領主に届けられた報告書の一部・冒険者ギルド職員の証言
冒険者ギルド職員
『最初の印象は……奇妙……と言えばいいのか。あまりパッとしない中年の男性が、山狼の足を引き摺って解体小屋に来た時は驚きました。言い方は悪いのですが、上位の冒険者が持っている華がないんですよね。無精髭、ボサボサの髪、あまりやる気がない態度。それなのに山狼の巨体を苦も無く引き摺る腕力。そこそこ長く勤めていますが、あれだけちぐはぐな人は初めて見ました』
『セシル氏の性格は……かなり気安い感じの人です。口調も砕けているのですが、まあ、冒険者の中では普通ですよ。礼儀作法? いやあ、期待できそうな感じではないですね』
『ええ。確かに子供を連れてました。十歳。いえ、もう少し下くらいかな? セシル氏は気だるそうな雰囲気でしたが、お子さんの方は可愛らしかったですよ。それに賢そうでしたので、自慢の息子さんでしょうね』
『本題ですね。分かりました。セシル氏が山狼を我々に預けた次の日、朝一番に解体小屋へやって来ました。どうもあまり長居をする気がないようで、山狼の話が早く纏まることを期待していましたよ』
『すると突然セシル氏が森の方を向いて、珍しい生き物がいるんだなと呟きました。自分は何のことか分かりませんでしたが、その直後に身も毛もよだつ叫び声が聞こえました』
『いえ、その時はまだ自分の目では確認できない距離でしたが、セシル氏は何かを感じ取っていたんでしょうね。怪物は……速かったです。とにかく速かった。豆粒がいきなり確かな輪郭を得て、全体像が分かる距離まで走ってきました』
『背筋が凍りましたよ。山狼と人間を無理矢理合わせた様な怪物が、大口を開けて二足で走ってくる姿は、この世のものではありませんでした。セシル氏は死霊術師の悪戯だろうと言っていましたが、私もあの汚らわしい者達が関わっていなければ、あんな化け物がいるはずないと思います』
『それからあっという間に怪物が街に辿り着いたのですが、恐怖の一言です。自分はそこそこ背が高い方なのに、怪物は見上げるような巨体で、無理矢理詰め込まれた様な気色の悪い筋肉が犇めいてました。そんなのが腕を振りかぶったものですから、あ。自分はこれから死ぬんだなと思いました』
『え? ああ、そうですね。自分でも細かいところをよく見れていたなと、後から感心しました。多分、死に近づいたせいで感覚が鋭敏になっていたのでしょう。偶に冒険者が、絶体絶命の危機に、自分以外がゆっくり動いているように見えたと表現することがありますけど、それと同じことが起こっていたのかもしれません』
『話を戻しますが、腕を振りかぶった怪物はセシル氏の顔面に叩きつけました。間違いありません。直撃です。なんらかの障壁や結界が守った訳ではなく、確かに直撃しました。轟音でしたよ。十数人の魔法使いが爆破魔法を行使したような音が響き、服がはためく衝撃波すら感じました。火花だって散っていました』
『でも潰れてたのはセシル氏の頭ではなく、怪物の腕の方でした。柔らかいものがより硬いものにぶつかって砕けた……そんな感じ……ですかね。怪物の腕は肘から先が肉片になって、あちこちに落ちていきました』
『怪物もセシル氏も、どっちもおかしいですよね。はい、怪物もです。普通の人間が硬いものを殴っただけでは、腕は砕け散らないでしょう? つまり怪物の腕はそれだけの速度と破壊力を合わせていたからこそ、より強固なものにぶつかって砕け散ったということなんですから』
『セシル氏の反応ですか? これがまた……ニヤリと笑っていました。普通、敵の腕が砕ければ、やった! これで戦闘力が落ちた! と喜ぶところでしょう? しかしあの笑みは……申し訳ありません。この表現が合っているか分かりませんが、意外なところでおもちゃを見つけた子供のようなというか……なんというか……いや、ゴミだと思ったら少しはマシなモノだったような?』
『……想像に過ぎませんが、セシル氏にとって怪物の腕が砕けたことは些事で、すぐ忘れるような出来事だったのではないかと思います。それが突破口になる。勝利への糸口になる。といったものではなく、怪物が死ぬのは確定しているから、欠損や弱体化などに興味を持っていない。認識も薄い。そんな感じを受けました。ひょっとするとセシル氏に怪物の腕が砕けたことを尋ねると、どうだったかな? と首を傾げるかもしれません』
『また話が逸れましたね。次に怪物は残った左腕を振りかぶって、またセシル氏に叩きつけようとしました。ところがセシル氏は、次は俺の番だろうと言って右腕を伸ばしました。はい、伸ばすです。殴るという印象は感じられず、このくらいでいいだろうという適当さが滲んでいました。それでもまあ、怪物よりは速かったですが』
『結果は怪物の死体が語っています。胸の部分にぽっかりと穴が開いた怪物は、ぎょろぎょろ目を動かすのが精一杯。一瞬だけ濁った目と視線が合いましたが、怪物の目はすぐに下を向きました。これもまたなんと表現するべきか……安堵……ですかね。はい。妙なことを言っていますが、怪物の目に浮かんでいたのは恐らく安堵です。悍ましい死霊術師に縛り付けられた者達の魂が、解放されたからと解釈していますが、真実は分かりません』
『自分が語れることはこのくらいでしょうか。それでは仕事に戻らせていただきます』