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08.腹黒王子


「ルクス殿。私は、この案件を聞いてしまった以上、城に戻り陛下に報告をせねばなりません」


「俺も共に登城します。スイ、この事は俺が城から戻るまで誰にも言わないように。いいね?」

「……はい」

 


ストラーネ宰相とルクスは馬車に乗り込むと城へと向かった。スイは誰とも会わずに済むように、仮眠を取ると言って部屋に籠ることにした。



自室の窓から外を窺い見ると、ルクス達を乗せた馬車が城へと向かうのが見える。

 


あの反応を見る限り生活に何かしらの影響が出てきそうな気がする。



危険視されて閉じ込められたりして――



「あれ?」

 


待てよ。上手くいけば王族に相応しくないって話で、婚約が白紙になるかもしれないのでは?

 


これは意外と良い方向に向かいそうな気がする。

果報は寝て待て!パパ帰ってくるまで軽く寝よー。

 


スイはいそいそとベッドに入るなり、スヤスヤと眠ってしまう。深く眠ってしまったスイから、ヴィズが出てくると横にピッタリとくっ付いた。



「マスター呑気すぎ。逆に離して貰えなくなるに決まってるのに。昔から良い性格してるよ……まったく」



ヴィズはスリっと頭を擦り寄ると一緒に眠った。



☆ ☆ ☆



 ――

 

コンコン――。

 


ノックの音で夢から目覚める。

部屋は薄暗くなっており、爆睡していたようだ。

 


ルクスの戻りを侍女が報せに来てくれたので、ボサボサになった髪を軽く整えて急いで食堂へ向かう。

兄も一緒に帰宅しており皆んな席に着いていた。



「ごめんなさい!お待たせ」

「全然大丈夫だよ。ほら、席に着きなさい」

「はい」

「では……家族に少し大事な話があるんだ。君達は席を外してくれるかい?終わったら、また呼ぶよ」



ルクスの表情は明らかに暗く、珍しく言い出しにくそうにしていた。口をなかなか開かないルクスに、スキアとクオンも緊張で身構えていた。

 


まず、昼間にあった出来事が2人に伝えられた。

ヴィズについて話を聞くと、俄かには信じられない……といった感じだった。



「なんというか……言葉が出てこないわ」

「俺もです。現実味がないというか」

「2人がそう思うのも無理はない。俺も実際に見た時は衝撃だったからな」



2人は真剣な表情でルクスの話の続きを聞いている。当事者であるスイは、目の前の料理をちまちまと食べ、今日のデザートは何かな?と考えていた。



「それで、陛下に報告に行ったんだけれど――」



これからが本題だと、スイは食べる手を止めた。



「内容が重大なだけに、スイは国の保護対象になったのだけれど……それでね…………う〜ん……」



歯切れが悪過ぎて間違いなく良い報告じゃないのが分かる。心臓に悪いから、さっさと言って欲しい。



「殿下の婚約者になって妃教育も始まるし、丁度良い機会だから〜……いっそのこと城に住めと」


「「はぁ?!」」

 


予想外の展開――。

 


「なにが丁度良いの!?」

「絶っ対ダメです!父さん、断ってください!」

「あら、陛下もしたたかね……」



どんよりとカビが生えそうなほどルクスは落ち込み、クオンは今にも城に乗り込みそうな勢いだ。



「あなた。住むって、いつからなの?」

「明日の朝にアストゥロ殿下が直々に迎えに来る」

「アイツ、逃がさない気だな――。父さん!今から領地の別荘に向かいましょう!今すぐ!」



食堂は大混乱だ。

こんなに大声を出していたら、人払いした意味がないのではないか?ソウジュは、落ち込む主をチラリと見ると溜息をついた。



主が言えば、陛下も無理強いは出来ない筈。

だが、最も安全な城でスイを守って貰うために同意したのだろう。

 


地球に1人残したのをスイに怒られて、また同じことをするのだから……主は意外と不器用な人だ。



「これは決定事項だよ。それに別荘なんて行った所で、殿下は何処まででも迎えに来るさ」


「スイは学校が始まるんですよ?!帰宅しても家に居ないなど。会う時間が無いじゃないですか!」


「そうだね。とても寂しいけれど」


「やっと一緒に暮らせるのに……耐えれません」



あちゃ〜……どんより暗いのがもう1人増えた。

こういう時に周りが先に暗くなってしまうと、当事者の人間は冷静になるのなんでだろ?



駄々をこねた所で何も変わらないのなら、腹を括るしかない。悩んでても時間は過ぎていくのだから。



「そうと決まれば準備しなきゃ。部屋に戻るね」



『おやすみー』とデザートも食べず、さっさと部屋に戻る。なんだか変な展開になってきたな、と自分の洋服や本をキャリーバッグに詰め込んでいく。



此方に来て購入した物は少なく、荷造りは簡単だ。

こんなものだろうと荷造りを終えた時、扉をノックする音がした。



「はーい。どうぞー」

「入るわよ」

「ママ。どうしたの?」

「ん〜?ちょっとお話しようと思って」



2人でテーブルに座りお茶を淹れる。

せっかくママとも再開したのに、明日からまた離れるのは少し寂しい。



「スイは殿下をどう思う?」

「うーん?腹黒そうな人だな、と思ってる」


「うふふ。でも、悪い人ではないのよ」

「でも……急に婚約者って言われてもね」


「そうね。少しずつ知っていったらいいわ。ただ」

「ん?」


「殿下が不誠実だったり、信用するに値しないと判断したら、すぐに家に戻ってきなさい」

「……は、はい」



ママから不穏な空気が醸し出されるも、一瞬で元に戻る。我が家で1番怖いのは間違いなくママだ。



「明日は早いわ。良い夢を。おやすみなさい」

「うん、おやすみなさい。ママ」



無理せず、いつでも我が家に戻ってこい。

と励ましの言葉を言いに来てくれたのだろう。

いつでも戻れると思えば、気持ちも楽だ。

 


☆ ☆ ☆

 


翌日の朝――

 


豪華な馬車が自宅にやって来た。

馬車から降りて来たのは見目麗しい顔のアストゥロ殿下。チャコールグレーの上品な装いに、左の髪を耳に掛けていて色気が大量放出している。



自室の窓からその光景を見て絶句した。

いくら仕事の出来る我が家の優秀な侍女でも、この色気には危うく惑わされそうだ……。

 


目に毒な殿下をいち早く自宅から連れ出そうと、スイは大急ぎでルクス達のいる応接室へと向かう。扉をノックし入室すると上機嫌の殿下がそこに居た。



「おはよう、スイ嬢――。逢いたかった」



朝から心臓に悪い濃いキラキラを仕舞って欲しい。

 


「……おはようございます。アストゥロ殿下」

「朝早くから申し訳ない。早く迎えに行きたくて、つい気がはやってしまった」



甘い。朝から糖度が高過ぎて胸焼けしそう。


普段の作り笑顔ではなく、溶けるような甘い笑顔。

お兄ちゃんの『誰だコイツ』と言いたそうな、ドン引きしている顔との温度差。この空気どうするの。



ソファーから立ち上がり、こちらへと歩み寄ってくると自然な動作で右手を掬われ、手の甲にチュッとキスをされる。固まってしまった私の手を引き、ソファーへと誘導した。



隣に隙間なく座られ体を少しズラすも、すぐさま距離を埋められる。顔を上げると此方を見ており、それはそれは甘く蕩ける瞳を向けられた。



無理……ホント無理。距離感がおかしい。

グイグイ距離を縮めて来るんだけど?誰か助けて!



「おい。妹が困ってる。さっさと離れろ」

「居たんだ。愛しい婚約者しか見ていなかったよ」

「…………上等だ。表に出ろ」



殿下は爽やかな顔で兄に喧嘩を売る。

普段そこまで感情を出さない兄が珍しい光景だ。

 


「あらあら、落ち着いて2人共。娘は異性との距離感に慣れていないの。殿下もお手柔らかにね」


「そうだよ。娘はこの世界の常識に慣れていないのだから、くれぐれも、宜しくお願いします」


「ご安心下さい。片時も傍を離れず守りますから」



煽るな、煽るな。

パパとお兄ちゃんの顔が般若みたいになってるよ。

殿下もワザとからかっているのかな?

 


じーっと隣の殿下を見ていると、こちらに気付いた殿下はまた、愛しい者を見るように微笑んで見つめてきた。


ずっとこんな調子じゃ、これから先が思いやられる普段通りの作り笑顔の方がまだ対応しやすいかも。


 


家族に見送られ皇室の馬車へと乗り込む。

乗り込む際も、自然と殿下にエスコートされ気持ちが落ち着かない。


皇城はすぐそこだけれど、狭い密室で緊張しない訳がなかった。沈黙に耐えきれず、気になっていた事を質問してみた。



「あの……お茶会では失礼な事ばかり言ったと思うんですけど、なぜ私を婚約者にしたんですか?」


「ん?失礼だなんて思ってない。むしろ目が醒めた」


「目が醒めた??」


「ああ……。自分は誰かに想いを寄せても意味がない。国のために用意された人と結婚する義務があると勝手に決めつけて、女性に対し微塵も興味を抱かなかった。でも、そうじゃないんだと。君が喝を入れてくれたお陰だよ」


「だからといって、婚約者にしなくても」

 

( そんな笑顔向けないで。気持ちが落ち着かない)



スイは赤くなる顔を誤魔化すように、窓の外に視線をやった。正面に座るアストゥロは、スイに目線を逸らされても尚、耳まで赤くなった横顔をじっくりと眺めていた。

 


(僕は君が怒っている時、見惚れていたんだ――)

 


他意のない真っ直ぐな言葉と態度、凛とした声に。

正直に言うと最初見た時から目を奪われていた。

家族に見せている無邪気な顔を、僕にも向けて欲しい。もっと沢山の表情を見たくなった。

 


「ごめんね。君の返事も聞かず強引に話を進めた自覚はあるんだ。でも…………君が言ったんだよ?」

「私が?」



静かに話し始めた殿下に再び視線を戻すも、目の錯覚なのか瞳の奥が仄暗く光ったような気がする。


たっぷりと色気を含んだ笑顔を浮かべ、私にトドメを刺してきた。

 


「『押しまくれ』それから『この国に断る人はいない』だったかな?君のその言葉に勇気を貰ったのだけれど――嘘だったの?」

 

 

くっ……確かに言った!!

 

でもさ、自分は含んで無いに決まってるでしょー!

最近まで地球に住んでたんだよ?生まれも育ちもこの国の人なら断る人はいないだろうって意味だ。



今更それを言い出せるような雰囲気じゃないし、先に言質を取られていて逃げ場を無くされた気分。



「……分かりました。今後、別で気になる人が現れたら言って下さい。すぐ婚約破棄に応じますので」

「は?」

「え?」



要は初めて他人から指摘されて新鮮だったって事だよね?そんな事で婚約者を決めてたら、後から後悔するのは目に見えている。


最初にこうやって伝えておけば殿下も気兼ねなく、タイプの女性を探せるだろうし。

 


「……どうして、そんな話になるのかな?」


「素敵な女性は沢山いますから。運命的に出会えた方を婚約者にするのは、当然だと思ったんですけど。 あれ?なんか怒ってます?」


「ふーん」

 


アストゥロは上機嫌から一変し、自身の気持ちが急降下していくのが分かる。



クオンから『妹は色恋沙汰に鈍いから苦労するぞ』と進言されたが。まさか、ここまでとは……。


婚約者になってすぐ別の女を見てみろと言われ、婚約破棄の言葉まで出してくるなど誰が想像できる?

 


決めた。もう絶対、逃してやらない――。

 


鈍いならそれを利用すれば良い。

気付かないなら外堀をさっさと埋めてしまおう。

僕を本気にさせたんだから、最後まで責任とってもらわないとね?


 

アストゥロを無意識に煽ったせいで、スイは自分が墓穴を掘っているのに、理解できていなかった。


「……で、殿下?」

「なに?」

「ぃぇ……」


( なんだか寒気が……殿下の笑顔が怖くなっている)



殿下とは若干気まずいまま、あっという間に皇城へと到着し、陛下と王妃への謁見を済ませる。

 


2人からはやたらと感謝され、王妃には『母と呼んでね!』と言われてしまった。断る訳にもいかないので、笑顔でその場はやり過ごした。



謁見が終わると自分の部屋へと案内される。

その間も殿下は怖い笑顔のまま。

私、何かしたんだろうか?



部屋に通されると自分の荷物はもう運び込まれていた。自分に準備された部屋は陽当たりも良く、バルコニーからは城下街が見え景色も最高だ。


奥の部屋には寝室があり、寝相が悪くても安心なキングサイズのベッドがあった。



しかし、寝室に不思議な扉が1つある。

今は鍵が掛かっているが、こちらからは掛けれない仕様になっている不思議な扉。



( この扉、話題に出したら絶対ダメな予感がする。でも、聞かないと我が身が危険に晒されそうな)


「あの……この扉って……」

「気になるかい?」

「いえ!やっぱり『僕の部屋と繋がる扉だよ』


( 被せてきたー!この王子……かなり手強い!)



言葉を遮られ先に言われてしまう。

そもそも、なぜ殿下と部屋が繋がってしまうのか?



「いやいや!プライバシーは?!」

「そんな他人行儀な。婚約者同士でしょ?」

「婚約者とか関係あります?!」

「別に一緒に寝る訳じゃないよ?」



当たり前だろ!!

なにをサラッと、とんでもない発言してんのよ。

私の部屋からは鍵を掛けれないって大問題では?!


――パパに報告してなんとかして貰わないと。



「君の両親もクオンも知ってるし、城のみんなも承知の事実だよ?普通の事だからね」


「え?!知ってるんですか?!この世界ではこれが普通なんです?婚約者の段階で一緒に住むのが?」


「地球にはなかったの?結婚前に一度、試しに住んでみる様な習慣」



スイはハッとした。

地球には『同棲』という概念があったと思い直す。


結婚前にお試しで住んでみて、お互いの価値観の確認ができるという。

そう考えたら普通なのか?と思い始めた。



「……アリマスネ」

 


( ま、嘘だけど。クオン達が扉を知ったら乗り込んで来るだろうし。この星にそんな習慣あったら大問題だ)



悶々と考えているスイの隣でアストゥロは何食わぬ顔で黙って見ていた。国に同棲なんて習慣はない。



結婚前に一緒に住むなど異例なのだが、臣下達には魔獣の話を上手く利用し強引に話を押し通したのだ。

 


「これから宜しくね?婚約者殿」

 


女神のような顔で綺麗に微笑むアストゥロに対して頭の中で警報音が鳴っている。

騙されてはいけないと。



「……こちらこそ。宜しくお願いします」



すぐ実家に戻れると高を括っていた自分を殴りたい。

殿下には、さっさと気になる女性を見つけて貰わないと……冗談抜きで、このまま結婚させられそうだ。



その時、コンコン……と扉をノックされる。入室してきたのは、宮廷魔道師団を纏めている師団長の息子。

ノックス=ルートリンゲンだった。

 


殿下の側近を務めており、次期師団長と名高い人物。

クオンと同様に彼もアストゥロの大事な親友だ。

 


「殿下。そろそろお時間です」

「分かった。では昼食まで時間があるから、ゆっくりしていてね」



そう言って殿下は部屋から出て行った。

残されたスイはソファーに倒れ込むように座り込み、盛大に溜息をついた。



( …………昼前なのに、もう疲れてるよ……私)



※※※


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