11話 紅葉の想い
<日向未来視点>
日曜日。
アタシは喫茶店で一人コーヒーを飲んでいた。
休日は土曜日しか部活がないので、日曜日は一日中遊ぶことができる。
しかし、今日はいつもと違う。
最近仲良くなった後輩の紅葉と遊ぶ約束をしているのだが……。
「……遅い」
もう、待ち合わせの時刻から三十分がたっていた。
おかげで、暇だし、ただ座っているだけでは悪いのでコーヒーのおかわり代金もかかる。
こりゃなにか奢らせないとな。
そんなことを考えていると、一人の客が入ってきた。
長い黒髪で、前髪を揃えた……ていうか、紅葉だ。
紅葉はキョロキョロと店内を見回し、アタシと目が合うと、
「未来先輩!」
子犬の如くこっちにきた。
てか、今紅葉が大声で言ったから客が何人か見たぞ。
超恥ずかしい。
「遅いぞ」
「すいません。服選ぶのに時間がかかってしまいました」
と、しょんぼりする紅葉。
紅葉の服装は時間がかかったというだけあってオシャレなモノだった。
ただ、靴がスニーカーというのはきっと動きやすいためだろうな。
「そうか、まずは座ったら」
「はい」
アタシが促すと、紅葉は対面に座った。
「まあ、あれだ。誰にだって遅れることはある。だから、今回は許す」
「ありがとうございますっ!」
「ちょっ、静かにしろ」
「あっ、すいません」
まったく……。
「なにか注文したら?」
と、アタシはメニューを手渡した。
「そうですね……」
紅葉はメニューを開き、ブツブツと小さな声で呟く。
なんか、おもちゃを選んで悩んでいる子どもみたいだな。
紅葉は決めたのかメニューを閉じると、
「すいませんー!」
「ここはボタンで呼ぶんだよ」
「あっ、すいません……」
また、しょんぼりとする紅葉。
店員さんは苦笑いしながらもきてくれました。
すいませんねえ。
紅葉がレモンティーを注文すると、店員は去っていた。
「未来先輩」
「なに?」
「この後、どこいきましょうか?」
「決めてないのか?」
「はい」
おいおい、はっきり言うなよな。
例え決めてなくてもてきとうにゲーセンとかいっとけよ。
まあ、素直なのはいいと思うけど。
「んじゃ、ゲーセンでもいくか?」
「ゲーセンですか……」
「嫌なのか?」
「いえ、いったことがないだけです」
へぇー、実際にゲーセンいったことないやつているんだ。
「んじゃ、行ってみるか?」
「いいんですか?」
「いいもなにもアタシが言い出したことだし……」
「じゃあ、ゲーセンにいきましょう!」
と、言って今にも行きそうな紅葉。
「その前に注文したレモンティー忘れんなよ」
「うっ、すいません……」
まったく、せっかちなやつだな……。
「未来先輩! 未来先輩!」
と、ハイテンションで目を爛々に輝かせる子犬こと紅葉。
あれから、アタシと紅葉はゲーセンにきた。
そしたら、紅葉はこのはしゃぎよう。
おかげで、騒然としているゲーセンの中でも、紅葉は目立ってます。
ご丁寧にアタシも巻きぞいにして。
「今度はなんだ?」
「あれほしいです!」
と、紅葉が指差す先には犬のヌイグルミがあった。
四角の箱の中に。
UFOキャッチャーである。
しかも、一回三百円、三回五百円とお高いやつだ。
もしかして、紅葉はアタシにあの犬のヌイグルミをとってほしいといっているのか?
無理だ。
てか、
「自分で挑戦してみたらどうだ?」
「未来先輩に取って貰いたいんです!」
「……?」
「お願いします!」
紅葉は頭を下げた。
アタシにそこまでして取ってほしいみたいだ。
理由はわからんがまあ、いいか。
ここは先輩としてやってやろうじゃないか。
「わかった」
アタシは五百円を入れた。
「ただし、五百円だけだ。これで取れなかったら、自分で挑戦するか諦めろよ」
「はい!」
紅葉は嬉しそうに頷いた。
さて、どうやって取ろうか。
ヌイグルミは大きく持ち上げて取るのは無理だろうな。
確か前にテレビでみたやつだと、引っかけて落ちた弾みで落とすというのがあったな。
よし、やってみるか。
一回目、かすりもせず失敗。
二回目、軽く持ち上げただけ、失敗。
三回目、なんと持ち上がった! そのまま取れると思いきやギリギリのところで失敗。
「……」
「……未来先輩」
紅葉は瞳を潤ませ、祈るように手を組んだ。
「お願いします」
上目使いで、懇願した。
実にかわいい。
これは絶対取ってあげなくてはという気になってくる。
「任せとけ!」
アタシは千円札を三枚出すと、
「両替を頼む!」
「ありがとうございます!」
紅葉はそれを手に取ると両替機の方へ走っていった。
「はぁ」
アタシはため息をついた。
UFOキャッチャーの戦略にはまり、五千円を使ってしまった。
そんなアタシとは対称に紅葉は嬉しそうだ。
紅葉は大きなヌイグルミを抱いて顔を埋めている。
まあ、紅葉のこんな嬉しそうな顔を見られたと思えば、や、安いものだな。
「未来先輩! 本当にありがとうございます! このヌイグルミを未来先輩と思って大切にしますね!」
「そうか」
「あっ、そうだ! なにかお礼させてください!」
お礼か……。
「いや、いいよお礼なんか……」
実際に後少しで取れる!
と、思って五千円も使ったのはアタシだしな。
「そんなこと言わずに!」
だが、紅葉はお礼をしたいみたいだ。
そこまで言われてはなにかしてもらわなければならない。
だけど、なにがいいだろうか。
………………。
「紅葉が考えろ」
丸投げした。
「いいんですか?」
「構わん」
「わかりました! では考えて置きます!」
「ああ」
こうして、お礼は紅葉が考えることになった。
さてと、
「次はどこ行く?」
時刻はまだ午後三時。
喫茶店を出たのが二時頃だから、ゲーセンに一時間いたことになる。
「未来先輩はどこいきたいですか?」
「そうだな……」
どこがいいだろうか。
カラオケ、ボーリング、映画、と思いつくのはこのくらいか。
うーん。
「カラオケはどうだ?」
「いいですね!」
そう言って紅葉は瞳をキラキラと輝かせた。
なんだろう、この子どものようなはしゃぎようわ。
カラオケくらいでこんなに喜んでたら、テーマパークとかにいったら、尻尾が見えそうだな。
「んじゃ、行くか」
「はい!」
カラオケにきた。
時間はもちろんフリータイム。
紅葉はさっきから、歌を入れる機械と格闘中。
なんと、カラオケは初めてらしい。
驚きだ。
ゲーセンに続きカラオケも初体験なんて。
「未来先輩……これどう使うんですか?」
結局、わからなかったのかアタシに聞いてきた。
アタシは使い方を教えてやると、
「さすがですね未来先輩!」
なにがさすがなのだろうか。
この程度できて当たり前だ。
まあ、褒められて悪い気はしないが……。
「では、歌います!」
そう言って紅葉はピョンと立ち上がり、マイクを持った。
曲名は……知らない曲だ。
曲を聞いてみると、なんか演歌ぽいな。
てか、演歌だなこれ。
女子高生が演歌を選ぶてどうかと思うが、まあ、紅葉が楽しそうだからいいか。
「どうでしたか!」
「よかったよ」
歌い終わった紅葉が期待に満ちた眼差しを向けてきた。
アタシは率直に答えた。
紅葉の歌は微妙だった。
音程はあっているのに、演歌歌手のような歌声ではなかった。
だが、それが可愛いかった。
つまり、アタシがよかったよと言ったのは歌の上手さではなく、紅葉の可愛さからだ。
もちろん、そんなことは嬉しそうに瞳をキラキラさせている紅葉には言わない。
「未来先輩はなに歌いますか!」
「うーん、そうだな……」
なにを歌おうか。
カラオケ自体最近来てなかったからな、それに、音楽とかあんま聞かないし。
しょうがない、履歴から選ぶか。
履歴から、歌えそうな曲を選び登録ボタンをタッチ。
「マイクくれ」
「はい!」
紅葉からマイクを受け取り、歌い始めた。
二時間後。
歌い疲れたアタシと紅葉はトークに花を咲かせていた。
考えてみれば、紅葉とこうやってゆっくり話す時間はなかったな。
帰り道も逆方向だし、部活中話をするがずっとではない。
「紅葉はなんでこんなに早く陸上部に入ったんだ?」
アタシは前々から疑問に思っていることを訊いた。
普通、入部する時は部活紹介の説明をきき、体験入部をしてから入部するものだ。
だが、紅葉は入学式の翌日に朝練に参加していた。
つまり、入学式の後、入部したことになる。
「えーと、それはですねえ……」
紅葉は頬を指で掻きながら、口ごもった。
もしかして、訊いてはいけないことだっただろうか。
「言いにくいことなら別に」
「いえ、言います! 言わせてください!」
「……ああ、わかった」
あまりの勢いに思わず圧倒される。
紅葉は落ち着かせるためか、ジュースを一気に飲みほして、懐かしむように語り始めた。
「わたしには兄がいたんです」
「うん? 兄が関係あるのか?」
「未来先輩……、少し静かにしてください。今から説明するので質問は最後にお願いします」
「……すまん」
「では、ゴホンッ」
わざとらしい咳をして紅葉は続けた。
「兄といっても今は姉ですが……。兄は女になる前、好きな子がいたそうです。ですが、内気な兄は想いを伝えられませんでした」
「……」
「そして、想いを伝えられぬまま兄は女になってしまいました。それと同時に好きな子への恋愛感情がなくなりました。いわゆる、心の女化ですね」
心の女化か。
男が女になって、起こる現象だ。
これには個人差があり、女になると同時になる人や、ゆっくりと時間をかけてなる人、まったく精神的に変化しない人がいる。
心が女化すれば、女を恋愛対象として意識することはほとんどなくなる。
だが、ほとんどであり、僅かながらだが、恋愛感情を抱く人もいるという。
「そのせいで兄は自分自身に苛立ちを感じたそうです。なぜ、あの子のことを考えてもなにも感じないのか。なぜ、あの子を見ても、他人を見るような感覚なのか、と。兄の恋はこうして終わりを遂げました。そして兄は後悔しました。こんな想いをするのだったらおもいきって告白すべきだった。そうすれば、少しは好きな子に対する想いが残っていたんじゃないか、て……。その話を兄から聞いて思ったんです。兄のように後悔はしたくないと……」
「……そうか」
話を聞いて、アタシはポツリと呟いた。
紅葉の兄の気持ちははっきりいってあまりわからない。
だが、好きな子に対する恋愛感情が忽然となくなるのは辛いだろうな……。
しかし、
「紅葉が部活に入った理由と関係があるのか?」
後悔したくないという想いはわかった。
たが、どう考えても部活に入った理由が浮かんでこないのだ。
「わからないですか?」
紅葉はわかって当然みたいな様子だ。
「わからないな」
そう言うと、紅葉ははぁとため息をついた。
「未来先輩は鈍感ですね」
「そうか?」
「そうです」
そう言えば、前にもあなたて鈍感よねと言われたことがあったな。
鈍感とは思ってないけど、まあ、周りからみれば鈍感なんだろうな。
「で、結局理由はなんなんだ?」
ストレートに訊ねた。
「本当にわかんないんですか?」
「ああ」
「さっきの話を聞いても?」
「ああ」
「はぁ」
だから、なんなんだよわかって当然みたいなその態度はっ。
紅葉は立ち上がり、
「では、はっきりと言います!」
そう宣言すると、紅葉はアタシを押し倒した。
幸いにもソファーの上なので痛くはないが、紅葉が寄りかかってきて……いや、重くはないな。
てか、なんでいきなりあんなことを……文句いってやる。
そう思ったが無理だった。
なぜなら、物理的に口が塞がれていたからだ。
柔くて熱を持ったなにかに。
そして、気づいた。
紅葉の顔が近くにあることに。
て、ことはつまりこれは……キスっ!?
なんでキスされてんのっ!?
頭が混乱してるなか、紅葉は唇を離した。
そして、紅葉はアタシを見詰めると、
「未来先輩のことが好きです」
真剣な眼差しで言った。
「……えっ?」
「未来先輩のことが好きです」
二回言われた。
「好きてそのライクで?」
「いえ、ラブです」
「マジすか?」
「マジです」
……どうやら、紅葉はアタシを好きらしい。
「……」
「……」
無言になった。
なにか言ったほうがいいんだろうか。
「なあ、紅葉」
「なんですか未来先輩」
「まずは退いてくれないか」
「わかりました」
紅葉はそう言って上から退いて、アタシの隣に座った。
その距離が近いが、気にしないでおこう。
「未来先輩、驚かないんですね」
「いや、十分に驚いてるんだが、状況に頭がついていかないんだ」
キスされ、告白だもんな。
こんな状況についてけるやつはいないだろう。
あれ、なんか恥ずかしさが……。
紅葉もそう思ったのか顔が真っ赤になっている。
紅葉さんあんなたが顔赤くしてどうすんだよ。
キスしたのはそっちなんだからな。
「そうですか。てっきり、同性にキスされてなにも感じない人かと思いました」
「そそそ、そんなことねえよっ!」
「それは嬉しいです。ではわたしと付き合ってください」
「そ、そうか。わかっ……て……」
えっ? 今付き合ってていった?
「付き合ってください」
どうやら、聞き間違えではないらしい。
「……」
なんて答えればいいんだろう。
分からん。
頭がパンクしそうだ。
てか、なんでこんなことになってんだ?
アタシは部活に入った理由を聞きたいだけなのに、なんで?
「答えを訊いてもいいですか?」
「答えと言われても……」
「イエスかはいの二択です」
「どっちも同じじゃねえか!」
「細かいことはいいじゃないんですか」
「細かくねえよ!」
なんなんだよこの子はっ!
「では、イエスかノーで答えてください」
「だから……あれ、今度はまともだな」
アタシがそう思っていると、紅葉が顔を近づけてきた。
「っ!?」
思わず唇を見てしまった。
さっき、キスしてきた唇をだ。
「で、答えはどっちですか?」
紅葉は詰めよってきた。
てか、いつの間にか答えなきゃならない空気になっている。
どうしよう……。
と、思っていると、天の助けがあった。
部屋の電話がなったのだ。
アタシは光の速さで電話をとった。
その後、誤魔化すようにカラオケを後にし、公園にきた。
冷静に話をするなら、頭を冷やし話そうというわけだ。
だが、
「未来先輩答えてください!」
どうやら、無意味だったらしい。
しかも、カラオケを出てからもずっと言われたので、こっちは頭が冷えません。
「まずは、落ち着け」
「落ち着いてます!」
「そうか」
「はい、ですので答えを」
「わかったからっ! 少し黙れ」
いい加減うるさかったからそう言ったら、紅葉は黙った。
「……」
しまった。
これもう答えなくちゃダメじゃん。
どうしようなんて答えればて……。
いや、そんなの考える必要がない。
答えはノーだ。
だって普通に考えて女同士が付き合うなんておかしいだろうが。
「紅葉。アタシは……」
断ろうとしたが、言えなかった。
なぜなら、紅葉が不安気にみていたからだ。
そこで、ようやくアタシは気づいた。
告白は勇気がいるものだ。
告白することにより、相手との関係が変わってしまうからだ。
その紅葉の勇気を常識という理由で踏みにじってもいいのか?
いいわけがない。
だから、
「時間がほしい」
アタシはそう言った。
紅葉のことを一人の恋愛対象として考えたいからだ。
「わかりました」
紅葉はすんなりと承諾してくれた。
「理由は訊かないのか?」
「はい。やさしい未来先輩のことですから、しっかりと考えたいということですよね」
「ああ」
よくわかったな。
てか、アタシてやさしいか?
「未来先輩」
「なんだ?」
「今日はありがとうございました!」
紅葉は頭を下げた。
「嬉しかったです。未来先輩とこうして遊ぶことができて、そして、わたしのことも考えてくれるて言ってくれて。だからそのよかったらですが……」
紅葉はチラチラとこっちをみた。
やれやれ。
「また、遊ぶか?」
そう言うと、紅葉は瞳を輝かせて、
「はい!」
と、答えた。




