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第四話 新人アルバイト面接編

 十月も終わりに差し掛かってきたある日。

 私ことアイドルは、ホストさんと一緒に休憩室で長机を組み立てていた。


「あ、あの、アイドルさん、指、挟むの怖くないですか……?」


「え? いや、そんなの怖がっていたら始まらないし……」


 思わず嘆息。

 彼――ホストさんは接客時を除けばいつもこんな感じだ。度胸がなくて、口を開けば必ずどもる。

 顔つきは端正で、更に長身と、俗に言う『イケメン』ではあるのだけど、私はどうも彼にそういうイメージを抱けない。


 というのも、私には『イケメン』のことを『イケてるメンズ』や『イケてるめん』ではなく、『イケてる精神メンタル』という意味で捉えてるところがあるからだ。

 もちろん外見も大事といえば大事だし、そういった意味のみでなら、彼は『イケメン』にカテゴライズされるのだろう。

 しかし、見た目と精神面を両方見てしまうと、私は彼にどうしても普通――『フツメン』という評価しかできなくなってしまう。


 ここ――ファミリーレストラン『満員御礼』の看板ウエイトレスである私の対となる存在なのだから(最近、こういう言い回しにハマってる。なんか格好よさげで)、彼にももっとこう、看板ウエイターとして格好よくあってほしいところなのだけれど……。


「おお、もう準備に取りかかってくれていたか。これならすぐにでも始められるな」


 白を基調としたドアを開けて入ってきたのは三十代後半のオバサ――ごほんごほん。飲食店であることを意識してか、黒髪を肩のあたりで揃えた理知的な雰囲気を備えた女性だった。この店の副店長、アヤさんこと綾崎あやさき 響子きょうこさんだ。まあ、その名前で呼んで反応してもらえるのは店長だけで、私がアヤさんとか綾崎さんとか呼んでも知らんぷりされてしまうけど。

 彼女はかけている丸メガネをちょっと指先で弄りながら言葉を続けた。


「お前らも知っての通り、今日はバイトの面接だ。基本的には私と店長が仕切ることになるが、お前たちもしっかり頼むぞ」


「は、はあ……」


 気の抜けた声を漏らすホストさん。しかし、心境は私だって似たようなものだった。


「あのぉ、なんでバイト暦半年程度の私たちが面接の席に同席することに?」


「そりゃお前、面接に来るのはアイドルたちと同年齢の女性だ。私と店長だけで相手をするより、お前たちもいたほうがリラックスして臨んでもらえるだろう」


「リラックス、ですか」


「で、でも副店長。僕が、あの、面接を受けたときには、その、店長と、副店長しか、いなかった、ような……」


「奇遇ね~。私のときもそうだったわ。リラックスなんてできなかった……」


「ああ、ホストはともかく、アイドルは店長にビビりまくってたな。まともに声すら出せていなかった」


「ずっと疑問だったんですが、どうしてあの面接で私を採用しようと思ったんですか?」


「容姿」


「容姿だけですかっ!?」


「反則的だからな。雇ってウエイトレスにでもすれば、こりゃ男性客が押しかけてくるぞ、とだ」


「『とだ』、じゃありませんよ! 性格面とかを評価してもらいたかったです!」


「あの面接で、か?」


「…………」


 まあ、ビビって一言も発せずにいる人間の性格面を評価するなんて、まず無理か。……ん?


「あの、『ホストはともかく』って言いましたよね? ホストさんはビビってなかったんですか?」


 私が抱いた当然の問いに、副店長は肩をすくめてこう返してくる。


「いや、ビビってたぞ。どもってた」


「ホストさんはいつだってどもってますよ?」


「そうだな。いつものように、いつものごとく、どもってた」


 チビってた、の間違いではなく?

 そんな失礼なことを思った瞬間、ホストさんが口を開いた。


「あ、あの、ちなみに僕は、えっと、どういった理由で、さ、採用、されたんでしょうか……?」


「容姿」


「や、やっぱりですか。なんとなく、予想はついてました……」


 肩をがっくりと落とすホストさん。しかし、副店長の言葉には続きがあった。


「と、度胸」


『度胸!?』


 驚きの声は私とホストさん、両方の口から。

 言っちゃ悪いとは全然思わないけど、彼のどこに度胸なんてものがあるのだろうか。


「なにを驚いている? ウエイターをやらせるんだ。相応の容姿と度胸は必要だろう。初見で礼儀正しい奴だってわかりもしたしな」


 なぜだろう。ホストさんの評価は私よりもずっと上のようだった。驚愕の事実だ。……まあ、ホストさんは顔のこともあって基本的に女性キラーだし、副店長もやっぱり女性だった、ということなのかな……?


「やあ、皆揃ってるね」


 と、そんな失礼なことを考えているときだった。

 満を持して(?)店長が休憩室に入ってきた。……相変わらず、ドスの利いた低い声をしている。いい人なんだけどなぁ。


「お、お店のほうはひと段落しましたか?」


 この人の前では私もときどきどもってしまう。おまけに恐怖のせいかものすごく間抜けなことを尋ねてしまった。

 店長はそんな私に朗らかな笑み(を形作っているつもりらしい)を向けてきて、


「あはは。ひと段落もなにも、今日もずっと暇だからねぇ。クッキングくんとフロアスタッフが一人いれば充分回ってしまうよ」


 にこやか(?)に言うべきセリフじゃないと思うなぁ。突っ込まないけど。もうひとつのツッコミどころにも突っ込まないけど。


「あ、あの。それじゃあ面接なんてやってる余裕なんて、その、やってる場合じゃないのでは……?」


 ……突っ込んだ。

 ホストさんが突っ込んだ。

 ホストさんが、よりにもよって、店長に突っ込んだ。

 非常に弱々しくではあっても、突っ込みやがった。バーロー! 死ぬぞお前! 殺されるぞ!!

 ああ、あまりのことに私のキャラが崩壊気味だ。


 店長の返答は、果たして。


「えっと、まあ、ホストの言うことはまったくもってその通りなんだけどね。でもほら、新しい風を入れたら少しは希望の光も見えてくるかなって思ったんだ」


「あ、あれ? 店長、明るくは言ってますが、も、もしかして、割と弱気になってます……?」


 え? いやいや、そんなことはないでしょう。だって、店長だし。


「……あはは、ちょっとだけ、ね」


 えぇぇぇぇーっ!? ほ、本当に!?

 驚愕のあまりポカンとする私に気づいているのかいないのか、ホストさんは会話を続けていく。


「お、驚きました。店長はいつもこう、堂々としているというか、絶対に人には弱さを見せないと思ってました……」


 同感。私もそう思ってた。というか、この人が『弱気』なるのは世界が滅ぶとき、くらいに思ってるところすらあった。とにかく破天荒で、意識せずに人を威圧する人だから。


「私だって人間だからね。……失望したかい?」


「そ、そそそそっ、そんなことは全然!」


 ほら、また表情で威圧を始めてしまっている。本人にそのつもりはなくとも、事実としてホストさんは怯えてしまっているわけだし。

 あー、そろそろ驚きも回復してきたし、二人の間に首突っ込んでホストさんを圧力から解放させてあげるべきかな。

 そう思ったとき、気づいた。


「そ、そうですよね。店長だって、人間なんですもんね。誰かの、その、助けとかがいるときだって、あるんですよね……」


 会話を続けようとしているのは、店長ではなくホストさんのほうだ、ということに。

 ……あ、あれ? あれあれ?


「そうだね。事実、きみとアイドルを雇ったときには、すごく客が来てくれた。一時的なものではあったけどね。それは私自身や、この店のやり方に問題があったわけだけど、それでもとても助かったんだ。だから、私はまたあのときのように新人を雇って、また多くのお客さんに来てもらえたらって思ってる。そして、それが叶ったら今度はその人たちに常連になってもらえるよう、破天荒なやり方も抑えていくつもりでいるんだ」


「あ、ああ、なるほど。……ま、まあ、人間、いきなり変われはしない、とも言いますけどね……」


「あはは。これは手厳しい」


「あっ。す、すみませんすみません。あくまで一般論というやつだったんです」


「いやいや、いいんだよ。事実、いきなり変わることは無理だろう。人には性分というものもあるからね。……でも、変わっていきたいと、思うよ」


「は、はい。わかります。か、変わっていきましょう。皆で、い、いい方向に……」


 その会話の内容ではなく、店長とホストさんが話しているという、あまりに現実感のない光景に、私は呆然としてしまう。そしてそんな私に副店長が不思議そうな瞳を向けてきた。


「どうした? アイドル。もしかして、ホストとあいつが話しているの、初めて見たとか。そういうのか?」


「あ、いえ。別に初めてってわけじゃありませんけど、ホストさんってあんなに人と喋れたかなって……」


「ああ、あいつは基本、無口というか、誰に対してもオドオドしてるもんな。……そう、誰に対しても、な」


 意味ありげにそう言って、副店長はパンと両手を打ち合わせた。


「さて、そろそろ時間だ。三人は席について待ってろ。席順は……そうだな、私が長机の一番左端」


 休憩室の出入り口から一番近い席だ。


「私の隣は店長で、その隣にホスト。一番右端はアイドルだ。あ、面接を受ける人間から見て、だぞ」


「はい」


「わ、わかりました」


「じゃあ、アヤさん。案内よろしくね」


 「あいよ~」とだけ残し、副店長は休憩室から出て行った。





 数分が経ち、副店長が一人の女の子を連れて戻ってきた。

 髪は茶色がかったショートカット。染めているのではなく、色素が薄いだけなのだというのは、彼女から感じられる雰囲気でなんとなく察しがつく。

 なんというか、どことなくお嬢様っぽいオーラをまとわせているのだ。


 どこの学校だろう、と制服を見てみれば、なんとそれは私の通う彩桜学園のそれと同じもの。

 お、同じ学校に通っている人だったのかぁ。まあ、彩桜学園は中学生と高校生だけじゃなく大学生や大学院生までいる超のつくほど大きなマンモス学校なのだから、気づかなくても無理はないけど。


 入ってきた少女は、長机を挟んで私たちの対面に座り、背筋を伸ば――そうとしたが。


「……っ!」


 いきなり縮こまってしまう。向かってちょっと左側に店長の姿を認めて。……ああ、半年くらい前、面接でここにやってきた私を思わず重ねてしまう。

 彼女は店長から少し目線を右にずらし、ホストさんを視界に入れることで平常心を保とうとしたようだった。

 しかし、


「……っ!」


 店長のときとは別の意味で息を詰まらせる。……ホストさん、容姿だけならパーフェクトだからなぁ。


「ぇ……っと、彩桜学園の高等部に通っています。吉田よしだめりるです。……あ、これ履歴書です」


 頬を赤らめながら、店長ではなくホストさんに向けて履歴書を差し出した。……まあ、色々な意味で心境は察せるからなにも言わないでおくけど。

 一方、即座に目を逸らされた店長はなかなかに寂しそうな表情に。まあ、それがわかるのも私たちだからであって、吉田さんにはただただ恐怖の対象にしかならないのだろうけど。

 履歴書を受け取り、店長に差し出しながら、目は吉田さんに向けたままでホストさんが口を開く。


「こ、こここ、こっ、この度は、よ、ようこそ、面接にっ……!」


 初対面の相手とあって、いつもより余計にどもっていた!

 というか、声が震えてる! 震えてるって!

 ようこそ、もおかしいし、もっと堂々としてないと! お得意の接客モードはどうした!

 ……いやまあ、いまは接客しているわけじゃないけど!!


「…………」


 あ、吉田さんの目になにか冷ややかなものが宿ったような。

 見込み違いか、みたいな、そんな色だ。

 と、とにかく私が口を挟んでなんとかするとしよう!


「あ、と。吉田めりるさんですね。苗字は普通ですけど、名前はとっても個性的なんですね!」


「……っ!!」


 なんかギロリと睨まれた! あ、地雷だった? いまの地雷だった!? 私、自分から盛大かつ鮮やかに地雷を踏みにいっちゃった!?


 怒りに震える声で吉田さんは反論してくる。


「親の命名センスは自分ではどうしようもないでしょう……!? 当然、苗字も……!」


 黙ってコクコクとうなずく私。そしてそれをフォローするように再度、口を開くホストさん。


「ままままま、まったくです! そ、それにいい名前ですって、きっと! い、いや、姓名判断の勉強とかはしたことありませんけど!」


 発言が的外れにもほどがある!

 馬鹿にされたと思ったのか、はたまた気弱そうな彼に腹が立ったのか、彼女は明らかにヒートアップし――


「コホン。履歴書をおうかがいしましたが――」


 実にベストなタイミングで店長が口を挟んでくれた。よかったよかった。これには吉田さんも押し黙るしかあるまい。


「は、はい……っ!」


 事実、ちょっと(?)怯えたように返事だけを返す彼女。


「高校二年生、ですか」


「は、はい……」


 なんでもない確認の言葉にすら、神妙にうなずくだけ。……ああ、ちょっと可哀想になってきた。

 同じことを思ったのか、はたまた単に空気を読めなかっただけなのか、ホストさんがまたしても発言する。


「ぼ、僕やアイドルと同学年、なんですね……。あ、ぼ、僕は望月もちづき かけるといいます」


 望月……。そうだったんだ。この店では当たり前のことではあるけれど、知らなかった……。


「駆さん、ですか」


 口の中でホストさんの名前を転がす吉田さん。どうやら、彼に対する興味はまだ失われていないようだ。あるいは、ホストさんの言葉に反応することで店長から意識を逸らしたい、という気持ちがあるだけなのかもしれないけれど。


 それにしても、と思う。

 私とホストさんを面接に同席させる、という副店長の判断は大正解だったみたいだ。

 ちょっと考えればわかることだけど、店長と副店長だけだったら、彼女は私の二の舞となっていたに違いない。いや、二の舞で済めばいいほうか。最悪、ここから一目散に逃げだしていたかも。


「なぜここで働きたいのか、聞かせていただけますか?」


 店長の恫喝どうかつするような低い声。

 質問内容は決して難しいものではないけれど、果たして、彼女は答えられるだろうか。


「その、私は料理を作るのが趣味でして、なので、あの、その……」


 言葉に詰まりながらも、吉田さんはなんとか答える。正直、すごい。


「ふむ、では――」


「あ、て、店長。吉田さん、ちょっと怖がっちゃってますよ。ここからの面接は、ふ、副店長がメインになって進めたほうが、い、いいんじゃ、ありません?」


 うわあ……。ホストさん言っちゃったよ。『お前は威圧感しか与えないからすっこんでろ』って。

 店長はそれに再度、寂しそうな顔になって。


「そうかい……?」


 落ち込んでしまった。

 ふと思ったのだけど、ホストさんと店長って意外と相性がいいのかもしれない。いや、単にホストさんが物怖じしないだけ? 表面的には物怖じしまくってるようにみえるけど、会話の内容をよく聞いているとホストさん優勢に進んでいる気がするというか。


「あ、あの、では副店長。僕や店長に代わって、お、お願いできますか……?」


「ああ、別にかまわないが」


「で、ではお願いします」


「あ、あのちょっといいかしら?」


 と、そこで吉田さんが口を開いた。


「面接してもらっている人間が言うことではないと承知した上で言わせてもらいます。駆さんは私が怖がっている、と言いましたが」


 瞳に怪訝そうな色を湛えて。


「あなただって、その、店長さんを怖がっているではありませんか」


 ……? 質問の意図がよくつかめなかった。自分だけが怖がっている、と思われるのが嫌なのだろうか。

 質問(というか詰問?)されたホストさんはというと、きょとん、として、実に自然な声で返した。


「……え? い、いえ、別に、こ、怖がってはいませんよ?」


 いやまあ、自然といっても、声は震えていたけれど。


「ぼ、僕は、誰に対しても、こんなです。相手が店長だからってわけじゃ、あ、ありません」


「…………」


「ど、どもってしまうのは、自分の悪いところだって、わかってます。か、変えて、いきたいです。に、人間、いきなり変われはしないものですが、そ、それでも……」


「……ときに、私は勇気のある男性が好みなのですが」


 唐突な言葉。

 だからなんなんだろう、とホストさんが戸惑った表情をみせる。

 それを無視するように吉田さんは続けた。


「私がこの面接に受かったら、この方とは別れて、私と付き合っていただけませんか?」


「――え……?」


 ちなみに、どうも『この方』というのは私のことらしい。目線で指されたのだから間違いようがなかった。

 けれど。


「あの、私はホストさんと付き合っていないんですけど?」


 割とよくされる勘違いではあるけどね。


「それと、なんか繋がってない気がするんですけど? 勇気のある人が好きで、それがホストさんっていうのは」


「……一目あったときから気にはなっていたのです」


 そりゃ、目を引く容姿してるもんね。かくいう私も初めて会ったときは『格好いい人だなぁ』って思ったし。


「そして、店長さん相手でも他の人と同じように接することのできる、その勇気」


「まあ、そういう捉え方も、できなくはないでしょうけど……」


 逆に言えば、誰に対してもオドオドしてるってことなんだけどなぁ。

 と、そこで副店長が口を挟んできた。


「よし、じゃあこうしよう。ホストを客に見立てて、アイドルとめりる、二人ともが順番に接客をしてみてくれ。それを見て私が採用か不採用かを決める」


「あの、店長は私なんだけど、アヤさん……」


「じゃあアンタも評価する側に加われ。――さて。二人とも、これでいいな?」


「望むところです」


 間髪いれずに答える吉田さん。私も負けじと答えを返す。


「イヤです」


「なぜだ、アイドル!?」


「副店長、なにが悲しくてホストさんのために私が取り合いなんてしなきゃいけないんですか!?」


「ちっ、ノリの悪い奴だな。あれか? いま流行のツンデレって奴か?」


「違います。素で面倒くさいだけです」


「……あー、じゃあ、あれだ。副店長の権限において命ずる。戦え、アイドル。ホストに寄ってくる悪い虫を追い払え」


「そもそも、追い払ってどうするんですか。これ、面接でしょう?」


「お前に負けるようなウエイトレスなどこの店には必要ない!」


「いえいえいえいえ! 吉田さんは料理メインでしょう!? 料理を作るのが趣味って言ってたじゃないですか! むしろポストクッキングさんですよ!」


「クッキングが勝負のために腕を振るうとは思えん。そもそも、経験に差がありすぎる」


「だからって、なんでウエイトレス勝負なんですか!?」


「短時間で済むからだ!」


「そんな理由で!?」


「それに燃えるじゃないか!」


「すみません。ホストさんを取り合う気が微塵もない私からすれば全然燃えないんです」


「ホストをめりるに取られてもいいというのか!?」


「全然かまいません」


「お前が勝てば――あ、そういえばお前が負けた場合はどうするんだ? めりる」


「え? そんなの決まってますよ。面接は当然失格。そして――」


「ホストのことは諦める、か? お前の想いはその程度のものなのか?」


 ああもう、副店長がどの方向に話を持っていきたいのかがわからなくなってきたよ……。

 しかし、吉田さんが胸を張って発した言葉は、私や、おそらくは副店長の予想をも遥かに上回るものだった。


「いいえ。そんなわけありません。私が負けた場合は――」


「場合は?」


「私がホストさんのものになってあげます!」


『…………』


 一同、沈黙。

 それって、わざわざ勝負する必要、あるの……?


「本当はその状態からアイドルさんより私を選んでもらえるよう、努力するつもりだったのですが、ライバルがいないというのなら話はもっと簡単でしょう」


「……まあな。簡単すぎるほど簡単だ。よかったな、ホスト。めりるがアイドルに勝っても負けても晴れて彼女持ちになれるぞ」


「え、えっと、それはあんまりなんじゃないかな、と思うのですが……」


「ガッツで乗り切れ」


「じょ、条件が僕にとって悪すぎると、お、思います……」


「ガッツでなんとかしろ」


「で、できると思えない僕がいますよ……」


「思え」


「…………」


 あ、ホストさんが机に突っ伏した。まあ、吉田さんは彼にとって苦手そうなタイプだし……。


「さて、じゃあ始めるぞ~。めりる、お前が勝ったらホストと面接の合格と、コックさんのコードネームを与えよう」


「最後のは要りませんけど……」


 かくして、ホストさんを巡るというより、吉田さんが面接に受かるかどうかをかけた勝負が幕を開けた――。





 ――ガッッシャーン!!


 そして、その幕は勝負の開始一秒で降りた。


 先攻となった私が、わざとお皿を床に落とすことによって。


『…………』


 吉田さんを含め、不完全燃焼気味な表情をする一同。

 いやだって、どっちが勝っても結果は大きく変わらないし、吉田さんがホストさんに迫るというなら、それを近くで面白おかしく見ていたいって気持ちもあるし、なにより、こんな勝負は一刻も早く終わらせたかったし。

 あ、それと、ないとは思うけど、私の負けを宣言せざるをえない状況を作らないと、もしかしたら贔屓目が入って、私の勝ちという判断が下される可能性もあったものだから。


 ともあれ。

 こうして『満員御礼』に新しいメンバー『コックさん』こと吉田めりるさんが加わった。


「コックさんはやめてください!」


 うわ、人のモノローグにまでツッコミ入れてきたよ、この人。


 さてさて、これから『満員御礼』はどうなっていくのやら。

 まあ、楽しい方向にさえ向かっていければ、私はそれでいいんだけどね。

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