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献身の、切っ先とまれよ、閑古鳥


 県立札幌琵琶湖ハルカス高校、校門。


 呪われた剣道防具がすっかり外れた閑古鳥の前で、門前が大粒の涙を流している。


「な……!! お前は……女子だったのか……!?」


「相変わらず失礼だな君は。それに言うべきことはそれじゃないだろう?」


 一方で、『不良』という仮面が外れた門前は、すっかり仕草が女性のそれになっていた。




 * * * * *



 

 一年前の閑古鳥は、大事な大会の前に混乱の渦中にあった。

 ライバルだと思っていた『アイツ』は剣術の達人で、しかも女子で、しかも自分のことを好いていたという。

 それだけでもおうお腹いっぱいなのだが、告白を受けた時にとんでもないことを言われた気がする。


「負けたら、防具を貰った上から叩ッ斬るから」


 情けない話、閑古鳥はあの怪物から叩っ斬られるのが怖かった! 

 その言葉の意味する伝わりづらい女心とか、そういうものに気づいてあげられる余裕など、この時の閑古鳥には無かった!

 

 勝つ事への飽くなき欲求よりも、負ける事への恐怖が閑古鳥を支配していた。

 そして動揺した閑古鳥は、ものの見事に県大会の一回戦で負けた……。

 

 叩っ斬られるのが怖い閑古鳥がとった行動は、情けないことに逃げの一手だった!

 試合に負けたショックすら感じる余裕もなかったのだ!

 閑古鳥は部屋に引きこもり、学校にも休みがちになった。このようにして、

 女子からの好意も、剣道の道も、あっさり捨て去ったのだ。



 さて、閑古鳥よりも心が壊れたのは、捨てられた門前である。

 惚れた男の、まさかの一回戦敗退。それはまあ、許す気でいた。遠ざかったことには違いないが、悔しさの先、道の先にある『最強の剣技』を、

閑古鳥が目指してくれるのなら門前はそれでよかった。


 しかし閑古鳥があっさり剣道の道も、門前の心も捨て去って逃げたことがショックだった!

 門前の心は、真っ二つに割れた。




 失恋に染まった片割れは、心のささくれだった門前をグレさせ、『血みどろ門前』としての道を歩ませ、

剣の心を愛する片割れは、閑古鳥を忘れることができずに、「彼に大事にされたい」という一心で防具に宿った、のであった……。 

 

 ちなみに、札幌琵琶湖ハルカス高校に剣道部は、しっかり存在していた。

 大エース門前優がグレて、問題を起こし廃部になってしまったのだ。



 * * * * *



 校門前。


 聡明な大人ならそろそろ、心配してこの大喧嘩を止めてくれても良さそうなものだが、

この街の大人たちは侍の心などどこ吹く風なのだろう。

 

 そして、『ただの大喧嘩』の一線を超えた緊急事態が起きんとしていた。

 真っ赤な瞳で閑古鳥を睨む門前に、赤黒い気が覆ったと思えば、

 剣道防具がそれに反応しカタカタカタカタと震え出した。そして……


「「蒸着!!」」


 眩い光があたりを一瞬おおい、キーンと甲高い音が響けば、

 今度は剣道防具と門前の影が重なり、

元々一つだった剣道防具の中の門前の心が『元の体に収まった』


「あ……あああ!!」


 閑古鳥の前に立っているのは、もはや門前ではなかった。


 額の割れた般若の面。そして、手に握り締められているのは、巨大な刺身包丁だった!!

 そして垂れの名前は『険心』に変わっている!


 赤黒い気を纏った『険心』は、同じ声が二つ重なった不思議な声で静かに閑古鳥に語りかける。


「「一年前……『真剣だったら俺が勝ってた』って……言ったよね? 閑古鳥……」」


 『険心』は、妙に柄の長い刺身包丁を青眼に構え……きっ先を閑古鳥の目に向けた。


「「さあ、もう一度勝負しようよ? 真剣でさ……」」


 もはやこれは事件だ!! 痴話喧嘩だとしても未成年の女の子が物騒なものを相手に向けている!

 しかしそれでもこの街の住民は知らん顔を決め込んでいた!!

 コーコーセーの痴話喧嘩など、犬も食わないのだ!!


「「今度は約束を守ってよね? じゃないと君は…… 最低な男ということになる」」


 『険心』に殺気を向けられているのにも関わらず、閑古鳥は目を閉じて息をすい、

これまでの自分の行いを冷静に見つめた。

 

 ……そして覚悟を決めた。


 足元に転がる竹刀を拾い、閑古鳥も構える。


「うおおおおおおおああ!!!」


 刺身包丁の青眼に対し、閑古鳥は自分の胸をさらけ出す上段で応じ、『険心』に突進していったーーー。




 * * * * *



 校門前の『決闘』から実に、十年以上の時が過ぎ去った

  


「じゃあな謙信。パパ行ってくるから」


「行ってらっしゃーーい」


 笑顔で手を降り、父親の出勤を送り出す閑古鳥謙信の後から、

もう一つ笑顔が覗いてきた。


 門前優。……今は閑古鳥優である。


「帰りが遅くなるなら早めに言ってくださいね」


「……あ、はい」


 夫を送り出し、謙信と共にリビングに帰っていく。

 そこには、数々の大会を荒らし回った戦利品とでもいうべきか、数々の表彰とトロフィーが並べてあった。

 その7割近くが優のものではあるのだが。


「ねえママ」


 謙信が無邪気な顔で優に話しかける。


「ママは、フウフベッセイにしないの? 」


「どうして?」


「ママはパパより強いから」


 優は思わず声を出して笑った。


「んー、謙信ちゃんにはまだわからないかな。

 ……苗字はね、奪われて嬉しいことだってあるのよ」


「ふうん?」


 謙信は、理解したというよりも不思議そうな顔を浮かべた。


 …… ……あの『決闘』で、

 

 閑古鳥は上段からの真っ向勝負で挑んできた。

 もちろん、ただで打たれてやる気などなかったが……

 閑古鳥が繰り出したのは、小手……そして、面。

 見事な上段からの小手面だった。


 受けた門前の般若面は二つにわれ、地に手をつけたのはこの日二度目である。


 へたり込む門前に、閑古鳥は竹刀を納め、四文字の言葉を放った。




 …… ……それが初めてのプロポーズだった。


 

 痴話喧嘩が収まった後、門前は責任を取り、過去の仲間達や顧問に何度も頭を下げて剣道部を再構させた。

 流石に門前が高校在学中、試合に出ることは叶わなかったが、新しい大エース、閑古鳥の活躍に追力したのだ。

 その成果の何分の1かが、この部屋に今でも飾られている。


 トロフィーの前で、息子の謙信は布団叩きを握って素振りをし始めた。

 優はそれを、片手で諌める。


「部屋でものを振り回さない」


「はーい」


 そして、息子の握る布団叩きの先端を眺めて優は、


「『献身の、切っ先止まれよ、閑古鳥』」


 と詠んだ。


「そりゃ清少納言かい? ママ」



「ばか。……さ、お布団干したら今日も稽古よ」


「はーいママ」


 謙信は、元気の良いお辞儀をすると、親指だけで腕立て伏せをはじめた。

 これが準備運動なのである。

 すくすくと、化け物に育っていく息子を、優は微笑ましくみていた。

 母親の視線に気がつくと、謙信はその状態からさらに片腕を背中に回し、

 片腕の親指だけで腕立て伏せをはじめた。

 




     献身の、きっ先止まれよ、閑古鳥    了 。



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