幕間 かつての暴君と犯罪組織 表
暗国の路地裏に足を踏み入れてはいけない。それは子供でも知っている話だ。
薬物に溺れた者達が徘徊し、人攫いに出くわせば次の日には、自分に値段が付けられる羽目になる。
貴族や領主と、犯罪組織が癒着していることも多々あり、被害を訴えれば解決するどころか、そのままいなくなってしまうだろう。
「本日の商品はこちらです!」
何処かの薄暗い場所で、粗末な服を着せられた者が売買される。
「売り上げを寄越せ」
女に理不尽な借金を背負わせ、娼館で働かせている男達が売り上げを奪い取る。
「きちんと頭を砕いたな?」
金で殺しを請け負い、とある商人を殺した者達がいつも通りの作業を終える。
「お世話になっております」
「うむ」
挨拶をする犯罪結社の幹部と、それを当然のように受け入れる貴族。
大きいからこそ闇は深く、広く、そして手が付けられないものと化し、内部分裂で瓦解することはあっても、根絶は不可能だった。
三大大国で最も不安定だった暗国は、遠からず堕落の果てを迎える……筈だった。
例外がいたのだ。
目的意識がなく、“喧嘩を売られた”。ただそれだけの理由で国家に根を張った犯罪組織を、それこそ根こそぎ皆殺しにした愚か者。暴君セシルの行動原理を理解できる者など、誰もいなかった。
これ以上なく些細な出来事だ。
「おい、なんだテメェこら。俺が赤蛇のモンだと知ってんのかオイ?」
「またやってるよ」
「好きだねえあいつも」
末端も末端。一応犯罪組織に所属しているだけのチンピラなど、構成員とすら呼べないが、ともかくそんな男がわざと人にぶつかり因縁をつけた。
よりにもよって暴君セシルに。
獅子の背に乗って調子に乗っていたチンピラが、暴君に喧嘩を売ったと聞けば、誰も笑わずに血の気が引くだろう。しかし、事実として起こったのだから、もうどうしようもない。
「ちょっとこっちこ」
チンピラは最後まで言い切れなかった。
ナイフを出した彼はセシルの皮膚にナイフを当て、もっと奥に来いと命令を下そうとした。
少なくとも彼の中では全能感だった。汚れ切っている男を従わせ、自分が優位であるという誤認でもあったが。
ナイフを出した時点で殺し合いが成立することが理解できない、あまりにも薄すぎる、雑過ぎる純度は、即座にそのツケを払うことになる。
「あ?」
またやってるよと連れを呆れの目で見ていたチンピラ達は、突然仲間の頭が消し飛び、血が噴出する光景が理解が出来なかった。
「おいコラ。赤蛇つったか? 名前出して喧嘩売って来たってことは、そういうことなんだな?」
チンピラと変わらない口調のセシルは、喧嘩を売られたと認識して、それを言い値で買い取った。
馬鹿げたことに、暗国に根を張る巨大な犯罪組織の一つは、把握していないような末端のチンピラが暴君といざこざを起こしたせいで、一方的な殺し合いに巻き込まれることになったのだ。
「ぐえっ⁉」
「ぎゃっ⁉」
「俺をてめえらの兄貴分か、仲間が集まってるとこに連れて行け。それか死ぬかだ」
「ひいいっ⁉」
残っていた二人のチンピラの首を握り締めたセシルは、一人だけいればいいかと思い直し、左手で握っていた男の首を握力に任せ引き千切った。
一組織だけではなく、暗国の裏社会全てを敵に回し、およそ二万人の犯罪者を皆殺しにした暴君の進撃が始まった。
「さあ次の商品は⁉」
試し切り、味見、なんでもありの商品が集う会場の扉が爆散して、客の一部と従業員が血の塊になったが、なぜか商品の死体はなかった。
「おい燃えてるぞ!」
「し、死体がある! 赤蛇がどこかと戦争してんのか⁉」
拉致された、もしくは理不尽な借金を背負わされた者が働いていた娼館は燃え、従業員は一方的に押し付けられた退職金を手に故郷へ戻った。
「赤蛇の殺人部隊が宙に浮いて落っこちたらしい」
「は? どういうことだ?」
「言葉通りだよ。魔法かなんかで空中に浮かされたのか、城壁より高い場所まで吹っ飛んで落下死したみたいだ」
単なる膂力でぶん投げられた殺人部隊は、世界の広さを認識する余裕もなく地に叩きつけられ、頭が破裂した。
「なんで! なんでこんなことするんだ! おかしいだろ! 態々皆殺しにする必要なんてないだろ!」
「ぷっ。冗談が上手いな。一家皆殺しなんて、それこそお家芸だろ」
領主の館に逃げ込んだ、逆らう者は見せしめとして家族の皆殺しを命じる、犯罪組織の頭目が泣きながら理不尽を罵った。
「一緒にするな! 何人殺したんだよ! 三人⁉ 四人⁉ ちげえだろ! 俺らは軽く千人以上はいたんだぞ! それが! それが全員!」
「まさか俺が正義の味方に見えるのか? お前らと一緒だよ。喧嘩を売ってきた奴、邪魔な奴、気に入らない奴を殺しただけの話だ。正義やら大義やら言ってないお仲間だろ?」
「違う違う違う! お前はバケモンだ! なんでビビってねえ! 俺ら赤蛇だけじゃなく、暗国の犯罪組織全部を敵に回したんだぞ!」
「全部殺したらいなくなる奴らに、なんでビビる必要があるんだ」
「ひっ⁉ ひっ⁉ ひいいいいいいっ⁉」
「じゃあな。その第一歩」
頭目は暴君が瞳に一片の狂気も宿さず、正気で全部を殺したら解決すると口にしたことで、人ではない何かを相手にしていたと理解する。
瓦礫の治世しか出来ない暴君は、世にのさばっていた巨悪、陰謀、怪物を等しく殲滅したが、犯罪組織などは塵の部類に入るだろう。
世界に混乱を招いた暴君が、世界そのものの枠組みを守っていたのは皮肉極まるが。
後書き
次回は裏側。犯罪組織の被害者を見て、常時イライラしっぱなしのセシル視点。