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ケンシン

 西陽さす道場で、少年閑古鳥が剣道防具を磨いている。

 嬉しい時も、悔しい時も、ずっとこいつが、誰よりもそばにいてくれた。

 

 不安で押しつぶされそうな時、こいつを身につければ迷いを吹っ切ることができた。

 自分に自信が持てない時も、こいつの中にいるときは俺は最強の剣士だと信じることができた。


 誰よりも喜びを分かち合い、誰よりも悔しさの涙を吸ってくれたのは、この防具だった……。

 小学生の時、閑古鳥はモノを大事にできない少年だった。そんな彼の考えを変えたのは、父親からの助言である。


「強くなりたければ、道具を大事に扱え。道具を大事に扱いたいのなら……『名前』を与えるといい」


 それ以来、閑古鳥は剣道防具のことをなんとなく「ケンシン」と呼ぶことにした。

 ただの剣道防具が相棒に変わった瞬間である。


 閑古鳥は、剣道防具のことをあり得ないくらい大事にし、ようやく試合でも勝てるようになった。



 

 * * * * *


「ケンシン……」


 自室で寝息を立てる、高校生閑古鳥。夢の中で自分の過去を回想していた。

 寝息を立てる彼の側、誰かが立っている。

 ……そして、誰かは竹刀を上段に構えた。


「閑古鳥くん…… 隙ーーー!!」


 剣道防具が、寝ている閑古鳥に剣を振り下ろした。

 すると閑古鳥は、カ……と目を様し、竹刀を腕で受け止めると足を持ち上げて防具の小手を絡めとり、

そのまま腕ひしぎの体制をとった。

 ……剣道防具の腕関節なるものがどういうものかはわからないが、

ひとまず動きを止めることには成功した。

 閑古鳥は、この瞬間を待っていたのである。

 布団に隠していたロープで、閑古鳥は防具を縛り上げた。

 

 防具は最初こそ、ジタバタと空っぽの体で暴れていたが、観念したのか動かなくなった。


 閑古鳥は、確認のために荒ぶる防具の面を剥がしてみたが、やはり『中身』に人などおらず、

本当に『空っぽ』だったことが判明した途端、防具は完全な『モノ』に戻り、動く気配を完全に消したのであった……。


 ひとまずこれでもう襲い掛かってくることはなさそうだ。閑古鳥は久々の熟睡を満喫した。




 * * * * *




 熟睡してだいぶ寝坊してしまった!

 食パンを加えて、牛乳パックを小脇に抱えながら閑古鳥は多摩川沿いをひた走る。

 

 ……まだ全身が痛んでうまく走れない。

 まさか、あのイカれた防具を『封印』した直後に全力で走らないといけなくなるだなんて思っても見なかった。

 走るだけで、腕に足に肋骨に頭に、痛みが走る。

 

 ……なんで子供の頃に愛用していた『防具』に、ここまでされないといけないのだろう?

 確かにもう剣道はやめたが、こんなひどいことされる覚えはないのである。

 

 それとも……それとも本当にあれは、『防具』なりの愛の形なのだろ……ブンブンブン!! 

 閑古鳥は邪念を振り払った。


 とにかくもう剣道はやめた。今日こそ新しく熱中できる部活を探すのだ。

 

 


 ……閑古鳥がようやく学校に着くと、

 校門の前では異様な光景が広がっていた。


 ボコボコにされた竹中が座らされている。


 周りは、不良の先輩方が集まっている。


「え……え……?」


「か……閑古鳥……逃げろ……」


 不良の先輩方は、歌舞伎俳優も真っ青な「睨み」を閑古鳥に対してきかせていた。


 閑古鳥が訳もわからず呆然としていると、金属バットを引きずる音が響いてきた。


「よう……一年」


 ガンギまった目を見開いて、門前がゆっくりと閑古鳥に近づいてきた。


「な、なんでこんなことをするんですか……?」


「ああ? なんだよ? ……カンコドリくーん」



 ケラケラケラと門前は笑い出した。かけた真っ黄色の前歯が露わになる。


「お前さあ、…… おもしろい女と知り合いじゃん」


「女?」


 ……え、まさか、まさか『剣道防具』のことを言っているのか!?


「俺に紹介してよ。 面白い奴好ききなんだヨ俺」


 ……この、目のやばいすきっ歯先輩は、どうやら閑古鳥よりも『防具』に興味を持っているようだ。

 本来なら二つ返事でOKを出したいところだが……


「お断りします」


 門前の金属バットを見て、閑古鳥は答えた。


「……ああ?」


「モノを大事にできない人に、貸すものはないです」


「…… ……へーなんだヨ? おもしれーこと言うじゃん。一年」






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