血みどろ門前
『血みどろ門前』
『フルスイングの門前』
『札幌琵琶湖ハルカスの呼吸する破壊衝動門前』
金属バットを常に携帯する不良には、数々の異名がある。
門前優羽。言わずと知れた札幌琵琶湖ハルカス高校2年最恐の不良である。
ガリガリで頬はこけており、背は低く、
染めすぎてほぼ白色に近い金髪を編み込み、二つの丸くて巨大な目は常に真っ赤である。
タバコ、飲酒、博打に喧嘩。『非合法』と呼ばれるものは片っ端から手を出した。
ビタミンCが非合法だったなら喜んで過剰摂取していただろう。
野球ボール以外の『何か』を散々殴ってきたのだろう金属バットは、
嫌な意味で『使い込まれて』おり、
門前の右手にしっかりと握られている。これですでに、数百に達するのではないだろうか人間の、
腕を折ってきた。
敵も、自分の取り巻きも、それ以外も。
決して強そうには見えない門前だが、キレたら何をするかわからないことで恐れられており、
彼の取り巻きには三年生もいる。
放課後の駅、駐輪場の裏にて、一人の新入生が『洗礼』を受けていた。
「どーすんのよ? 竹中ちゃんよォ?」
すでに鼻血を出している竹中が、三年生の不良に髪の毛を掴まれ、無理やり膝をついて座らさせている。
「オイ何遍も言わせんなヨ? ここ、『私有地』なんだワ? 通るには通行料かかんの。
……三万円。どうする? お買い上げするゥ?」
竹中がひざまづいている先には、当然門前がいる。
門前は、しゃべらない竹中を前にキレて、金属バットを壁に叩きつけた。
のけぞる、竹中。
「おいモンちゃんよお! やっちゃうの早くねえ!?」
意見した三年生の太ももに、門前はフルスイングした。
その場にうずくまる三年生。
「口の聞けねえ奴はダリィ……」
門前は、金属バットを竹中の左腕に振り下ろした。
* * * * *
結局、部活動を放課後までに決められなかった閑古鳥。
晴れて不良どもの仲間入りである。
左腕を竹刀で強打され、腕を三角巾で吊っている。
部活のことを云々言われる前に、諸教員方には是非警察を読んでほしい事案だったが、
冷たい日本人はこんな状況でも誰も助けてくれなかった。
……去年捨てた防具に、襲われる事になるとは思わなかった。
対話を試みたが、竹刀で一方的にめった打ちにされてとても対話どころでは無かった。
医者に至っては、原因を聞いてくらくれなかった。治安が良いとは言えないここ近辺だ。
「コーコーセーの身の回りの問題は自分で解決してくれ」ということだろうか。
レントゲンは撮ってくれたが、「折れてます」とも何も言わずに三角巾で患部を固定された。
……あいつは……あの防具は、(おお、思い出しただけで、蕁麻疹とガングリオンが……)
なぜ再び自分の前に現れたのだろう?
剣道防具は、腰の辺りに選手の名前が書かれているが、そこには『献身』と書いてあった。
その言葉に思い出は特にない。しかし、あれは確かに自分が剣道の試合の時に使っていた防具だ。
背丈も一緒だ。自分の、面だ。小手だ。垂れだ。袴だ。
あいつが持っていた竹刀も自分のものだ。履いていた雪駄もそうだ。
これは……呪いなのだろうか?
あれだけ色々な人を期待させておきながら、結局剣道を続けられなかった自分への罰だろうか?
項垂れて多摩川の河川敷を歩いていると、全く同じ格好の竹中と鉢合わせた。
「「あ」」
「竹中!? お前もまさか、あのいかれた防具に襲われたのか!?」
「そういうお前も、まさか駅の方に行ったのか……?」
お互いに、要量を得ない会話をしているなあと思っている。
ただ、心が弱っているときに友人だと思っている人間が、自分と同じ場所を怪我しているというのは、
同族意識に似た気持ちだろうか。なんだか心強いような、癒されるような気持ちがするから不思議だ。
お互いに用事はなくても、声をかけたくなってしまった。
夕日をバックに、各々嫌な思い出を昇華しようと思っていた時である。
「閑古鳥くーーーん!!!」
川に、イカれた『献身』の声が響く。
「ひ……ひい! きた!!」
閑古鳥は声のする方とは反対側に時速32キロで走った。
その後ろを、砂埃をあげながら『献身防具』が時速380キロで閑古鳥を追撃する。
「ま、待て閑古鳥! お前そっちの方向は!!」
真横を献身防具に通り過ぎられて竹中は吹き飛ぶ。
献身防具は、走っているように見えて、なんと竹刀を青眼に構えたまま摺り足で閑古鳥に追いついた。
このまま閑古鳥の背中に突きを繰り出すつもりである。
「しつこいぞ!! お前は!!」
「閑古鳥くん!! …… 隙!! 隙!! スキー!!」
かの新撰組の剣聖、沖田総司が十八番、『三段づき』を、この献身防具は時速40キロの摺り足の状態で繰り出した。
咄嗟に閑古鳥は身を、左に捩り突きをかわす。
体制を崩した閑古鳥はそのまま川に向けて転げていった。
献身防具は竹刀を上段に構え直す。そして、閑古鳥が落ちていった川に向けて天高く飛び上がった!!
「隙ぃぃぃぃエスト!!!」
川に落ちた閑古鳥の頭上に、容赦無く竹刀が振り下ろされる!
水中を転がりながらも、閑古鳥は3寸横を転がりながら交わす! だがしかし献身防具からのニの剣、三の剣が繰り出される!
閑古鳥はそれをかわしきれないと悟ると、体の硬い部分で竹刀を受けた!
こうなっては袋叩きである!
「隙! 隙! 隙!!」
もはや殺す気の剣である! 溺れかけている者に竹刀が振り下ろされるのだ!
しかし、閑古鳥も負けてはいなかった。なんとか献身防具の竹刀を肘や膝、額でなんとか防ぎ、
一瞬の隙を見つけて自らの膝を一度胸まで引き上げ、かと思ったら足を伸ばしてつま先で献身防具の腰のあたりを突いた!
水飛沫をあげて閑古鳥の渾身の蹴り! 否! 追い詰められた獣の一撃! 農民一揆の怒りの一蹴りが届き、
献身防具は水中で転ぶ。
それを水中で見届けた閑古鳥は起き上がり、献身防具の面を一踏み! もう一踏み! さらに水中から大きい石を持ち上げた!
「もう、追ってくんじゃねえぞ!!」
閑古鳥は大き石を水中の献身防具に落とす! 激しい飛沫が上がり、閑古鳥はそのまま走り去った。
* * * * *
駅の駐輪場。手に入れた1万円を使って、門前と取り巻き達はタバコを吸っていた。
タバコの味に飽きてきた門前は、イライラしてきたところである。
同じ高校の制服を着た学生、閑古鳥が、門前たちの輪の中を全力疾走で駆け抜けていった。
閑古鳥のずぶ濡れの制服が、門前のタバコを蹴り上げた。
濡れたタバコが、門前の前にポトリと落ちる。
門前が、走り去っていく閑古鳥の背中を睨んでいると……
「閑古鳥くーーーん!!!」
と女の声がする。
声の方を振り向くと、やはりずぶ濡れの、竹刀を持った剣道防具が輪の中に駆け込んでくる!
献身防具は、進行方向の邪魔な不良達を、竹刀で一振り、一文字に薙ぎ払った。
その剣圧たるや! 図体ばかり大きい高校三年生達、そして、門前の体を、
まるで紙のように軽く吹き飛ばした。
「閑古鳥くん!! スキーーーー!!!」
大声で、献身防具は走り去っていった。
床に転がる門前。同じく床の上の濡れたタバコを口に入れ、空を虚に見上げた。
そして、意味不明な剣道の防具が叫んでいった言葉を呟いた。
「…… ……カンコドリくん…… すき……
カンコドリくん……」