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元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第1章

元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第1章(3)メンタル削るおばちゃん精霊と雷の剣士の事情

作者: 刻田みのり

 デイブの店。


 パーティー結成の祝いという訳ではないが、とにもかくにも組まざるを得なくなったので俺たち三人で食事をすることにした。


 何となく周囲の目が気になったため昼のピークを避けて遅めの時間帯だ。店内の客は俺たちの他に二組しかいない。


 俺たちは一番奥のテーブルに着いた。どういう訳かイアナ嬢もシュナも俺の隣に座りたがったため仲良く二人で俺の向かいに座ってもらうことにする。異論は受け付けない。


 本日の店主お薦めはオーク肉のソテーと空豆のスープ。


 ただのオークではなくオークロードの肉だそうだ。どうやらノーゼアから西に五日くらいの遺跡でオーク狩りをした冒険者がいたらしい。


 オークは豚に似た頭部の人型モンスターで強く進化している個体ほど肉が美味くなる。これは成長の過程で吸収される空気中の魔力によるものだとされている。


 三人揃ってそれを注文。飲み物もエールで統一だ。俺としてはもうちょい強めの酒が欲しかったがこの面子の前でうっかり酔い潰れたりしたらまずいと思い直してエールで妥協した。


「さて」


 エールが運ばれるとシュナが口を開いた。


「最初に言っておくけど僕はクエストを選ぶからね。自分のランクより低いものは拒否させてもらうよ」

「はぁ?」


 と、イアナ嬢。


「あんた、何言ってるのよ。自分のランクってAでしょ? あたしとこいつはCに上がったばかりなのよ。よくそんな無茶なことが言えたわね」


 そう。


 俺とイアナ嬢の冒険者ランクはCになっていた。


 シュナとパーティーを組むにあたって問題が一つあった。俺とイアナ嬢のランクがシュナと離れ過ぎていたのだ。


 冒険者ギルドの規則によりパーティー間のランクの差は二つまでとなっている。これはパーティーの戦力バランスを取ることでクエストの達成率を上げ、失敗に伴う死傷者数を下げることを狙っているからだ。つまり、シュナのランクがAなので最低でもランクCでないとパーティーを組むことができない。


 ここでギルドマスターの強権が発動した。


 というかもうここまで来るとどうにでもしろって気分になる。


 何と、あの禿げ頭は特例を理由に俺とイアナ嬢のランクをCに引き上げたのだ。俺はまだランクが一つ上がっただけだからまだ良いとしよう。だがイアナ嬢は……。


「あーあ、冒険者になりたてのあたしがいきなりランクCになるなんて絶対に不正を疑われるわ。今朝までランクFだったのよ。それがランクCだなんて、三段階もランクアップだなんて」

「次代の聖女であるグランデ伯爵令嬢の実力ならAでも良いんだけどね。どうにも規則というのは面倒でいけない」

「あんたは黙ってなさい」


 イアナ嬢がシュナを睨んだ。


 やれやれといったふうにシュナが肩をすくめる。


 俺は一応言っておくことにした。


「この街から離れるようなクエストには俺は参加しないからな。そういうのは二人でやってくれ」

「ええっ、あんた春先の大規模討伐とかはどうするのよ? あれペドン山脈でやるのよ。あんたも行くんじゃなかったの?」

「それ誰から聞いた」

「ウィッグ・ハーゲンギルドマスター」

「……」


 あの禿げ頭っ。


 怒れ。


 軽く俺の中の「それ」が煽ろうとしてきたのをどうにか堪える。


 シュナが質問してきた。


「ノーゼアから離れたくないようだけど何か事情があるのかい? ああ、恋人の類なら心配無用だよ。むしろ離れることでお互いの相手に対する愛情を確認できるからね」

「それ逆に別れる理由になりかねないんだけど。あ、別にあんたが彼女持ちでもあたしは嫉妬なんかしないんだからね。いたとしても別れればいいとかそんなこと思ってないんだからね」


 イアナ嬢がシュナにつっこみ、俺に何やら突っかかってくる。忙しい女だ。


「恋人はいない。おかしな勘繰りは止めてくれ」

「なるほど、今はまだ恋人ではないと。うん、僕で良ければいつでも相談に乗るよ」

「あ、あたしだって悩みを聞く相手になってあげなくもないんだからね。てか、あんたが入れ込むような女ってどこの誰なのよ」

「……」


 おい、話を聞いてるか?


 どうして俺に想う人がいる前提になってるんだよ。


 俺が二人をジト目で見るとシュナには微笑みで返され、イアナ嬢にはプイッとそっぽを向かれた。何故だ。


 料理が並べられ、しばし食事を楽しむ。


 一緒に食べる面子はあれだがオークロードの肉は絶品だった。デイブの腕もあるのだろうが王都でもなかなか味わえない美味さだ。お嬢様にも召し上がってもらいたくなる。


 あらかた食べ終えたあたりでイアナ嬢が俺に訊いた。


「ホワイトワイヴァーン戦でも気になったんだけど、ギルドのロビーでこいつと戦ってたときにも拳に黒い光を纏ってたわよね、あれ何?」

「何と訊かれても」


 俺は胸の前で両拳を握った。


「ただの身体強化だ。大して珍しいものでもない」

「おや、精霊の力を使ってるのに大して珍しくもないってことはないだろ。それもどうやらただの精霊って訳でもなさそうだしね」


 シュナがスープの最後の一口を飲んだ。


 静かにスプーンを置きハンカチで口を拭う。


「魂の在処と呼ばれる地に全ての精霊を司る存在がいると訊いたことがある。それが振るう拳は黒く輝き、いかなる者も打ち倒すとか」


 ゆっくりとシュナは俺へと視線を移す。


「君の拳は正にその拳のようだったよ。僕の聖剣ハースニールの刀を穿つ奴なんてこれまで一人としていなかったからね。自己修復機能がなかったら危うく駄目にするところだった」

「……」


 いや、その自己修復機能も凄いと思うぞ。


 さすがはご都合主義ウェポン。


「何の精霊の力なの?」


 と、イアナ嬢。


「闇の精霊? 安直に思われるかもしれないけど精霊の色って大体似たような色になるし。火の精霊なら赤、水の精霊なら青、風の精霊なら緑……それで考えると黒って闇の精霊の色になるわよね」

「なるほど、そうか闇なら黒い。納得だよ」


 うんうんとシュナが首肯する。謎が解けたといった様子でとても嬉しそうだ。


 いや、闇じゃなくて怒りの精霊なのだが。


 という言葉をぐっと飲み込む。


 俺の中にいる「それ」はあまり口外していい類の精霊ではなかった。それはそうだろう、一つ間違えれば宿主を狂戦士化させかねない危険な存在なんだからな。


 まだ知り合って間もない二人に軽々しく話せるはずがない。


 俺は自分が使っているのは闇の精霊だということで通すことにした。


 まあ一応系譜としては闇の精霊の側なんだろうからいっか。人の感情に関わる「それ」はかなり強い部類の精霊となるのだから特殊な方でもあるんだがな。


 六大精霊である光・闇・火・水・風・地は知識のある者なら誰でも知っているようなメジャーな存在だ。それらの最上位クラスともなれば神と同等の力を有していると言っていい。


 人間が精霊の力を借りるには才能が必要だ。魔力量や体質などといったものでカバーできる場合もあるが限度はある。それこそ才能の欠片もなければそもそも精霊が協力してくれない。


 では才能のない者はどうするか。


 才能を持つ者は稀少だ。


 精霊に頼らない、というのも選択の一つだ。


 自分の魔力のみを利用して古くからの伝承や学者たちの研究により導き出された魔術式を行使する。このとき多くは呪文の詠唱や事前に準備した魔方陣を要する。ちょい面倒くさい。


 どうしても精霊の力を使いたいと言うのならば……。


 俺はその方法に我慢がならなくて思考を止めた。


 やめよう、虫唾が走る。


「それにしても精霊使い? になるのよね。あたし、実際に使ってるところを見たのは初めてかも」


 イアナ嬢が興味深そうに俺の拳を見つめる。何だかほんのりと頬が赤く染まっているのだがエールを飲み過ぎたのか? そんなに飲んでいたようには見えなかったのだが。


「精霊の存在自体はありふれているけどそれを使役する者は稀少だからね。普通の魔法は魔方陣や呪文の詠唱で行使するのに対して精霊使いは精霊の力を借りて魔法を発動する。ある種の才能がないとできない特別なことだよ」

「……ん?」


 ふと思いついた。


 シュナも精霊が憑いてるんじゃないのか?



 **



 確かシュナは雷の精霊の加護を得ているはずだ。


 だとしたら、シュナにも精霊が憑いているのかもしれない。


 俺はそっと「それ」に自分の感覚をリンクさせた。煽ってこようとするのを自制心で捻じ伏せる。精霊の知覚を通じて自分の認識力を強めた。


 視界の中の精霊の存在が露わになる。光の精霊、火の精霊、空気の精霊、石の精霊、木の精霊……店内だけでなかなかの数の精霊が存在した。特に多いのが火の精霊と水の精霊だ。どちらも調理場には欠かせない竈と水場の傍で動き回っており見ていてちょい和む。


 おっと、シュナの精霊を見るんだった。


 俺はシュナを見た。正確にはシュナに憑いてるだろう精霊を、だ。


 雷の精霊の色は白に近い黄色。シュナの肩にぼんやりとその色が光っていた。


 俺は感覚の目を研ぎ澄ませて精霊を凝視する。焦点が合うようにぼんやりと光っていたものが形を成していった。


「……っ!」


 わぉ。


 こいつは吃驚だ。


 何となく剣士に加護を与えるような精霊を威厳のあるものや可憐なものだと想像していた。


 けれどシュナの肩に座っていたのは威厳とか可憐とかとは別物だった。そのくらい衝撃だった。


 まず、太っていた。


 でっぷりとした人型の精霊だった。チリチリといった方が似合いそうな頭のどこかおばちゃんめいた姿をしている。胸と腰を布のような物で隠しており昔お嬢様から教わった「カミナリサマ」を連想させた。黒と黄色の縞模様の布と頭に生えた二本の短い角がちょい印象的だ。


 可愛いというより愛嬌があるといった方がいいだろう。つーか、こんなおばちゃん見たことあるな。格好と角はともかくとして。


 おばちゃん精霊が俺の視線に気づいてかにこりとする。


 うん、やっぱり愛嬌があるな。


 それにしてもそうかぁ。


 おばちゃんに好かれてたかぁ。


 肩に乗ったおばちゃん精霊がシュナの耳に頬を擦りつける。動物のにおい付けみたいな感じになってるんだが、あれってもしやマーキングか?


 わぁ、見るんじゃなかった。


 俺は「それ」とのリンクを外した。


 途端におばちゃん精霊が消えたので少し安堵する。あんなものずっと見ていられるもんじゃない。すっげぇメンタル削られるぞ。


 けど、見えなくなってるだけであのおばちゃん精霊ってシュナの肩にいるんだよな。


「……」

「ん?」


 シュナが訊いてきた。


「どうしたんだい? 急に黙り込んでしまって」

「いや、お前は見えてないんだな」

「はい?」

「まあいい、気にするな」


 俺がそう言うと訳がわからないといったふうにシュナが肩をすくめた。


 うん、知らない方が幸せなことってあるよな。


 俺はおばちゃん精霊のことを黙っておこうと決めるのであった。


 *


 夜。


 俺の常宿である銀の鈴亭に帰ると宿の受付係から来客を告げられた。


「本当はこんな時間に外出したくなかったんですけどね」


 シスターキャロルだった。


 宿の一階に併設された酒場の一番隅のテーブルで彼女は待っていた。


 俺はシスターキャロルの向かいに座る。


 彼女は果実の香りがするお茶を飲んでいた。木製のカップにまだ半分以上残った淡い琥珀色の液体が入っている。


 注文を取りに来た接客係を静かに追い返し、警戒心を隠すこともせず俺は尋ねた。


「何か用か?」

「ご挨拶ですね」


 シスターキャロルが嘆息する。


「でもまあいいです。私も早く帰りたいのでさっさと用件を済ませるとしましょう。ちょっと小耳に挟んだのですがあなた雷の剣士とグランデ伯爵家の令嬢とパーティーを組んだそうですね」

「ああ」


 そのことか。


 俺の返事にシスターキャロルが僅かに片眉を上げる。


 軽い威圧のような魔力が彼女から発せられた。心なしか俺たちの周りだけ気温が下がったようにも思える。


「あなた、あの二人が誰の命令で動いているかご存知ないのですか?」

「いや知ってるぞ。カール王子だろ?」

「それを承知で組んだのですか」


 さらに周囲の気温が下がる。


 表情がほとんどないのにシスターキャロルの怒りが伝わってくるようだった。こんなに感情をだだ漏れにしている彼女は珍しい。よほど俺がシュナとイアナ嬢と組んだのが気に入らなかったようだ。


 お茶を一口飲み、シスターキャロルが続ける。


「あの子の受けた屈辱を忘れたのですか?」

「仕方ないだろ、ギルドの意向なんだぞ」


 ギルドマスターの意に沿うってことはそういうことだ。


 まあ、俺としてはほとんど罰を受けているみたいなもんだが。


 できるものなら今すぐパーティーを解消したい。


 一匹狼でいた方がどれだけ気楽か。


「大体の事情は聞いています。ですが、あなたならうまく断ることもできたのでは? 正直、あなたには失望しました」

「……」


 失望?


 あんた、俺に期待したことあるのかよ。


 口に出したい衝動をぐっと堪える。さっきから俺の中で「それ」がやたら反応しているのだがこれは俺の苛立ちが原因か? それともシスターキャロルの怒りのせいか?


 俺の心中には興味ないといったふうにシスターキャロルがまたカップに口をつける。


 音も立てずにカップを置くと彼女は俺に目を遣った。


「……と、ここまでが私からの文句。本題はここからです」

「今までのは文句かよ」

「言われるあなたがいけないのですよ」

「……」


 あ、さらに気温が下がってる。


 おいおい、隣のテーブルとの間に異層空間の壁ができてないか?


 ここだけ異空間になってないだろうな。


 俺が戸惑っているとシスターキャロルがやたら冷たい声のまま言った。


「先日のホワイトワイヴァーン襲来の件、どうやら人為的なものだったようです」

「人為的?」


 シスターキャロルがうなずいた。あ、ちょっと気だるそう。


「市中の者たちの情報から推測した結果、そういう結論に至りました。詳しい素性は存じませんが魔術の使い手なのは確かなようです」


 着ていた修道服の内から一枚の羊皮紙を取り出し、テーブルの上に置いた。


 そこには黒炭で描かれたと思しき人相画。


 目の窪んだ陰気で卑屈そうな男だった。雑に手入れした感じの挑発は前髪だけ短く切られている。


「こいつが?」

「ええ。私見ですが暗黒魔術の使い手かと」

「……」


 暗黒魔術。


 それは呪術や悪魔召喚術などの禁忌とされている魔術の総称だ。闇の精霊を行使するのとは異なる。こちらは精霊の力に頼らず呪文の詠唱や魔方陣のみを用いている。


 不死化したモンスターはこの暗黒魔術で動いていることが多い。暗黒魔術の使い手の中には呪術を駆使して人に呪いをかけることを生業としている者もいるらしい。お友だちにはなりたくないタイプだな。


「で? こいつをどうするんだ??」

「もちろん処理します。放置してあの子に被害が及んだら大変ですからね」

「俺はそっちまで手が回らないぞ」

「それは存じてます。ですがもしものときは……わかりますよね?」

「……」


 俺はため息をついた。


 そういう「もしものとき」はフラグになるんだよなぁ。


 うーん、本気でこんな陰気でやばそうな奴とは関わりたくないんだが。


 何でノーゼアに現れたりするかなぁ。


 ああ、面倒くせぇ。


「話は以上です」


 シスターキャロルがお茶を飲み干し、羊皮紙を仕舞った。


 立ち上がる。


「承知しているとは思いますがカール王子側に寝返ろうとは思わないでくださいね」

「俺がそんな真似をする訳ないだろ」


 見上げながら俺がそう答えるとシスターキャロルは満足そうに口の端を緩めた。ちょっと可愛くて何だか悔しい。


「その言葉が真実であることを祈ります。では、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 歩くのも億劫そうな足取りでシスターキャロルが酒場から出て行った。


 俺は彼女の退出を確認してからふうっと息をつく。


 妙な疲れが全身を襲い、うんざりした思いでもう一度ため息をつく。今度はやや長め。


 どうやら厄介な事になりそうだった。



 **



 翌日。


 いつものように教会に行くとシスターエミリアこと俺のお嬢様が礼拝堂の前にいた。


 手には白い布で包んだ何か。大きさはそれほどでもない。


「昨夜試しに作ってみたのですが……」


 彼女はほんのりと頬を染めながら包みを差し出してきた。


 おっと、お嬢様が俺にだと?


 俺はちょい驚くがとりあえず面に出さぬよう努める。


 受け取った包みは軽かった。そして、微かに甘い匂いがした。


「あ、ありがとうございます。あの、これは?」

「レーズン入りのクッキーです。実は乾燥の魔法をブラザーラモスが使えるということを知りまして、折角なのでレーズン作りに協力してもらいました」

「ええっと、レーズンとは?」

「ん? 干したブドウのことですよ?」

「……」


 シスターエミリアこと俺のお嬢様は王都にいたころから時折変わったことをしていた。


 公爵家の上下水道を改めたり俺や屋敷の料理人も聞いたことのない調理法を披露したり複雑な計算をあっという間に解いたり……もしかしたらお嬢様はこの世の者ではないのではないかと疑ったりしたものである。もちろん俺にとって天使のような存在でもあるのだからある意味特別なのかもしれないが。


 学園にいた頃は学食のメニューとかも考えたりしていたなぁ。あのスープ料理……ラーメン、だったか? しょうゆとみそがないから塩ラーメンしか作れないとか嘆いていたっけ。俺にはよくわからない話だけど。


 などと思い出しているとお嬢様が不安そうな顔をした。


「ひょっとして迷惑でしたか?」

「あ、いえ」


 お嬢様からの贈り物が迷惑な訳がない。たとえそこらの小石だったとしてもお嬢様がくれた物なら俺は大切な宝物にするぞ。


「ち、ちょっと吃驚しただけです。あの、ブドウを干したのですか?」


 ブドウといったらワインの材料にするかそのまま食べるかの二択しかないはずだ。干すなんて聞いたこともない。


 俺は尋ねた。


「シスターエミリアはどこでそんな知識を得たのですか?」

「ふふっ、秘密です」

「……」


 その笑顔があまりにも可愛過ぎて俺は追求できなくなってしまった。ずるい。


 何だか反応に困ったので俺は自分の持っている包みに目を落とした。


「シスターエミリア、ここでこれを開けても?」

「ええ、どうぞ」


 許可も下りたので俺は包みを解いてみる。ほんのりと甘い匂いが鼻腔をくすぐった。


 丸い形のクッキーは黄金色で数カ所に黒い物がある。この黒い物がレーズンとかいう乾しブドウだろう。黒といっても赤みがかった黒なので俺が普段口にしているブドウの名残はあった。とはいえブドウを干したりして本当に大丈夫なんだろうか。


 ま、まあお嬢様が作ったのだから味に問題はない……よな?


 クッキーを一枚摘まんでみる。


 ちらとお嬢様に目を遣ると彼女はゆっくりとうなずいた。その表情にはまだ不安が残っている。俺の口に合うか自信がないのだろう。


 一口囓るとサクッと小気味の良い音がした。口の中に甘味と香ばしさが広がっていく。アクセントのように味覚を刺激するのはレーズンの酸味だ。この酸味がクッキーの味の良さをさらに引き立てていた。


 俺は一口、また一口と囓り続け、最後の一欠片を食べ終えると唸った。


「美味しいです。こんなに美味しい菓子は初めてです」

「そうですか、それは良かった」


 ほっとしたようにお嬢様が微笑んだ。可愛い。


 俺はもう一枚レーズン入りのクッキーを食べてから彼女に訊いた。


「このクッキーも売りに出すのですか?」

「もう少し数をこなせるようになれば、とは思うのですけどね。教会で販売できればいろいろと他に予算を回せるようになるかもしれませんし」

「なるほど」


 辺境の教会はそれなりに資金繰りに苦労することもあるだろう。


 実際、二年前にお嬢様がこの教会に来たばかりの頃は相当の資金不足に悩まされていたとか。お嬢様、それに新しく赴任したブラザーラモスのおかげで教会の金回りは見違えるように良くなった。特に上下水道の改修の技術や白くて柔らかなパンの製造販売は桁違いの利益を生んだとか。


 お嬢様の素晴らしいところはそれらの技術を秘匿せずノーゼアの職人たちに惜しげもなく伝えたことだ。これによってノーゼアの生活水準まで上がったような気もする。


 つーか、やっぱりお嬢様は天使なのでは?


 俺ならそんなにホイホイ教えないぞ。


 レーズン入りクッキーの件は教会内で乾燥の魔法を使えるのがブラザーラモスしかいないため大量生産できないという問題を抱えているようだった。そもそも乾燥の魔法自体があまり知られていない。大抵は風の魔法の一種である送風で代用できるからだ。


 ただ、これだと乾燥の魔法ほど早く乾かないしレーズンの仕上がりも今一つらしいのだが。


 俺は後でまた食べることにして礼拝を済ませた。


 *


 礼拝堂の長椅子に座ってお嬢様と少し話をする。


 シスターキャロルが既に話してしまっているかもしれないが俺の口からきちんと伝えておかねばならなかった。


「事情があってカール王子側の人間とパーティーを組まなければならなくなりました」

「ああ、それならシスターキャロルから聞いています」


 お嬢様は少し困ったように眉尻を下げた。


「奇妙な縁のようなものを感じますね。ですが、ギルドの意向なのでしょう? ジェイが悪い訳ではありません」

「おじ、シスターエミリア」


 ついじーんとなってしまった俺は「お嬢様」と呼びそうになってしまう。慌てて言い直したけどな。


 カール王子側の人間とパーティーを組んだことでてっきり批難されるかと思っていた自分が恥ずかしい。


 お嬢様が中空に目を遣った。


「それにしてもこんな辺境に人を送るとはどんな目的があるのでしょうね。ミスリル鉱石? いえ、そんな物よりもっと価値のある物でないとあの人は見向きもしないでしょう。それにミスリル鉱石ならわざわざ人を寄越す必要もないでしょうし」

「……」


 俺の脳裏に雷光石のことが浮かぶ。


 あれならかなりレアだし価値はあるはずだ。掘り尽くされたミスリル鉱石よりもよほど欲しがるのではないか。


 言ってみた。


「ひょっとすると雷光石が目当てかもしれませんね」

「ああ」


 雷光石のことを知っていたらしくお嬢様がなるほどといったふうにうなずく。


 さすがお嬢様。いろいろよくご存知で。


「雷光石なら雷の力を蓄えていますし、使いようによってはそこらの武器よりも危険ですね。となると魔道具に転用するつもりなのでしょうか?」

「……」


 え?


 あれかなり珍しい石だとは思ってたけどそんなにやばい物なの?


 というか何でそんなこと知ってるんだ?


 いや、お嬢様が頭が良いのは知ってるけど雷光石が雷の力を宿しているなんて誰でも知ってることじゃないぞ。


 俺は目をぱちぱちさせた。


 お嬢様は俺のそんな様子など気にもせずぶつぶつと小声でつぶやいている。どうやら雷光石をどう加工すれば魔道具にできるか思案しているようだ。


 聞いたことのない言葉が並び俺は彼女が何を言っているのかわからなくなった。


「……雷光石の中の力を一度別の魔石に蓄積させつつ圧縮して、レンズで焦点を合わせるようにできればレーザーのようになりませんかね。あ、これだとどのくらい雷光石が要るか検証しないといけません。でもレーザーを作れたら武器だけじゃなくいろいろ使い道があるんですよねぇ。それこそ物の加工にも使えますし」


 レ、レーザー?


 レーザーって何だ?


 どうやら武器や加工に使えるようだがそれが何なのか俺には想像もつかない。


 俺がぽかんとしているとお嬢様がはっとした。


 彼女は恥ずかしげにはにかむと言い訳するような口調で言った。


「と、とにかくジェイは私に気を遣わず自分のすべきことを全うしてください。いいですね?」

「……はい」


 なぜか突っ込んではいけない気がして俺はそう返すのだった。



 **



 冒険者ギルドに行くとギルドマスターのウィッグ・ハーゲンに捕まった。


「おう、ちょいと面貸せや」


 そのままギルドマスターの部屋に連行される。


 俺を応接用のソファーに座らせるとギルドマスターはその向かいに腰を下ろした。ゆるふわの美人職員がお茶を運んで来てくれる。どうせならこのお嬢さんとお茶したいところだ。


 だが美人職員はすぐに退室してしまった。残念。


「ま、あれだ」


 ギルドマスターの禿げ頭がきらりと光った。


「実は面倒くさい依頼が入ってな。お前さんたちに頼みたいんだが雷の剣士の兄ちゃんが嫌がりそうで困ってるんだよ」

「ならこっちに振らないで別のパーティーにやらせればいいのでは?」


 我ながら正論だと思う。


 だがギルドマスターはそう思わないようだ。


「お前さん、あの兄ちゃんを説得してくれねぇか?」

「……」


 あ、これはあれだ。


 回避不能って奴だ。


 とはいえ一応は抵抗しておかないとな。


「ええっと、シュナはランクA相当のクエストなら断らないと思いますよ。まあ、そもそもそのランクの依頼ならギルドマスターもこんな回りくどいことしないんでしょうけど」

「クエストのランクでいくとCってところだな」


 ギルドマスターがニヤリと笑った。


 おいおい、何だその顔は。


 悪徳商人だってそんなに悪い笑みにはならないぞ。


 と、指摘したいのをぐっと堪える。


 下手につっこむと厄介が増えそうだし。


 俺はつっこむ代わりに質問した。


「どんなクエストなんですか?」

「詳しくは言えねぇがあれだ、いわゆる護衛任務だな」

「……」


 護衛任務でもクエストのランクが高い場合もある。


 高位貴族や豪商なんかだとランクB以上になることが多い。もちろん王族相手ならA相当だ。ウィル教の枢機卿クラスでもAになるかもしれない。


 で、今回のクエストはCランク。


 護衛対象の身分はそこまで高くないと見た。


 俺は少しだけ踏み込むことにした。


「相手は誰なんです?」

「それを聞いたらあの兄ちゃんを説得してくれるのか?」

「……」


 おっと危ない。


 下手な追求はクエストを押しつけられるだけか。


 俺は片手を振って否定した。


「そういうつもりで訊いたんじゃないです。それに仮に引き受けるとしても俺一人で勝手に決められませんよ」

「そうか? だがあの二人ならお前さんの決定に従いそうなんだがなぁ」

「いやいや、それならシュナを説得云々も必要なくなりますから」

「ふむ」


 ギルドマスターが一つ息をつき、中空に目をやった。


 数秒何か考えるように顎を撫で、やがて俺へと視線を投げてきた。


 にいっと口が曲線を描く。


 ああ、うん。


 こいつ、悪いこと閃きやがったな。


「ところでお前さん、ギルド内での私闘は御法度だってことは承知してるよな?」

「えっ、まあ知ってますよ」


 てか、それをネタに強要されてシュナやイアナ嬢とパーティーを組むはめになったんだからな。


 それがどうしたんだ?


 ギルドマスターがテーブルに両手をついて身を乗り出した。キラリンと輝いた禿げ頭に笑いそうになったのは内緒だ。


「あれだ、一回言うこときいたくらいで無罪放免だなんて温いこと考えてねぇよな? こちとらその気になればお前さんの冒険者資格を剥奪するくらい朝飯前なんだぜ? しかもあれだけ派手にやらかしてるんだ、なぁ?」

「……」


 こ、こいつ最低だ。


 自分の権力振りかざして脅してきてやがる。


 *


 デイブの店。


 俺はギルドマスターの部屋でのことをシュナとイアナ嬢に話した。


「はぁ? あんた、それで大人しく従っちゃうの?」


 イアナ嬢が剣呑な目で俺を睨んだ。可愛い顔が台無し……にはならないから不思議だ。お嬢様チートか?


「まあそう責めないであげようじゃないか。所詮ジェイもしがない冒険者でしかないってことなんだから」

「あんたは黙ってなさい」


 イアナ嬢の目がさらに吊り上がる。


 人間ってこんなに目が吊り上がるんだな。


 俺は無言でつぶやきながらエールを嘗めた。


 カウンターの向こうではデイブがオーク肉を炙っている。大男の太腿くらいのサイズの肉の塊だ。こっちに漂ってくる焼けた肉の匂いに早くも俺の食欲は刺激されていた。


「それで? 誰の護衛を任されたのよ」

「ジーベル商会のオロシーという男だ。王都からわざわざお越しになってくださるそうだぞ」


 皮肉たっぷりに言ってやる。


 てか、ものすげぇ気に入らんぞこの仕事。


 おや、とシュナが声を漏らした。


「オロシーって名前なら聞いたことがあるよ。確か元はアーデス家のお抱え商人だったんじゃないかな?」

「ああ」


 俺がうなずくとイアナ嬢が露骨に嫌そうな顔をした。


「ひょっとしてアーデス絡みなの?」

「かもな」


 エールをもう一嘗め。今日はちびちびいきたい気分なのだ。


「ん? グランデ伯爵令嬢はアーデス家と何かあるのかい?」

「あたし、あいつら嫌いなのよ。特にカール王子の妃になったメラニアが嫌い」

「ああ、なるほど」


 妙に納得げにシュナが首肯した。


 というか口の端が緩んでないか?


「ものすごく奇遇だね。実は僕もメラニア妃が嫌いなんだ。可能であれば聖剣ハースニールで一刀両断したいくらいだよ」

「……」


 ワォ。


 こいつら俺の味方じゃん。


 もちろん俺もメラニアが嫌いだ。憎んでいると言ってもいい。


 何せあの女のせいで俺のお嬢様は衆目に曝される形でカール王子との婚約破棄と断罪という屈辱を味あわされたんだからな。


 いつか絶対にこの報いは受け手もらうぞ。


 俺が決心を新たにしているとシュナがつっこんできた。


「ジェイ、目が怖い。な、何か怒ってる?」

「いや、まああれだ」


 俺はふっと笑った。


「二人ともメラニアが嫌いとわかってちょっと嬉しくなったというか、改めてあの女に怒りが沸いてきたというか……これで本当にパーティーを組んだって気がする」

「へ、へぇ。ジェイも何かあったんだね」

「そう言うってことはシュナも何かあったんだな?」

「……ま、まあね」


 肯定したシュナにイアナ嬢が尋ねる。


「何をされたの? メラニアに言い寄られた? しかもそのせいでカール王子の怒りを買ったとか?」

「いや、シュナの場合だと聖剣ハースニールを取り上げられそうになったとかってのもあるかもしれないぞ」


 俺とイアナ嬢がシュナを見つめた。


 ふうっと息を吐いてシュナが目を瞑る。


「すごいね、二人ともお察しの通りだよ」

「……」

「……」


 俺もイアナ嬢も言葉が見つからなかった。


 当たりかよ。


「二ヶ月ほど前のことなんだけど、僕は当時世話になっていた人と王族主催の舞踏会に出席したんだ。そこでメラニアに出会った」


 苦々しげに話しだしたシュナの右手はエールのカップを強く掴んでいた。どうでもいいがそのカップを握り潰したりするなよ。


「初めは軽く僕の功績とかを話題に話をしていた。けど、次第にメラニアは僕との距離を詰めてきたんだ。精神的な意味だけでなく物理的にもね」


 俺の頭の中でメラニアがシュナに色目を使っていた。


 おいおいそれってまずくないか?


「カール王子に見つかっていたら首が飛んでいたでしょうね。もちろんあんたの首が物理的に」


 そうなるのが当然といったふうにイアナ嬢が言った。ふんっと鼻息まで鳴らしている。残念お嬢様だ。次代の聖女が聞いて呆れる。


「あんた、失礼なこと考えてるでしょ?」

「……」


 イアナ嬢の鋭い視線を俺はそっぽを向くことで避ける。よし、回避成功。


「僕はメラニアと話をしているうちにどんどん彼女を好きになっていった。そんな自分を自覚できたんだ。でも、それが許されないことだと頭のどこかではわかっていた。ただ、自分でもどうしようもなく彼女を欲してしまったんだ」


 俺とイアナ嬢を無視してシュナが続けた。


「危うく彼女を抱き寄せてキスしようとしたとき僕の身体に電撃が走ったんだ。どうしてそんなことが起こったのか当時は謎だったけど今ならわかるよ。きっと主神ウィルが僕に誤った選択をさせないために導いてくれたんだね。おかげで間違いを冒さずに済んだ」

「……」


 俺はシュナの肩のあたりを凝視した。


「それ」とのリンクを外しているのでシュナに加護を与えている雷の精霊の姿は見えない。だが、あのおばちゃん精霊がシュナの頬にその身をすりすりしているであろうとは容易に推測できた。


 そうか、電撃でシュナを正気に戻したのか。



 **



 二年前、俺のお嬢様がカール王子から婚約破棄と断罪を受けたときメラニア・アーデスには沢山の取り巻きがいた。


 特にカール王子や宰相の孫、騎士団長の息子、隣国の王子といった学園の生徒の中でもトップのメンバーがメラニアの取り巻きと化していたのは大きかった。入学当時はさして力もない女生徒だったはずのメラニアが王族や高位貴族の子息をほぼ意のままに操るようになっていたのだから古くからの彼女を知る者にはきっと驚きだったに違いない。


 メラニアは平民の出だ。


 後にアーデス男爵が養女として迎えているが普通ならカール王子たちと交流することなどできるはずのない立場だった。それなのに彼女は彼らに近づきその信を得ている。


 いや、あえて「虜にした」と言わせてもらおう。


 そのくらい彼らはメラニアに心酔していた。


 *


「えっと」


 二ヶ月前に開かれた王族主催の舞踏会に出席した際に危うくメラニアにキスするところだったというシュナの話を聞いてイアナ嬢がうっすらと頬を染めた。


 おっと、エールに酔ったか?


 けどそれまだ一杯目だよな?


「な、何か妙な話ね。電撃のこともそうだけど……」

「そうだな。何となくだがシュナが精神操作されたみたいに聞こえるぞ」


 俺はイアナ嬢の言葉を途中で遮った。電撃云々はあのおばちゃん精霊と関わってくるからできるだけ避けたいのだ。


 いや、マジであのおばちゃん精霊ってメンタル削ってくるからな。


 精霊の姿が見えない奴にはどうでもいいかもしれんが。


 俺、あれ見ちゃったからなぁ。


「精神操作、ね。なるほど、そう言われるとそうかもって気がしてくるよ」


 シュナが眉尻を下げた。


 カップを握っていた手を放す。


「メラニア妃と話していると、こう、頭の中に何か霧のようなものがかかってくる感じがしてくるんだ。それがだんだん濃くなってきて、気がつくと僕は……」

「それもう確実だな」


 俺は断言した。


 つーか、メラニアが短期間でカール王子たちを骨抜きにできたのもその力があったからだな。


「魅了の魔法とかを使ったというの?」


 と、イアナ嬢。


 表情がかなり訝しげだ。


「普通の人ならまだしもカール王子や宰相の孫なんかは護符や指輪で精神系の魔法をレジストできるようにしているものよ。仮にメラニアがその手の魔法をかけたとしても効果はなかったと思うけど?」


 ふむ。


 そこは同じ貴族なだけあって事情に詳しいな。


 だが、その程度のことなら俺も知ってるぞ。


 これでも元公爵家の執事だからな。


「護符や指輪で魔法に抵抗するのは実のところ完璧ではないんだ。魔道具に頼るってことはその魔道具の魔力を消費して効果を発揮していることになるからどうしても限界がある」


 一度言葉を切ってエールをちびり。


「もし限界より強い魔力の魔法を受けたら大抵の魔道具は機能停止するか壊れるだろうな。良くても満足に抵抗できないはずだ」

「じゃあ何? メラニアはカール王子たちの防御用魔道具を打ち破るくらい強い力を持っているってこと?」

「ああ」


 俺はうなずいた。


 それでもイアナ嬢は信じられないといった表情で俺からシュナへと視線を移す。


 シュナが苦笑した。


「いや、そこで僕を見られても困るよ。僕だって完全には受け容れ難いんだからね」

「あんた当事者でしょ。どうなのよ、メラニアに魅了されたの? 精神を操られたの? はっきりしなさいよ」

「ええっと」


 助けを求めるような目を俺に向けるシュナ。


 こらこら、俺をアテにするんじゃねぇ。やめろやめろ。


 イアナ嬢がシュナの視線を追った。


 語気が強まる。


「どうなの、ジェイ?」

「……」


 俺、すでに断定したつもりなんだけど。


 面倒くさいなぁ。


 だが、ここは俺の見解をはっきりさせておくか。


「そうだな、シュナはきっとメラニアに操られかけていた。その精神操作がどんな力によるものかまではわからないがメラニアが今の地位にまで上り詰めたのもその力のお陰だろう」


 うわぁって顔をしてイアナ嬢が身を仰け反らせた。もうちょい角度が悪ければ椅子から転げ落ちかねないほどだ。


「そんな女が第一王子の妃なの? いずれは王妃になっちゃうの?」

「まあ、このまま順調にカール王子が即位するのならそうだろうな」


 忌々しい話だが。


 しかし、現状カール王子が王位継承するのに何ら問題はない。ライドナウ公爵家やいくつかの貴族といざこざこそあれど決定的なまでの失態はないのだ。あるのかもしれないが少なくとも表沙汰にはなっていない。


 カール王子が王位継承権を失うなんてことがあればその知らせは必ずノーゼアにも届く。いくらここが辺境の地であろうとそんな一大事が伝わらない訳がない。


「僕の話、まだ終わってないんだ」


 シュナの声に俺の意識が引っ張られた。


「あによ、まだあるの?」


 イアナ嬢が姿勢を戻して尋ねてくる。


 声が若干げんなりしていたのは聞かなかったことにしよう。


 俺は尋ねた。


「メラニアに操られかけていたことの他にまだあるのか?」

「うん」


 シュナが中空を見遣った。


 そこに語るべき言葉があるかのように告げる。


「舞踏会の一件から少ししてギルド経由で通達が下ったんだ。カール王子が振るうに相応しい剣を差し出せとのことだった」

「……」


 ん?


 メラニアの話じゃないのか?


 イアナ嬢がつっこんだ。


「あんた、今はあの女の話をしているんじゃなかったの?

「だから、これもメラニア妃の話」


 シュナガそう応えてエールを一口飲んだ。


「どうやら僕の聖剣ハースニールのことをメラニア妃から聞いたみたいなんだよね。次の王様になる者にこそ聖剣を持たせるべきだって。高貴な武器は高貴な人物に、だっけ? そんなことを言ってたそうだよ」

「……」


 ワォ。


 これキスしなかったから嫌がらせしてきたかな?


 精神操作できなかったから敵と見なされたかな?


 うーむ。


 すんごい子供染みているけど、あの手の女はやりかねないからなぁ。


 そっかぁ。


 剣士から剣を取り上げようとするかぁ。


 普通の剣士ならともかくシュナくらい自分の剣に執着してると効果抜群だろうなぁ。


「もちろん僕は拒否したよ。そしたらカール王子の使いの者とかいう人が僕のところに来て迫ったんだ。聖剣ハースニールを差し出すか辺境の地ノーゼアに行くか選べ、てね」

「……」


 俺は呆れてしまった。


 あまりにも理不尽な要求だし、あまりにも馬鹿馬鹿しい選択だった。


 そんなことを王族が言ってくるのか。


 メラニアもメラニアだがカール王子もカール王子だ。


 ある意味お似合い過ぎる。


 つくづくお嬢様があの王子との婚約を破棄されて良かった。


 あんなのと結ばれていたら絶対に馬鹿が感染する。


 苦く笑むシュナにイアナ嬢が声をかけた。


「あんたがここに居るってことは、つまりはそうなのね? その選択、あたしは間違ってないと思う」

「グランデ伯爵令嬢……」

「あ、だからってあんたのこと認めた訳じゃないんだからね」


 イアナ嬢の頬がまた赤く染まった。


 彼女は慌てた素振りでエールに手を伸ばす。


 何故かその姿が微笑ましくて俺は吹き出してしまいそうになった。こいつやっぱりツンデレだ。今さらと言えば今さらかもしれんが。


 ついでなので俺は質問した。


「で? イアナ嬢はどうしてメラニアが嫌いなんだ?」

「……」


 イアナ嬢がそっぽを向いた。


 あ、こいつ人に話をさせた癖に自分のことは話さないつもりか?


 まあ、いいけど。


「グランデ伯爵令嬢はどうしてノーゼアに来たんだい?」


 沈黙を埋めるようにシュナが訊いた。


 イアナ嬢がすぐに答えずにいると彼は問いを重ねる。


「君もカール王子の命令で来てるんだよね? それ、もしかして僕と同じで裏でメラニアが何かしたとかじゃないかい?」

「……あ、あたしの場合」


 つぶやくような声で。


「シュナと違って魅了されかけたとかはないの。たぶん、別の理由でメラニアに目をつけられたんだと思う」

「……」


 まあ、女同士だしな。


 メラニアにそっちの趣味がない限り精神操作で魅了云々はないか。


 となると、どんな理由でメラニアに狙われたんだ?

 

 

 


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