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第二話 迷探偵アイドル~問題編~

 それは、とある金曜日の夕暮れどきのこと。


「副店長ぉ~。ふと思ったんですけど、店長と副店長の出会いって、一体どんなものだったんですかぁ~?」


 私のバイト先、ファミリーレストラン『満員御礼』の休憩室にあるテーブルにだら~んと突っ伏しながら、私はそう副店長に問いかけた。


「なんだ? また唐突に」


 怪訝そうな――を通り越した、どこか呆れたような表情で返してくる副店長。いや、訊いているのは私のほうなんですけど。


 というのも、このファミレス『満員御礼』の副店長である彼女と、どうもヤクザっぽい顔(というか、元はヤクザだったらしい)の店長は、ううん、なんて表現すればいいのだろう。不釣り合い? いや、なにか違うな。まあ、割と普通っぽい副店長と、どこからどう見てもヤクザにしか見えない店長は確かに不釣り合いではあるのだけれど、私が言いたいのはそういうことではなくて……。


 そう、店長と彼女はなんか、こう、『対等』なのだ。役職上は当然、店長のほうが上司に当たるのだけれど、それでも普段、副店長は店長のことを「おい」とか「アンタ」とか呼んでいるし。

 いやまあ、もちろん客の前とかでは「店長」と呼ぶし、敬語も使うのだけれど、それにはどうも不自然というか、どこか儀礼的な響きがあるというか。


 対する店長も店長で、副店長のことを「アヤさん」と名前で呼んだりするし。そう、基本的に人のことをあだ名で呼ぶこの店において、名前で、だ。

 ちなみに私も彼女のことを一度、「アヤさ~ん」と呼んでみたことがあるのだけれど、これはあっさり無視されてしまった。


 まあ、それはともかく。


 これで副店長と店長の関係性に疑問を抱かずにいろ、というのは無理だろう。『実は夫婦なんだ』とか言われても、あるいは納得してしまうかもしれない。


 で、まあ、夫婦云々はともかくとして、店長と副店長の間には、その役職以上の『絆』があることは容易に想像がつくわけで。じゃあその『絆』はいつ生まれたのだろうとふと思い、私は手始めに店長と副店長の出会いはどんなものだったのかを尋ねてみたわけなのだ。副店長に。


「だって、気になるじゃないですか。まるで共通点のない、店長と副店長の出会いのエピソード」


「そんなに気にすることでもないだろう。というか、なんで私に訊く。アイツに訊けばいいだろう、アイツに」


 くいっと顎で休憩室にいる店長を示してみせる副店長。しかし店長に向けられた彼女のその瞳からは「なにも喋るな」と意志が如実に感じられ……。

 ……ああ、いまさっき店長と副店長は『対等』だと述べたけれど、よくよく考えてみたら立場は若干、副店長のほうが強いかもしれない。というか、いかにもヤクザな顔してる店長をただのオバサンでしかない副店長が圧倒してるって、どうよ?


 まあ、副店長の弁は正しい。いや、弁だけは、というべきだろうか。だって、思いっきり店長を睨みつけて牽制しているし。


 ちなみに現在、休憩室にいるのは私たち三人だけだ。他の――クッキングさんやホストさんを始めとした数名は、せっせと店を回――せるほど客は来ないか、ここには。でも、だからって店長と副店長が同時に休憩しているというのはどうだろう……。


 それはそれとして、私は副店長にひたすら話をせがんだ。うっとうしがられようと無視されようと、本当にしつこく、しつこぉ~くせがんだ。結果、


「ああもう、わかった!」


 しばらくして副店長は折れてくれた。それを見て苦笑する店長。……ごめんなさい。その表情も怖いです。まあ、ここに勤め始めたばかりの半年前に比べれば、もうだいぶ慣れてはきたけどね。


「じゃあアイドル、こうしよう。私がお前にひとつ、クイズ――というかなんというか――を出す。その『真相』を見事、当てることができたなら、私の負けだ。出会いの話でもなんでもしてやろう」


 人差し指をピッと立て、そう提案してくる副店長。折れてなかった。ちっとも折れてなかった。まあ、一応妥協はしてくれたようだけど。あ、『アイドル』というのは私のこの店でのあだ名だ。由来は単純に容姿から。つまり世間一般的にみて、私はそう呼ばれるくらいには可愛い女子高生だということ。いや、うぬぼれとかは抜きで。


 それにしても『真相』ときたかぁ。殺人事件の推理とかをしろ、ということかな?


「いいか、むかしむかしの話だ。具体的にどのくらい『昔』かというと、西暦二〇〇〇年――」


「それ、全然『昔』じゃないですよ! せいぜい八年前のことじゃないですか!」


「細かいことを言う女はモテないぞ、アイドル」


「いえいえ! これでも割とモテてますから! それよりちょっとしたクイズにそんな具体的な年数を持ち出さないでくださいよ!」


「私はリアリティを追求したいんだ」


「追求しなくてもいいですよ! そんな――」


「まあまあ、少し落ち着こう、アイドル」


 店長になだめられ、私はなんとか矛を収める。これじゃ話が一向に進まないし。


「その話、私もちょっと興味があるな。聞かせてくれるかい? アヤさん」


「…………。別に面白くもなんともない、ただの作り話なんだけどな。そう、あるところに不治の病に侵された少女がいてな」


「その少女の名前は? 不治の病の病名は?」


 すかさず訊いてやる私。


「本当に細かいことを気にする奴だな、お前。『少女』、『不治の病』、で別にいいじゃないか」


「リアリティを追求したいと言ったのは副店長のほうじゃないですか!」


「まあ、それはそうだが……」


 そうつぶやくと副店長は「そうだな……」と軽く数秒唸ってから、


近藤こんどう 美奈みな。十七歳。手術の成功率が十パーセント程度しかない脳腫瘍のうしゅよう。――これでいいか?」


 成功率が十パーセントあるのなら、それは『不治の病』ではないのでは、とも思ったけれど、口には出さないでおいた。助かる確率が限りなく低いものであることに変わりはないし。

 副店長は続ける。


「美奈の父親はそれなりの資産家で――あ、父子家庭な。それで家もなかなかに大きかった」


 そこで早くも話を一旦中断する副店長。設定を創りながら話しているのか、思考をまとめようとするように宙に視線を注ぐ。結局、話の続きが語られたのは、気を利かせた店長がミルクティーを三つ、テーブルの上に置いてくれてからのことだった。


「ぶっちゃけてしまえば、ある日美奈が、まあ、死んだわけだな。自室で」


 本当にいきなりぶっちゃけた! さすが即興の作り話! いや、副店長が話し下手なだけなのかも……?


「美奈は本当に眠るように死んでいた。外傷も抵抗した形跡も無かった」


「外傷なし、ですか……」


「容疑者は三人。殺崎あやさき和泉いずみ上杉うえすぎ。殺崎は女性、残り二人は男性だ」


「殺崎って……。また、人を殺しそうな名前してますね……」


 フルネームは? と訊くのはやめておいた。いい加減しつこいと私も思うし。でも容疑者が三人であることといい、まるであつらえたかのようだなぁ。いやまあ、創作なのだから当然なのだけれど。


「事件の推移はこう。まず午前十一時四十五分に殺崎が軽食とコップ一杯の水を美奈に届けに行った。このとき、彼女は美奈の部屋に長居はしていない」


 私はそれにちょっと引っかかった。


「軽食と水、ですか? あの、薬は? 普通、薬と水はセットでしょう? 美奈さんは不治の病に侵されていたんですし」


「薬自体は美奈の部屋の――小さなタンスの中に入っていたんだ。ちょうど二ヶ月分、な」


「あ、それとちょっと質問です。コップって紙のですか? それともガラスの?」


 ――もし後者だとしたら、それが凶器にもなりえるのではないだろうか。


 しかし、その考えはすぐに否定される。


「ガラスのコップだ。しかし指紋は美奈と殺崎のものしか検出されなかったし、コップは事件後、欠けてもいないし、そもそも美奈には外傷がないぞ?」


 そういえばそうだった……。


「それから三十分後、午後十二時十五分に再び殺崎が美奈の部屋を訪れた。まあ、おそらくは食事を下げに行ったのだろう。そして、彼女はそこで美奈の死体を発見した」


 つまり美奈さんが殺されたのは、長めに見積もって午前十一時四十五分から午後十二時十五分までの間、か。


「警察の捜査による部屋の状況はこう。まず誰かが暴れた痕跡はなし。部屋から検出された指紋は美奈と彼女の父親、そして普段から付き合いのあった殺崎のものだけだった」


 まあ、それは当然だろう。突発的な状況で殺してしまったならまだしも、そうでないなら指紋を残さないために手袋くらいはしておくはずだから。そしてこの殺人は突発的なものでは絶対にない。暴れた痕跡がないというのがその証拠。


「部屋にあったものは、ネット環境の整ったデスクトップのパソコンに大きな本棚、ベッドにいくつか置かれていたぬいぐるみ。あとベッドの近くにあるサイドテーブルの上に、コップとメモ帳、それとシャープペンシルがあった。あ、それと小さなタンスもあったな。そう、美奈が服用していた薬が入っていたやつだ」


 そこでちょっと思いついたことがあったので、口を開いてみる私。


「その薬って粉薬ですか? それとも錠剤? あ、カプセルって可能性もありますけど」


「水に溶かして飲むタイプの粉薬だよ。薬包紙やくほうしに入っているやつ。あとコップの――」


 続けようとする副店長に、しかし私はすかさずという風に問いをぶつける。


「その粉薬の残りって、ちゃんと減っていますか?」


 珍しく、副店長がきょとんとした表情で私を見つめてきた。それからミルクティーに口をつけ、苦笑混じりに、


「そう。おそらくお前の考えている通りだよ。粉薬は殺崎が薬包紙を破る前の状態で美奈に渡したんだが、それはタンスの引き出しに戻されていた。美奈は殺崎に渡された薬を飲んではいないんだ。もちろん戻された薬の薬包紙に殺崎と美奈以外の人間の指紋はついていなかった」


「でも、コップの水は減っていた。そうですよね?」


「ああ。コップには殺崎と美奈の指紋しかついていなかった、というのはもう言ったな。実はそれに加えて、コップのふちに美奈の唾液が付着していた。つまり美奈は少なくとも水を飲みはしたんだ。そうそう、コップの水は少し残ってもいたな」


 その情報は、私の推測を裏づけるのに充分なものだった。私の推測、それはこの事件で用いられた殺害方法。美奈さんの――死因。


「その残った水からは、なにか毒物が検出されたんじゃないですか?」


「まさにその通りだ。ちなみに、ゴミ箱に捨てられていた『破れた薬包紙』からも同じ毒物が検出されたな。抗鬱剤こううつざい系のものだ。まあ、正確には毒ではないが、死に至るような薬なんて毒と似たようなものだろう」


 妙に具体的なものを挙げてくる副店長。最初に細かく突っ込みすぎたからだろうか。

 しかし、やっぱり殺害方法は毒殺だったか。……あれ? ゴミ箱? それにゴミ箱に『破れた薬包紙』が捨てられていた?


「ちょっと! 美奈さんの部屋にゴミ箱があったなんて聞いてませんよ!?」


「ん? そうだったか? まあ、とにかくあったんだ。ちなみにその『破れた薬包紙』から検出された指紋は美奈のものだけだった」


 まあ、ゴミ箱に捨てられていた以上はそうだろう。私はその薬包紙、てっきり犯人が持ち去ったものと思っていた。


「副店長。他になにか言い忘れていることはないでしょうね? 例えば本棚のこととか」


 たとえ些細なことであっても、手がかりの不足は問題だ。推理が根本から崩れかねない。問い詰めてみると副店長は案の定、


「本棚にはなにもないが……。あ、そういえばメモ帳のことを言い忘れていたな」


 うわあ……。


「メモ帳は掌サイズの大きさでな、なにかメモして壁に貼り付けてでもおきたかったのか、一枚目が千切られていたんだ」


「…………。とりあえず毒が原因であることは動かないみたいですからいいですけど、本当、気をつけてくださいよ……」


 副店長は「すまんすまん」と、まったくすまなくなんて思っていないであろう表情で言って、続けた。


「あと美奈の部屋には窓がひとつだけあったな。それも開け放たれていた。カーテンも開かれていて、風にそよいでいた。まあもっとも、美奈の部屋は二階にあったわけだから侵入は――」


「ちょっとおぉぉぉぉっ!?」


 窓がカーテン共々開いていたとか二階とか、どれも初耳だった。いや、この情報はかなり重要なんじゃ……?


「お願いですからヒントはちゃんと出してくださいよ! 下手したら問題として成立しなくなっちゃいますよ!?」


「いや、美奈の家は大きい部類に入る、と最初に言――」


「それだけで二階があることまでわかるはずないじゃないですかっ!」


「言い忘れていたものは仕方がないじゃないか」


「開き直らないでください!」


 再び店長に「まあまあ」となだめられる。私はそれに納得いかないものを感じ、頬を膨らませた。

 そんな私に副店長がひとつ、提案をしてくる。


「じゃあアイドル。ここからは質問タイムといこう。お前が推理する材料を揃えるまで、いくらでも質問してきていいぞ」


 なるほど。それならヒントが足りなくなることはないか。なら――


「じゃあ副店長。犯人は一体、誰なんですか?」


「それに答えると本当に思っているのか、アイドル」


「……いえ、ちょっとふざけてみただけです」


 さて、ではなにを質問したものだろう。


「殺崎さんは美奈さんが殺されたと思われる――」


「アイドル。『死亡したと思われる』と言え。ここは仮にもファミレスだ。物騒な発言はなるべく控えろ」


 『殺された』も『死亡した』も五十歩百歩じゃ、と思うのは私だけだろうか。しかし副店長がマジで機嫌悪そうなので、素直に言い直すことにする。


「美奈さんが死亡したと思われる午前十一時四十五分から午後十二時十五分の間、殺崎さんはどうしていたんですか?」


「一階のリビングで和泉、上杉と三人で談笑していた」


「三人で? あれ? 美奈さんのお父さんは?」


「仕事に行っていた。美奈の面倒をみるのは殺崎に任せて、な。だから殺崎が水と軽食を持っていったんだ」


 う~ん。なかなかに筋が通ってる。


 じゃあ、


「和泉さんがその日、最後に美奈さんと話したのはいつですか?」


「いつ、と言われてもな……。その日、和泉は美奈と会っていないと思うぞ。上杉も、な。基本、二人ともずっとリビングに居たし。まあ、トイレぐらいは行っただろうが」


 え? じゃあ殺崎さん以外は犯人になりえないんじゃないのだろうか。というか殺崎さん、怪しすぎ……。


 そろそろ一旦、情報を整理してみるべきだろうか。状況を客観的に見て、先入観を排除して、一番の――根本的な問題をちゃんと把握して、と。


 …………。


 まさか、美奈さんは実は死んでいませんでした、というオチだろうか。……いや、それはないか。副店長はちゃんと明確な『死体』という単語を口にしているし。

 だとすると――。


 忘れちゃいけない。根本的な問題はなにか。


 そう。それは、


 ――本当に、殺崎さんに美奈さんは殺されたのか。


 状況は殺崎さんしか犯人になりえないと言っている。けれど、もしそれが否定されるとしたら? 


 殺崎さん犯人説以外には、どんな推理を組み上げられる?


 組み上げられたとして、その根拠、及び証拠は?


 …………。


 ………………。


 ……………………。


 ――あれ、待って。


 これは、もしかすると――!


「副店長! わかっちゃいましたよ、この事件の『真相』!」


 私は非常に自分好みの『事件の真相』に思い当たり、ビッと副店長を指差した!


「仮にも彩桜さいおう学園の名探偵と呼ばれ――」


「てないだろ。絶対に」


「ぐっ……。確かにそう呼ばれてはいませんけど、『探偵部』の部員ではあるんですよ、私!」


「またけったいな部に入ってるな、お前……」


「彩桜学園には『犯罪部』だってあるんですよ! 非公認ですけど!」


「…………。そーかい。で、『真相』のほうはどうなった? わかったんじゃないのか?」


「あ、そうでした! いいですか、副店長。この事件の『真相』。それはですね――」

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