邂逅する日のためにpart1
天音歌奈の視点になります。
今でこそ私、天音歌奈には降旗秋という恋人がいる。
秋は私が彼に依存していると言うけど、私にしてみれば全然そんなことはない。これは純粋な恋心、少なくとも、周囲がどのように思おうとも、私は恋心だと信じている。
この気持ちを抱いたのは私がまだ・・・。
***
純粋な無邪気さ故の残酷さ。小学生にはよくある光景だろう。
人見知りをする私はクラスでも浮いてばかり、4年生に進級して、上の学年の人数より下の学年の人数が多くもなり、無駄な知識もたくさん覚えた年頃。
例えばリーダー格が1人を省き、進展していくイジメ。
手痛い仕打ちの数々は、少なくとも重度の人見知りの私を充分に苦しめた。
両親に打ち明けることは、何かが出来始めてきた私にとって障害になると判断し、本当は打ち明けた後に待ち構えている見えない恐怖に怯えているだけなのだけど、私は挫けずに学校へと足を運んだ。
上履きが下駄箱に入っていなかった。
さては、ストーカーが大胆にも盗んでいったのかな? 現状を考えるとそんなわけもないけど。
昔、お母さんに聞いたこと。
嫌がらせをしてくる子は大概、私と仲良くしたいけど、照れくさがっているだけだと。
でも、そんなことはなかった。
周囲を探してみたけど上履きは見つからなかった。
仕方がないから、保健室に行ってスリッパを借りる。もちろん言い訳は「忘れました」に限る。そろそろ保健室の先生も私の顔を覚えた頃だろう。
日に日にエスカレートしていくイジメにはどうにも慣れそうにはなかった。
***
下校時間になり、保健室にスリッパを返しに行く。
「明日は忘れちゃダメよ」
そんなありがたい言葉をもらって私は下駄箱へ行く。
中を確認すると、靴は盗まれていなかったようだ。
しかし、泥が塗られて、小石が詰め込まれていた。
「天音・・・だよな? どうしたんだ? その靴」
みんなが下校して誰もいないと思った時間なのに、1人の少年がそこにはいた。
それもよく知っている顔。保育園で唯一、話すことのできた相手だから忘れるはずのない人物、降旗秋だからだ。
小学校に上がって、クラスが別々になり、自分から会いに行く勇気もなく、廊下で会えば会釈をする程度の関係にまで成り下がってしまった相手なのだ。
「なんでも・・・ない」
私はかろうじてそんな言葉を捻り出し、靴の泥を素早く落とし、中の小石をジャラジャラと昇降口のすぐそばにある花壇へと捨てた。
彼は無言で、私は振り向かずにその場を立ち去ったので、彼がどのような表情をしていたのかわからない。見るのが怖かった。嘲笑っているのではないかと不安で。
***
家に帰るとすぐに自室にこもり、財布の中身を確認した。新しい上履きを買うためだ。
両親に打ち明けないことを心に決めたので、上履きをなくしたことを正直に離したら疑われかねない。
幸い、人並みにはお小遣いをもらっていて、遊ぶ友達もいないので、それなりの金額が入っていた。
上履きがいくらかはわからないけど、手の届く金額は持っているはずだ。
「お母さん、ちょっと出かけてくるね」
「気をつけるのよ~」
「は~い」
両親には、少なくても友達はいると話しているので、たまに出かけて1人で時間を潰すなんてことはよくある。
だから今日も怪しまれずに家を出ることができた。
私の家は商店街の裏にあるから、近くに靴屋くらいあるのだけれど、そっちに行くつもりはない。
なぜなら、商店街は子供の遊ぶ場所でもあるし、お店の子供が小学校に通っている家も少なくないからいじめてくるクラスメイトとの遭遇率も高い。
それなら、少し遠くなるけど駅の近くにあるデパートへ行こう。少し遠いけど、自転車を使えば私の速さでも20分くらいで行ける。
***
「そういえば、この道も懐かしいな」
ふと、そんな言葉が自然と漏れた。
自分がそんな言葉を漏らしたことを自覚してから気付いた。
この道は降旗家へと続く道。昔はよく遊びに来ていた家。
下駄箱で逃げるように去っていってしまった手前、偶然にも遭遇してしまったら気まずいこと間違いないだろう。
違う道にそれようとも思ったけど、この道はすでに降旗家を通過するまで曲がり道がないし、引き返すのは馬鹿馬鹿しい。よくよく考えると変に意識する必要性がない。
前を通るのは一瞬だけならなんのことはない。行ける私!
「あら、歌奈ちゃんじゃない」
そんな時期が私にもありました。
タイミングよく降旗家から出てきたのは、秋くんの母親、佑香さんだ。
この人には頭が上がらないので、自転車を降りてきちんと挨拶をする。
「お久しぶりです」
いくら相手が佑香さんであろうと、急いでいる旨を伝えなければならない。
「あの」
「今からお出かけ?」
「あ、はい」
1度、言葉を遮られたというか双方のタイミングが悪かっただけなのだけど、佑香さんも空気が読めないわけじゃなかった。
「1人で?」
「はい」
嘘をついても良かったけど、佑香さんにそんなことをするつもりはない。
「どこ行くの?」
「デパートです」
すると佑香さんは一瞬の逡巡のうち、予想だにしない1言を発した。
「私と一緒に行かないかしら? 自転車を家に停めて、車で」
言葉に詰まった。
佑香さんに甘えたい欲望と、現状の漏洩の危惧が天秤に捧げられた。
佑香さんは私の味方になってくれる。事実、昔にも何度も助けられた。信頼のおける憧れの大人。
でも、だからこそ、頼りたくはない。両親以上に。
「迷惑だったかしら?」
私の沈黙を拒否と受け取ったらしい。
ちょっと寂しそうな表情に、慌てて否定の言葉を入れる。
「そんなこと、ないです。嬉しかったので」
ここまで言って後悔した。
否定の否定は肯定。ここで逃げたら余計に怪しまれる。
私は促されるままに佑香さんの車に乗った。
「本当に久しぶりね。小学校に上がってから会う機会なんてほとんどなかったでしょ? 秋も恥ずかがって家に呼んでくれないし」
「そうですね」
助手席に座った私は佑香さんの顔を見る。
顔を綻ばせながらも、しっかりと前方を見据えて運転している。
「私ね、歌奈ちゃんに忘れられてたらどうしようって思ったのよ」
私が佑香さんを忘れる?
「そんなわけないじゃないですか!」
久しぶりに大きな声を出してしまった。恥ずかしい。
「うん。ありがとうね」
それから少し、他愛のない話をした。大人なのに無邪気な佑香さん笑顔に私は胸がいっぱいになり、かろうじて頷いて返事をすることしかできなかった。
「ところで、歌奈ちゃんは何を買いに来たの?」
デパートが視界に捉えられる距離になり、佑香さんは思い出したかのように聞いてきた。
想定していた質問だけど言葉に詰まる。下手に返事したところで、帰るときに気づかれてしまうから。
「う、上履きです」
そして、素直に告白することにした。隠しても仕方ないし。
「そっか、歌奈ちゃんもまだまだ成長するものね」
どうやら佑香さんは、私の上履きのサイズが合わなくなったと思ったらしい。理由は違うけど、勘違いしていてくれるなら訂正しなくても良いだろう。
***
デパートに着いてから、佑香さんと別行動は取らなかった。
時間を目安に集合場所を決めてしまうと、ゆっくりと買い物をすることができないし、いざというときに連絡できないと困るからと言って佑香さんが別行動を拒否したからだ。
「周りから見たら、私たち母娘みたいよね」
私も同じようなことを考えていた。でも、少しだけ違う。
「佑香さん若いから母娘じゃなくて姉妹だと思いますよ」
すると、佑香さんは嬉しそうにハニカミながら私の手を握ってくれた。
「嬉しいこと言ってくれるわね。でも、私は歌奈ちゃんのお姉さんよりもお母さんのほうがいいな。常に私が歌奈ちゃんのことを心配する立場でいたいもの」
別にお母さんが嫌いなわけじゃないけど、そう言われるとくすぐったい気持ちになった。
甘えたくなった。全てを吐露して、すがりついて。だからこそ、私は余計に決意を固めることにした。佑香さんが私のために心を傷めないように、と。
想像していただいた物語と異なるかもしれませんが、これからもお時間を頂けると幸いです。評価、感想を頂けるとさらに作者のやる気が上昇し、皆さまへの感謝の気持ちが膨れ上がります。