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14話 初夜て、なに?

 俺は風紀委員に連行されて、生徒会室にやってきた。

 生徒会室には、会長、野田、南さんの三人がいた。

 会長は真剣な眼差しで俺を見上げ、野田は南さんに手当てをしてもらっている。

 菜月は連行される俺を草むらに隠れて心配そうに見ていたので後からくるだろう。

 そんなことを考えていると、隣に立つ風紀委員が一歩前に出た。


「会長、話は聞いていると思いますが……」

「ええ、泉さんが暴力を振るったということですわね」

「はい」


 どうやら、俺がした行動は会長に話してあるみたいだ。


「この件は、作戦とは別問題です。いかがいたしましょう?」

「そうね……」


 風紀委員の問いかけに、会長は顎に指をあて考える。

 おそらく、俺に対する処罰を考えているんだろう。

 そして、この場にそのことを許さない者がいた。


「ちょっと、待ってくれっ!」


 満身創痍の野田が立ち上がった。


「泉は理恵を庇うために、あのゴリラ、じゃなく、村田を殴ったんだっ!」

「殴ったから処罰をされるんです」

「確かにそうだけど……、でも、あの場はそうするしか……」

「それでも、殴った事実は変わりません。どんな経緯があろうとも、そのことには罰を与えなくてはなりません」

「……」


 風紀委員の対応に野田は唇を噛み締めて黙り込んだ。

 野田にとって俺は彼女を助けてくれた存在だ。

 だから、処罰を受ける俺を助けたかったんだろう。

 野田は視線を落としゆっくりとソファーに戻った。

 南さんは俺に軽く頭を下げると、野田の肩を優しく抱いた。

 風紀委員は野田から会長に視線を戻した。


「で、どうなさいますか?」


 風紀委員の問いかけに会長が口を開いた。


「停学一週間ですわ」

「わかりました」


 それを聞いた風紀委員は俺の手錠を外し、生徒会室から出ていった。

 それを見送った後、野田が立ち上がった。


「すまない」


 俺に深々と野田は頭を下げた。


「気にするな。殴ったのは俺の勝手だ」

「しかし」

「だったら、謝罪よりも礼を言ってくれ」


 その言葉に野田はしばし目をぱちくりさせた後、フッと笑った。

 俺もつられて笑う。


「わかった。ありがとう」


 野田は俺の前に手を出した。

 俺はその手をつかみ握手する。


「なんか、少年漫画みたいだね」


 いつの間にか生徒会室にきていた菜月がボソリと言った。


「いつ戻ってきたんだ?」

「風紀委員が出ていった直後だよ」

「だったら、声かけろよな。びっくりするじゃないか」

「だって、お取り込み中だったしね」


 そう言えば、風紀委員が生徒会室を出ていった直後に野田に頭を下げられたんだよな。

 だったら、話かけないのも納得がいく。


「そうだったな」

「うん。そうそう、でさ……」


 菜月は視線を落とし、言った。


「いつまで握っているの?」

「……?」


 俺は首をかしげ、菜月の視線を辿ると、そこには俺と野田の握手している手があった。

 言い方を変えれば、手を繋いでいると言えなくもない。


「おっと、すまん」


 野田は気づき、慌てて手を離した。

 そして、なぜか頬を微かに赤らめている。

 それを見逃さないのが、会長である。


「あらあら、フラグ立っちゃったかしら」


 実に楽しそうな笑みを浮かべる会長。

 俺と野田は顔を青くして、俺は菜月を、野田は南さんを見た。

 案の定、そこには鬼がいた。


「凪沙くん。フラグなんて立ってないよね?」

「ねえ、そんなの冗談だよね、光太?」


 菜月と南さんはゆらゆらとこっちに近づいてくる。

 俺と野田は目を合わせアイコンタクトをとると、二人で生徒会室から逃げ出した。

 俺は野田とは良い友達になれると思った。




 翌日。


「じゃあ、いってくるね」

「ああ、いってらっしゃい」


 俺は登校する菜月を玄関で見送った。

 菜月はバイバイと手を振ると、玄関のドアを閉めた。

 それを確認すると俺はため息をついた。


「はぁ」


 今日から一週間俺は学校にいけない。

 停学を食らったためだ。

 サボリはしたことはあるが停学は始めてだ。

 俺はリビングにいき、ソファーに寝転んだ。


「暇だ」


 静かな空間に俺はボソリと呟いた

 しかし、そう言ったところで状況はなにも変わらない。

 コロコロと転がって見るが、それで楽しいと思えるほど俺は幼稚ではない。

 それでも、コロコロと転がっていると、テーブルの上に置いてある一冊の本が目に止まった。

 俺はコロコロ転がるのをやめ、本を手に取った。


「『女の子になったボクは』ねえ……」


 俺は本のタイトルを見て、苦笑いした。

 この本は昨日会長が停学中の暇潰しに、と貸してくれたものだ。

 会長の話によれば、これは作者の実話を描いたものらしい。


「読んでみるか……」


 俺は暇潰しにこの本を読むことにした。




 ピーンポーン。

 静かな家にインターホンの音が響いた。


「ん……」


 俺はその音を聞き目が覚めた。

 どうやら、読んでいた途中で寝たみたいだ。

 それを証拠付けるかのように、顔の目の前にある。

 俺は体を起こし、玄関へと向かう。


「よっ!」


 玄関を開けると、そこには野田がいた。

 そして、持っているビニール袋を上げる。


「様子を見にきたぜ」

「様子って、おまえ学校はどうした?」


 俺がそう訊くと、やつはケロっとした顔で答えた。


「サボった」

「はぁ」


 俺はため息をついた。


「まあ、入れよ」


 俺は野田を入れてやることにした。

 野田は「ありがと」といいながら、家に入った。

 野田をリビングに通し、俺はソファーに座った。

 野田は絨毯の上であぐらで座る。

 幸い、野田はジーンズなのであぐらをかいても問題ない。


「泉てさ、なんで私服にスカート穿いてるんだ?」


 野田は俺を見て、そんなことを訊いてきた。

 だが、野田が疑問に思うのは俺は理解できた。

 野田は俺を元男と知っているんだ。

 だから、元男が普段はスカートを穿かないと思っているんだ。


「いや、人の趣味にとやかく言うつもりはないが……」

「違う」


 誤解しそうな野田に、俺ははっきりと言った。


「菜月がスカート以外穿くのを許してくれないんだ」

「そうなのか?」

「ああ、だから、普段着にズボンはない。唯一あるとしたら……」


 俺はそこまで言って思い出した。

 俺は立ち上がった。


「おい、泉!?」

「悪い、少し待っててくれ」


 俺はそう言うと、急いで二階の自分の部屋に向かった。




 数分後。


「待たせたな」


 俺はジャージを着てリビングに戻った。

 このジャージは寝る時にしか着ないものだ。

 前、菜月に寝る時にはスカートは嫌だと言ったら、パジャマを進められた。

 だけど、なんとか説得して得たのがこのジャージである。


「普段着にジャージて……」


 リビングに舞い降りた俺を、野田は残念なものを見るような目でみた。

 俺はそんな視線を無視してソファーに座った。


「で、野田は何しにきたんだ?」

「だから、様子を見にきたんだ」

「ウソだな」


 俺は野田の目を真っ直ぐに見つめた。

 野田も真っ直ぐに俺を見つめた。

 しばし、そうしていると、野田が白旗を上げた。


「そうだよ。様子を見にきたていうのは建前だ」


 野田は男らしい仕草で頭を掻いた。


「俺はな、礼をしに来たんだ」

「礼だったら昨日言ったじゃないか」

「あれは、あの場の流れでやったもので、誠意が足りない。だから、改めてきたんじゃないか」


 野田はそう言うと、正座して絨毯に頭をつけた。


「ありがとう。本当に感謝している」

「おい、やめろって!」

「いや、やめない!」


 気合いの入った声に、俺は怯んで黙り込んだ。

 そして、野田はぽつりぽつりと語り出す。


「あの時おまえがゴリラを殴らなかったら、理恵は暴力を振るわれていた。俺にとって理恵は大切な女だ。だから、絶対に傷ついてほしくなかった……」


 野田はあの時のことを思い出したのか、目から涙を流していた。

 俺は今でも覚えている。

 ゴリラの手が南さんに触れようとした時の野田の絶望に満ちた表情を。

 だが、それは現実にはならなかった。

 悪夢は悪夢のままで終わったのだ。

 俺がゴリラを殴りつけたことで。

 野田にしてみれば、俺は救世主だろう。

 なにせ、野田の大切な人を守ってくれたのだから。

 その後も、野田は頭を絨毯につけたまま、感謝の意を示した。


「ありがとうございます」


 最後に改まった様子でそう締めくくった。

 俺は野田の感謝の気持ちを真摯に受け止めた。


「野田の感謝の気持ちは十分にわかった。だから、頭を上げてくれ」


 俺がそう言うと、野田は頭を上げた。


「ああ」


 野田は腕で涙を拭った。


「よし! なんか飲むか?」


 俺が訊くと、野田はビニール袋をテーブルに置いた。


「いや、持ってきているからいい。当然泉の分もあるぞ」

「そうか、ありがとう」


 俺は野田から差し出された炭酸飲料を受けとる。

 野田はコンビニで買ったらしい、お菓子をテーブルの上に広げた。


「なんか、宴会みたいだな」

「そうだな。んじゃ乾杯でもするか?」

「いいね」


 野田の提案に俺は乗っかった。

 野田と俺はビールの代役に炭酸飲料を掲げる。


「「乾杯ぃーー!!」」


 缶と缶がぶつかり合い、炭酸飲料が少しこぼれたが気にならない。

 野田は炭酸飲料をノリで一気飲みしようとして、


「ゲホッ、ゲホッ」


 むせた。

 実に苦しそうなので俺はやらないことにした。


「大丈夫か?」

「ああ、どうにか」


 野田はそう言ってるが、目に微かに涙を浮かべていた。

 まあ、男は見栄を張る生き物だからしょうがないだろう。


「そう言えば、野田。南さんを学校に置いてきて良かったのか?」


 俺は目の前の野田に訊いた。

 昨日、作戦が失敗したと思ったが、目的は果たせて成功だったらしい。

 目的というのが、あの五人に正当な手段で停学を食らわせることで、その間に会長の権力を使って秘密に一人一人脅すといったものだ。

 だが、いくら成功しようとも、いじめがなくなるだけで、他の者の軽蔑がなくなるわけじゃない。

 そして、野田がここに来ていることから、今は南さん一人が軽蔑の目を受けているとなると、心配になってくる。


「理恵は今日は家の用事で休みだ」

「そうか」


 俺はホッと安堵した。

 よく考えてみれば、野田が危険地帯に南さんを置いてくるわけがない。

 野田はそんな俺を見て、ニヤリと笑った。


「もしかして理恵に惚れたか?」

「それはないな」


 俺は冗談を言ってくる、野田を尻目に炭酸飲料を飲んだ。


「そうだろな。だって泉、黒川さん一筋だもんな」


 危うく俺は吹きそうになった。

 そして、むせた。


「ゲホッ、ゲホッ」

「大丈夫か?」


 原因の野田はニヤニヤしながら、俺を見つめる。


「知ってたのか?」

「なにを?」

「だから、その俺がな、菜月を……」


 俺は途中で自分が言おうとしたことに気づき、恥ずかしさが込み上げてくる。

 野田は俺を腹を抱えながら笑った。


「フハハハハハッ!」


 野田はゴロゴロと絨毯の上を転がる。


「笑うなっ!」

「いや、ごめんな。反応があまりにも……ぷっ、フハハハハ」

「うぅ……」


 俺は恥ずかしさのあまり、顔を赤くした。


「すまん、すまん。悪ふざけが過ぎた。あまりにも、泉の反応が初々しいから、ついからかってしまった」


 そう言っているが、野田の頬が笑うのを必死に我慢しているのを俺は見逃さない。

 だが、今回は楽しい席なので見逃してやる。

 俺は寛大なのだ。


「おまえ、初夜はまだだろ?」


 野田が邪悪な笑みを作り、わけのわからんことを訊いてきた。


「初夜て……なに?」


 俺がそう訊くと、野田は目を丸くした。


「本気でいってるのか?」

「そうだけど……」

「はぁ」


 俺が初夜の意味を知らないと知ると、野田は呆れたようにため息をついた。

 もしかして、それほど常識なんだろうか……。


「まあ、黒川さんに訊けばわかるぞ」

「そうか、わかった」


 俺は菜月が帰ってきたら、訊くことにした。




「そろそろ帰るわ」


 飲み物がなくなり、広げていたお菓子もなくなった頃、野田が言った。

 時計を見てみると、いつの間にか四時だった。

 道理で腹がへっていたわけだ。

 俺は時計を見て納得した。

 俺は本を読んでいる途中で寝て、起きたら午後だったというわけだ。

 つまり、昼飯にお菓子を食べたことになる。

 体に悪そうだな。


「帰る前に片付けるのを手伝ってくれ」

「はいよ」


 俺と野田は協力して、ビニール袋にごみを片付けていく。

 そして、俺はそのビニール袋と空の缶二つを持って台所のごみ箱へ向かう。

 缶は中を水でゆすいで捨てる。


「じゃあな」


 野田はリビングのドアの前に立ち、俺に声をかけた。

 俺は玄関まで見送ろうとした、瞬間。


「おわっ!?」


 ジャージの裾を踏んで転びそうになった。

 ジャージは男の頃のもので、女になって背が少し縮んだため、裾が余っているのだ。

 目の前に床が迫り、くる痛みに対し目を瞑ると、


「危ないっ!」


 と、叫び野田が俺を支えようとしただが、


「やべっ!」


 あの倒れない野田はどこえやら、野田を巻き込んで俺は床に倒れた。


「……あれ?」


 痛みがこないので、おかしいと思って目を開けてみたが、真っ暗だ。

 いや、違う微かに光はあった。

 そして、顔に柔らかい感触を感じた。

 もしかして。

 俺は両手を床につき、体を起こすと視界が開けた。

 そして、目の前には顔を赤くする野田と、顔を衝撃から守ってくれた豊満な胸があった。


「……」

「……」


 沈黙が流れた。

 この光景をみれば、元男が元男を押し倒す鬼畜野郎に見えるだろう。

 もしも、菜月に見られたらどんな目に遭うか、と思っているとドサッとなにかが落ちる音がした。

 見てみると、菜月が鞄を落とした音だったみたいだ。

 ついでにいうと、菜月のとなりには南さんがいる。


「……凪沙くんどういうこと?」


 いつの間にか帰って来ていた、菜月が俺に氷より冷たい視線を送った。

 なぜか、冷たい視線なのに俺の額から汗が流れた。


「……光太」


 こちらもいつの間にか遊びに来ていた、南さんが野田に冷たい視線を送っている。

 野田は真っ赤な顔を一気に真っ青に染めるという芸当を披露した。

 俺は思考が破裂しそうな勢いで、考えて、


「おかえり」


 と、定番な言葉をかけた後、野田が菜月に訊けばわかると言っていたことを訊いた。


「初夜て、なに?」


 俺が火に油を注ぎ、ついでに火薬も入れて爆発させたことに気づくのは、そう遅くはなかった。

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