始まり
「ここにいたのか。」
墓の前で花をたむけていると、雪宮さんがタバコを片手に近づいて来る。まったく、この人はここが墓場ってことわかってんのか?
「ちゃんと参りできたか?」
「はい。」
目の前の墓に刻まれるのは"桜崎家之墓"。ここに、日向や母さん父さんが眠ってる。そして、ここにきて再びあの時を思い出す。母の弾けた死体、父の切り落とされた首、日向の貫かれた体…あの日から2年。あの日、家族以外のいた誰か…人型の何かを必ず見つける…それを鮮明に思い出す。
「それじゃ、行くか?」
沈黙に耐えられなかったのか、雪宮さんが聞いてきた。手に持っていたタバコはいつの間にか吸い終わっていたのか、灰皿にしまっていた。
「はい。どこから行きます?。」
「とりあえず、情報集めねえと何もわかんねえからな。色々見て回るぞ。」
そう言って、雪宮さんはオレを車に乗せる。車についてるナビを操作して、目的地の設定をしている。車のナビには東京と記されていた。
「東京って、何かあるんですか?」
「東京は色々あるぞ?美味い飯屋に服屋とか色々」
「いや、そうじゃなくて」
この人って、ところどころズレてんだよな。まあ、1年ちょい面倒見てくれたのはありがたかったけど…そのまま車が発進する。外を見ていると、綺麗な街並みが並んでいた。
「しっかし、よくここまで育ったな。あんなちっこいガキだったのに。」
「2年前のことなんですが。」
「あれ?そうだったか?まあいいや。」
ほんと、この人は。
話してたらビル群が近づいてきた。料亭やアパートくらいの大きさまで。そんな中、オレたちは小さな駐車場に車を停める。一回の食事が高そうな店に挟まれた駐車場から、正面にあった小さなカフェに入る。
「よう、今はどんな感じだ?」
「あぁ、雪宮さん。今のところはめぼしい情報がありませんよ。楓くんもすまないね。」
「いえ、探してくれるだけでありがたいです。」
「はは、若い子に感謝されるのは嬉しいな。」
ちょび髭が似合う白髪のマスターが教えてくれた。ここは人がよく来るからか、情報屋としても使われることが多い…らしい。(詳しいことは雪宮さんが茶を濁す)
「そういえば、最近新しく客が来たんですよ。それも、人探しの方で。」
「人探しなんて、ここじゃよく来るだろ。それがどうしたんだ?」
「いえ、それがですね…」
マスターが顔を近づけてきた。なんとなくだが、何年も重ねてきたコーヒーの香りが漂ってきた。
「どこか、怪しくて。」
「感覚?そんなので納得し切れると思うなよ?」
「まあ、ここは一つ。老人の戯言と思って小耳にでも挟んでおいてください。」
と、ここまで話し終えたところで注文していたコーヒーが出されていた。そのコーヒーを手に取り、一口口に運んでみるが、これがなんとも美味い。ベテランの味ってこういうことなんだろうな。って勝手な解釈をしとく。
「チッ、1年待ってもやっぱり情報がねえな。」
「まあ、しょーがないですね。」
雪宮さんがコーヒーに胃もたれしそうな量の砂糖を入れるのを引きながら話す。ほんと、この人ってこの量でよく糖尿病になんないな。
「雪宮さんは変わらずですね」
「苦いのは嫌いなんでね。」
そのまま、雪宮さんとマスターは他愛のない話で盛り上がっていった。仕事のことだの愚痴だの吐いていて少し羨ましかった.
「ま、また情報が入り次第教えさせていただきますね。」
「わかった。こっちもまたコーヒーを飲みに来るからな。」
そう言って店を後にする。雪宮さんは考え事を始めていて、あまり話せるような状態じゃない。まあ、テキトーにオレは見ていくか。
「じゃあ、俺は色々仕事があるからな。まあ、気をつけろよ。」
「わかりました。」
「なんかあったら電話しろ。」
「はい。」
過保護だな…
別れた後、初の東京とこともあって、まあまあなかなりの広さに困惑している。店だの建物の大きさだの見たことがないレベルだった。
「ま、関係ないか。」
ぼそっと呟いてそこら辺を歩いていく。子供達がわいわい駆けていく。なんか、活気に溢れているな。
「ワン!ワン!グルルルル…」
突然の鳴き声にびっくりして横を見ると、路地に小さな犬が威嚇していた。ケタケタと笑っている周りの子供達警戒してんだろうな、
しょーがねぇ。
「おいコラ」
突然声をかけられビクッと子供達した。そして、少しずつ体をこっちに向けてきた。オレを見るや、少し警戒してるな。
「なにしてる?」
すると、真ん中にいた一番リーダー?の男の子が口を開く。
「いや、ちょっと、犬いたから…ちょっと…」
「ちょっとなに?」
ごにょごにょ口ごもりしてる。多分、怒られるって焦ってるんだろうな。他の子達も同様に口を閉じ切ってるし。こういう時ってどうすりゃいいんだ?
「あのな?この犬も生き物なんだ。それが気になってしまうのもわかる。ただ、こいつからしたら君らはでかくて怖い生き物なんだよ?要はオレみたいなやつに囲まれてるってことだ?怖いだろ?
「うん…」
「だから、こいつも吠えてちょっとでも対抗してんだ。面白いかもんないけど、その辺気をつけな?」
「わかった…」
そう言って、友達と一緒に子供達は走ってどこかへ行った。っつっても、この子らも納得できてないようだしな…まあ、今はこの犬が無事でよかった。
犬に目をやると、オレへの警戒はあるみたいだが、少しは心許してくれてんのかな?まあ、飼えないからほっとくしかできないけど…
そこからまた観光に向かっていると、出店が多くあるところに出た。色々見て回ると、団子や屋台なんかが多いな。…1個くらい。そう思って財布の紐が緩む。つい、衝動的に団子を一つ買ってしまった。
「まあ、美味しそうだしな。」
なんとか自分を納得させる。
ここは何にもかかってない団子に、好きなのを一つ寄せるみたいだ。あんこにみたらし、よもぎがあった。まあ、よもぎかな。そう思ってつけようとすると、後ろにさっきの犬がついてきていたのに気づいた。
犬の目線はオレではなく、手に持っている団子に向いていた。まさか…一つちぎって食べてみると、無味無臭の団子で砂糖すら入ってないようだった。…仕方ない。一つとって犬の前に置く。すると、犬はそれをがっつくように食べ始めた。食べ終わると、それに感謝するように吠える。
それからも、犬がオレについてきた。行く先々で物を買ってはねだられ、少し休めば共に行動。それからすぐに、日が落ちてきた。すると、犬は突然立ち上がり、オレから離れていく。その目は今まで甘えた犬ではなく、野生で生き抜いくための目…オレも無言で見つめていた。犬は、そのまま離れていった…
「くそ、コーヒー飲みいくか。」
雪宮さんとの合流の時間までまだあるし、マスターの淹れるコーヒーが無性に飲みたくなる。ここからすぐだったよな…来た道をまっすぐ戻ることにした。
店の前に着くと、少し違和感があった。扉には今朝になかった異様な傷ができている。そして、血が引きづられたような後…
急いで扉を開くと、マスターが腕を抑えながら蹲っている。
「大丈夫ですか!」
「お、おや。楓くんでしたか。すみませんね、こんな姿見せて。」
手を見ると、親指が抉り取られていた。
「…何があったんですか?」
「いやー、今日雪宮さんと話してた人探ししてる奴らがいるって言ったでしょう?その方達がここまで来て、教えろーって暴れ回っただけですので…」
マスターは無理やり笑顔を作り始めてる。多分、今までもお客さんにもこんな顔見せたことがなかったんだろうな。
「今、救急車呼びました。」
「ありがとうございます。まあ、この仕事やってることですから…ツケが回ってきたんでしょうね。」
それには答えず…無言で入ってきたドアに手をかける。
「待っててくださいね。」