穏やかな終焉
どんな火事よりも激しく燃焼しながらも、焼け落ちたのは植物の蔦だけだったという不思議な火災であった。
原因はわかりきっている。
素早く集まってきた野次馬にもまれながら、わたしは一つのことを考えていた。
厳密に言うなら、ついさっき見た光景についてだった。
青年がわたしを館から外へ運びだしてくれたあと、すぐに火の手は館を埋め尽くしていった。
その時、わたしは炎と影に浮かび上がったまぎれもない老婦人の横顔を見たような気がした。
N氏が愛したであろう、一人の女性の姿とはそれであったのかもしれない。
野次馬の女性が、「うちにまで飛び火しないかしら?」と叫んだので、わたしは全てを説明したい衝動に駆られたが、無理矢理にそれを抑えつけたことも鮮明に覚えている。
心の中でだけ、その可能性がないことを懇々と説くだけにしておいたことも。
翌日の早朝、わたしが会社へ報告書を書くためにパソコンを打っていると、インターネットニュースに小さく記事になっているのを見つけた。
見出しが少しだけセンセーショナルにされていたが、結果としてただの珍しい火事ということで解決したようだ。
シーリーコートが断言したように、館の建物そのものには小さな焦げ目一つもできてなかったことから、世間の注目を一瞬だけ浴びたとしても、興味が長続きするほどの事件ではない。
世間にはもっと刺激的な事件が山のようにあるのだから。
今、わたしはアルバイトで日銭を稼ぎながら、再び彫刻家を目指して勉強をしている。
そこには何の後悔もなかった。
後悔するのは、一度きりで十分だから。
ただ一つの気がかりは、あの彫刻―――『ケーアフィリイの緑の婦人』の消息だけである。
だが、その唯一の気がかりも、つい先日、元勤め人時代のマネージャーに再会したときに霧散した。
彼はその勝手な性格に似合わず、わたしのことを気にかけていてくれているらしかった。
落ち着いた時期を見計らって、わざわざ連絡をくれたのだ。
わたしは彼のことを一方的に嫌っていたが、それは鏡を見るようなものだったのかもしれない。
腹を割って接すれば、とてもユーモラスな良い男だった。
以来、わたしと彼は親友に近い関係になった。
そして、彼から聞き出した話によると、今の『緑館』には誰かが住みついているらしいとのことだ。
彼も伝聞らしいのではっきりとした話ではないが、その住人はたまにしか外出しないし、ほとんど見掛けることがないので、近所の人の噂話にもならないらしい。
上司はわたしが例の企画の責任をとって辞めたものだと信じており、私の気が休まるならばと色々と調べておいてくれたそうだ。
彼にとっての情報の価値はわたしにとってのものとはまったく違うが、それはわたしにとっては貴重な情報だった。
それを聞いて、わたしはつい微笑んでしまった。
なぜなら、その新しい住人は奇妙な白いコートを着た穏やかそうな青年らしい、という話だったから。