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07.伝承の魔獣


談話室にはソウジュ含め家族全員が集まり、他の者は席を外すよう指示が出された。



両親は苦笑気味、といった程度だが問題は2人だ。

ジメジメした空気を醸し出して、何度も溜息を吐いてはチラリと見てくる姿が本気で鬱陶しい。



「陛下の元にアストゥロ殿下が訪ねてきたと思ったら、婚約者候補を全員白紙にして、スイを婚約者にと熱望してきたそうなんだ」


「まあー!あの殿下が?どんな心境の変化があったのかしら〜?」



2人共、私を見ながら話さないで欲しい。

確かに婚約者候補達の対応に疑問はぶつけたけど……苦言を呈した私への嫌がらせなのか?



「アストゥロ殿下が自身の願いを口にしたのは初めてだからね。これには陛下も王妃も甚く感激して、即座に候補者達に向けて婚約者が他で決定した旨の通知を送っちゃったんだよ」


「はあ?!ちょっと待って!私の意思は!?」


「陛下も其処を気にしていてね。ただ断る前に殿下としばらく過ごしてみて欲しい、それでも無理な時は婚約破棄してくれて構わない。と言われている」



抜け目なく先手を打たれている。

パパも陛下に言われては了承するしかないだろう。

最後に見たアストゥロ殿下の笑顔が思い出された。



…………あの胸騒ぎはこれだったのか。



「殿下は良くも悪くも他人に全く興味が無かった。 たった一度お茶をしただけの娘を婚約者に熱望するなんて驚きだよ。本当に何をしたんだい?」


「何もしてないよ!……ただ」



どちらかと言うと不敬罪を問われてもおかしくない発言だった。


あの日の状況と殿下に放った言葉を説明していると、皆んなの顔が段々と困惑気味になっていく。

 

なぜ?どうして?



「それは……しょうがないね」

「あら〜、パパの血を濃く継いじゃったわね?」

「俺は嫌な予感がして止めたが間に合わなかった」

「流石スイ。天然人たらし」



両親からは諦めろと目で語られ、兄とソウちゃんには自業自得だと言われた。味方が1人もいない。



☆ ☆ ☆

 


結局スイは婚約者の話を回避する事は出来ず。

 


候補者達は白紙になる旨の通知が手元に届いた。


突然の候補者外からの婚約者決定に、不満は爆発。

当事者の親から異議申し立てが殺到する事態に。



( 当然だよね。突如現れた女が婚約者になったら)

 


しかし――相手がハーブルベルト公爵令嬢と聞くと、異論の声は徐々に無くなっていった。



「なんで……抗議の声が無くなっちゃったの?」


「ガッカリするのはスイぐらいですよ?抗議の声が無くなるのは至極当然です。スイを差し置いて王族の婚約者に相応しい者はおりませんから」



ソウジュがルクスの側仕えを本格的に引き継いでからは、顔を合わせるのも久しぶりだった。



ルクスは執務室で客人と仕事の話をしており、席を外すよう言われたお陰で少し時間ができた。



長いこと2人で暮らしていたからか、気兼ねなく何でも話せる相手は正直ソウジュだけだ。



ゆっくり話せる時間はとても貴重に感じる。


 


「主は、筆頭公爵家の主人であり騎士団の総帥です。この国で右に出る者はいませんからね」



( おっと、想定外の回答がきてしまった)


スイはブラック企業に勤めていると思っていたのに、ルクスまさかの役職者だったのだ。



「そもそもローガニス国を守った英雄ですので、その方の娘となれば誰も文句は言えませんよ」

「ナニソレ?」

「クロニス様が以前、フェンリルのお話しをしていたの覚えていらっしゃいますか?」



そういえば、聞いた事ある名前だった。

最近の事なのだが『時の部屋』を懐かしく感じる。

 


「あ〜!問題児のフェンリルさん!」


「そうです。正確に言えばフェンリルは魔物。過去にフェンリル率いる魔物の大群がローガニス国に押し寄せました。その群れを主が一網打尽にしたんです」



 

約半年前。

 

ローガニス国は過去に類を見ない危機を迎えた。


防護壁で国境を守り、魔物側から襲ってこない限りは無駄な殺生しない。そうする事で自然界との均等を保っていたのだが――それが、崩れた。



突如、怒りで我を忘れたフェンリルが魔物達を率いて襲ってきたのだ。防護壁で国を守っていたものの、魔物達の数が多く攻撃力が増しており無惨にも破られてしまう。



白騎士団と黒騎士団が総出で戦闘に挑んだが、大量の負傷者を出し苦戦を強いていた。



その時はタイミング悪くアストゥロは他国へ留学中で、ルクスも『時の部屋』に行っていた。

陛下からの緊急援護要請でルクスは詳細を聞き、急ぎ国へと戻ってきた。



運良く死傷者は出なかったが、ルクスが到着した時の戦場は悲惨な状況だった。


暴れ狂う魔物の群れを見たルクスは、魔獣を召喚すると一瞬で魔物の半数を追い払ったのだ。


勢いをそのままに残るは大将のフェンリルのみ。

傷だらけになりながらも怒りが収まらないのを不審に思ったルクスは、魔獣を介し原因の発端を知る。

 


このフェンリルは我が子を攫われた挙句、大事な子を囮として使われていた。



フェンリルはローガニス国の国境付近で、痛めつけられた我が子が遺棄された姿を発見する。


その光景に怒りで我を忘れ、ありったけの魔物達を呼び寄せ国に乗り込んできたのだった。



「酷過ぎる……」

「ええ。国境付近だったので、首謀者がローガニス国の者と思い込んでしまったようです」


「フェンリルの子はどうなったの?」

「主は事情を把握すると戦闘をやめフェンリルの子に回復魔法をかけ始めました。フェンリルは治療していると思わず激しく反発したみたいですが、治療の邪魔だからと魔力で縛り上げていたみたいですよ?」



( 縛り上げるのも可哀想な気が……)



騎士団の人達が総出でも苦戦する位なのに、1人で相手出来るってのが恐ろしい。父親でなければ絶対に関わりたく無いレベルじゃない?パパは何者?



「最終的に子供は助かりました。無事に誤解も解けて、フェンリル自身もルクス様に忠誠を誓いました。この件で主は英雄と言われています」


「成る程。それにしても子供を攫った本当の犯人って誰なんだろ?」


「隣国の皇太子妃が黒幕では?と言われています。主が不在のタイミングを狙っており、尚且つ現場周辺では例の転移魔法の痕跡がありました。しかし、それでは証拠にならない。なので、問い詰めることもできない」



ここでも皇太子妃が出てくる訳?本気で許せない。

 


パパが間に合わず街に魔物の大群が押し寄せたら?

騎士団の人達に、大量の死傷者が出てしまったら?



胸の奥に抑えきれない怒りが膨らんでいく。


 

ザワ――


 

「……スイ?……落ち着いて、魔力が!」



冷静になろうとするも、皇太子妃への怒りがなかなか消えない。ザワザワと内側から魔力が漏れてくるのが、自身でも分かっているのに止めれないのだ。

 


ソウジュが慌てて側に駆け寄ってきた時、胸の奥から魔力の塊が飛び出してきた。



「お〜い。乱れてるぞ?落ち着けって」

「?!……ヴィズ……」



ヴィズはトコトコ……とスイの元へ近付くと、ちょこんと座った。ジッと澄んだ瞳を向けられると、無性に泣きたい気持ちになる。


堪らずヴィズを抱きしめて、首元に顔を埋めた。


荒波立っていた心はモフモフに癒され、次第に怒りは落ち着きを取り戻した。



「まだ不安定なんだから、気をつけなよ」

「うん。ごめんね、ヴィズ」

「はぁ……良かったです」


( 少し気が乱れただけなのに、本当に凄い魔力量だ)



ヴィズのモフモフを堪能していると、廊下の方からバタバタと慌ただしい足音が近付いてくる。


部屋の扉が勢いよく開き、ルクスと客人と思われる男性が血相変えて飛び込んできた。



「スイ!無事か!」

「今の強力な魔力は何事ですか!?」


 

……

…………??


 

( あ。しまった )

 

そういえばヴィズを家族の誰にも紹介していない。

目を見開いたパパと男性はすぐに正気を取り戻す。



「スイ?パパに紹介してくれるかい?」


「えーっと、伝えるの忘れててごめんなさい。契約している魔獣のヴィズ。仲良くしてあげて下さい」


「契約だと!?この魔獣は1級クラス以上だぞ!」



驚きを隠せない客人の様子を見て、ソウジュも共感するように頷いている。


当人であるスイは、どう説明したら良いのか分からず、ヴィズに助けを求めるも『僕知らない』とばかりに顔を背けられてしまう。



「一旦落ち着いて話そう。ヴィズ殿?宜しいか?」

「えー。僕もなの?すっごく面倒なんだけど」

「寝るだけでしょ!一緒に説明するの手伝って」

「はいはい。手が掛かるマスターだよ。ほんと」


( っく!ヴィズにまで子供扱いされてる!)



ソウジュもスイがいつ、どうやって魔獣と契約したのか気になっており実は興味津々だった。

 


ルクスと客人、向かいにスイと隣にはヴィズが座った。ソウジュは入口付近の壁際に控えている。



「ご紹介をしよう。彼は宰相のストラーネ伯爵だ」

「宜しく」



デビス=ストラーネ伯爵は、30歳という若さでこの国の宰相に上り詰めた男。真面目で実直な性格。


この男の働きぶりにルクスも一目置いていた。

焦茶の髪とメガネを掛けた無表情の顔。整った顔立ちだが、常に気難しい顔をしていて近寄りがたい。



ソファーに座っていても、背筋は伸び綺麗な姿勢を保っている。ヴィズとスイからは一切目を逸らすことなく直視したままだ。



向けられる視線は、後ろめたい事などないのだが、謝ってしまいそうになる不思議な力を持っていた。



「君は一体いつヴィズ殿と契約を?聞く所によると魔力を使用し始めたのは最近。いつそんな機会が?」


「ソウジュ。お前はヴィズ殿を知っていたのに、なぜ報告をしなかったんだ?」


「申し訳ありません。私自身も不明点が多く報告に至りませんでした」


「今度からは逐一報告しなさい。いいね?」


「御意に」


なにやら周りの雰囲気が重々しい。

それなのにヴィズは呑気に欠伸しているし……。

ソウジュは詳しく聞いてこなかったから、こんなに大事とは思ってもみなかった。



「ヴィズが言うには、私が生まれ変わるずーっと昔に契約したんだって。生まれ変わる度に一緒にいるらしいから、私にも契約した経緯は分かんないんだ……」

「なんだって?!」

「っ?!」



そんなに驚く内容だったの?!勢いよくヴィズに振り向くと『僕なにもしてない』と飄々としている。



3人の表情に言ってはいけなかったんだと不安になる。宰相は強張った顔のままヴィズに向き合った。



「ヴィズ殿。先程なぜ訂正しなかったのですか?」

「人間達が決めた階級に僕は関係ないからね」

 


階級の話? 勉強したので理解はしている。

確かに1級クラスと契約するのは難しいみたいだけど、不可能ではない。だとすると、生まれ変わる前からの契約が、相当珍しいのかもしれない。

勉強した時もそんな内容は記載されていなかった。


 

「スイ?ヴィズ殿は1級魔獣ではなく特級魔獣だ。この世界で特級と契約してる者は誰もいないんだよ」


 

思ってたのと違ったー。


契約の仕方が珍しい訳じゃなくて、ヴィズが珍獣だったっていう話だったのね。

 


こんなにモフモフで?ずーっと寝てるだけで?

緩〜い雰囲気のヴィズが特級魔獣??

 


………………威厳も何も感じないんだけど。



「マスター?ものすっごく失礼な事考えてるね?」

「ううん。本当の事しか考えてない」

「君だけだからね。僕にそんな態度できるのは。

 別にいいけどさ」



ソウジュとストラーネ宰相は複雑な気持ちでやり取りを見ていた。スイは生まれ変わる度と言った。


特級魔獣は不死だと伝承に残っているが、実際に見た者が居ないので、一般的には伝説の話と認識されている。



伝承通り魔獣は死ぬことなく生き続けていた。

 


だが一点だけ異なる部分がある。

ソウジュ達の知る特級魔獣は人間に興味がない。

それ故に姿を見せない。

人が争って死のうが苦しもうがどうでもいいのだ。

 


その点ヴィズはスイに対して親しげな態度を取っており、全く側から離れようとしない。



契約は対象の人物が死ぬと無効になるのが一般的。彼はより強固である魂と契約をしているようだ。

それは魂が消滅しない限り続く強固な縛り……。

そこまで執着する理由は?

 


「気になったんだけど。私とヴィズが契約したキッカケって一体なんなの?」

「……忘れちゃった」


「嘘だ。絶対覚えてるよね?」

「ふん。マスターが思い出せば契約したキッカケもわかるんじゃない?」


「あー!すぐそれ持ち出す。ズルイ!」

「ズルくないし?悔しかったら早く思い出せば?」



プイッとしたままヴィズは私の中に戻っていった。ヴィズが居ないと話が進まないんだけど?!

 


なんて中途半端に話を終えるんだ。気まず過ぎる。

残された私は、とりあえず一言。


 

「……と。まあ、こんな感じです」

「「「……」」」


 

スイは全員から呆れた顔を向けられてしまった。



※※※

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