閑古鳥長政
グッドモーニング。七時五十分。
この春から、県立札幌琵琶湖ハルカス高校に通う新入生、閑古鳥長政は、
多摩川沿いの河川敷を歩きながら面倒臭い悩みを抱えていた。
部活動を、そろそろ決めないといけない。
今まで力を入れていた事が、全くないわけではないが、高校進学を期に新しいことを始めたいと思っていた。
……あれだけは嫌だ。というものならある。そのことを思い出すと、ジンマシンが出るのだが、
札幌琵琶湖ハルカス高校には確か、『その部』は無かったはずだ。
これで諦めがつく。親に対しても、言い訳ができる。
さてまずは体育会系か、文化系か。
今まで体育会系一筋だったから、文化部に入るのも悪くない。
茶道部、新聞部、演劇部……は文化系か?
初めてみたらきっとどれも楽しいだろう。
……あれじゃなければ、なんだってきっと楽しい。
閑古鳥の悩みは、楽しみに変わった。
……その時である。
「……り くーん!!」
後方彼方から、声が聞こえる。女子の声だ。
この辺りに高校は他にないので、きっと同じ高校に通う女子だろうか?
「……こどり くーん!! スキーーー!!」
ははは。……テンションが高い女子じゃないか。きっと同じ新入生だろう。
高校生ライフに浮かれているのだ。
「かんこどり くーん!!」
……足音がこっちに近づいてくるし、なんだか自分を呼んでいるように感じる。
しかし、札幌琵琶湖ハルカス高校に進学したのは、仲間内では自分だけなので知り合いは一人もいないはずだ。
人違いだろう。
「閑古鳥くーーーん!!!!」
……え、まさか本当に俺を呼んでる……? 誰だ? 一体誰ーーー
「閑古鳥くーーーん!! スキーーーー!!!!!」
* * * * *
「はい。では放課後までに、入部届を出すように。
……ここのところ駅周辺で、不良が増えているみたいです。高校生も何人か何かしらの被害を受けてるようですので、
なるべく駅に近寄らないようにしましょう。
ではホームルーム終わりです」
朝のホームルームが終わった。……遅刻するところだった。
青い顔をして息を切らせている閑古鳥に、クラスメイトの竹中が声をかける。
「よう。有名人」
竹中は、入学式で仲良くなった高校生活で最初の友達だ。
硬派な閑古鳥とは真逆の、軽い男である。
「なんだよそれ」
「だってお前、有名なんだもん。聞いたぜ。今朝女子に追っかけられたんだろ?」
今朝…… 思い出したくない記憶だ。
「ハックショーーい!!!!」
閑古鳥は大きなくしゃみと共に、さぶいぼをかきむしり、蕁麻疹の軟膏を塗った。
「よ! モテますな。閑古鳥センセ」
「そんなんじゃねえ!!」
閑古鳥の目は血走っていた。
「なんでよ。実際お前、教室まで逃げてきたじゃん。追いかけられてたんだろ? 女子に。
学校中に聞こえたっていうぜー『閑古鳥くん、好きーー!!』って」
ケラケラケラと竹中が笑う。
「ちげえよ!! そんなんじゃねえって!! ……思い出させんなよ」
「いやあ、高校生活始まって、ほぼ初手で彼女ができる奴はホンモノよ!?
よかったなーホンモノになれて」
「しつこい野郎だな! 本当に違うんだよ!」
「じゃあなんだよ。いらないなら俺に紹介してくれよ」
「…… 竹中よ。言葉に責任を持てよ?
俺が紹介したら、『アイツ』をお前が引き受けてくれるんだな?」
「ああん? いいよ? 俺基本的に、守備範囲広いからさ。心が綺麗だから。体も綺麗だし」
「おし……まあ……あまり期待できないが……お前を信じていいんだな?
男と見込むぞ?」
「なんだよ『男と見込む』って。あ、あれか!!
元中の重たい幼馴染か!?」
「ーーーーー………!!!!」
「……え、まじ? 図星なの? だったらむしろ紹介してくれ!
男と見込んでくれ! 俺、男だぜ!?」
「わかった……紹介するから、ついてきな……」
鉛のように重たい影を背負った閑古鳥と、
ヘラヘラしている竹中が揃って廊下に出ると、早速『ソレ』の気配を感じた。
「閑古鳥くーーん!!!!! スキーーーーーー!!!!」
ああ、今朝の声だ! あいつ教室の前で張ってやがったのか!!
「え……え、えええ?」
竹中の顔が恐怖で引き攣るのを真横に感じ、閑古鳥は声の主から逃げ出した。
* * * * * *
竹中をスケープゴートにして、なんとか校舎裏まで逃げてきた。
おっかない先輩がちらほら見える。多分、タバコを召し上がっているところだろう。
閑古鳥の存在に気がつくと、露骨な舌打ちをして威嚇し、「シンニュウセーがウロウロすんなよ……」と校舎の影に消えていった。
さて……これからどうすればいいんだろう? いよいよ、部活動どころではなくなってしまった……。
アレがどうして……ううう蕁麻疹が!!
勘弁してくれ! 俺はもう辞めたんだ!! もう二度とアレはやらない!!
なのに……なのに、
「なんで追いかけてくるんだ……」
大きい独り言を呟いて、閑古鳥は頭を抱えた。
すると、バリン……っと、窓ガラスが割れる音がしたと思うと、『ソレ』が校舎の窓を破って閑古鳥の前まで飛び出してきた。
「ひ……!!」
思わずたじろぐ。
『ソレ』は、校舎裏の土に手をつき、やがて閑古鳥を見上げた。
「かんこどりくーーん……」
「う……うわあ……」
『ソレ』は……閑古鳥が中学三年生まで愛用していた『剣道防具』である!
確かにどういうわけか女子の声がするが、防具の中身は暗闇になっていて空っぽだ!
一般的に人はこれのことを、怪異と呼ぶ!!
剣道防具はゆっくりと立ち上がり、閑古鳥と向き合う。そして、その手に持った竹刀を上段に構えた!
「なんでだ!! どうしてこんな!!」
「閑古鳥くーん!!! 隙ーーーーーー!!!!」