表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/15

なんてことない日常

「おにーちゃーん!待って待ってー!」


 スコップとバケツ片手に泥だらけの男の子が走っていく。お兄ちゃん…と呼ばれた青年は立ち止まって見守っている。


「こんなに泥だらけになってな、母さんが怒るぞー」


「え!うそうそ!ママ怒る?やだやだ、どうしよう」


 男の子は世界が終わるような顔をしていた。青年は自分の弟のそんな姿に笑っていた。青年はやれやれ、と言った顔で男の子と手を繋ぎながら帰っていく。


「わかった、母さんが怒る前に一緒に風呂に入っておくか。それなら怒られないし、早く入ってたらもしかしたら褒められるかも」


「ほんと!?お風呂入ったら褒められる!?じゃあ入る入る!」


 2人で夕焼け小焼けの帰り道。


 家に入ると、思った通り母さんは帰っていなかった。日向を抱えてなるべく床を汚さないように風呂場へ向かう。


「じゃあ、お兄ちゃんは用意しとくから、自分で服を脱いどいてくれ。」


「うん!わかった!」


 日向はそう言って泥で汚れきった服を脱ぎ始めた。それを確認してからリビングに服を取りに行く。隅っこに綺麗に畳まれた服を見つけたから、それを持っていくことにする。


「こら!何してる!」


 突然後ろから声をかけられ、びっくりして思わず振り返る。


「なんだ…」


 振り向いた先にはメガネをかけた父さんがいた。父さんはしてやったりと顔をしながら笑っている。


「びっくりしたろー。さっき帰ってきてオマエを見つけたから驚かしてやろうと」


「ほんと、マジで…」


 まだ心臓が落ち着かない。


 父さんは俺の手元を確認してきた。自分の手に持つものを確認すると、日向と俺の服。納得したような顔で


「そういうことか、母さんが帰ってくる前に入っとけ。あ、あと今日は日向が"あれ"だから忘れるなよ。」


「わかってるって、」


 風呂場に向かうと素っ裸で仁王立ちしている日向がいた。日向はドヤ顔で俺を待っていたようで少し震えてる。思わず笑ってしまう。


「お兄ちゃん!早く入ろう!寒くなっちゃった」


「わかったわかった。じゃ、入るか」


 一緒に入ると湯気で満タンになった景色が広がっている。少し転びそうで危なかったが、なんとか踏ん張れた。


「転ばないようにな」


 えーと、あったあった。風呂場用の椅子を近くに運んで腰をかける。その後、日向にしか座れないような小さい椅子に座らせて、体を洗う。泥が落ちた体を確認してから、風呂に入れる。


「あー、あったか〜い。」


「お兄ちゃん、気持ちいねぇ」


 さっきまでずっと遊んで疲れたのか、少し眠そうな顔をしている。ここで寝たら危ないし、少し浮かしておこっと。


「ねー、上がっていい?」


 まだ入って1分経ってないのに…


「わかった。じゃあ、あと100秒数えたらいいよ。」


「ほんと?!わかった!いーち、にーい、さーん、しーぃ…………きゅうじゅうさーん、きゅうじゅうしーぃ、きゅうじゅうごー、きゅうじゅうろーく、きゅうじゅうしーぃ、きゅうじゅうごーぉ、きゅうじゅーぅろー…きゅうじゅー…あれ?」


 間違えていることに気づいたのか、数えるのが止まっている。混乱してるのか、ぼーっと上を見上げて…


「な?」


「なーな!きゅうじゅうはーち、きゅうじゅうきゅー!ひゃーく!」


 数え終わったら、すぐに上がろうとする。持ち上げて、洗面所からタオルを取って乾かしていく。わしゃわしゃとやると、わー!やめてー!と笑ってくれる。


「お!上がったなぁ!」


 父さんが顔をひょっこり出す。日向はそれに気づいて、ちゃんと服が着れてないのに飛び込んでいった。


「おとーさん!いつ帰ってたの!」


「お前たちが風呂に入ってる時だよ!」


「わーい!きいてきいて!今日ね!」


 公園で遊んだことを話し出す。父さんはそれを真摯に聞いて相槌を打つ。日向はそれを確認せずずっと何をしていたかを話す。


「楽しかったか?」


「うん!お兄ちゃんもいっぱい遊んでくれたの!」


「そうか、楓もありがとうな」


 感謝されて、思わずん。と生返事してしまった。まあ、料理中だったし、仕方ないよな。うん。

 自分に言い聞かせていると、母さんが帰ってきた。日向はそれに気づいて、玄関にかけてくる。


「ただいまー。」


「おかえりー!」


 父さんにもしたように、また突っ込んでいく。母さんはそれを予想してなかったみたいで少し体制を崩した。


「こら〜。私じゃなかったら転んでたわよ〜」


「さすがママ!」


「あ、お風呂はいったの?やるわね〜」


 日向は母さんに褒められて満更でもない様子。母さんが日向を抱えて俺たちを確認した。父さんは机にせっせこと皿を用意している。俺は作った料理を大皿に盛り付ける。


「じゃ、食べる?」


「そうしましょ。私もうお腹ペッコペコ。」


「じゃ!早く食べよ!」


 全員が定位置での椅子に座る。母さんと父さん。俺と日向の横並び。日向は定位置につくなり、目を輝かせて聞く。


「わ!今日ぼくの好きなのばっかり!なにかあったの?!」


 俺や母さん、父さんはみんな笑っている。それを見た日向はずっと疑問の顔をしていた。ほんとにわかってないのか。


「今日は何日?」


「えーと、10/4…って!ぼくの誕生日!」


「正解!」


「「誕生日、おめでとう!」」


 両親2人から、大きなプレゼントが渡された。日向は目を輝かせて、受け取ったそれを開く。中には少し大きめの帽子が入っていた。


「わぁ!これって警察官の帽子?」


「そうだよ〜。日向が警察官になりたいって言ってたのを聞いて、楓がいろんなとこ探したんだから。」


 母さんが思わず口走る。日向がそれを聞いて俺の方へと振り向く。恥ずかしさのあまり、顔を避けてしまった。


「ま、まぁ、食べ始めよう。今日は楓が全力で作ったと言ってたし。」


 父さんがそう言って、唐揚げを一つ取る。続けてみんなが取り始める。日向はどれから手をつけようか悩んで、結局全部とって口いっぱいに入れる。それを見てずっと笑ってる母さん。いつまでも明るい我が家。


「お兄ちゃんありがとう。」


 そんな弟を頭からぐわんぐわんと撫でてやる。頭が大きく揺らされて日向は目が回っている。はは、可愛いやつめ。そろそろ用意してやるか。冷蔵庫へ向かい、大きな扉を開く。そこには、"日向へ。誕生日おめでとう。"と、自身がチョコペンで苦労したプレートの乗ったケーキが置いてある。崩さないように、そっと取り出して、蝋燭を立ててから火を灯す。


「わー!お兄ちゃんのケーキ?!やったぁ!」


 弟は俺のケーキが大好きで、ずっと作ることにしていた。俺もそんな弟が可愛くて、愛おしくて、大切で、ずっと作っていた。弟は蝋燭についた火を消すことに楽しみな顔だ。


「じゃ、蝋燭の火を消してくれる?」


 弟は大きくうなづいた。息を大きく吸う。そのまんま口をとんがらせて、火を思いっきり消しにいく。

 火が消えた途端、母さんが弾ける…父さんの首が跳ねる…弟の心臓が突らぬかれた胸…


「は?え?」


 今の今まで全員で楽しく過ごしていたのに。これが夢だと信じたい惨状が広がる。何が起こったかすらも理解ができない。


「ここじゃないんですね。」


 突然、窓から声が聞こえた。人影が見える。誰でもいい。家族を助けて欲しい。


 藁にもすがる思いでふらふらと立ち上がった。カーテンをずらすと、顔に異様なほど大きな傷と、右目の笑点があっていない男がいた。男の左目は光が灯らず、瞳に何も写っていない。


「おや?どうしました?」


 男はオレに気づいたのか聞いてきた。しかし、今聞こえるのはほとんどが心臓の音。落ち着かせて、から状況を話そうとする。


 しかし、自分がしっかりと話せず、男は困惑している顔だった。しかし、オレの後ろにある家族の遺体を見て理解したのかオレの肩に手を当てて、


「もう大丈夫、わかったよ。」


 あぁ、理解してくれたんだ。


「君も送ってあげるからね。」


 は?


 体が刻まれたような痛み。体に力が入らず、膝から崩れ落ちる。君"も"?一瞬で理解した。

 クソクソクソ!こいつがやりやがったのか。弟を、母さんを、父さんを!殺しやがった!殺す!絶対!


 しかし、その感情も虚しく声が出ない。


「ここにもありませんでしたか。まあ、仕方ないですね。」


 男はそう言って、風のようにくるまって、消えていった。


 なんか、寒いな…

 

 下を見ると、赤く染まっていく床。くそ、これオレの血か…死ぬんだな…まぁ、仕方ない。あっちでまた日向にケーキでも作ってやるか。


 もう、諦めていた。自身の血の量がそれに比例してドクドクと流れていく。


「雪宮!この子まだ生きてる!」


 誰だ?目を開くと、刀を腰にかけたスーツの女が目の前にいた。そして、その後ろにサングラスをかけた男…今まで会ったことがない人たちだった。でも、なぜだかこの人たちに言いたいことがあった。


「まじか、わかった。オレが連れてく。」


 男がオレに触れようとする。その手を掴んで腹から声を出した。


「オレを鍛えてください。」


 男は困惑の顔を浮かばせていた。しかし、それには答えず、オレを掴んだ。それまでがオレの10月某日最後の記憶だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ