人生道半ば
時刻は夕方。
整いつつある野営地でガヤガヤとした賑やかさが溢れる。
彼らの視線の先には、人の倍はある巨狼の亡骸が横たわっており、あれこれ想像が膨らむ原因になっていた。
「坊やのおじさん、凄いじゃない。高位の冒険者だったの?」
その想像で主流になっているものを、女が口にしてロイに尋ねた。
世界を見れば、巨狼の首をねじ折ることが可能な者は一定数存在したが、それでも山が多い小国では珍しい。
結果的に、どこぞで活躍した高位の冒険者が、身内の少年を連れて旅をしているらしい。という噂が流れた。
「その、おじさんが昔してたことを知らなくて……」
「あら、そうなの?」
「はい」
尋ねられたロイは正直に答えながら、困った表情でセシルに視線を送るが、噂の当事者はゴロンと横になって目を瞑っており、寝ているのか……もしくは他人と会話するんだなと言わんばかりの姿勢だ。
「きっと活躍した冒険者よ。貴方のお父さんが預ける訳ね」
「多分……そうなんだと思います」
訳知り顔で納得している女に、ロイは微妙な返答をする。
セシルは過去を全く語らないので、ロイが知っているのはやたらと面倒見がよく、そして強いということだけだ。
そのため、なぜ自分を助けているのかという最大の疑問が解消されておらず、やはり父なのではないかという思いだけが強くなっている。
「坊やも大きくなったら冒険者になるの?」
「え? 僕が冒険者……分かりません」
「まだ聞くのは早かったわね。若いんだから、なんでも出来るわよ」
にこやかな女には僅かな自嘲が含まれていたものの、人生経験が全く足りないロイは気付けない。
(子供は可愛がりたいが、作る余裕が持てなかった。と言ったところか。まあ……よくある話だ)
気が付けたのは、目を瞑ったまま会話を聞いていたセシルだけだ。
(仰る通り。三十超えて四十近くになると、生き方なんてそうそう変えられないんだわ。それと死に方も)
セシルはロイを構い倒している女の事情を察しつつ、自分のことを考える。
(一つの場所に留まるとか性に合わん。適当などっかで野垂れ地ぬのがちょうどいい)
殺し続けた人生を全く反省せず、生き残るために万単位の人間を返り討ちにした男は、どこかで隠遁するという発想を持たない。
歩きに歩いて、いつか力尽き倒れる。
それが自分の生き方だと定めてしまい、穏やかな死に方など鼻で笑うような感性に仕上がっている。
(生きるために強くなれ。だが不必要に戦うな……か。親父の言葉は正しいが、なんとかなっちまった。証明をしない方がよかったんだろうがな。親不孝なこった)
ロイにとって、そしてセシルにとっても幸運なことに、この男は生き方の参考に出来る養父の存在があった。
しかし、女だけはなく彼の内心にも自嘲が含まれる。
強くなったとしても敵が増えれば首が回らなくなる。そういった類の自戒が込められている養父の言葉だが、セシルは本当に手が付けられない強さまで至ると、誰もが頭を下げるしかないと証明してしまったのだ。
(ま、思い通りになる人生の方が少ないだろうよ)
我を貫き通した結果、道が分からなくなるという、皮肉に満ち溢れている男には自嘲が浮かんでいた。
◆
次の日。
瓦礫の王、なにもない暴君、水すら掬えぬ手。
様々な異名を持つ単なる暴力は……。
(いよっし! この反応なら旅費は暫くなんとかなりそうだ! 大の大人がガキに金がないなんて、口が裂けても言えねえ!)
外見上は維持している余裕の内側で、かなり喜んでいた。
「これを貴方が?」
「ああ。昔に色々やっててな。縊り殺した」
「縊り……」
次の街まで巨狼を引き摺ったセシルは、城壁の外にある冒険者ギルドの解体拠点で職員と話していたが、周囲は静かでありながらも興奮している。
怪物の素材を取引すると、どうしても血や内臓といったものがつきもののため、街の中ではあまり好まれず、基本的にはあまり人のいない場所で行われる。
それ故に大きな騒動になっていないが、引き摺られた周辺の頂点捕食者に注目が集まり、少なくない見物人が引っ付いているのだ。
「あちこち擦れてるとはいえ、これだけ綺麗なものは初めてだな……」
一人の職員が狼の保存状態を良好だと判断した。
以前にも述べたがこの巨狼を打倒するには、強力な火力でごり押しする必要があるため、原型がほぼ残らず殆どは炭と化す。
比べると多少地面に擦られている程度は十分に綺麗な状態で、職員の扱いはかなり上等なものになっていた。
「しかし仮の登録ですか」
「子連れでな。依頼を受ける暇もなけりゃ、どこぞの遺跡に潜る時間もない」
「なるほど」
「で、だ。どの程度の金になりそうだ?」
「いい意味で判断が付かないです。恐らく領主様にも話が通るので、かなり期待できるとは思いますが」
「ふむふむ」
(手短な話になってほしいんだが……)
セシルは心の中で僅かに嘆息する。
長居するつもりがない彼にすれば、程々の金を程々の手間で入手できるのが一番であるため、話が領主まで届き、長引くのは全く望んでいなかった。
「ただ、領主様は死霊術師共の件でお忙しいため、少し時間がかかるかもしれません」
「し、死霊術師ぃ?」
「ええ。汚らわしい話です」
続けられた職員の言葉に驚愕したセシルだったが、職員の方はかなり勘違いしている。
死者や死霊を操る死霊術は、汚らわしく悍ましい負の技術だ。そのため普通の人間が驚くのも無理はないのだが、セシルの驚愕は別の理由だった。
「……なるほど。定期的に顔を出すので、話が進めば教えてください」
「はい。分かりました」
話を終わらせたセシルは内心で、二十年ほど前に皆殺しにした連中は、どんな顔だったかなと首を傾げていた。