【狼】
集中しろ。体の隅から隅まで力を満たして。外に出せ。
よし、いける。
「【狼】」
楓の隣からズルっと言う音と共に、黒く、白い狼が地に降りる。
「なんだい?そりゃ?」
男は突如現れた生物(?)に疑問の気持ちを抱く。
「……話すことはない。」
狼は男のことを目を離さずにじっと見ている。
「そっかぁ、じゃあしょうがないね。死ね。」
直線上に伸びる刃の道筋。
それは、単調故か単純明快故か今までの速度を凌駕していた。
楓の反応速度では、確実に当たっているはずの速度であった。
しかし、それはまるで当然の如く楓には当たらなかった。
「…速くなったな。」
男の横にゆっくりと目を合わせていった。
「こっからギア上げてくぞ。」
楓の後ろに先ほど呼び出した狼が警戒の目で見ている。
どうする。
あれが最高速度ならまだなんとかなるが。同時に出せる本数によっちゃ、
…やるか
男が手をこっちに向けてきた。
今度はさっきより幾分か遅い斬撃…振り下ろし…
やっぱり、さっきの突きが一番速いのか?
てなると、
「どうした?でかいわんちゃん呼び出しただけでまた逃げんのかー?!」
…
一気に行くか。
「【狼 顎】」
狼が異常な速度で男に近づき、横から伸びていた刃を噛み砕く。
男は突然の攻撃に驚いたのか、一瞬たじろいだが…すぐに体制を立てなをそうとする。
「でも、この一瞬が欲しかった。」
男の見てぬ間に、懐に忍び込む。
「…ッックッソガキヤァ!」
何か言おうとしたのを聞かずに、思いっきり顔面に蹴りを入れる。
吹っ飛んだ男はなにかに背中を打ちつけた。
しかし、それは暗く、闇に紛れ見えずらい。
「いいぜ…やってやる…ようやくあいつが本気出したんだ…いいぜ…契約なんかもう無視だ…殺す…殺す…」
男が顔を上げると、楓はすでに終えた顔をしていた。
そして、口を開く。
「【鯱 波濤】」
後ろからの異様な衝撃が襲う。
男はそこで目の前が暗く、意識が消えた。
気絶している男を他所目に、携帯をいじり始める。画面にはメッセージが送られており、確認すると『今向かっている』と記されていた。
少し待っていると、入り口から人影が見えてきた。その影はオレに近づいてくる。しかし、差し込む光で姿が見え始めてようやく誰だか分かった。
「お前、待っとけって言ったろ?」
「すみません。」
「ま、いいや。こいつがあの爺さんの店荒らしたってやつか?」
そう言って、雪宮さんは倒れ込んだ男の顔を覗き込んだ。男は少しうなされていたが、少しずつ意識を取り戻しているようだ。
「そうなんですけど、さっきやり合ってた時、なぜかオレを捕まえろって言うのを頼まれてたみたいなんですよ。」
「あ?おまえを?なんで?」
「それ聞こうとしたらこうなって」
雪宮さんはそれを聞いてから男の顔に近寄り、膝をついて男の上半身を起こした。
そして、
パチン!
気持ちいいほどの音が鳴り響くビンタをかました。突然の衝撃に男は意識を取り戻した。
「お、起きたな。起きた早々悪いが質問はこっちだけ。おまえに取れるのは解答だけ。それ以外いらないからな。」
「…あんた誰?」
雪宮さんは黙ってまたビンタをかます。
男はそれに呆然としていた。…可哀想に
「聞こえなかったか?まあいい。まずなんでおまえは爺さんの店荒らした?」
男は少し反抗の目をしていたけど、すぐに答えた。
「あそこって情報屋だろ?だから、そこのガキのことを聞きたかったんだ。ま、知らねえだのなんだのでしらばっくれやがったから、代わりにな?しかも、知ってたみたいだしよ。クソが」
「…なんで楓の情報を求めた?」
「あ?んなもん依頼されたからに決まってんだろ?あのガキを捕まえるだけでウン億って金が手にはいんだ。」
うん億?
なんでオレにそんな価値を?
「誰が依頼?組織?個人?特徴言えよ。」
「…詳しくは知らねえよ。ただ、あー、男で確か顔面にでっけえ傷があったやつはいたな」
…まさか
あいつだ。あの時の
楓の記憶にある、自身を、家族を壊したあの男。
でも、なんで今になって…
「もっとなんかない?」
「そうだな…」
男が何か言おうと考えていると、突然目を見開きた。
そして、腹が大きく膨らんでいき、体から男の体を覆い尽くす量の刃
まずい!
オレと雪宮さんを一直線に並ばせて、覆い尽くす刃から身を守る。
「最後の残りっぺかな。」
男の体はもう動かない。
「とりあえず情報はありましたね。」
「チッ、上に報告しねえとな。おまえはとりあえず、疲れたろ。休んどけ。」
「わかりました。」
でも、今日は寝れる気がしないな。
楓の頭には、今日の疲れはなく、あの日あの瞬間で満たされていた。