表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラストゲート  作者: 仙道 神明


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/8

第8話 再会の丘で

⸻数年が過ぎた。


 唐沢真司は、もう「未勝利ジョッキー」ではなかった。

 あの日を境に、彼は少しずつ勝ち星を重ね、今では名の知れた地方騎手になっている。

 ゼリーとの最後の勝利が、彼の人生を変えた。


 風が頬をなでる。

 牧場の丘の上には、あの日と同じような光が降り注いでいた。


 「ここだよ」


 隣を歩く愛美が、小さく笑った。真司は頷き、木製の柵を越えて進む。


 そこには、穏やかな瞳の栗毛の馬がいた。


 スターライトゼリー。


 彼は少し年を取って、毛並みも柔らかくなっていた。けれど、その耳の動きも、鼻を鳴らす仕草も、あの頃と何ひとつ変わっていなかった。


 「ゼリー……」


 真司が声をかけると、ゼリーは柵のそばまでゆっくりと歩み寄った。彼の手の匂いを覚えていたのか、優しく頬を寄せてくる。


 「覚えててくれたんだな」


 「忘れるわけないよ。真司さんのこと、大好きだったんだもん」


 愛美の声が震える。


 ゼリーの背には、小さな子どもが乗っていた。観光客の女の子だ。

 係員の手を借りながら、ゆっくりと馬の背を撫でている。


 真司は静かに見つめた。


 ――走るための脚を失っても、ゼリーは今も人の笑顔を生んでいる。


 「なぁ、愛美」


 真司が言った。


 「俺、この牧場に寄贈される記念碑の除幕式、頼まれててさ」


 「記念碑?」


 「“スターライトゼリー、25戦目 初勝利”って書かれてるんだ」


 愛美は笑った。


 「いいね。あの子にぴったりの言葉だね」


 風が吹き抜ける。空の彼方に、雲の隙間から一筋の光が差した。ゼリーがその光の方を見上げ、軽く鼻を鳴らす。


 その瞬間、真司は決心したように顔を上げた。


 「愛美」


 「ん?」


 「俺……この場所で、もう一度やり直したいと思ってる」


 「え?」


 真司は、少し笑ってポケットを探った。

 中から、小さな指輪の箱を取り出す。


 「お前と、一緒に生きていきたい」


 「……!」


 愛美の目から、涙がこぼれた。


 ゼリーがそっと二人の間に顔を寄せる。

 真司は微笑みながら、その頭をなでた。


 「お前がつないでくれたんだな」


 夕陽が丘を包み、世界が金色に染まる。風が柔らかく、草の香りを運ぶ。


 スターライトゼリーは、目を細めて空を見上げていた。そこに浮かぶ光は、かつて走り抜けたレース場のライトのようだった。


 真司と愛美は、その隣で静かに手をつないだ。


 もう言葉はいらなかった。


 ――夢は終わらない。


 走る場所が変わっても、心が覚えている限り。


 風の中で、ゼリーのたてがみが、まるで拍手のように揺れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ