プロローグに至るpart2
学校中にチャイムが鳴り響き、ホームルームの開始を知らせる。
このクラスの担任は真面目な性格ではないため、すぐに現れるということはなく、クラスメイトもゆっくりと自席へと戻っていく。
「それにしても遅いね」
僕は名詞も言わずに俊貴に話しかけた。
「いつものことだろう」
それでも、誰が? とは聞かずに俊貴は返事をしてくれた。
僕たちの話題の人物は俊貴の後ろの席の主のことを指している。
「せっかく編入生が来るっていうのに・・・。あ、でもタイミングがあえば逆にラッキーかも」
すると、俊貴は妙に納得したかのような顔をした。
「なるほどな。それで朝からご機嫌なわけか」
うっ! そんなに表情に出していたつもりはなかったのにな。
そのとき、教室の扉がガラガラと開いた。
先生が来たのかと思い、全員の視線が扉の先に集中する。・・・が。
「ハァハァッ! 間に合った!!」
大きく肩で息をしている1人の男子生徒だった。
身長は男子高校生の平均身長で、特別に格好良いわけでも不細工なわけでもない。特徴らしい特徴といえば毎日場所が変わる寝癖くらいだろう。
そんな彼は僕の仲のいい友人の1人であり、僕の中では主人公第一候補であるのだ。名前を篠田雅光という。
「よっ、雅光。思ったより早かったな」
いつもだったら先生よりも遅く来るはずなのに。
「ああ、朝から悪夢を見てな。学校自体はもっと早く来てたけど・・・、ちょっとな」
ここで僕は見逃さなかった。
雅光がいつもよりどことなくソワソワとしているところを!
もしやと思い、カマをかけてみることにした。
「ねぇ、知ってる? 今日、編入生が来るんだって。しかも、美少女!」
歌奈は特徴には触れてなかったけど、この際だから掛金は上げておくことにしよう。
「編入生? まさか・・・な」
最後の方はよく聞こえなかったけど、この反応からするに雅光はすでに編入生との接触を果たしている。それでこそ主人公の器だ。
ん? 待てよ・・・。
雅光は先ほど「学校自体はもっと早く来てたけど」と言っていた。すると、今まで学校の中で何かをしていたのではないか?
雅光は部活にも委員会にも生徒会にも所属はしていないはずなので、遅刻の危険を冒してまで教室に真っ先に来ないことはおかしい。
さらに先ほどからのハッキリとしない態度。いくら雅光が優柔不断であろうとも、こんな時に何を迷うことがあろうものか。
推測の結果。いや、推測せずとも僕の見込んだ雅光なら既に彼女との接触を果たしているのだろう。「悪夢を見た」とも言っていたし、フラグが成立していることは間違いない。
「王道のツンデレか? それとも天然? 意表をついたヤンキーとか? 雅光には妹がいるし、このクラスに委員長はいる。生き別れの幼馴染という線が濃厚だけど、できればヒロインが確定される要素は欲しくないからな・・・」
「おい、何をブツブツ言ってんだ? 気持ち悪いぞ」
おっと、いつの間にかに声を出してしまっていたようだ。失敬。
「で、雅光はどんな人が来ると思う?」
「本当に楽しそうだな」
隣のほうからなにか聞こえたけど気にしないでおこう。
「おまえらー、席につけ」
雅光が口を開こうとした瞬間に担任の糸田優教諭が教室に入ってきた。
雅光から編入生の印象を聞くチャンスだったのに。まあ、後は本人を見てのお楽しみとしよう。
「これからホームルームを始めようと思うのだが、その前に編入生を紹介しよう。入ってこい」
糸田教諭の合図と同時に教室の前の扉が開かれた。
おそらく、僕が編入生を視界に捉えた瞬間、彼女に見とれていたのだろう。
まず、目に飛び込んできたのは夕暮れに光る金の稲穂の様な色合いを抱くとても綺麗なツインテールだった。
教壇まで歩く姿は優雅で、誰もが見惚れるほどの綺麗な少女だった。
「皆さん、初めまして。久慈川美雪と申します。これから2年間になりますが、皆さんと一緒に卒業できるように精進したいと思います」
声もなめらかで、それだけでも惚れそうになったが、2つの現状がそれを許さなかった。
1つ目は言うまでもなく歌奈という交際相手がいること。モブの僕は不誠実なことをした瞬間に負け犬となるのだ。
2つ目は、こちらを見て口元が悪戯っ子の様に若干だがつり上がっている。
いや、「こちら」というのは少し語弊がある。正確には雅光を見ているのだろう。
彼女の素性は後々に探るとして、これは紛れもなく物語が始まる合図であることを示唆しているのだろう。
「えーっと、久慈川は帰国子女だそうだ。日本の常識に疎い部分もある。みんなでフォローしてやれよ。席は・・・、ホームルームで席替えするか。それなら問題ないだろう。質問とかは個人でやれ。高校生だしな。久慈川、俺のクラスの席替えは、生徒の自主性を重んじているからな。勝手に決めて座ってくれ」
「分かりました」
「じゃあ、他にわからないことがあれば、小宮、手を上げろ」
「あ、はい」
「あいつに聞け。学級委員だしな。小宮もそれでいいな?」
「はい」
僕の思考が挟まる間もなくテキパキと物事は進行していき、糸田教諭は教室を出て行ってしまった。
しかしながらいつものこととして、クラスメイトは誰も気にしていないようだ。かくいう久慈川さんも人物像のインプットは完了しただろう。
「じゃあみんあ、席替えの方法は前回と同じで良いわね?」
学級委員、委員長こと小宮晴恵がいつもの様に指揮をとり始めた。
そこに反論はなく、クラスメイトのほとんど、主に男子のやる気が満ち溢れている。理由は言わなくてもわかるだろう。
「あの、前回と同じとは?」
そこへすかさず久慈川さんの質問。当然である。
「自分たちが座りたい席に座るのがこのクラス流よ。せっかくだし、久慈川さんに優先権をあげるわ。みんなもそれで文句ないわね?」
クラスメイトは口々に肯定の言葉を返した。無言のやつもいたけど意義はないようだ。
「じゃあ始めるわよ。席がかぶったら公平に話し合うかジャンケンで済ませなさい」
委員長の開始の言葉とともに3つの勢力が誕生した。
まず、久慈川さんの動向を見て近場を勝ち取らんとする孤独な男子勢。
次に久慈川さんを女子の孤島にしないために男子の動向を探る女子勢。因みに、久慈川さんの逆ハーレムを阻止せんとする女子もこの中に含まれている。
そして、ぼっち体制を実行せんとする気弱勢。なんと、この勢力は不人気な場所へ率先して行くため、動こうとするのは1番最後となる。
僕はもちろん彼女の近くを狙う男子勢の中に含まれている。まあ、血眼にならずとも隣接地帯を狙っているわけではないので獲得は容易だろうけど。
そんな席取り合戦はコンマ数秒も続くことはなかった。
「久慈川さん。こっち来なよ!」
清楚で可憐な久慈川さんに下劣な笑みを見せまいと逡巡していた男子は確実に出遅れ、その中で真っ先に声を上げたのは、誰にも分け隔てなく接することができる風村だった。
「ええ、是非」
そして、風村は誰に席を譲ってもらうか周囲を見回した。
その結果・・・。
「後ろでも大丈夫?」
「大丈夫です。視力は良いほうですので」
「歌奈もいいよね?」
風村の問に歌奈はコクリと頷いた。
風村の席は左を除いて周囲は男子しかいない。左には歌奈がいるわけだけど、その他の席は風村目当ての男子に囲まれてしまっているのだ。
そんな男子が自席を譲るはずもなく、険しい表情になる。
それを見た風村は、席を譲る気はないということだけを汲み取り、場所を移動しようと結論に至ったわけだ。
「そこ、交換してもらってもいいかな?」
風村が要請をしたのは、僕たちの近くに陣をかまえる女子の2人組。その近くにある空き席も勘定にいれて3席だ。
「いいよね?」
「そうだね」
女子2人はあっさりと快諾して、3人に席を譲った。
その3席の配置を見て、僕はあることを閃いた。偶然を装った必然の方程式に。
「風村、提案があるんだけど」
中学からの知り合いとだけのことはあってすんなりと風村に話しかけられる。
「ん?」
「よかったら、僕と雅光と俊貴がそっちの席に行こうか?」
「私は良いけど、久慈川さんは?」
「私もそれでかまわないわ」
じゃ、そういうことで。
若干、放心状態の雅光をどかして、僕は理想の配置を実現した。
プロローグにあたる話はこれで終わりです。
小説のジャンルを間違えていました。
文学→学園