なんだかんだ面倒見のいい男
冒険者。
世界に蔓延る怪物を打ち倒し、未知なる場所から宝物を持ち帰る者達。
と聞こえはいいが実態は傭兵に近く、上は貴族との付き合いがある者から、下はそこらのごろつきと大差ない者まで幅広い。
しかし夢がある職業なのは間違いなく、一獲千金の代名詞のように扱われることも少なくない。
その日、冒険者を束ねる冒険者ギルドには奇妙な二人の来客があった。
「邪魔するぞ」
「お、お邪魔します」
傷だらけで暑苦しい男達が集まる場に、少年を肩車した中年がやって来たのだ。
「あの……おじさん」
「まあそのままでいろ。お前みたいなおチビが足元うろついてたら、あいつらも困る」
注目されて羞恥を感じたロイが降ろしてくれと頼むが、筋骨隆々で鎧を着こんだ男に足を踏まれたら大けがだし、提げた武器も揺れているため、あまり背丈がない彼には危険な場だ。そのためセシルはロイの要望を却下して、肩車したまま受付に向かう。
「ご要望は?」
受付にいる隻眼で人相が悪く、冒険者相手にもひるまない男性受付は内心で首を傾げながら用件を尋ねた。
普通に考えて冒険者に依頼を出すなら、子供を連れてくる必要はなく、長い歴史を誇る冒険者ギルドでもかなりのレアケースに分類された。
「なんだったか、仮の冒険者登録みたいなのがあっただろ? 猟師なんかが副業にしてる、依頼は受けられないが素材の売買が出来るやつ。正式な冒険者になっても講習だの依頼だのを受ける暇がないから、そっちを頼みたい」
「確かにありますが……」
砕けた口調のセシルに受付は益々内心で首を傾げる。
世界で絶大な力を発揮している冒険者ギルドは、怪物達から得られた素材の供給元であると同時に、流通網をしっかりと確保している。
そのため本業は猟師だが、偶々得られた素材を売りたい者達にも関わっており、正式な冒険者ではなくても取引が出来る、仮冒険者とでも言える奇妙な立場が存在していた。
それはいい。
問題は冴えない中年がそれを望んでいることだ。
「てめえみたいなのが仮とは言え冒険者とかなに考えてんだ! とっとと帰りやがれ!」
偶々近くで話が聞こえた中年の逞しい、髭面冒険者が怒鳴る。
その大声にロイは驚いて身を固めてしまうが、セシルは違う感想を抱いたらしい。
「冒険者は全員が全員、粗野で粗暴なんて噂を聞いたことがあるなら少し改めろ。末端も末端はその通りで、話すくらいならぶん殴った方が早い。だがあれくらいの年季が入ってる奴は、酸いも甘いもかみ分けてる立派な人間だ。そうじゃないとどっかで死んでる。出来ること、出来ないことをきちんと知って、この道で食ってる連中だ」
「えっと、つまり?」
「お前を心配してんのさ」
髭面冒険者をちらりと見たセシルは、誰かを教え導いた経験がない割には、的確な表現でロイに自分なりの教育をしている。
実際、髭面冒険者の言葉を訳すなら、子連れが仮とは言え冒険者なんて何を考えている。そんな暇があったらとっとと家にガキを連れ帰れ。と言ったところか。
ついでに述べると、不器用な親切心を説明された髭面は、顔を顰めて僅かに赤くしていた。
「ちょっと訂正。最上位の二つ名持ち連中は自分に出来ないことはないって思い込んでる馬鹿だから例外。九割の事柄はそうだと言っていいが、運がいいことに残り一割の不可能を経験したことがないだけでもある。俺も人のことは言えないんだけどな」
続けられたセシルの言葉は先程までの絶賛と違い、冒険者を揶揄しているのだが、ギルドにいる者達は激怒することなく口を噤んだ。
「ま、こっちにはこっちの事情があるんだわ。仮の登録を頼む」
「分かりました」
セシルがこのギルドに所属している髭面を称賛したことと、冒険者に詳しい言葉で多少は不信感が解消されたのか、受付は手続きに取り掛かった。
「暇な間は冒険者でも見てろ。ごろつきと変わらねえアホがいないいい場所だ」
「分かりました」
「単に見るから一歩抜け出してもいいぞ。目はどこ向いてるか。掌の皮の厚さはどんなもんか。踵から足先はどう使ってるか。その点で言えばさっきの髭面はいいぞ」
「てめえいい加減にしろ!」
これもまたほめ殺しと言えばいいのか。
書類やらなんやらの手続きの間、ロイが暇だろうと思ったセシルは、冒険者を称賛しながら促した。そして、子供にじっと見られたことがない髭面はまたしても怒鳴ったが、恥ずかしさの原因はニヤリと笑って肩を竦めるだけだった。
◆
「なんだ。眠いのか」
「あ、ごめんなさい」
面白そうなセシルの声でロイは意識を取り戻して謝罪した。
冒険者ギルドでの要件を終わらせたセシルは、肩に乗せたままのロイの体の力が一瞬だけふと抜けたことを感じ取り、睡魔に抗っていることを察した。
「初めての旅なんざそんなもんさ。とりあえず目先のことを片付けたら、ベッドが恋しくて堪らなくなる。俺も覚えがあるぞ」
「おじさんもですか?」
「おう。慣れてる土地から離れると、誰でも不安を感じて余計に疲れるもんだ。あの時は……昼寝のつもりが次の日の朝だったな」
セシルを僅かでも知っている者なら、それだけ面倒見がよくてどうして普段はアレなのだと思っただろう。
だがそれを言う資格がある者達は存在しておらず、ロイはなんだかんだ面倒見がよく頼れるおじさんと話しながら宿に連れて行かれる。
(他人に話を聞かれたら面倒だから、大部屋じゃなく個室がいいな。空いてるといいんだが)
中年らしく若者の悩みを聞いてやろうと思ったセシルは、適当な宿を見つけるとそちらへ進む。
「俺とコイツが泊れる個室はあるか? 今日と……明日もだ」
「あるよ」
「飯は?」
「追加料金だ」
「なら頼むわ。ああ、ちゃんと払うから飯は多めにしてくれ。俺もコイツも腹が減ってる」
「はいよ」
セシルは自分より僅かに年上そうな中年店主と端的な話をして、手早く話を纏めた。
人によっては不愛想極まりない店主の口調だったが、セシルは寧ろ、打てば響くってのはこういうことなんだろうなと、寧ろ気分を良くして宿が気に入った。
「あの、僕お金……」
「ガキがいっちょまえなこと言いやがって。どうしても気にするってんなら、二十年後に倍にして返すくらいの気持ちでいろ」
「わ、分かりました。ありがとうございます」
ここでロイがずっと気にしていたことを切り出したが、今にも笑い出しそうなセシルに抑えられ、素直に甘えることにした。
なお以前にも述べたが、大人としての面子を保っているだけで、セシルの財布はそれ程余裕がない。
「さて、そのうち分かる。って意見は求めてないわな。ちょっとした推論程度なら話してやろう」
「はい。お願いします」
殺風景で無駄を削ぎ落しながらも、きちんと清掃が行き届いている部屋を見たセシルは、ますます宿に好感を持ちながら、肩から降ろして椅子に座らせたロイと話し始める。
「一番あり得そうなのは、お前さんの父親か母親が教皇。もしくは次期教皇候補と非常に近しい立場で、なおかつあまり表に出せない関係ってところか。要するに不倫、浮気で出来た子供とかそんなのだ」
「え? それだけですか?」
「だから言ったろ。マジでヤバイ場合はもっと上の連中が出てくるのに、それがないんだ。余所から見たらしょうもないようなことでも、当人にとっては必死ってレベルの話……程度かね」
「それで僕、命を狙われてるんですか……」
「俺は神様でもなんでもねえから、あくまで推測だぞ。実は最上位の連中でも極僅か知らない、とんでもない秘密がある可能性だってある」
セシルの推測に、ロイは少々困惑した。
大国が絡む何か大きな陰謀とまでは思っていなかったが、それでも街に出ればそこそこ聞けるような話の延長で、自分の命が狙われると知れば、誰だってふざけるなと言いたくなるだろう。
「まあ、最盛期の力を維持してる聖典国のトップになれるなら、身内を一人や二人殺してでもなりたい奴は山ほどいるだろう。ありきたりな話の一つとでも思って、気楽に生きて行きゃあいい」
「あ、ありきたりって……」
「男なんざ命を狙われて一人前さ。だから死なねえように鍛えろよ」
セシルは他人事だと思っているのか、愉快そうに命を狙われていることを、ありきたりと評した。しかし、続けられた忠告にはきちんと感情が乗っており、作業のように人間を殺せる人間には見えない。
「……聖典国ではどうするんですか?」
「適当にお前の顔を出してぶらつく。襲ってきた奴を半殺しにし続ける。その内詫びをいれてくる。解決。はい、終了」
「え⁉」
「お前に用がある奴も手駒を全部失ったら流石に責任問題になるから、かなり分かりやすくなる。それでも揺れない場合は……」
「場合は?」
「お前さんが思ったよりヤバい立場だってことだ」
ありきたりに巻き込まれた少年は、かなり先になる予定を尋ね、その常識外れな方法に酷く驚いた。
セシルは言わなかったが、聖典国の後ろ暗い組織は拷問の類がほぼ通用せず、碌な情報を得られないという実体験があった。そのためロイを育てた神父は見逃したし、逆に襲い掛かってきた者達は躊躇なく皆殺しにしていた。
(年に教皇が二十人……うん? 三十人だったか? まあどっちでもいい。それくらい入れ替わったら泣いて詫びを入れてくるが、流石にそこまでやる必要性を感じねえ。ロイの親父だったり母親だったりが混ざってたら目覚めも悪いし、地道にやってくか)
聖典国と問題が起こった場合の解決方法を知っているセシルだったが、ロイの一件は親探しの一面もあったため、【可能な限り】穏便な方法を取ろうと考えていた。
尤も刺客を躊躇わず殺している辺り、この男の倫理観はかなり怪しいので、常人の穏便とはかなりかけ離れているのだが。
「さて、とりあえずはこんなもんか。後のことはその内分かるだろ。今は飯を楽しみにしときゃいい」
「はい」
「ところで背を気にしてるなら、飯食って運動するこったな」
「む、むむ!」
「はっはっはっ!」
話を終えたセシルがロイを揶揄うと、小柄な背丈を気にしている少年は思わずぷくりと頬を膨らませたが、小動物の精一杯の虚勢にしか見えず、飄々とした中年を笑わすだけに留まった。