立ち止まった男
『百六十一第聖典国教皇、アーウィンの名において宣言する! 大罪者セシルに神罰を与えるのだ!』
『許すまじ! 大罪者セシル許すまじ! 教皇を殺し続けるなど前代未聞! この世で最も大きな罪! まさしく大罪! 百六十五第教皇として命ずる! 大罪者セシルを必ず殺すのだ!』
『我々は未曽有の国難に見舞われている! 十人! 十人だ! 大罪者セシルが殺した教皇は十人! こんなことが許されるのか! あっていいのか! いいや! あってはならない! 一刻も早くあの悪魔を滅ぼさなければならない!』
『申し訳ありませんでした! 申し訳ありませんでした! どうかお許しください! お許しください! ご勘弁ください! もう誰も殺さないでください! 我々が間違っておりました! 我々こそが神の御意志に逆らう者でした! 貴方様に逆らう者でした! 百九十八第教皇として、セシル様にお慈悲を乞わせてください! どうか! どうかお許しください!』
ふむ。そんなこともあったな。
兵が二万、三万死んでも気にせず四、五年は戦争する癖に、自分達が狙われたら一年も経たずにあの様だ。いきなり突っかかって来たくせに泣き喚かれたら、それはそれで心底困ったが。
◆
「おじさん、多分……」
「おう」
ベッドで横になっていたセシルは、ロイが呼びかける前にやってくる気配と匂いで目が覚め起き上がる。
そして不愛想な店主がやって来て、パン、スープ、豆料理、肉などの食事を机に置くと、何も言わず去っていった。
「飯だ飯だ。そら、食べるぞ」
色々と外れているが、食事を楽しむ感性を持つセシルは笑みを浮かべて椅子に座る。
なお、小さな腹の音がしっかりと聞こえていたものの、これ以上揶揄うのはよしてやろうと思い言及しなかった。
(行儀がいいな。やっぱり貴種の隠し子の可能性が高い。なにかの拍子で実家に戻される可能性があるから、それ用の教育も受けてるらしい)
セシルはロイをそれとなく観察して、孤児で厳しく躾けられているから。というにはかなり上品に、一口一口を味わって食べている少年が、やはりお家騒動のごたごたに関わっているらしいと確信する。
なおそう思っているセシルの方は育ちが悪く、食べ方ははっきり汚い方だと断言できる。
(もう少し聖典国の口が軽けりゃ分かりやすくなるんだが)
内心で肩を竦めるセシルは、聖典国の秘密主義にうんざりしており、彼が世界を敵に回した原因を知ったのも、随分と後の方になってからだった。
「魚を食べたことはあるか?」
「魚……いえ、ありません」
「ここら辺は内陸だからなあ。多分、道中にデカい湖を通るから、その時に食べてみろ。骨がちと面倒が、あれはあれでいいもんだ」
「骨?」
「柔らかいは柔らかいんだが、小さくて鋭いから喉に刺さるらしい。俺は経験したことがないけど、お前は取り除いとけよ」
「刺さる……」
「はははは。食う気が無くなったか? まあ、何事も経験だ。今まで知らなかったことを経験する旅行程度に考えるといい。機会があれば海にも寄るとしよう。人生に一回は見た方がいい。船には……乗らない方がいいけどな」
セシルは世間話の延長をロイに振る。
自分のことになると途端にやる気をなくす癖に、人の面倒を見る時はやたらと活発な人間が稀にいるが、どうやらこの中年もその類らしい。
そして人生の目標が存在しないことも合わさり、ロイを連れ回す予定を告げる。
「ぐしゅ」
ある程度食事を進めると、突然ロイが鼻をすすり目元を赤くする。
ほっと息を付けたことで、命を狙われる恐怖と、育った土地を離れた寂しさを感じ始めたようだ。
「泣け泣け。今しか出来ねえガキの特権だ」
「ぐすん。大人は泣けないんですか?」
「いい歳の大人が泣くなんて、弱い、情けないと思われるもんだ。自他共に認める強者の俺には許されてない」
「そういう……ものなんですか?」
「おう。ま、人生の最後に一回くらいは泣いてもいいだろうけど、そん時は俺が弱くなったんだろうな」
そんなロイをセシルは慰めず、個人的な意見を口にして寧ろ促した。
(踏んづけられようが、頭を押さえつけられようが、どんなに惨めでも大人はガキの前じゃ、余裕ぶって泣かねえもんだ。そうだろ親父)
食事を続けるセシルは、ほろ苦い思い出を懐かしむ。
幼少期のセシルは、養父が非常に苦労していた姿を見ながら育った。しかし、それでも安く不味い酒に拘り、余裕があるように見せる姿は、血が繋がっていないセシルに受け継がれており、彼がこのような性格になった大きな比重を占めていた。
(にっちもさっちも行かない状態ってんなら、一人前になるまで面倒見てやるとしよう)
セシルは政治的に、ロイがどうしても許容されない状況もあると思っていた。
その場合も特にやることなどないため、将来どうなるだろうかと興味を持っている少年が一人前になるまで面倒を見てやろうと考えており、かなり奇特な男だと表現されるべきだろう。
本当に、本当に人生の目的が無いのだ。燃え尽きているのだ。他にやることが無いのだ。
異性に興味などなく、子もおらず、ただ生き抜いて生き抜き、戦って戦い続けた果てに、自分を脅かせる存在がいないと確信して微睡んだ獣に等しい。
完成や完全に至った個なら、セシルに大きな共感を抱いただろうが、そのような異常は他に例がなく、恐らく彼を真に理解できる者は、少なくとも今現在はいないだろう。
連続投稿は終了!
ここまで面白くできてますかね……。
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