転校
高校2年生の春、親の仕事の都合で、東京から愛知の片田舎へと引っ越す事になった。
車の窓を開けて愛知の町並みを眺めてみると、
東京に比べ背の高いビルが無く、道を歩いている人の数が少ないかった。
だけど車やバイクはたくさん走り回っていて、なんだか人よりも車の数の方が多いように感じられた。
「宙ー!風のせいで髪が!運転しづらいわ!」
窓を開けていたら運転していたお母さんに怒られてしまった。
横を見ると母さんの髪が右に左に上に下に、大暴れしている。
これじゃ前が見えなくて事故を起こしてしまうと、大慌てで窓をしめた。
「ごめんごめん。」
素直に謝ると、母さんは全く…と言いながら笑った。
怒ってはいないようだ。
“宇宙”の“宙”と書いて“ソラ”、それが僕の名前。
僕はこの名前が気に入っている。
なんだか壮大で凄いもののように感じるし、
それにこの名前は母さんが、「鳥に愛される空のように、人に愛される“ソラ”になるように」と付けてくれたものだ。
優しくて暖かないい名前だと思う。
母さんは早くに父さんを無くし、女手1つで僕を育ててくれた。
子供の頃は夜1人で仕事の母を待つのが寂しいと感じる事もあったけど、僕を育てる為にいっぱい苦労してきたところを見てきたから、
今では心から感謝してるし、誰よりも尊敬してる。
おかげで思春期まっさかりで、クラスメイトが反抗期を迎えてるような時期に、面と向かって「お母さん、いつもありがとう」と言えてしまうくらい母とは仲がよかった。
その事で友人にはマザコンとからかわれた事もあったけど、何も恥ずかしくないと思っていた。
「母さん、新しい家にはあとどのくらいで着くの?」「あと多分5分もしないで着くわよ。あそこに学校が見えるでしょう?新しい家は学校からそんな離れてなかったはずだから…あ、ちなみに、あの学校が宙が通う事になるところだからね」
母さんは片手で華麗にハンドルを動かしながら、少し離れたところに見える学校を指差した。
「あれがかぁ…なんだか小さいね。離れてるからかな?」
一々東京と比べるなんて性格悪い話だと思うけど、なんだか色々違いすぎて、思わず一々驚いてしまう。
「違うわよ~。人数の少ない学校だから小さいだけでしょ。」
「人数少ないの?」
「多くはないわね。」
「ふぅん」
母さんも具体的な人数までは知らないらしい。
多くはない、っていうのがどのくらいなのか想像付かないまま、僕の乗った車は学校を通り越していった。
体の角度を工夫しながら、学校が見えなくなるまで見つめ続けていると、母が心配そうに聞いてきた。
「新しい学校はどう?楽しみ?不安?」
「う~ん…どっちかっていうと楽しみ!友達が増えるの嬉しいし。勉強だけ心配だけど。僕頭悪いから」
ふざけて言うと、軽く頭をこづかれた。
「自分で頭悪いとか言わないでよ。勉強は、頑張ってね。」
そういって笑った。
僕も笑った。
母さんの顔は、もう不安そうじゃなかった。
母さんは、転校が決まってから、僕の心配をよくするようになった。
それが僕には不思議だった。
僕にとって、転校はなんだか大掛かりなクラス替えみたいな感覚だった。
だって前の学校の友人と友人じゃなくなるわけじゃないし。
知らない人だらけのクラスに入ることになるだけなら、クラス替えと一緒じゃないかと考えたからだ。
そう、考えて、いたんだ。
「学校楽しみだなぁ!」