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君を頂戴

 

 あいつが怖かった。あいつにだけは勝てなかったーー


 三年前の多摩川。


 朝のランニング時。

 河川敷を、いつも俺より前を走っているあいつ。

 最初の一年は相手にされなくて、次の年から意地で張り合ったらお互い意識するようになった。


 朝のランニングの時間が、いつしかあいつとの追いかけっこになっていた。

 そして……


「左失礼」


 あいつの声が聞こえて、俺の左側をあいつが追い抜いていく。


「へへへ。隙あり」


 追い抜きざま、あいつは笑顔を俺に見せて、爽やかに短い髪を靡かせて駆け抜けていく。


「く……くそお!!」


 俺はペースを上げるが、あいつには追いつけなかった。


 やがて、ランニングが終わった後話すようになり、あいつも剣道をやっていることがわかった。


「閑古鳥くん? 手合わせしようよ。今度」


 あいつは背は低いし体も小さいが、俺より1学年上であることがわかった。

 剣道をやっているらしいが、大会であいつの姿を見たことがない。

 剣術だったら絶対負けないと思っていた。


 市の合同体育館で俺はあいつと待ち合わせた。

 俺の中では、ようやくあいつをやっつけれる、果たし合いのように感じていた。

 


「お待たせ」


 あいつは防具をつけてやってきた。そして俺の防具を見て……


「綺麗だね。閑古鳥くんの防具」


「おう。こいつは『ケンシン』って名前なんだ。

 こいつと一緒だったら、無敵なんだぜ? 俺」


「ふうん……? じゃあこうしようか。 ボクが勝ったら

 その防具を頂戴」

 

 突然とんでもないことを言われた気がするが、相手はとても冗談を言っているようには見えない。

 閑古鳥は察した。これは、体格で勝ち目がないとみた相手が自分を動揺させようとしている心理作戦だ。


「……じゃあ絶対負けないね。お前、モノを大事にしなさそうだし」


「……面白いことを言うね」

 



 * * * * *



 試合で負けたことはあっても、相手に「小手面」を食らって負けたことは初めてだった。

 そのくらい、あいつの剣は速かった。


 小さい体で剣の出どころがわからないというのは確かにある。

 しかも挑発のつもりで上段に構えたら、

 あいつも上段で構えてきたのだ! 相当な負けず嫌いなんだろう。


 果たし合いなら、これが竹刀ではなく真剣だったのなら、

剣を上段に構えるなんてことは実戦的ではないのであまりないそうだ。

 それでも、あいつに隙がないのは、確かに背が低すぎて足元を狙いずらいのもある! だが、

 俺よりも圧倒的に、シンプルに、剣が速いのだ。

 

 俺は体格差で打ちづらい胴より、最初から面しか狙ってなかった。

 少しでも隙を見せたら打ち込んで、力で圧倒してやろうと思った。

 いくら剣が速かろうが、体重と重力に人間は打ち勝てない。


 しかし、あいつが見せた『隙』はあいつが撒いた『餌』だった……

 俺の面をあいつは竹刀で軽く弾いた時、

胴を抜かれる!! と直感で感じた。しかし……あいつが打ち込んできたのは俺の小手……そして、


「面ーーー!!!」


 俺より身長が低いやつに……俺は、小手面で完敗した。




「ボクの勝ちだね……」


「……真剣なら俺が勝ってた……!!」


「じゃあ、真剣でやる?」


「ぐ……」


「じゃあ約束ね。その防具頂戴」


「……来週大会があるから、許してくれないか……他のものなら、なんでもくれてやる」


 俺は背のちっこいあいつに、武士の情けを望んだ。

 あいつは面を脱ぐと、汗で濡れた黒髪を靡かせてイタズラっぽく笑った。


「知ってるよ。県立西成砂丘中学三年生、閑古鳥長政。二連覇がかかる県大会だね。

 確かに防具がないと試合に出られないよね」


「許してくれるのか……?」


「ううん。絶対許さない。じゃあさ、担保を頂戴」


「た……んぽ……?」


「そう。代わりに、君を頂戴。閑古鳥くん」


「……え?」


 謎の告白(?)をしてきたそいつの顔は、珍しく恥ずかしそうで、少し顔が赤かった。



 * * * * 



 …… ……



 ……はっ。今のが走馬灯というやつだろうか。

 三年生の先輩たちに袋叩きにされて気を失っていたようだ。

 

 霞む視界の向こうには、門前が虚にこっちを見ている。


「オイ一年。俺にあの女紹介する気になったかヨ……?」


 門前が立ち上がり、カラカラカラとバットを引きずって近寄ってきた。

 カラカラカラカラ……脳みそにバットの音が、ノイズみたいに響く。


「……くれてやれん……あれは……俺のものじゃないから……」


「あ、そ。 じゃあ死ねよ……?」


 門前が、バットを振り上げて閑古鳥の頭を狙っている。

 もう動けない。腕も上がらない。


 ああ、俺はこいつにも負けるのか。

 そんなことを思った。


 ……今まで誰にも負けたことがなかった……あいつ以外には……

 試合で負けることはあっても、心で負けたことはなかった。 

 あいつ以外には。

 

 思い出の中で繋いだ手も、暴力によって離されていく。

 思い出の中の笑顔も、暴力が打ち砕いていく。

 閑古鳥は静かに目を閉じたその時である。


「閑古鳥くーーーん!!!!」


 ……え? 気のせいだろうか?


「閑古鳥くーん!!!」


 気のせいじゃない!? あいつは俺が封印したのに!?


 門前が露骨な舌打ちをした音が聞こえた。


「閑古鳥くーーん!!!!!」


 校門の前に、『献身防具』が走り込んできた!!


「チ……うぜえ!!」


 門前は、閑古鳥に向けてバットを振り下ろした。 


「閑古鳥くん! 隙!!!!!」


 ガシン!!!!

 剣道防具と閑古鳥の影が一つに重なり、

あたりに金属の音が響いたと思ったら、赤黒い『気』が立ち込める。

 

 何が起きたのか、閑古鳥は一瞬のうちに防具を着込んでおり、

 門前の金属バットを、片腕で持った『竹刀』で受けていた。


「…… ……ああ?」


「「蒸着!!」」


 赤黒い気を纏った閑古鳥、いや、『献身防具』からは男女二人分の声が同時に聞こえた!

 まずは門前を殺気だけで目の前から弾き飛ばすと立ち上がって青眼に構えた。

 竹刀のはずなのに重さがあるのか、かかとをピッタリと地面につけて目の前の三年生たちに睨みをきかす。

 そして……

 

「「……隙ありーーー!!」」


 『献身』は取り巻きの三年生たちに竹刀を薙ぎ払う。 ガタイのいい三年生達は剣圧のみで8メートルは吹き飛んでいった!


 先ず一人!


「ぶへら!!!」


 返す刀でもう一人!


「ぁじょん!!」


 ただただ突っ立っている三人、四人、五人目をまとめて胴抜き!!



「「「ひでぶぉ!!」」」



 竹刀の一撃を食らっただけで先輩達は雑草のように倒れていく。


 そして実に九人はいた三年生達を、『献身』はわずか10秒で片付け、

最後に残った門前に対し、竹刀のきっ先を向けた。


 そして、倒れている竹中を立たせた。


「お……お前は……閑古鳥なのか……?」


「「まあね、(同時に『違うね』と聞こえた。)さっさと行くんだ」」


「お……おう。気をつけろよ!!」


 竹中は去っていき、『献身』は再び門前に向き合う。


「「隙を見せたら、斬る!!」」


 青眼に構えた『ケンシン』が、切っ先を門前の喉元に向けた。


「…… 気持ち悪い……気持ち悪いゾ? お前……」


 門前は鬼の形相を浮かべて唇を噛んだ。



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