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09.話題の赤い人


城に住み始めて、ひと月が経った――。



慣れない妃教育に毎日が怒涛のように過ぎていく。


ふと気付けば初日の昼食以降、アストゥロにも会えていない。彼方は学校に加えて公務もあるので、いつも忙しいのだと聞いた。



城での生活も少し慣れ、城の人達とも打ち解けてきた。休憩時間には、侍女の人達と外に出てピクニック気分を味わいながら、交流を深めている。

 


侍女達は噂話にとても敏感で、色んな情報を教えてくれるから楽しい。



洗濯物が干されている区域は、周りから死角になっており、侍女以外は寄り付かない場所だ。

陽当たりも良く気持ちの良い風が吹いている。其処では今日もシートを広げて、皆でお茶を楽しんでいた。



「ローズマリー様。まだ諦めていないらしく登城してはアストゥロ殿下に会おうとしているのですよ」


「ローズマリー様?」


「わぉ!スイ様の眼中になかった」


「スイ様が、裏庭で言い負かしたお相手ですよ!赤い髪で、赤いドレスの」

 


思い出した。



裏庭と言えばあの人達か。

強烈な出来事だったのに、すっかり忘れていた。

あの中でも赤い人はかなり根に持っていそうな感じだった。



「この城に仕えてる者は皆、すごくスッキリしたんですよ!スイ様のお陰で」


「そうです!ローズマリー様の我儘に振り回されてとても困っていたんです。でも最有力の婚約者候補だと言われると、我慢するしかなかったですから」



ローズマリー様の話になると、侍女の人達は興奮気味に前のめりになりながら話し出す。

勢いに圧倒され、ひたすら聞き役に徹していた。

 


(……どれだけの迷惑を被っていたのだろうか)



「あの時に給仕係でいたんですけど、騎士の方達と笑い堪えるのに必死でしたよー!」


「えー!?羨ましい!私も見たかった〜」


「あの後、すぐお父上様の元へ訴えに行かれたらしいけれど、逆にお叱りを受けたそうよ」


「師団長様は、礼儀に厳しいと有名だもの」



それから暫くローズマリー様の話題に花が咲いた。


名残惜しくも休憩時間に終わりが近付くと、皆んな瞬時に気持ちを切り替え持ち場に戻って行く。



スイが移動する際は、城内といえど必ず1人護衛騎士が付いていた。


 

護衛騎士は休憩時間も一緒にお茶をしているので、お互い話す事が無かった騎士と侍女達の関係も少しずつ打ち解けていっているようだった。



自室があるのは王族のみが入れるプライベート空間で、中庭の渡り廊下より先は警備がより厳しくなっている。

 


渡り廊下に差し掛かった所で、なにやら聞き覚えのある甲高い声が聞こえてきた。



「この声。話題の、あの方達だと思いませんか?」

「っぷ!失礼しました。そうだと思います」



先程まで侍女達と話していた人物が現れて、騎士の人も笑いを堪えている。



「どいて!アストゥロ殿下に会わせなさい!」

「これより先、王族以外は立ち入り禁止区域です」

「ローズマリー様が妃になったら貴方はクビよ!」

「お帰り下さい」



(まるで悪質なストーカーじゃない。怖いんだけど)

 


しかし、此処を通らなければ自室には行けない。


午後からはマナーの授業も控えてある。遅刻する訳にはいかず、進むしか選択肢はないのだった。

 


「はぁ〜……嫌だけど仕方ない。行きますか」



派手な装いに身を包んだ3人に歩み寄る。


騒ぎ立てているからか、背後のスイの存在には全く気付いていない。対応している騎士達は此方に気付いているが、3人の令嬢を宥めるのに必死だ。



スイは、すぅ……と息を吸うと、意識的に威圧を含んだ声を発した。



「此処。通して下さい」



決して大きくはないのに、よく通る声だった。

騒がしかった場は一瞬だけ静かになるも、我に返った友人2人がすぐさま反論の声を挙げた。



「また貴方なの?!この先は王族以外は入れないのだから、部外者の貴方は帰ってちょうだい!」



( 自分達は部外者じゃないんかーい!)


スイは思わず心の中で突っ込んでしまった。



「スイ様!大変申し訳御座いません。此方へ」

「ありがとうございます」



入口を護っている騎士に通路を開けて貰い、3人の横を通り過ぎようとした――その時。



ずっと黙っていたローズマリーが口を開く。



「お父上に、おねだりでもしたのかしら?」


「はい?」


「本来であれば、私が婚約者になる筈だったのに。急に現れた女が婚約者になるなんて、可笑しな話じゃない?貴方のお父上から言われてしまったら、いくら陛下でも無下にはできないものね――殿下が可哀想だと思わないのかしら?」



表情は憐んでいるように繕っているが、その目には憎々しさが顕著に見て取れた。自分が婚約者だと疑っていなかったのに、横取りされたと思っているのだろう。


いま何か言い返した所で、火に油を注ぎそうだ。



( さて、どうしたものか……)



此方が何も言い返さない事で図星を言われ反論出来ずにいると思ったのか、一方的に捲し立ててくる。



「幾ら顔が美しくても、何の取り柄もなさそうな貴方が烏滸がましいと思わなくて?親の七光りで婚約者になるなんて、恥知らずもいいところね」



罵詈雑言を呑気な気持ちで聞いてる自分とは違い、周りの騎士達はローズマリー様が喋る程、険しい顔になっていく。


私に付く護衛騎士が動く気配がしたので止めようとした時、凛とした声がその場に響いた。



「――恥を知るべきは、どちらかな?」

「ロディオン殿下!」



第二王子であるロディオン殿下が歩み寄ってきた。

アストゥロ殿下よりも、若干茶色に近い髪色と瞳。

 


兄が母親似であるのに対し、弟は父親似であった。

どちらも美しい顔立ちだが、ロディオン殿下の方が特に優しげな雰囲気をしている。



「婚約を強く望んだのは兄さんだよ。断れずに可哀想な思いをさせてしまったのは、スイ嬢の方さ。取り柄がないだって?その発言をしてるローズマリー嬢。君の方こそ烏滸がましいよ」

「……っ!……」



怒涛の口撃に反撃する余地もない。ロディオンは冷めた目を向けて、更に重ねる。

 

「後もう一つ。彼女が現れていなかったとしても、君が婚約者になる未来はなかっただろう。我儘放題で身勝手な君は、自分自身の行いを見つめ直すべきだよ」



見かけによらず、辛辣だ――。

ロディオンは第一印象こそ優しい人だと思われるのだが、敵には容赦しない超毒舌タイプだった。

 

ローズマリーは手に持った扇子を強く握りしめ、怒りで震えている。両脇にいる友人達も青ざめた顔で俯いていた。



「君達が言った通り、此れより先は王族のみ。これ以上騒ぎ立てるのは我慢ならない。ご遠慮願えるかな?」

「………失礼……致します……」



止めの一言で、3人は去って行った。

終始笑顔で発言していたのにも関わらず、殿下の纏う空気は冷たい。


令嬢達が去っていく姿を蔑んだ目で見ていた。



「チャレンジ精神だけは、尊敬できる」



ボソッと呟くとロディオンの耳には入っていたようで、目を丸くしスイを見てクスクスと笑い出した。



「顔合わせ以来ですね。来て頂き助かりました」


「いえ……騒ぎが聞こえて待機はしていたんです。そのうち義姉さんに対する暴言が聞こえてきて、つい腹が立ってしまって。好き勝手に言われたのに、なぜ裏庭の時のように言い返さなかったのですか?」

 


彼女が暴言を吐かれている姿は不思議なものだった。

周りの人間は暴言に対して不快感を示しているのに、言われている当人からは、欠片も怒りの感情が出ていないのだ。


( 裏庭での話はその場に居た者達から聞いている。今回の方が明らかに酷い言葉を投げかけられている)


 

「前回は、()()()()()殿()()()()()()()()()()()()だったからです。彼女の分を超えた行いは、殿下の顔に泥を塗るも同然で、目に余るものがありました」


 

裏庭での茶会の時、スイは客人という立場だった。

アストゥロが開いたお茶会にローズマリーは制止も聞かず茶会に乱入、剰え客人に対し嫌味まで言った。



この行動は完全にアストゥロの面目を潰す行為であり、許容できる範囲では無かった。



今回の騒動に関しては婚約者になれると思っていた所に、急に現れた女がポジションに収まったのだ。

行動は褒められたものではないが、荒れてもしょうがないとは思う。



「言われた内容には、何も感じませんでしたので」

「何も?」

「はい。真実を知ってる方はいらっしゃいますし」

「――成程」



( ……義姉さんは僕が思ってる以上に思慮深い人だ)



違う惑星で育った女性――。

ゼロの状態から魔術学校の入学試験に合格し、妃教育も順調。飾ることない振る舞いで、短い期間に侍女や護衛騎士と仲を深めている。



ボソッ「……兄さんが惚れるのも頷ける」

 

「え?何か言われました?」

「いえ。義姉さんとは今度ゆっくり話をしたいな。 それでは」

「ええ。楽しみにしてます」



 

☆ ☆ ☆

 


ロディオンと別れた後。

午後の授業も終え自室でゆっくりと過ごしていた。

 


すると久しぶりにアストゥロが部屋へと訪ねて来た。忙しいと聞いていたので驚くと、仕事の合間に顔を出しただけですぐに戻らないといけないようだ。



「……今日、トラブルに遭ったと聞いたよ」

「いやいや!大した事ではありません。ロディオン殿下にも仲裁に入って頂きましたし」

「…………すまない」



今日の出来事は、偶然にもローズマリーに鉢合わせてしまい起こった。

 


同時刻アストゥロ自身は城外に視察の予定が入っていた。もし報告を受けても駆けつけるのは不可能。

城に戻り事の詳細を聞いた時、何も出来ない自分が歯痒くて仕方が無かったのだ。



「茶会の時、僕が厳しく対処しなければいけなかった。君が謂れのない侮辱を受けたと聞いたんだ……僕の責任だよ

「うーん?何度も注意されてましたよね?彼の方はお父上からもお叱りを受けたと聞きました。それなのに反省もせず、傲慢さは増していた様子……殿下に非があると思えません。全てローズマリー様自身の責任です」



本心で伝えたのだが、想像以上にアストゥロは責任を感じているらしく、表情は硬いまま……。

 


正義感が強く自身を許せないのだろう。

このまま執務室に戻ったら、落ち込んだ気持ちのまま夜遅くまで仕事に没頭しそうだ。



( どうしよう……何か元気の出る方法ないかな……)



考える間もなく、アストゥロには時間がくる。

時間が無く焦っていたからか、スイは家族だけにする励まし方を、咄嗟にしてしまった。



「殿下!」

「――っ!」



扉に向かうアストゥロの腕を軽く引き、自分の方に振り向かせると正面からしっかりと抱きしめた。


一瞬、体が強張り驚いた気配がする。

 


しかし、スイの想いが伝わったのか体の力は徐々に抜け、優しく抱きしめ返してきた。


数分間だけの短い抱擁の後、アストゥロは深呼吸をすると体を少し離した。



雰囲気が柔らかいものに変わり安堵していると、ふと頭上に影が差す。不思議に思い視線を上げると同時に、自分の額に唇の柔らかい感触――。



呆然とするスイに柔らかい微笑みを向けた後、アストゥロは何事も無かったように部屋を出て行った。



1人部屋に残されたスイは暫く動く事が出来なかったが、正気に戻った途端に恥ずかしさが込み上げてくる。勢いよくソファーへとダイブして、端に置いてあるクッションを頭から被り身悶えた。



( 自分から抱きついた上におでこにチューされた!)



一国の王子に自分から抱きついた。

そんな行動を取った自分が恥ずかしくて堪らない。

耳まで真っ赤になり半泣き状態で、穴があったら入りたいと苦しんでいた。



スイが身悶えてる時に扉の向こうでは、目を瞑り佇むアストゥロが居た。廊下で待機していたノックスは、主に近付いた際いつもとは違う異変に気付く。



首元までを真っ赤に染め、手で口を覆って何かを耐えている……。



(部屋の中で一体何が?これは、どんな状態だ?)



「殿下?」



声を掛けるがアストゥロは無言のまま。

そして執務室へと続く廊下を早足で歩き出した。



執務室に入り椅子に腰掛けるが、表情を窺うことはできない。この様子では書類整理も進まず困っていると、やっと上司から声が掛かる。



「…………ノックス」

「はい」

「結婚式を挙げるのに、半年あれば出来るか?」

「…………は」



ノックスは呆れてしまい返答が遅れた。

少し前まで異性に対し、興味どころか嫌悪感さえ感じ取れていた人物とは思えない。



「…………冷静になって下さい」

「僕は、常に冷静だ」



これまで我儘を言ったり、何かに執着する事も無かった殿下が初めて自身の希望を口にしている。


大抵の事なら無理してでも叶えたいが、第一王子の結婚式は国を挙げての大イベント。

準備期間は最低でも1年はかかるだろう。



(王妃様に相談するか?いや、陛下の方が話が早い)


 

 

叶わない我儘だと自覚した上で発言した内容だ。

頭をフル回転させてくれている側近の様子を見て、殿下は優しくクスッと微笑んだ。



「冗談だよ。困らせて悪かった」

「本気の目に見えましたが?」

「はは……鋭いな。でも僕だけの問題ではない。それは十分に理解しているよ」



「それに……」とアストゥロは思惑ありげな笑顔で続けた。



「触れても嫌悪感は無さそうだったからね……式を挙げる迄に、距離を縮めるのも楽しそうだ」

「やり過ぎは禁物ですよ?」

「ああ。其処は慎重にいくさ」



部屋での出来事を思い出したのか、微笑みに甘みが増していく。こんな殿下を女性達が見たら卒倒してしまいそうだ。



「その顔、絶対に外でしないで下さいね」

「顔?」

「…………」



無意識か。タチ悪いな……少しは自重してくれ。



「『いいから気を付けろ』って顔してるぞ」

「説明する手間が省けて良かったです。学園が始まっても、浮かれずに自制して下さいね」

「肝に銘じておくよ」



( あと数日もすれば、スイ嬢が学園に通い始める)

 


これまでは一度も楽しいと思える瞬間が無く、仕事と学校を往復する生活だった。

それが、スイも同じ学園に通うというだけなのに、落ち着かない気分になっていた。



「……もう会いたくなってきた」

「惚気ていても、仕事は終わりませんよ?」

「そうだな。さっさと仕事を終わらせよう」

「御意」


 


この日。アストゥロは過去最速で書類を片付けると、婚約者が待つ部屋へと、早足で直帰して行った。


 

城の者達はワーカーホリック気味な殿下が、いつか倒れやしないかと常に心配していた。

 


通常より早い時間帯に婚約者の元へと急ぐ殿下を、何人もの騎士や侍女が目撃しており、翌朝には城中に噂がまわった。



『殿下が仕事より大切にするべき愛を知った』と。

 


城の皆がアストゥロの驚くべき変貌に歓喜しておりスイを逃す訳にはなるまいと、騎士や侍女も関係なく密かに団結するのであった。

 


こうやってスイの知らぬ間に、段々と逃げ道は閉ざされていくのだが――本人は知る由もなかった。



※※※

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