第6話 ラストレース(後編)
好スタートを切ったのは最内の1番、スターライトゼリー!
真司の身体が、ゼリーのリズムに完璧に重なる。
「行け、ゼリー!」
ゼリーが風を切って先頭へ――
外から2番手、ファストエッジが並びかける!さらに3番手には黒鹿毛のマーベラススノー!
――だが、譲らない。
真司はインを締め、ハナを死守する。手綱を感じながら、ゼリーの呼吸を読む。
「いいぞ、そのまま……自分のペースで行け!」
1コーナーを抜け、スタンド前を通過。
愛美の声が聞こえた気がした。
「ゼリーっ、真司さんっ!」
胸が熱くなる。24戦、勝てなかった日々が脳裏をよぎる。負けて、悔しくて、でもゼリーはいつも前を向いていた。
「今日こそ――勝つぞ!」
⸻
向こう正面。外から2番手が並びかけてくる。鞍上の若手騎手が叫んだ。
「譲れよ、唐沢!」
「悪いけど、今日は譲れねぇ!」
ゼリーが脚を伸ばした。その瞬間、風の音が変わる。まるで“空を切っている”ようだった。
3コーナー、後続が一気に押し上げてくる。
「内のスターライトゼリー、粘っている! 外からマーベラススノーが差を詰めてきた!」
真司は、左手の手綱を絞る。
「耐えろ、ゼリー!」
ゼリーの耳がぴんと立つ。苦しいはずなのに、前だけを見て走るその姿――
(ああ、こいつは本当に……強い)
⸻
ラストコーナー、残り200メートル!
「スターライトゼリー先頭! 外からマーベラススノーが並んできた!」
観客が総立ちになった。
真司は叫んだ。
「ゼリー、もう一歩だ! 行けえええっ!!」
ゼリーが、全身の力を振り絞る。白い泡が口元から飛び、蹄が砂を叩きつける。
ゴール板が見えた。
あとわずか――あとわずか!
「スターライトゼリー粘るっ! マーベラススノーが並ぶっ! 並んで――ゴールイン!!!」
歓声が爆発した。
真司は肩で息をしながら、ゼリーの首を抱いた。
「よくやった……! やったぞ、ゼリー!」
⸻
写真判定の結果が出る。場内が静まり返る。
〈1着 スターライトゼリー〉
数字が掲示板に浮かんだ瞬間、スタンドが揺れた。
真司は泣き笑いのような顔で天を仰ぐ。
「やっと……勝てたな」
ゼリーの首筋に頬を寄せた。
そのとき――
ゼリーの脚が、ふっと崩れた。
「ゼリーっ!?」
真司が慌てて飛び降りる。ゼリーは右前脚を浮かせ、苦しそうに息をしていた。
「脚、やっちまったか……!」
沢調教師が駆け寄る。
「誰か! 獣医呼べ!!」
スタンドから悲鳴が上がる。愛美の手が震えていた。レンズ越しに、ゼリーが倒れこむ瞬間が見えた。
⸻
検量室前。
真司は泥まみれのまま、ぼう然と立っていた。
「骨折だ。右前脚の球節……」
沢の声が震えている。
「命には関わらん。だが、もう走れねぇ」
真司は、静かにうなずいた。
「……そうですか」
ゼリーの馬房の前に戻ると、脚には包帯が巻かれ、麻酔で眠るように静かだった。
「お前、やっぱりすげぇよ……。勝って、ちゃんと終わらせたんだな」
真司はその首を撫でながら、涙をこぼした。
外ではまだ歓声が続いていた。“初勝利”を祝うアナウンスが流れている。けれどその音は、どこか遠くに聞こえた。




