ロバートの息子
朝、目を醒ますと、ロバートは理由もわからず、家の扉を二回だけ開けたり閉めたりという動作を繰り返した。
物音にびっくりした妻が、そんな夫を怪訝な顔で見つめている。
「どうしたの、あなた。一体、なんのおまじない?」
「……わからない。どういうわけか、これをしなくてはいけないような気がしたんだ」
意味もわからずとった行動だったが、さらに考え込んでみても、どうしてこんなことをしたのかまったく思い出せなかった。
そうこうしているうちに、妻が農作業に持っていくバスケットの中にぶどう酒やふかしたジャガイモを詰めこみ始めた。
見慣れたその光景に、ふと視線を飛ばしたロバートは、違和感に似た疑問が湧きあがるのを感じた。
「おい、どうして三つも用意するんだ?」
眉をしかめてから、妻は一つ余分のバスケットを棚に戻した。
「確か、もう一人分いつも用意していたような気がしたんだけど……」
「なにを言っているんだ。昔も今も、この家にはおまえと俺しか住んではいないだろう。ぼけるにはまだ早いぞ」
「……そう、よね」
首を捻りながら考え込み始めた妻を尻目に道具とバスケットを抱えあげたロバートは、気分を変えるために陽気に即興歌を歌いながら自分達の畑への農道へと歩を進めていった。
その足取りが急に止まる。
誰かが、妙に耳慣れた愛称で、自分を呼んだような気がしたからだ。
周囲を見渡しても誰も居ない。
幻聴にしてはやけにはっきりして、本当に声をかけられたとしか思えなかった。
だが、そんな訳はない。
それはそうだろう。
彼には、若者の声で「父さん」などと呼ばれる覚えはまったくないのだから。