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10話 告白の思いで

 日曜日。

 ある服屋に怪しい客がいた。

 顔を隠すようにマスクとサングラスをかけ、ファッションに全く興味が無さそうなジャージ姿である。

 その客はさっきから、キョロキョロとしている。

 まるで、誰かを警戒しているようだ。

 実に怪しい。

 そんな中、客は同じ商品を三つとると、レジへもっていった。

 どうやら、万引きではないようだ。

 その後、客は自ら持参した手提げに買った商品を入れる。

 エコだな。

 そうして、その客は店をあとにした。


 俺は手提げの中をみながら、笑みを浮かべた。

 手提げの中にはさっき店で買った短パンが三着ある。

 前に持っていたやつは、全て菜月に没収されたため、仕方なく新しいのを買ったのだ。

 もちろん、菜月には秘密である。

 バレないように、サングラスにマスクで顔を隠している。

 周りから見れば怪しい人だが、短パンを買うには仕方がない。

 もし、菜月にバレれば短パン没収だからな。

 だったら、短パンなしに慣れろよと思うが、慣れてしまっては色々とダメな気がする。

 いくら、体が女だといっても、精神は男だ。


「あれ? 凪沙くん?」


 本屋から出てくる菜月とばったり出くわした。

 ていうか、よくわかったな。


「偶然だな」


 サングラスとマスクを手提げに押し込む。


「そうだね」


 今日、菜月は本屋に行くということでその間に短パンを買って家に戻る計画だったのだが、こりゃ失敗だな。

 一応、あってもバレないように、サングラスとマスクをつけてたのにバレた。


「凪沙くんはどこかに買い物?」

「いや、ただの散歩だ」

「サングラスとマスクつけて?」

「ああ、そうだ」

「ふーん」


 菜月はまだ俺のことを疑ってるらしい。

 それもそうか。

 俺だって、サングラスとマスクは怪しいと思う。


「凪沙くん、今暇?」

「ああ、暇だよ」

「じゃあさ、デートしよう」


 デートか。

 今それどころじゃないんだけどな。

 早く、短パンを隠さないといけないのに。

 だが、ここで断れば怪しまれること間違えなし。

 それにだ、原稿を書くときに頑張ってくれたからな、そのお礼をしないと……。


「わかった、いいよ」

「やったぁ」


 と、小さくガッツポーズをとる菜月。


「いこっか」


 菜月は手を繋いできた。


「ちょっと、菜月」

「どうしたの凪沙くん? デートで手を繋ぐのは当たり前だよ」

「そ、そうだな」


 そうして、デートは始まった。




「凪沙くん、次これね」

「まだ、あんのか?」

「当たり前でしょ」


 と、菜月はニコニコと笑う。

 俺はそれを受けとると、カーテンを閉めた。


「はぁ」


 受けとったそれを見てため息をつく。

 それはピンク色をしたフリル付のワンピースだ。

 いかにもメルヘンな感じな人が着そうな服である。

 絶対着たくない。

 だが、そう言えば菜月は「じゃあ、着替えさせてあげるね」と強引に着替えさせられる。

 それなら、自分で着替える方がマシだ。

 そう自分に言い聞かせ、何度目か忘れた試着をするのであった。


 ことの始まりは、どこに行きたいか菜月に訊ねたことだった。

 菜月は服をみたいと言ったのでファッション店にきたのだが、そこでなぜか俺が着せ替え人形にされた。

 訳を訊ねると、「デートにジャージはない」という答えが返ってきた。

 確かにと思いながらも、「服は見なくていいのか?」と訊ねると、「凪沙くんの服を見るんだよ」と言われた。

 完璧に罠に嵌められた。

 おかげで、さっきから、着せ替え人形にさせられている。

 しかも、この店無駄に品揃えが良いので、メイド服やら、巫女装束まである。

 もちろん、着せられた。

 それからも様々な服を着せられて、現在に至るというわけだ。


「ありがとうございました」


 店員は頭を下げた。

 今の俺の服装はジャージではなく、ミニスカートに、シャツとカーディガンである。

 店で買ったやつをそのまま来てきたのだ。

 ジャージは心優しい店員がくれた紙袋に入っている。

 ちなみに、代金は菜月払いだ。


「凪沙くん、似合ってるね」

「そうか」


 どうだろうか……。

 実は俺はファッションセンスはあまり良くない。

 まあ、菜月に似合ってると言われれば、似合ってんだろ。

 菜月はファッションセンスが良いからな。

 ジャージで散歩する俺と違って。


「うん、かわいいよ」

「……ありがとう」


 ポリポリと頬を掻いた。

 かわいいか、そうか……。


「凪沙くん照れてる」

「照れてない」

「顔真っ赤だよ」

「違うこれは、そ、その……」

「言い訳をする凪沙くんかわいい」

「うぅ…」


 なにも言い返せない俺を見て、菜月は笑っていた。

 完全に玩具にされてんな俺。

 いかん、いかんぞこのままでは。

 たまには俺も菜月をからかってやる。


「菜月もそのか、かかか」

「か?」

「いやその……」


 かの次が出なかった。

 かわいいと言うのがこれほどまでに恥ずかしいとは……。

 今の俺の失敗で菜月は「かの次はなに?」とイタズラな笑みで聞いてくる。

 からかうつもりがからかわれている状況に。


「かの次が聞きたいなぁ」

「その……」

「かの次が聞きたいなぁ」

「……」

「かの次が」

「ああ、わかったっ! 言うから、ちょっと黙ってくれ」


 菜月は黙って俺を見る。

 その目は早く、早くと期待している。

 言うといったんだ。

 覚悟を決めろ。


「菜月もその……かわいいぞ」


 言った。

 恥ずかしいがいってやった。

 どうよ、と菜月を見ると、


「なっ、なな」


 顔が真っ赤だった。

 頭から湯気が出そうなくらいに。

 まさか、本当に言われると思ってなかったんだろうか。

 てか、そんな反応をされるとこっちまで恥ずかしいんだが……。


「な、凪沙くん、突然変なこと言わないでっ!」

「いや、突然じゃ」

「言い訳しない!」


 ピシッと菜月は言った。

 なんで褒めたのに怒られてんだ俺?


「……」

「……」


 無言になった。

 菜月と目があうと、目を逸らされた。

 顔も見たくないということか。

 それともただの照れ隠しだろうか。

 そんなことを考えていると、俺のお腹が鳴った。

 菜月はふふっと笑うと、


「お腹空いたね」

「……そうだな」

「じゃあ、お昼にしようか」

「うん」


 俺と菜月は近くにあったファーストフード店で昼食を食べることにした。

 腹鳴ったのは恥ずかしいが今回はよしとしよう。




 昼食を食べて、色々な店を回り、気がつけば夕方になっていた。

 俺と菜月は休憩ということで、公園のベンチと休んでいる。

 この公園は学校の帰り道に見かける場所で、子どもの時は菜月とよく一緒に遊びにきた思いで深い場所だ。

 さらに、菜月に告白した場所でもある。


「凪沙くんに告白されたのて、この公園だよね」

「うん」

「でも、あのセリフはなかったと思うよ」


 と、菜月は懐かしむようにクスクスと笑う。


「うう……」


 確かに、今思えばあのセリフはなかったと思う……。




 まだ、男だった中学生の頃。


「好きですっ! 付き合ってくださいっ!」


 放課後の教室で告白している男子生徒がいた。

 相手は菜月である。

 そして俺は覗くような形で、教室のドアから盗み見ていた。

 いつもの通り、菜月と帰ろうとしたら「少し待ってて」と言われ、昇降口で待っている時に、体操着を忘れたことに気づき教室に戻ってきたら、これだったというわけだ。

 まさか、菜月が告白されるとは……。

 確かに菜月はかわいい。

 だが、告白されるとは思っていなかった。


「ごめんなさい」


 菜月の答えはノーだった。

 ホッと安堵の息を吐いた。

 あれ? なんで俺? 安心してんだろう?

 菜月が誰かと付き合うことなんて俺には関係ないのに。

 もし、菜月に彼氏ができたとしても、幼馴染みとしての時間が減るぐらいなのにな。


「理由を聞いても良いですか?」

「好きな人がいるんです」


 菜月に好きな人?

 初耳だ。

 考えてみれば菜月もそういう年頃だろうな。

 そんなことを考えていると、男子生徒が俺が驚く質問をした。


「好きな人て、もしかして泉のことですか?」


 ……えっ?

 菜月の好きな人が俺?

 なんかの間違えだろ。


「はい」


 菜月ははっきりと答えた。

 えっ? 菜月が俺のことを好き?

 冗談だろ……でも、もし本当なら……。


「そうですか、ではこれで」


 いけねっ、男子生徒がこっちきた。

 隠れねえと。

 でもどこに。


 ガラッ。


「あっ」

「あっ」


 目が合った。


「チッ」


 男子生徒は舌打ちをすると、走り去っていった。

 そりゃね、俺だね告白してるシーンが覗き見されたらイラつくよ。

 それも、相手の好きな人だったらなおさらだ。

 だが、今問題なのは男子生徒じゃない。

 目を丸くして驚いている菜月だ。


「よ、よう」

「っ!?」


 菜月の顔が真っ赤になった。

 まさか、聞かれていたとは思っていなかったんだろう。

 それに、菜月は無意識にも俺に告白したことになる。


「な、凪沙くん、今の聞いてた?」

「……うん」

「っ!?」

「わ、悪気はなかったんだっ! ただ、体育着を忘れて取りに来ただけで」

「凪沙くんっ!」


 菜月は俺の言い訳を遮った。

 もしかして、怒らせてしまったか。

 覗きなんて最低、しかも言い訳までするなんて見たいに。

 菜月は俺の席まで行き体操着が入ったバックを取ると、


「帰ろうか」


 と言って手渡してきた。


「そうだな」


 俺はそれを受け取り、菜月と共に教室を後にした。


 帰り道。

 沈黙だ。

 俺からも菜月からもなにも話そうとしない。

 そうして、家まで後少しとなったころ、


「凪沙くん、公園寄らない?」


 そこはよく子どもの頃に遊んだ公園だった。


「寄るか」


 その誘いに乗った。

 このまま帰っても気まずいだけだし、明日も一緒に学校に行くのにこの雰囲気はダメだ。

 俺と菜月はベンチに座った。

 間がいつもより広い気がするが、気のせいだよね?

 もしかして、嫌われちゃったか……。


「凪沙くん」

「なに?」


 菜月は真っ直ぐに俺を見据えると、


「聞いたと思うけど……、わたし凪沙くんのこと好きだから」


 頬を赤く染めいった。

 今……、告白されたんだよな。

 菜月は声を振り絞るように続ける。


「凪沙くんはわたしのこと……、どう思ってるの?」

「それは……」


 大切な幼馴染みで。

 いつもそばに居てくれて。

 家族みたいな存在で。

 そんな言葉が想い浮かんだ。

 だけど、菜月が聞きたいのはそんなことじゃない。

 恋愛として、女の子として、菜月が好きかということだ。

 たぶん、俺は菜月のことが好きだ。

 菜月が告白されてる場面を見て、すごく後悔した。

 なんで、自分の想いに気づかなかったんだと。

 もう、菜月の隣にはいられないんじゃないか、て。

 そして、菜月から俺が好きだと聞いてすごく嬉しかった。

 これを恋と言わずになんというだろう。

 間違えなく、これは恋だ。

 俺は菜月に恋をしている。

 だけど、この想いを伝えるには勇気がいる。

 だが、恐怖や不安はない。

 菜月が『好き』と言ってくれたからだ。


「ごめんね、突然こんなこと言われてもわからないよね」


 と、言って菜月の目から涙がこぼれた。

 無言でいる俺を否定と受け取ったんだろう。

 俺は拳をグッと握りしめた。

 自分自身に腹が立った。

 なんで、菜月を泣かせてんだよ。


「菜月」


 俺はベンチを立ち、菜月の前に立った。

 一つの覚悟を決めて。


「俺は菜月のことが好きだ」

「えっ……」


 菜月は驚いた様子で俺を見上げる。


「菜月は俺の大切な存在で。いつも傍に居てくれて。これからも、ずっと傍にいてくれると思ってた。でも、今日俺はわかったんだ。菜月に彼氏が出来れば傍にいられないんじゃないかって。それが嫌で、すごく嫌で。ずっと傍にいたくて……」


 視界が滲んだ。

 きっと、俺は泣いてるんだろう。


「でも菜月は俺のことを好きだと言ってくて、俺、そのことがすごく嬉しくて……、そして気づいたんだ……菜月のことが好きなんだって、幼馴染みとして、友達として、そして……一人の女の子として、だから……」


 と、そこまで頭が真っ白になった。

 自分が言っていることが急に恥ずかしくなったのだ。

 おかげで、この後なんていっていいかわからない。

 どうする。

 まさか、ここで黙るか。

 いや、ダメだ。

 ここで黙るとか、俺のプライドが許さない。

 あれ、プライドてなんだっけ。

 まあ、いい。

 それよりも、なんか言わないとっ!


「……べ」

「べ?」

「べ、別に付き合ってあげてもいいんだからなっ!」


 なぜか出たのがツンデレ口調だった。




「『べ、別に付き合ってあげてもいいんだからなっ!』だよね」


 菜月は懐かしむようにクスクスと笑った。

 確かそう言った後も笑ったんだっけな。

 おかげで、今では黒歴史だけどな。


「そ、そうだっけな」

「そうだよ。それで……ふふ」

「うぅ……」


 恥ずかしい……。


「嬉しかったよ。凪沙くんが告白してくれて」

「でも、告白といっても菜月から言ったものだろ。あのできごとがなかったら、……たぶん告白しなかったと思うし」

「そうなの?」

「うん。あれがきっかけで気づいたんだしな」


 あれとは、放課後の教室での告白のことである。


「じゃあ、木村くんに感謝だね」

「木村くんて?」

「告白してきた男子生徒だよ、知らなかったの?」

「そんな名前だったな」


 いけね、同じクラスだったやつの名前忘れてた。

 ごめんよ、木村。

 そして、ありがとう。


「もう、元クラスメイトの名前ぐらいはちゃんと覚えてなきゃダメだよ。凪沙くんはすぐに人の名前忘れんだから」

「……ごめん」


 なんか謝ってしまった。


「ねえ、凪沙くん」

「うん、なに?」

「凪沙くんはまだ、わたしのこと好き?」

「……」


 好きだよ、でも……。


「わたしは好きだよ凪沙くんのこと」


 今の俺では想いに答えることができない……。


「……俺は」

「答えなくていいよ」


 菜月は俺の頬に手を重ねた。

 やわらかくて、温かい。


「凪沙くん、今酷い顔してるよ。何かを必死に耐えているみたいな」

「……」

「だから、今は答えなくていい。でも、いつかは聞かせて」


 菜月は本当は答えを聞きたいはずだ。

 だけど、表情からなにかを察したんだろう。

 そして、俺を尊重し、自分を押し留めたんだ。

 菜月……君は本当にやさしい人だな。


「…………ありがとう」

「どういたしまして」


 と、言って菜月は手を離した。


「じゃあ、そろそろ帰ろっか」


 いつの間にか、夕方から夜に変わりつつあった。


「そうだな」


 俺はベンチを立ち、菜月もベンチを立った。


「その前に」


 菜月はそう言うと手をクネクネしながら、手提げの中を……てっ、


「没取ね」


 菜月の手にはすっかり忘れていた短パンが握られてた。

 しかも、全部。

 やられた……。

 菜月は自分のバックにそれをしまうと、手を差し出して、


「凪沙くん、たまには手をつないで帰ろうか」


 と、ニッコリ微笑んだ。


「しょうがないな」


 俺は菜月の手を掴んだ。

 たまには手をつないで帰るのはいいかもしれない。

 たまにはだけどな。


 そうして、手を繋いで一緒に帰った。




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