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06.お断り


あれから2週間。

 


朝から夕方まで必死に勉強し、魔力の基本的な使い方を学んだ。ハーブルベルト公爵家の能力なのか、一度読んだ本の内容は忘れず理解力も早い。

翠は魔力の操作も本能的に難なくこなした。



猛勉強の甲斐あって入学試験も無事突破し、3ヶ月後に入学式を控えるのみとなった。



今日はアストゥロと初めてお茶をする日だが。

  


朝から侍女達はヤル気満々で気合いが違った。

翠は自分でしたかったが、彼女達の仕事を奪うと言われると何も言えず。



体を念入りに磨かれ肌はツルツルのピカピカ。

並べられた複数のワンピースに見惚れていると、 侍女の1人が綺麗なガラス瓶を持ってきた。



「うわ〜!綺麗なガラス細工の瓶。これは?」

「香水をお持ちしました。お嬢様はどういった香りがお好きですか?」


「……ごめんなさい。折角用意して頂いたんですけど、香水は苦手なんです」


「左様でしたか!大変申し訳ありません!」

「いえいえ!とんでもない」



翠は強い匂いが苦手で香水を使用したことがない。

化粧も肌が弱いという理由で、最小限で終えて貰っていた。

 


( 皆んな気合い入れてたから、申し訳なかったな)

 


そんな思いとは裏腹に、侍女達は『完璧』や『余計に着飾るより上品さが増してる』と大絶賛だった。



馬子にも衣装だと自分で十分理解している。

それでも彼女らが一流の腕前で仕上げてくれたのだ。私が堂々としないと彼女らに失礼になる!

と翠は自分を奮い立たせ――いざ、登城となった。



☆ ☆ ☆



城門で通行許可を貰い正面入口で馬車を降りた。



この惑星には驚いた事に自動車がない、電車もなければテレビもないのだ。日常的に使用する風呂やトイレ、ありとあらゆる物は魔道具が動かしている。



魔法が発達した世界と地球では、こうも勝手が違うのだと住んでみて改めて実感していた。



馬車から降り、待機していた騎士と城内を進む。

城内はとても広く案内がないと迷ってしまいそうで、翠は助かった。大人しく騎士の後ろを歩いていると、遠くに見知った人達の姿を発見する。



「パパ!ソウちゃん!」



1人で心細かったのもあり、嬉しくて声を掛ける。


2人は声に気付くと、微笑んですぐに近寄った。

話しをする間は案内役の騎士も距離を置いてくれて、緊張で体が強張っていたのか肩の力が抜ける。



「とても綺麗だ。そういえば、今日は殿下とお茶をする日だったね」

「うん。パパ達は仕事?」

「ああ。一緒に行けなくて……とても残念だ」

「あはは〜……」


( そもそもパパは呼ばれてないからさ )



スイがふと視線を感じ、後ろに目をやる。

其処には、珍しく不貞腐れた顔のソウジュが居た。



ジッと見つめるとこちらの視線に気付き、いつもの笑顔に戻る。こういう時は決まって物申したい時なのだと、一緒に暮らしてきたスイは知っている。



「ソウちゃん、どうしたの?」

「どうもしていません」


「いじけてる理由を教えて?」

「…………話聞いてますか?」


「っぷ!」



ルクスは吹き出しソウジュは何とも言えない顔をした。それでもスイからの追求は止まらず。

 


「違わないでしょ?」

「いや、ですから……」


「で?何を不貞腐れてたの?」

「………………」

 


暫く沈黙の後、渋々といった感じで話し出した。

 


1つはクオンと再会し、兄の役目が不要になり寂しく感じている事。


もう1つは殿下が職権濫用し、週一お茶の機会を設けた事が気に食わない……だそうだ。



「ソウちゃんは大事なお兄ちゃんだよ!それは絶対変わらない。不要なんて言ったら凄く悲しい」


「俺も何よりも大切に思っています」


「それに殿下の件もお茶飲んで話すだけだよ!別に大した事じゃないし」


「スイが望んだ訳ではないでしょう?拒否できないと分かって言ってるから、余計にタチが悪い」



殿下の話になると目が座り、怒り心頭といった感じだ。王族相手にタチ悪い発言は不敬ではなかろうか……聞いてるこっちがハラハラしてしまう。


ソウジュが感情を顕にするのも珍しく、ルクスは呆れて口を開いた。



「コラ。此処お城だよ?発言には気をつけないと」

「申し訳ございません」


 ( ……その顔は、全く申し訳なく思ってない)



隠す気のない不満気な顔で謝罪している。

ルクスが相手だからか、子供っぽくなるソウジュが新鮮で面白い。

 


「とにかく!大丈夫だから。そろそろ行くね」

「心配です……やはり私もお供して」

「ダメ。お前は行かないの!じゃ殿下によろしく」

「……ハーイ」



今にも付いてきそうなソウジュを引きずりながら、ルクスは廊下の向こうに去って行く。



若干気まずそうにしている案内役の騎士に声を掛け、殿下の元へ急いだ。


 

裏庭へと続く廊下を抜けると、目の前に大きな湖が広がり奥には山が聳え立つ。


湖の側に白い建物があり、中にはテーブルと椅子が見える。既にお茶会の準備が整っているようだ。

 

歩いていると心地よい風が吹き鳥の囀りが聞こえる――この国は本当に自然が豊かだ。

清々しい気持ちでテーブルに近付くと、アストゥロ殿下は立ち上がり出迎えてくれた。



「スイ嬢、よく来てくれたね。とても嬉しいよ」



( おや?私……大きな失態を犯してしまってない?)


 

――この王子。恐ろしく神々しい。



初対面の時は殿下を気にする余裕もなく、さらっと顔を見てスルーしていたのだが……。


 

陽の光にキラキラ輝く金色の髪と瞳。

穏やかに微笑む姿は女神と言われても納得してしまいそうな端正な顔。


拳ほどの大きさに無駄なく収まっている目鼻口。

程良いテノールの声がとても爽やかな印象だ。



( うう……始まってないけど、もう帰りたい)



スイは良くも悪くも見目麗しい顔に慣れている。

この手の顔は周りの人達が騒がしくなるだけでなく、余計な争いを生むのを、十分に理解している。



(巻き込まれるのだけは避けなければ……。)



見惚れるより危機管理能力が即座に反応してしまい、本能は『逃げ出せ』と頭の中で指示してくる。

 


その為か、着席するや否や翠の口から出た言葉は、 可愛げのないものだった。



「コレ飲んだら帰るってのはアリですか?」


「ふふ。すっごく嫌なの?僕と話すの」

「へ?!いや、話すのは別に……」


「そお?早く帰りたそうな顔してる」

「…………スミマセン」


「冗談だよ。むしろ新鮮な反応だから凄く楽しい」

 


( 拒否したのに嬉しそう。まじで帰りたい)



多少げんなりした気持ちになりながら、スイは美味しい紅茶を一口飲み気合を入れ直す。

手短に話を終わらせてさっさと帰ろうと心に決めた。


 

小1時間。

主に地球での生活の話をしていた。

アストゥロは異なる文化に興味があるらしく、意外にも話には花が咲いたのだ。



あっという間に時間も過ぎ、そろそろお暇しようかと翠が思い始めた時に……それは起こった。

 


何やら遠くから女性の騒がしい声が近付いてくる。



( んん?この手の気配は……トラブルの匂いが……)



廊下から現れた派手に着飾った3人組の女性達。

仮装パーティーにでも行くのかと目を疑った。



女性達は騎士が必死に止められてるのも聞く耳持たず、こちら目掛けて一直線にやって来た。



先頭に歩いてくるのは、燃えるような赤い髪に赤い口紅。赤と黒の色気たっぷりのデザインのドレスを纏った迫力ある美人。



そして後ろには淡い緑色のドレスと黄色のドレスを着た2人。並ぶと完全に信号の配色にしか見えない。



彼女達が近づいてくると強めの香水の匂いが漂う。

紅茶の香りが台無しになり、残念な気持ちになった。

 


状況に戸惑い正面の殿下を窺い見て後悔する羽目に。

仮面のような作り笑顔で、目が全く笑ってない――

益々この場を去りたくなった。



( あー。……殿下も苦手な人達なのね)



女性達は目の前まで来てしまい、完全に帰るタイミングを見失ってしまった。


殿下を置いてフェードアウトしたい。間違いなく殿下目当てで、私は邪魔者だろう。


「殿下にお客様のようですね!では私はこれで〜」

「スイ嬢?まだ話は終わっていないよ?」


「ぇっと……続きはまた後日に」

「――ん?」


「イエ。……ナンデモナイデス」

 

『絶対逃さない』って顔してる――


(その笑顔むちゃくちゃ怖いんですけどー?!)



「ごきげんよう。アストゥロ殿下」

「……やあ、スプロット侯爵令嬢。急に何用?」


「殿下が裏庭でお茶してると聞いたもので、私もご一緒しようかと思いまして」



メンタル強ー!!清々しい程の図々しさ!


( ここまで堂々としてると逆に拍手を送りたくなる)



「今日はご遠慮願おうか。客人に失礼だよ」

「あら?誰かいらっしゃったのね!気付かなかったわ。そこの貴方は私がお邪魔だったかしら?」

 


( 気付かないって無理ある。前言撤回。嫌な人だ)

 

ジロリと睨む目線と人を見下した態度に、誰しも良い気分はしないだろう。


( 侯爵令嬢ってこんな感じ?ガッカリ……)



幼い時から女子校で育ち、同姓同士の陰湿さは経験済みなので、これくらいは慣れている。


この手の自信満々なタイプは逆らわれた事が皆無だから、反撃されると途端に弱くなる人が多い。


「はい。正直、邪魔です」

「…………スイ嬢?」

「なんですって?!」


( いやいや『邪魔?』って聞くから答えたんでしょ)

 


アストゥロも驚いた表情で翠を見ているが、気にする事なく続けた。


 

「とっても迷惑なので、お引き取り下さい」

「ふふ」

「……は?」



殿下は下を向いて肩を震わせ、騎士や給仕の人達も微動だにしない。


裏庭は静まり返り、鳥の鳴き声と水の流れる音だけが聴こえる。音だけなら癒しの時間なのに。



「――っ覚えてなさい!!後悔させてやるから!」

「あーっと?ちょっと待ってください」


「なによ!!」

「ごめんなさい――ですよね?」


「?!」

「『お邪魔してごめんなさい』言うの忘れてます」


「ふざけないで!!」



余程言い返されたのが腹に立ったのか、顔を真っ赤にして怒りながら去って行った。

何もかも赤くて目がチカチカしてしまう。



「ふざけてる顔に見えたの?……なんかショック」

「っぶは!あはははは!!」



我慢の限界だったのだろう。必死に下を向いていたが笑いを堪えてたのはバレバレだ。

余程ツボにハマったのか全然笑いが収まる気配がないので、収まるまで紅茶を飲みながら待つ事にする。



殿下が爆笑し続けているのを、周りの騎士達は化け物でも見たような顔で青ざめている。



(そんな顔で見るなら止めに来たらいいのに………。 いつ止まるんだ?コレ)



裏庭に響き渡るアストゥロ殿下の笑い声、戸惑っている給仕と護衛騎士。紅茶を呑気に飲んでる令嬢。



( 時間過ぎちゃった。殿下、頭叩いたら止まるかな)


 


殿下の笑いも落ち着いてきた頃。いい加減お茶会もお開きにしたいので、仕方ないので声を掛ける。



「殿下。あの方達は一体なんだったんですか?」


「嫌な思いをさせてごめんね。彼女のお父上は白騎士を率いる団長でね。父親に面会の口実で登城申請を出しては、頻繁に僕に会いにやってくるんだよ。後ろの2人は付き添いかな。」


「頻繁に?」


「ああ。注意はしたんだけれど、自身が婚約者候補筆頭と信じていて、あまり周りの人の意見を聞かなくてね」



婚約者『候補』であれば、婚約者ですらない。

そもそも婚約者だったら我儘に振る舞って良いという訳ではない。



本来なら王族の婚約者になる可能性があるのだから、余計に謙虚に振る舞うべきなのではないか?



「周りの連中が婚約を急かすのが煩わしくて後回しにしていた。そしたら候補者同士で牽制しあって、僕と親睦を深める為、我先にと暴走しているんだ」



『困ったね』と軽く笑いながら話す姿に違和感を覚える。将来の相手になるかもしれない人だよね?

こんなにどうでも良さそうに話すのって違わない?


先程の女性も勿論だが、翠はアストゥロの態度にも腹が立っていた。

 


「殿下の態度も問題では?」


「そう見える?」


「はい。何というか……他人事?迷惑ならもっと真剣に伝えないと。それに煩わしいって理由で引き延ばして、相手の貴重な時間も奪ってるの気付いてますか?殿下は決めるつもりがないのに、期待を持たせたまま候補者をずっとキープしていて、とても不誠実に見えます」



殿下に対して説教じみた事を言う立場ではないと頭で分かっていても、一度言い始めると止まらない。此処に来てからストレスが蓄積されていたので、鬱憤を発散するかの如くぶち撒ける。



「そもそも婚約者候補達に興味がないのであれば、自分で見つけたらいいのでは?与えられるのに慣れ過ぎていませんか?誰でもない自身の将来の奥さんです。本当に望む人が見つかれば、殿下も真剣に向き合えるのではないかと」


「自分で見つける……」



長々と説教をすると、アストゥロはポカンとした顔で鸚鵡返しをしていた。



「あ!ですが、既婚者や婚約者が既にいる方はダメですよ。トラブルの元です」


「……見つけた人に想い人がいる場合は?」


「うーん?相手がまだ片想いなら可能性は十分にあります。例えば、押しまくって心変わりさせるとか?」


「押しまくる?」



地球の学校の友人はアイドルに夢中だったが、推しがコロコロ変わっていた。


熱烈に語った数日後には『乙女心は移ろいやすい』と言っていた。 

あの変貌ぶりは忘れられない。



「想い人がいなくても、もし断られたら?」


「え?この国で断る人っています??殿下に想われたらどんな人でも幸せですよ。……多分ですけど」



そう言うと殿下は考え込むように黙ってしまう。

自信が無いように見えるのは驚きだった。


今まで据え膳って感じだろうから、困惑しているのかもしれない。

 


「ところで――君は想い人いるの?」


「えーっと?偉そうに言っといてなんですが、誰かを好きになった事がないです。なので、参考程度に聞いておいて下さい」


「ルクス殿の側近は?とても仲良さそうにしていた……名は、ソウジュだったか?」


「ソウちゃん?血は繋がっていませんが、実の兄の様に頼りにしてる人です。地球では2人で住んでいました」



地球では女子校に通いバイトも許してもらえない。

その上、ソウジュが徹底的に見張っていたのでスイには出会いすら皆無だった。


周りの友人達には暗黙の了解で、翠を合コンに誘うこともなかった。



「魔法学校は共学なんですよね?私も殿下もそのうち素敵な出会いがありますよ!お互い頑張りましょうね!」


「――そうか」


「スゥゥーイィィーー!!」

「おわ?!」



殿下を励ました直後。

兄が物凄い勢いで走ってきて、口を塞がれた。


「お前は、もう、黙りなさい」

「もご?!」


( ヤバ。腹立って王族相手に言い過ぎたかな? )



殿下は口に手を当て、ずっと考え込んでいる。

様子を見る限り怒ってる気配は無く、どちらかというと憑き物が落ちたといった表情だ。



「いや、僕は固定観念に囚われていたんだね。目が覚めたよ。ありがとう」


「もごもご(どういたしまして)」


「…………遅かった」



嘘偽りのない爽やかな笑顔を向けられたのに、一瞬悪寒がしたのは気のせい?


兄は片手で頭を抱えて天を仰ぐと、ジトリとした目を向けてきた。これは後から殿下への不敬で処罰されるということなのか。



「殿下。もう時間も遅くなりましたし、妹は即連れて帰ります」


「ああ、長い時間拘束してしまってすまなかった。とても楽しかったよ。スイ嬢……またね?」


「はい。では、失礼致します」



兄に急かされその場を後にする。

殿下は見えなくなるまで笑顔でこちらを見ていたが、胸騒ぎが半端ない。


帰りの馬車に乗り込むと兄が深い溜息をついた。



「スイ……覚悟しておけよ」

「え?覚悟?」


(そこまで怒らせてしまったの?!重い刑罰とか?お兄ちゃんの様子はシャレにならなさそうだけど)


「……どうしよ」



それ以降、帰りの馬車ではお互い喋らず暗い空気を漂わせながら家路に着く。兄は私の顔を見る度に溜息をつくので口は災いの元だと身を持って反省した。


 


☆ ☆ ☆

 

 

大問題が勃発したのはそれから数日後――

ルクスが仕事から帰宅した際に起こった。



「じ、冗談だよね?!」


「こんな冗談、言いません。我が娘は、殿下に一体何をしでかしたのかな?ん?言ってご覧?」


「はぁ……やっぱりな」


 

パパは怒りを含んでそうな笑顔で私に問いかけ、兄は『こうなりそうな予感がしたんだ……』と頭を抱えてソファーに座り込んだ。


その理由は――

 


「スイが正式に殿下の婚約者に決まってしまった」


 

どうしてこうなったのー?!



※※※

 

 

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