邂逅する日のためにpart2
これから月1くらいにはアップしたいと思います
今後の成長と靴擦れしないことを踏まえて、私は少しだけ大きなサイズの上履きを買った。いや、佑香さんに買っていただいた。
会計のとき、私が財布を開くよりも早く佑香さんがお金を支払ってしまった。店員も当然の如く受け取り、会計が終わってしまった。
その後、「これ、上履きの代金です」と言って少し多めのお金を佑香さんに渡すと、佑香さんは「いいのよ。誘ったのは私なんだから」と受け取ってもらえなかった。デパートに行く予定だったのは私なのに。
「歌奈ちゃん、ちょっとここで待っててもらえなかいな?」
佑香さんは休憩用に置いてある長椅子をさして、そう言ってきた。
「はい」
単純にトイレに行くものかと思い、私は頷いて椅子に座った。
こうして1人になってみると、周囲にいたたくさんの人の様子が目に飛び込んできた。
平日なので子連れの客の姿は少なく、道行く人は1~3人で1グループのようだ。
たまに通り過ぎる放課後を迎えた子供の集団を気見かけると、見つからないように息を潜め、知り合いでないことを確認するたびに安堵の息を漏らす。
そうして過ごすこと数分、佑香さんが帰ってきた。
「お待たせ。はい、歌奈ちゃん、昔はこのチョコアイス好きだったでしょ」
そして差し出された右手にはコーンから顔を出す半球状のチョコアイスが握られていた。
「覚えて・・・いたんだ」
私は恐る恐るアイスを受け取った。
「当たり前よ!」
自分の分のバニラアイスを舐めながら、佑香さんは慈愛に満ちた様な微笑みを私に注いでくれた。
***
自宅に帰宅してから私は、普通の人から見たらどうでもいいことを思いついた。私でも普通の生活を送っていれば気にしなかったことだ。
それは、佑香さんに買っていただいた上履きを素直に学校へと持っていくのかということだ。
私だって女の子なのだ。物自体ではなく、誰にもらった物かによって優先順位は変動するし、拾った指輪よりもプレゼントされたハンカチを大切にする。
それに従って、佑香さんにいただいた上履きも大切にしたいのだ。使わないことは失礼に当たることは重々承知しているけど、また隠されたらたまったものではない。
結局、一晩考えて出た結論は肌身離さず持つというものだった。
つまり、毎日自宅に持って帰るというスタンスだ。肉体的負担はかかるけど、優先順位を考えれば当然の帰結だった。
そして、久しぶりの幸福を味わっていた私は自分の立場を忘れていたようだ。
「死ね・・・か」
登校後、いつものように靴をしまうために下駄箱を開けると、たくさんの紙片が雪崩落ちてきた。
ノートを切り取って作られた紙片には、シンプルだからこそ直接的なダメージの与えられる『死ね』の一言。しかも、今日の朝に返却を予定されていた私のノートの切れ端。
その先には昨日は無かった上履きが収められていた。
ノートと同じく切り刻まれた状態で。
「天音さん」
聞き覚えのある声。クラスメイトの杉本さんが話しかけてきた。
「・・・おはようございます」
無視するわけにもいかず、無難に朝の挨拶を発する。
「ふん。げ・た・ば・こ! 散らかさないでくれるかしら? 迷惑よ!」
「そんな! 私じゃ」
「あなたの下駄箱でしょう? その紙くずもあなたに贈られたものでしょう? あなたが掃除するのが筋だと思わないかしら?」
「・・・」
口答えさえも無意味だということすら私は忘れてしまっていた。
「とっととやりなさいよクズ」
そう言って杉本さんは教室へと戻っていった。
「クスクス、またあの子よ」
近くにあった掃除用具用のロッカーから小さな箒とちりとりのセットを取り出した。
「汚いと思ったらまたアレかよ」
下駄箱の中の紙くずを掃きだす。
「そんなに掃除が好きなら、全部きれいにしとけよ」
床に散らばった切れ端をちりとりですくう。
「待てよ! あんなやつに掃除させたら、する前より汚れるだろ」
視界の隅にある場所にある下駄箱に備えられたゴミ箱は遠く。
「そういえば、さっきから変な臭いしない?」
掃除用具用のロッカーに道具を返却する道のりは更に遠かった。
***
教室に入ると、席順に違和感がある。
窓際の1番後ろの席と隣の席、前方にある席の距離は1メートルと明らかに避けられている席がある。
その席に近づくと異臭が漂い、机には悪戯書きが所狭しと綴られている。悪戯書きの内容は下駄箱で散った紙片と同等の意味だ。
どうしようもなく、これが本来の自然の姿であるかのように決まって私の席だ。
椅子を引くと座面に飛散している泥水、引き出しの中には虫や蛙の軍勢、挙げ句の果てには生ゴミすら入っていた。
これらも朝の光景。最初からこうではなかったものの、エスカレートしていくうちに処理すら手馴れてしまったものだ。
家から持ってきた大きなビニル袋で覆いつつ机を傾け、掃除用具用ロッカーから取り出した雑巾で椅子を拭いている間に開始を告げるチャイムが鳴った。
時間を惜しむように騒ぎながら自席へと帰る生徒たちの中で、自席でモゾモゾと朝とは似つかわしくない作業をする生徒を尻目に、中年のオドオドとした担任の教師が教室に入ってきた。
この教室では教師さえも、問題を抱えた生徒を見て見ぬふり。何事もが当然のように朝の挨拶が始まった。
これは教室内での教師のヒエラルキーが私についで底辺であることを意味している。
この教師は、改善を図ろうとした熱血系教師が精神病に倒れてしまい、その代替として後任された存在である。
主に生徒に対しては弱気ではないのだが、前任の教師の心労はモンスターペアレントの重圧だったがために内心は怯えることは理解できるし、覚悟もなく私を助けたいだなんて思わないだろう。
トイレに籠れば水をかけられ、保健室に仮病を使っても親に連絡されてしまうのでいずれも論外。
他のクラスなら話を真面目に聞いてくれる人もいるけど、積極的に目をそらされてしまう。
弱肉強食が世界の根幹をなしているこの世界で、弱者に手を差し伸べることは、弱者だから互恵関係となったとみなされ、強者によっては餌が増えたことを意味してしまう。
そんなことよりも金魚の糞よろしく、チンピラ抗争のようにより強い存在の庇護下で見栄を張ったほうが幾分か、待遇としては遥かにましなことだろう。
昨日、秋くんが話しかけてきたことは、久しぶりに聞いた友達が私に向かって私の名前を呼ぶことだったので内心嬉しかった。
うんざりした気持ちで汚れや虫の処理が終わるとしばらく、1時間目の授業が終わるまでは安息の時間となる。
消しカスや折れた鉛筆の芯がたまに飛んでくれるけど、気にしなければ長くは続かないので問題はない。
そして1時間目の休み時間を告げるチャイムの音が1日の最初の防衛戦のゴングとなるのだった。
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