表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/25

12話 甘えと覚悟

 五月になった。

 新入部員は一人も入ってこない。

 なんでと思ったがこれが普通らしい。

 まあ、そうだよな。

 誰が好き好んで生徒会に入るか。

 もし、入るやつがいたら、それはきっと生徒会を題材としたアニメが好きなやつだろうな。

 それか、『わたしは社会貢献がしたいんです!』という、真面目なやつに違いない。

 まあ、俺はどっちでもないがね……。




「これを見てください」


 放課後の生徒会室で、会長が一枚の紙をテーブルに置いた。

 そこには、『いじめられています。助けください』と書いてあった。


「目安箱に入っていたものです」

「目安箱?」

「学校に設置してある、生徒の意見を聞くための箱のことだよ」


 疑問に思っていると、隣に座っている菜月が教えてくれた。


「あの職員室のところにあるやつか?」

「うん」


 なるほど。

 あれは目安箱だったのか。


「お二人はこれを読んでどう思いましたか?」

「うーん、そうですね……。そのことが本当なら問題かと思います」

「わたしも、凪沙くんと同意見です」

「そうね、まずは信憑性を確かめなくてはなりませんわ」


 会長はそう言うと、手を挙げた。

 それから、お嬢様が使用人を呼ぶように指をパチンッと鳴らすと、


「お呼びでしょうか」


 一人の生徒が生徒会室に入ってきた。

 三つ編みの髪で、眼鏡をかけた、真面目な印象を受ける女子だ。


「えっ、誰?」


 思わずそう呟くと、


「お初にお目にかかります。風紀委員の田辺千尋と申します。以後、よろしくお願いいたします」

「あっ、泉凪沙です」

「黒川菜月です」


 あまりにも丁寧な自己紹介に少し慌ててしまった。

 菜月は俺と違い、冷静に自己紹介をする。


「田辺さん。このことについて調べてほしいんだけど」


 と、言って会長はさっきの紙を渡した。


「わかりました」


 田辺さんは受けとると、「少々お待ちください」と言って生徒会室を出ていった。


「今のは誰ですか?」

「あら、自己紹介聞いてなかったの?」

「いや、聞いてましたよ。俺が訊きたいのは会長とあの人、田辺さんがどういう関係かていうことです」


 指をならしただけで来たからなきっとただ者ではないだろう。


「あら、嫉妬かしら?」

「違います」


 即答してやった。


「あら、残念……。まあ、いいわ。で田辺さんだけど彼女は風紀委員なのよ」

「それは聞きました」

「じゃあ、なんで訊いてくるの?」

「なんでて、風紀委員が指をならしただけで来るはずないじゃないですか?」


 そう言うと、会長は驚いたような顔をした。


「えっ、そうなの?」


 どうやら、会長の認識では風紀委員は指をならし

ら来るが常識らしい。

 一体どんな教育を受けたらこうなるんだろうね。

 俺が言える筋合いではないが。


「お待たせしました」


 手にファイルをもった田辺さんが入ってきた。

 なんだあのファイルは?


「どうぞ」


 田辺さんはファイルを開き、テーブルに置いた。

 そこには名前やクラス、家族構成など個人情報が書いてあった。

 どうやら、このファイルは個人情報の塊だったみたいだ。

 て、そんなもの勝手に見てもいいのか?

 まあ、生徒会役員だしいいだろう。

 会長も見てるしな。


「この子が書いたものね」

「はい」


 会長はファイルと紙を見比べて言った。

 気になって覗き込んでみると、『南理恵』という名前と、南さんが書いたものと思われる作文が目にとまった。

 どうやら、会長は筆跡鑑定をしていたみたいだ。

 なんて、ハイスペックなんだろう。


「いじめの原因はわかるかしら?」

「予想はつきますが、まだ信憑性に欠けます」

「そう、わかったわ。ありがとう。では引き続きお願いできるかしら」

「はい、わかりました」


 田辺さんは頭を下げて、生徒会室から出ていった。

 会長は顎に手をあてて、ファイルを見てなにか考えてるみたいだ。


「会長」

「なに?」

「いじめの原因はなんですか?」


 ストレートに訊いた。

 さっきの田辺さんの口振りだと、ある程度知っているみたいだった。

 それを会長が訊かなかったのは、たぶん、いじめの原因を知っているからだろう。

 あくまでたぶんだが。


「そうね……」


 会長は口を閉ざした。

 そして、チラチラと俺と菜月を見比べる。

 もしかして、俺と菜月に関係があることだろうか。

 でも、俺は『南理恵』という人物は知らない。

 さっきクラスを見てみたが、2年1組で同じクラスじゃない。

 一年の時も、同じクラスだった覚えはない、いや、待てよ菜月ならどうだ。

 菜月とは一年の時違うクラスだったし、知ってるんじゃないか。

 そう思って菜月を見ると、横に首を振った。

 知らないみたいだ。

 俺が考えていると、


「お二人は今の同性愛がどういう意味か知っているかしら?」


 はっきりと言った会長の言葉に、反射的に体が反応した。

 顔には緊張がはしり、手にはギュッと力が入る。

 会長は目を逸らした。

 会長が言い難そうにしていた理由がようやくわかった。

 会長は俺と菜月が付き合っていると知っているんだ。

 だから、この話をしたくなかったんだ。

 なぜなら、今の同性愛は、元男と女でも同性愛と認識されるからだ。

 そして、そういう関係になったものは、ほとんどの場合いじめと差別をうける。

 なので、付き合っている人は付き合っていることを秘密にするのだ。


「会長、それがいじめの原因ですか?」


 恐る恐るそう訊いて見ると、


「はい」


 と、答えられた。




 どうにかするのは、調査が終わった後で、ということでその日の生徒会は終わり、家に帰ってきた。

 そして、今、俺は風呂に入っていじめの件のことを考えていた。


「……」


 もしもだ。

 俺と菜月が付き合っていることがバレたらどうなる。

 レンと会長は付き合っていることを知っているから、大丈夫として、他のやつはどうだ……。

 きっと、いじめや差別をしてくるに違いない。

 そしたら、俺は菜月を守れるか。

 …………無理だろうな。

 守りたいと思うが自信がない。

 もう男でない俺になにができる? いや、もしも男だったとしても守れない。

 俺は男としても自信がないんだな。

 情けない。

 だから、付き合っていることは絶対秘密にしないと。

 絶対に……。




「はい、これ」

「ありがとう」


 風呂を上がり、着替えてリビングに行くと菜月が冷たい飲みものを出してくれた。

 俺は受けとると、ソファに座る。

 菜月は隣に座った。

 菜月からシャンプーの良い匂いがするが、気にしない。

 菜月は表情を隠すためか、俯いて話始めた。


「ねえ、凪沙くんは会長の話を聞いたどう思った?」

「……」

「わたしは酷いと思ったよ。だって、互いに愛し合っているだけでさ、いじめられるんだよ。それってどう考えてもおかしいよ。凪沙くんもそう思うでしょ?」

「そう思う」


 俺もおかしいと思う。

 だが、


「それが現実なんだ。本当は人と人が愛し合うことはいいことなのに、いじめをうける、差別をされる。例えおかしくてもそれが現実だから、受け止めるしかないんだっ!」


 その言葉はまるで俺自身に言い聞かせるようだった。

 いや、俺自身に言い聞かせたんだ。

 俺は少し期待をしていた。

 もしかしたら、付き合っていることを知ってもいじめは起きないんじゃないか、メディアがただそのことを過大に取り上げただけじゃないか、と。

 だけど、いじめは実在し、メディアは真実を語っていた。

 そして、今日のことで俺の考えが甘かったことを知った。

 だから、俺は、


「菜月」

「なに?」

「別れよう」


 菜月を守るために別れることを決意した。


「このまま、付き合っていたら、いずれボロが出てバレる。だからその前に……」


 俺の言葉は途中で遮られた。

 菜月が俺を抱き寄せたのだ。

 まるで、泣く子供をあやす母親のように。


「凪沙くん、わたしはね、凪沙くんと別れるくらいだったら、いじめを受けても良いと思うんだ」

「……」

「だって、好きな人と別れるていじめられるよりも辛いと思うから、だからわたしは……」


 菜月はギュッと抱き締める力を強めると、


「凪沙くんと別れない」


 はっきりとその言葉は聞こえた。


「……」


 ああ、なんて俺は甘かったんだろう。

 菜月の言葉を聞いてまたそう再認識させられた。

 菜月は最初から期待なんてしてなかった。

 甘えなんてなかった。

 バレたらいじめられると覚悟していたんだ。

 だから、こんなにはっきりと言えるんだ。

 だけど、俺は嫌だ。

 菜月は自分がいじめを受けてもいいと言っているが、俺は菜月がいじめられるのは嫌なんだ。

 だが、そう伝えても菜月は引かないだろう。

 そうなることを覚悟しているから。

 だったら、俺はどうすればいいだろう。

 どうすれば……。


「わかった」

「凪沙くん」

「だけど、条件付きだ」

「条件?」

「学校と外では恋人ではなく、幼馴染みとして接すること、これが条件だ」


 俺は菜月の意思を尊重した。

 ただし、条件付きだ。

 これは、俺と菜月が付き合っていることを秘密にするためだ。

 前も俺の独断で恋人のやるような行為は避けてきたが、そのたんびに菜月を傷つけた。

 なので、菜月にも協力してもらうことにする。

 そして、もし断られたら、是が非でも菜月と別れる。


「うん。わかった。外ではただの幼馴染みだね」


 菜月はあっさりと承諾してくれた。

 もしかしたら、俺の考えていることを分かってくれたのかもしれない。


「ありがとう」


 お礼を言うと、


「どういたしまして」


 と、微笑んでくれた。

 よかった……。

 俺と菜月はそのまま抱き合っていた。

 外では幼馴染みとして接するが、家では恋人だ。

 ちなみに、エッチなことはしていない。

 そういう行為は二十歳からですっ!




 一週間後、いじめの原因が判明した。

 原因は会長が言っていた通りのものだった。 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ