞ」


 少女はしばし周囲を見た後、空いているイスを持ってきて座った。

 俺は少女を見て首をかしげた。

 誰だ、この女の子は……?

 俺の視線に気づいたのか、少女は俺を見た。


「あっ、泉先輩ですよね」

「えっ、ああそうだけど……」

「初めまして、わたしは陸上部で未来先輩の後輩の宮塚紅葉といいます」

「……初めまして、泉凪沙です」


 日向の後輩か……。

 少女は自己紹介を終えると、弁当を広げた。

 そして、楽しそうに日向だけではなく、菜月とも話している。

 もしかして、俺以外とは面識があるんだろうか。


「なあ」

「なんだ?」


 俺は正面に座っているレンに話しかけた。


「宮塚さんて、いつから昼飯一緒にするようになったんだ?」

「一昨日だ。そして、あっという間に馴染んだぞ」

「そうか……」

「あの、泉先輩、海道先輩」


 俺とレンが話していると、宮塚さんから声がかかった。


「なに?」

「なんだ?」


 宮塚さんの方を見ると、チョコが入った袋を差し出された。


「お一つどうぞ」


 どうやら、くれるらしい。

 俺は「どうも」と袋からチョコを一つ取り、レンも同じように一つ貰う。

 宮塚さんはそんな俺とレンを見て、無邪気にニコリと笑った。

 宮塚さんは人見知りしないタイプかもしれないな……。

 俺はチョコを食べて、三人の会話を聞いていると、ふと、扉に隠れるように立っている生徒と目が合った。

 あれは……。


「飲み物買ってくる」


 俺はそう言って、席を立った。




 教室を出て、自販機を追い抜き、人目のない場所にきた。

 俺は足を止めて、振り返る。


「なんかようか?」


 誰もいない廊下、否、隠れているやつに向かって話しかけた。

 しばし、待っていると、そいつは覚悟を決めたのか、俯いて物影から出てきた。


「お前は確か……」


 俺はそいつを見た事がある。

 野田と南さんをいじめていたやつの一人だ。


「谷川亜美といいます……」


 そいつは消えそうなくらい小さな声で名乗った。


「それで、谷川さんはなんのよう?」

「……」

「ようがないなら、帰るけど」


 俺はぶっきらぼうに言う。

 いじめを行っていたやつに気を使う必要なんてないだろう。

 俺は教室に戻ろうと、した瞬間。


「待ってください!」


 そいつの声が廊下に響いた。

 そして、そいつはそのままの勢いで、頭を深々と下げた。


「ごめんなさい!」

「……えっ!?」


 予想外の出来事だった。

 仕返しはあると思ったが、まさか謝罪をされるとは……。

 だけど……。


「……」

「……」

「あのさ……」

「……はい」

「頭を下げる相手が違うんじゃないの?」


 俺に頭を下げくらいなら、まず、野田と南さんに謝れよ。

 俺はそう思って、そいつを見た。


「……野田さんと南さんには……謝りました」

「そうなのか?」

「……はい」


 どうやら、先に謝っていたらしい。


「でも、なんで俺に謝るんだ?」

「泉さんにはその……、わたしたちのせいで停学処分になってしまったので……」

「そうか……」


 俺は理由を聞いて納得した。

 そして、周りを見て、


「他のやつらはどうした? お前だけか?」

「……はい」


 谷川は一人で謝りに来たらしい。


「他の人たちはその……」


 谷川は口ごもる。

 まあ、どうせ他のやつは謝る気がないということだろう。


「……」

「……」


 沈黙が流れた。

 客観的に見れば、俺が彼女に無理やり謝らせている光景だ。

 居心地が悪いな。


「頭を上げてくれ」

「ゆ、許してくれるまで上げません」

「……」


 谷川には頑固たる意思があるようだ。

 俺は頭を掻きながら、


「許す。だから頭を上げてくれ」


 別に俺事態にはあまり迷惑がかかってないので、すんなりと許せた。

 野田と南さんに先に謝っているというのも理由の一つである。


「……」


 谷川さんはゆっくりと頭を上げた。

 そして、俺の機嫌を伺うように見てくる。


「ほ、本当に……許してくれるんですか……?」

「ああ、本当だ」

「……あ、ありがとうございます」


 そう言って、谷川さんはまた頭を下げるのであった。




「ということがあったんです」


 放課後の生徒会室。

 俺は目の前に座る会長に、昼休みにあった谷川さんとの出来事を話した。


「そうですの……。そんなことが……」


 会長は視線を落とし、微かに唇の端を上げた。


「亜美さん……よくがんばりましたわね……」

「会長?」

「何でもありませんわ」


 会長はそう言うと、俺を見据えた。


「さて、泉さん」

「なんでしょうか会長」

「泉さんが停学中の間、わたしと黒川さんは泉さんの分まで仕事をしなくてはならなくなく大変でしたわ」

「それは……すいません」

「言葉ではどうとでも言えますわ」

「つまり、行動で示せと……」

「はい、その通りですわ」


 俺の言葉に満足したのか、ニッコリと笑う会長。


「わかりました、では今日は会長と菜月の分まで仕事をやります」

「その心行きですわ。でも、わたしは自分の仕事は自分でしますの」

「わたしもだよ」


 と、会長と菜月。


「では、泉さん。今日からまた頑張ってくださいね」

「はい」


 俺はそう言って、生徒会の仕事に勤しむのであった。




〈谷川亜美視点〉



 内気なわたしは高校に入っても友達が一人も出来なかった。

 そして、気がつけば一年が過ぎて、二年生になった。

 二年生になっても友達が出来ないだろうな、と思っていたが現実は違った。

 初めての友達が出来た。

 嬉しかった。

 すごく、嬉しかった。

 でも、それは最初だけだった。

 村田さん達はわたしのことをパシリとしか見ていなかったのだ。

 それを知って、わたしは泣いた。

 泣いて、泣いて、泣きまくった。

 だけど、わたしには励ましてくれる人なんていない。

 両親は仕事一筋で家庭を省みない放任主義。

 友達はそもそも泣く原因だ。

 そんなある日のことだ。

 野田さんと南さんが付き合っていることがクラスの白日の下に晒された。

 クラスの大半の人が二人に対する態度を変えた。

 軽蔑の言葉を発した者もいたが、それは極少数だ。

 そして、その極少数の筆頭が村田さんだ。

 村田さんは、言葉だけでは飽きたらず、村田さんの友達とわたしを巻き込み、いじめを始めた。

 だけど、わたしはいじめなんかしたくなかった。

 でも、やった。

 やりたくないけど、やったのだ。

 なぜなら、友達を失うことが怖かったからだ。

 友達と同じことをしなくては、友達ではいられなくなる。

 そしたら、また一人ボッチだ。

 頭では、わたしのことをパシリ程度にしか思っていないことを解っていても、心が友達を失いたくないと叫んでいた。

 そして、わたしはいじめに参加したのだ。

 いじめている時はつらかった。

 野田さんと南さんからは睨まれ、暴力を振るう手足も痛かった。

 そのことから目を背けるように、わたしはいじめる時、感情を圧し殺した。

 ずるいとは解っていた。

 でも、目を背けた。

 そうしないと、心が持たなかったからだ。

 そんなある日……。

 いじめがばれた。

 初めて風紀委員室に連行された。

 風紀委員からは睨まれ、嫌でも自分のやった罪の重さに気づかされた。

 目を背けることが出来なくなった。

 そして、最悪なことに友達に裏切られた。

 村田さんが筆頭でいじめを行っていたのに、みんなわたしに脅されてやったというのだ。

 それを聞いたわたしは何かがポキッて折れる音が聞こえた。

 わたしの心は完全に折れてしまった。

 そして、停学処分にされた。




 わたしは昼頃だというのに布団を被っていた。


「……」


 心が重い……。

 なにもしたくない……。

 いっそ、このまま……。

 ピンポーン。

 チャイムが鳴った。

 いったい、こんな時間に誰がきたんだろうか。

 まあ、関係ないか……。

 ピンポーン。

 ……。

 ピンポーン。ピ、ピ、ピ、ピ、ピンポーン。


「うるさいっ!」


 布団を脱ぎ捨て、部屋から出た。

 玄関につくと、勢いよく扉をあけて、相手を睨みにつ……て、


「……会長」


 そこには、生徒会長が立っていた。

 美しい銀色の髪は太陽の光を受けて輝き。

 うっすらと、笑みを浮かべた唇は色っぽい。

 左右で異なる色の瞳は美しく、いつまでも眺めてみたいと思う。


「谷川さん」

「は、はい。なんでしょう……」


 思わず緊張してしまった。

 そして、会長は一言。


「中に入ってもいいかしら?」




「谷川さん、大丈夫ですの?」  


 中に入れてあげると、第一声がこれだ。

 わたしを心配してくれたのだ。

 この、わたしを。

 ……なんてな。

 わかってるよ、わたしをバカにしたいんだろ。

 上から目線で、見下したいんだろ。

 わたしは怒りをぶつけようと会長を睨みつける。


「ふざけるないでっ!」


 わたしは怒鳴った。

 心配してくれている会長には、失礼かもしれないでもわたしはそこまで気が回らなかった。


「大丈夫ですの? だと、大丈夫じゃないよっ! 少し考えればわかるでしょ!? なんで、そんなこと聞くのっ!?」

「……」

「帰ってくださいっ!」


 わたしは立ち上がって、自分の部屋に戻ろうとしたが、


「ちょっと!?」


 途中で会長に後ろから抱き締められた。

 わたしは必死に引き剥がそうとする。

 しかし、わたしの力は弱く会長から離れられない。

 しばらく、じたばたしていると後ろから声が聞こえた。


「ごめんなさい」

「えっ!?」


 振り返ると、会長が泣いていた。


「わたしはただあなたが心配だったの。でも、逆にあなたを無神経なことを言って傷つけしまったわ」


 そう言う会長の言葉にはウソ偽りは感じなかった。


「本当にごめんなさい」


 会長は泣いていた。

 会長はわたしのために泣いているんだろうか。

 そう思うと、怒りがスーッと引いていくのを感じた。

 よく考えてみれば、会長にはわたしを心配する義務なんてない。

 むしろ、生徒会のメンバーを巻き込んだわたしに怒鳴ることだってできたはずだ。

 なのに、会長はわたしを心配してくれた……。

 今度は嬉しさが込み上げてきた。


「会長、ありがとうございます」

「……」


 わたしはしばらく会長と抱き合っていた。




 冷静になった後、わたしと会長は話し合った。

 話といっても世間話程度のものだ。

 だけど、気兼ねなく話せるというのは新鮮だった。

 村田さん達と話をする時は、常に気を使っていた。

 話の腰を折らないようにしたり、空気を読んで相槌を打ったりした。

 今考えれば、わたしの存在価値は替えの効くものだったに違いない。

 でも、会長との話はまるで違った。

 わたしは気を使う必要なんてなかった。

 それどころか、会長の巧みな話術でわたしのことを一方的に話す形になっている。

 だが、それは悪いことではなく、わたしは楽しいと感じた。

 そして、楽しい時間はあっという間に過ぎ、二時間が経っていた。


「それでは亜美さん。わたしは帰りますわ」

「……はい」


 少し名残惜しいが仕方がない。

 わたしは会長を玄関まで見送る。

 会長は玄関のドアを開けようとした時、


「あっ、そうだわ」


 会長はなにか思い出したかのように言うと、鞄の中から一冊の本を出した。


「これ、あげますわ」

「いいんですか?」

「ええ」


 わたしはその本を受け取った。


「では、亜美さん。また学校で」

「はい、会長」


 会長はそう言って、帰っていった。

 そういえば、会長わたしのこと名前で呼んでくれた。

 小さなことかもしれないけど、わたしをそのことを嬉しく思った。

 気がつけば、わたしはまた学校に行きたいと思った。

 後、野田さんと南さんに謝らないと……。

 



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