死霊術師達の予定外と予想外
(タイミングが悪かったな。見ていてあんまり楽しいもんじゃねえ。まあ便所に出る虫がどこかにいるとなれば、普通の奴は気分が悪くなるか)
街を歩くセシルは、死霊術師の影響で市民の顔が暗く、暇つぶしの観光には適していないと時期だなと思った。
(こういう時は巻き込まれるんだよなあ)
思わず顎を擦ったセシルは、武器屋の店主ゲイリーと似たようなことを考える。
何かしらの騒動とセシルはとことん相性が悪い。もしくはいいようで、ほぼ確実に巻き込まれる実績があった。実際、ロイもその騒動の中心とも呼べる人物であり、セシルは多分死霊術師の件にも関わるだろうなと、ある意味で達観していた。
(しかし……三大大国が睨み合ってるなら言う程脅威か? 戦争がないなら、死体の山なんざそう簡単に確保できねえだろ)
ここでセシルは一つの疑問を覚えた。
彼が元居た世界では世界が混乱し、死体の確保が容易だったため死霊の軍団は膨れ上がっていたが、秩序がある程度保たれているなら話は変わる。
死霊術師が利用できる死体の数は限られているため、恐れられる要因が無いように思えた。
「ちょっと話を……あー……」
「どうしました?」
「いや、なんでもない」
口を開いたセシルだったが言い淀み、不思議に思ったロイが首を傾げた。
(普通に考えて、子供がいるのに死霊術師の行いなんて話すわきゃねえ。俺ですらしねえよ)
死霊術師への対策ではなく、純粋な興味を覚えたセシルは、衛兵辺りに話を聞こうと思った。しかしよくよく考えると、十にも満たない小柄なロイが傍にいて、死霊術師がどこぞの墓を荒らしたなんていう話をする大人がいないことに気が付いた。
(ま、考えられることはそう多くねえか)
セシルは最もあり得る可能性を考えながら宿に向かう。
この男、極々僅かな期間だが、流行り病で全滅した生まれ故郷の人間を復活させられないかと画策したことがあり、魂や生死の関わりについて基本的な知識がある。なんなら実践したことはないが、幾つかの邪法、もしくはギリギリ許される方法だって知っている。
しかしなんとか許されるような手段は、死にかけの人間に生命力を移し替えるなどの、既に手遅れか実現不可能な方法。
線を軽く飛び越えた邪法は相手の魂にひびが入るし、奇跡的に全てが上手く機能しても、蘇らせた当人達に、こんなことは誰も望んじゃいないと言われるのが目に見えていた。そのため良心と常識が働き、実行することはなかった。
(なんにせよ、関わるなら潰した方が早い)
そんなセシルにはどんな敵が襲い掛かって来ようが、最終的に排除できるという確信があった。
この傲慢こそが暴君と呼ばれた要因であり……結局は誰もが崩せなかったものだ。
◆
さて、この世界に紛れ込んで十日ほどは経とうとしているのに、未だロイ、それとかなり因縁のある聖典国教皇の名前しか認識していない、敵は敵だから気にせず殺そうと考える暴君を中心にすれば、背景がさっぱり分からないため、死霊術師達に視点を移そう。
山間部にある洞窟内部で、おどろおどろしい魔法陣や蠟燭が揺らめている。
「面倒な……」
豪奢なローブを纏った、干からびたミイラが忌々しそうに呟く。
正史においてセシルに首を引っ掴まれ、川で溺死した死霊術師の頭目。名をオベールは、直接の死因がいないifの世界で健在どころか、死霊術師としての最奥に辿り着いて定命の存在から逸脱し、不死者へと変貌していた。
「嗅ぎまわるネズミが多すぎる」
「はいオベール様」
そんなオベールと配下の死霊術師だったが、技術的な極みに至っていても立場は正史より危うかった。
大国は睨み合いながらも健在で秩序を構成し、特に死霊術を忌み嫌う聖典国の人間が、どうも自分達を追っているのではという疑惑まで発生しているのだ。
実はこれ、ロイを始末するために派遣された人員を、自分達への刺客だと勘違いしているのだが、全知全能の視点でもなければ気が付かないだろう。
「なんとか完成させたが……」
オベールは別の不安があった。
小国の兵は怖くないが、聖典国の刺客ともなればどんな手段を隠し持っているか分からないため、強力な戦力が欲しかった。そのためコツコツと作っていた存在を急遽完成させたのだが、突貫工事になり若干の不安があった。
ここにも勘違いの影響がある。
聖典国が自分達を殺しに来るなら、選び抜かれた精鋭が派遣されると考えていた死霊術師は、少年を始末するために派遣された人間の戦闘力を、十数倍は過剰に見積もっていた。それ故に当事者の死霊術師にすれば、多少のリスクを受け入れて強力な存在を作り出したつもりでも、実際のところは過剰どころか必要のない行いだった。
「……」
オベールは血で描かれた複雑な紋様の魔法陣の中心。そこで横たわる怪物に視線を送る。
威容で異様だ。
大人が大きく見上げる必要のある背丈。幾つもの骨が束ねられた太い骨格。腐敗した肉では全く足りず、周辺に生息する頂点捕食者の巨狼を付け足したせいで、顔は生気のない狼。体のあちこちが毛皮。手も鋭い爪が突き出たような、醜い人間の死体と狼の合成存在がいた。
時代が混沌と戦乱に突入しなかったこの世界の死霊術師は、数よりも質を求めて行動した。結果、英雄や強者と呼ばれる者達の墓を密かに暴き骨を得て、一種の工芸品を作りだしてしまう。
その途中、オベールも不死者に到達して万々歳だったのだが、つい最近になって聖典国の行動が異常に活発化。
暴走に突入したと表現してもいい聖典国は、全く意図せずオベール達の周囲をうろうろし始め、勝手に焦ったオベール達は今いる小国に尻尾を掴まれてしまったのだ。
よりにもよって暴君がいる時期に。
「……目覚めよ!」
僅かな不安を覚えたオベールだが、事態は一刻を争う。と思い込んでいるため、怪物を目覚めさせる儀式を始めた。
血の如き魔法陣は輝き、蝋燭が燃え盛って洞窟を照らす。
ドクン。ドクンと、心臓が鼓動するような音が響き、邪法で収束した力が怪物へ注がれる。
「おお……」
死霊術師達から声が漏れた。
ゆっくりと立ち上がった怪物は濁った狼の眼で周囲を見渡し、命令を待つように立ちすくむ。
「……ふぅ」
オベールは配下の者に覚られないよう、僅かな安堵の吐息を漏らした。
見たところ与えられた命令をこなすだけの、死霊術師にとって正しい死体で、しかも秘めた力は尋常ではない。
オベールから見ても、頭がおかしい聖典国の精鋭達を意識しているため、怪物は彼を大きく超えた力を無理矢理詰め込んでいた。
そのため完璧な状態以外で目覚めさせたくはなかったが、状況がそれを許さなかった。
もう死霊術師達には関係ない話だったが。
「あ?」
もしここにセシルがいれば、事情やら背景は理解できるが、自分より強い奴をそう簡単に作るなよと苦笑しただろう。しかし、オベールがそれを聞けば、そもそも宿している力が想定外だと反論したかもしれない。
飢えていた。飢えていた。飢えていた。
怪物は飢えていた。
無い。無い。無い。
己に命がない事に混乱した。
生命力が漏れ出すどころか無いのだ。
話は少々変わるが、例えば体に水分がないならどうするだろうか。体にエネルギーがないならどうするだろうか。
取り込もうとする筈だ。
「っ⁉」
自分よりも強い存在を生み出すという、製作者としては超一流だったオベールだったが、戦闘者というよりは研究者だったため反応が致命的に遅かった。
オベールが念のため張り巡らせていた多重の結界、鋭い爪が一瞬で粉砕。
切り札と言っていい最強高度の結界、鋭い爪が一瞬で粉砕。
オベールの頭部、鋭い爪が一瞬で粉砕。
「オベール様ああああ⁉」
怪物は死霊術師の悲鳴を気にすることなく、頭部が爆散したオベールを引っ掴み、まるで大型の鳥が魚を丸のみにするように、大口を開けて不死者を喉に押し込んだ。
足りない。全く足りない。
不死者に強い生命力はなく、怪物が求めている物は全く足りない。しかし幸いにも、あと十人程の死霊術師がいるではないか。
悲鳴と怒号が消え去り、一瞬の静寂が訪れるのはあっという間だった。
「ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
洞窟を出た怪物が天に向かって吠えた。
はっきりと断言しよう。
尋常な力ではない。本来ならオベール如きで生み出せる存在ではない。大国すら恐怖で顔を引き攣らせ、名だたる英雄達が目を疑う、継ぎ接ぎだらけの肉と骨の怪物は、足りない生命力を求めて暴走を開始する。
だが異常な感覚は、自分が最も求めているモノを感じ取り、大地が爆発する勢いで駆けた。
最も強力な生命力を宿す者がいる街へ。
ゴールデンウィークだろうが関係ないね! 寧ろなろうにいる読者の方が多いと信じて投稿だぁ!
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