↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/23

十九.愛の形

 気負(きお)わずに接してみれば、昭瑛(しょうえい)は本当に要領が悪いだけの子どもだった。頭はずば抜けて良いのだが、手先が壊滅的に不器用。特に楽器の演奏は致命的で、ここまでの不協和音を奏でられるのはもう、別の意味での才能だろう。

 時折(こら)えかねて声を荒らげる蓮瓔(れんよう)の叱責を、しかし昭瑛は嬉しそうに受け止めていた。それだけ、人に悪意以外の関心を向けられて来なかったのだと思うと、蓮瓔の胸は今も鈍く痛む。


 以前とは別種の(にぎ)やかさに満ちた蓮瓔の部屋を、婚約者の世璋(せいしょう)が訪ねて来たのは、それからしばらくしてのことだった。

 


「……お元気そうで、良かった」



 緊張の面持ちで彼を迎えた蓮瓔に対し、世璋は普段通りの笑顔で椅子に落ち着く。そう呟いて目を細めた婚約者に、蓮瓔は口元を歪めて問うた。


「──何故、あんな嘆願書を出されたのですか?」


 世璋は一瞬目を見開いたが、照れたように笑って誤魔化す。


「見られてしまいましたか。お恥ずかしい」

「李公子(こうし)!」


 いきり立つ蓮瓔の声に、世璋は肩を(すく)めた。杏仁型の綺麗な瞳に真っ直ぐに見つめられ、その視線の強さに、蓮瓔は思わずたじろぐ。

 世璋は、声を(ひそ)めるようにして言った。


「──大切な婚約者を守ろうとすることが、そんなにおかしなことでしょうか?」

「ですから、何故……!」


 蓮瓔は決して、良い婚約者といえる存在ではなかった。

 彼は兄の幼馴染として気安い存在ではあったが、立場が変わって以降、軽薄にも思える自由さが(かん)(さわ)って仕方がなかった。それゆえに蓮瓔は、辛辣(しんらつ)な物言いを繰り返していた。


 今思えば、自分で自分を雁字搦(がんじがら)めにしていた癖に、立場に縛られない彼に嫉妬していた気がする。歳上の彼には、きっと見抜かれていたことだろう。


 世璋は幾度も湯のみに手をやりかけては戻し、やがて、どこか()ねたように言った。


「……白晟(はくせい)殿下の側近候補として育った私には、皇女様は、お生まれになった時から身近な存在でした。不遜(ふそん)を承知で言えば、妹のように感じていた。家族のように大切なお方を守りたいと思うのは、当然のことでしょう」





『せいしょう様! はやく!』

『待ってください、皇女様! ……ああ、そんなに泥だらけになって!』





 雨上がりの庭をはしゃいで駆け回る幼い蓮瓔を、同じく泥だらけになって追い掛けていた世璋。そんな二人を遠くから眺めていた、兄の白晟。

 忘れていた懐かしい記憶に、蓮瓔は思わず口元を押さえた。


「……だから、私との婚約もお受けになったのですか?」


 兄の正妃が王家派の(はん)氏に決まり、蓮瓔の降嫁先は、父母の後ろ盾である(ちょう)家派か、新たに父の寵妃となった(しゅう)妃を(よう)中立派のどちらかとなった。どちらとも決め手に欠ける中、世璋が熱烈に訴え、同じ趙家派の李家に決まったのだった。

 蓮瓔はその行為を、彼が将来の出世の足掛かりにしようとしていると捉えていた。改革を肯定する王家寄りの彼の主義主張が、それの証拠だと。



(でも、……違ったの?)



 世璋は不貞腐(ふてくさ)れたような口調を崩さず、頬を赤らめながら答えた。


「……中立派は、まだまだ危うい。また朱家のような企みを起こせば、皇女様のお立場も危うくなる。朝堂(ちょうどう)趨勢(すうせい)がどう転ぶかは誰にも分かりませんが、少なくとも私なら、何があっても傍でお守りする。だから……」



 初めて触れた彼の本音に、蓮瓔(れんよう)は声を失った。

 これほどに大切に思われていたなんて、考えたこともなかったのだ。

 世璋(せいしょう)は耳まで真っ赤になりながら、一息に言い切った。



「──この胸にあるのは、燃えるような恋情でないのは確かです。そうした幸せを皇女様にお与え出来ないことは、心苦しく思っています。……けれど、何があっても、一番身近な家族としてお支えすると誓います」



 次回の英玄試(えいげんし)では首席で及第間違いなしと言われる秀才の言葉とは、とても思えない。不器用で、直截(ちょくさい)な告白に、蓮瓔はすぐに反応することが出来なかった。



(それは……本当? 信じて良いの……?)



 分かりやすい言葉や態度にばかり反応し、道を見失った記憶は鮮明で、今すぐ彼の胸に飛び込むことは難しい。本当は、誰かを信じることが怖い。

 ただ、彼なら、その感情すら含めて受け入れてくれると、そう思えた。

 蓮瓔は顔を上げ、真っ直ぐに世璋を見つめる。



「……時間を、ください。共に暮らす日々の中で、ゆっくり、世璋様を信じられるようになりたい」



 今は、そう答えるのが精一杯だった。けれど、世璋は嬉しそうに微笑む。



「……久しぶりに、名を呼んでいただけた」



 子どものような無邪気な笑顔に、蓮瓔もまた、おずおずと微笑んだ。












 光啓(こうけい)十年、春。

 伝統的な真紅の衣装を(まと)った美しい花嫁が、同じく真紅の衣装を身に付けた花婿に迎えられ、ぎこちなく微笑んでいた。花婿は満面の笑みを浮かべ、この世の至宝のように花嫁を見つめていたと言われている。


 現帝の長女である公主(こうしゅ)() 蓮瓔(れんよう)は、夫となった() 世璋(せいしょう)と時に喧嘩を繰り広げながら、ささやかな幸せに満ちた家庭を築いた。彼女は時折後宮を訪ね、舞楽の名手として妃や皇女たちを指導している。彼女を慕う義妹の昭瑛(しょうえい)皇女は、義兄となった世璋への嫉妬を隠そうともせず、義姉に叱られては嬉しそうに笑っていたそうだ。


 一方、婚姻の儀の直前の英玄試(えいげんし)で見事、首席合格を成し遂げた世璋は、次代を担う官僚として日々外廷(がいてい)で奮闘していた。六年後、光啓帝が急な病に倒れ、玉座を降りた後、彼は新帝となった幼馴染を身を()にして支えたという。


 端明、光啓の両時代を支えてきた派閥政治は、この頃には限界を迎えつつあった。かつての、廃家・(しゅ)一族や罪妃・(よう)氏の凶行も、派閥の存在が一因だと言われている。晃宇帝(こううてい)白晟(はくせい)と宰相・李 世璋は、国を盛り立てる新たな仕組みを、生涯にわたって模索し続けた。


 大国・(れい)はしばし、混迷の時代を生きることとなる。けれども、国を導く両輪は夜明けを信じ、家族に支えられながら、懸命に舵取りを続けたと後世に伝えられた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。