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04.不法入国


翠が起きる少し前の総司とクロニス――

 


クロニスが額を合わせた後、翠は意識がなくなり体がグラリと傾いた。咄嗟に手を伸ばした総司は、翠の体を横抱きに抱えソファーに座る。

 


幼い時から共に過ごし、図々しくも本当の妹のように想っている。無事に戻ってくるまで、離すつもりはなかった。



クロニスも総司も無言の為、時を刻む時計の針の音だけ鳴っている。


どの位そうしていただろう……



総司の本能が、ザワリと微かな気配を感じた。

葉から水滴が一雫落ちて、水上に波紋が広がるような微々たる量。



やがて――



雫は一滴から二滴、三滴と増えていき、徐々に重々しくなっているようだった。



「……?」

 


じわじわと翠の体から魔力が滲み出すと、一気に津波のように力強く押し寄せてくる。



――それは、圧倒的な力だった。



「っ?!」

 

(この小さな体で、本当に耐え切れるのか!?)

 


決断を早まったかもしれない――

総司は顔を青くし、翠の体を力強く抱き締める。

 


(もし、このまま魔力が暴走でもしたら――)



最悪な事態を想定した、その時。

 


魔力の放出がピタッと止まった。

爆発的に溢れ出ていた魔力は、膜のように体の周りに張り付いて、ユラユラと漂っていた。

 


(コントロールしている?

意識がない状態で?まさか……有り得ない)



唖然としている総司の腕の中。

目を開けたと思ったら、勢いよくガバッと起き上がると、翠は何処かに向かって叫んだ。

 


「おーい、虎さ〜ん!早く来てー」

「わかったって。今出るよ!うるさいな〜」


 

何処からか呆れた声が発せられると、翠の胸の辺りに魔力が集中し始める。魔力は急速に溜まっていき、それから一気に弾けナニかが飛び出してきた。


ナニかは、少し離れた場所へ華麗に着地すると、体を此方へと向ける。

 

濃い紺色の毛並み、虹色の瞳、とても大きく逞しい体。出てきた虎に、総司は目を見開き絶句する。

虎が現れたからではない。その虎が特別だから。


 

( 魔獣だ。1級クラス以上の――)

 


魔獣にも種類と階級がある。

火、風、水、雷と得意分野は異なり、魔力の強さは 3級〜特級まで分かれている。



準1級以下は割と姿は見るが、1級魔獣は滅多に姿を現さない。

特級に至っては人間界に赴く事は無い伝説の生物。

 


虎の体からはスイの魔力が滲み出ている。

有り得ない。契約している……いや、いつからだ? 

 

生まれた時から、スイを側で見守っていたから分かる。

――そんな状況は絶対になかった。

 


魔獣といえば警戒心の塊。気難しい性格で己が認めた強い相手としか契約しない上に、使役なんて余程の信頼関係を築いてないと不可能だ。


各国の王族クラスであっても、魔獣と契約することは難しい。それが……何故……。



「虎さん見て!体がキラキラしてる」

「はいはい。これで満足した?」


「うん!魔力っぽい実感できた」

「それで実感してなきゃ、只のアホだよ」


「なんか辺り強くない?まだ拗ねてるの?」

「うるさいな。悔しかったら早く思い出しなよ」



……何故。こんなにもフレンドリーなんだ……。

( そもそも『虎さん』って。名前それでいいのか?)



「上手く解鍵できたな」

「クロニスさん!はい。虎さんのお陰で!」

「……虎さん」

 


クロニスも翠が呼んだ名前に微妙な顔をする。

それもそうだ。私達の事を『人間さん』と呼んでいるのと同じなのだから。

 


「待った!言っとくけど、僕そんな変な名前じゃないからね!」

 


誤解しないで!と虎が慌てて訂正した。



「そういえば、虎さんの名前聞くの忘れてた」

「君さ!ほんっとに昔から適当。記憶無い癖に、そういう所だけは変わらない」

「記憶が無い人間に、昔の文句言わないでよ」

 


ムスっとした顔で翠をスルーして、この状況に置き去りになっている総司に視線を向けた。

 


「僕はヴィズ」

「?!……私はソウジュです」



(え?!今ソウちゃん名前噛んだの?!珍しい〜)

 


先程までの無邪気な様子とは全く異なり、主に相応しいのか見極めをしている目線。


魔獣の上位に君臨する彼等は、その者の本質を見抜く力があると言われている。

警戒を顕にした、本来の魔獣の姿。



「――ふ〜ん。お前の事は、信じて良いかな」

「無論です。我が身を挺して守りたい子ですから」

 

 

「今の言葉、絶対に忘れないようにね」

 

 

『監視してるからな』と暗に言っていた。挑発的な目線を送るヴィズに対して、総司も同じ目線で返す。

 


( 望むところだ。どんな経緯で契約したが知らないが、翠を大切に想う気持ちは、私の方が重い)

 


信用できると認識したのかヴィズは警戒を解き、最初の緩い雰囲気に戻った。

 


翠の魔力も戻り、想定外だった魔獣も居る。

これで、アトリス星へ帰る準備は完璧だ。



――



「最後までお世話になります」

 


アトリス星への転移魔法はクロニスがしてくれる。



勝手に侵入禁止のテリトリーに入ってきた翠達に、最初から最後まで振り回された形だが、本人は意外と満更でもなかった。



「構わん。久しぶりに賑やかで楽しかった。また遊びに来るといい」

「そう言って貰えて嬉しいです」

「これは――餞別だ」



クロニスは翠の左手を取り、手首にブレスレットを着けてくれた。細いシルバーのチェーンに虹色の宝石が付いている。



「うわー!凄く綺麗。ありがとうございます」

「お前の色だ……濡れても大丈夫だから、肌身離さず付けておきなさい」

「私の色?」

 


慈しむ微笑みを浮かべ、頭を撫でられる。

 


「……ッチ」

「お前気が合うな。僕も凄く噛みついてやりたい」

「さあ!今すぐ参りますよ。クロニス様、大変お世話になりました。転移宜しくお願い致します」



総司とヴィズは2人を離すように間に割り込んだ。

 


ブレスレットは細い手首によく映え、動かす度に煌めいていた。お洒落に興味はあったが、派手な物が苦手でアクセサリー類はしてこなかったが……

上品なデザインで、ずっと着けてても良さそう。



「では……送ろう」

「はい!」



人数が多いと魔力の消費が激しいらしく、一旦ヴィズは翠の中に入った。


クロニスが呪文を唱えると、並んで立っている総司と翠の頭上に、文字が刻まれた魔法陣が発生する。



「翠。幸運を祈る」



クロニスが穏やかに言えば、翠は頷いて笑顔を返した。魔法陣は動き出し――2人は一瞬で消える。


 

「………………子供達に神のご加護を」

 


静寂を取り戻した部屋で一言呟いて……。

淡い灯火に囲まれた長い橋を、1人ゆっくりと歩き出した。



☆ ☆ ☆

 


アトリス星のローガニス国――



国の端っこにある草原には建物もなく、川が流れ動物達が穏やかに暮らしていた。


この国は国境を防壁魔法で囲っており、魔物の襲撃や他国の侵略を防いでいる。



鳥の囀りが聞こえる場所に急遽、魔法陣が現れる。


そこから、ポイッと落ちてきた2人の男女。

男は慣れた様子で華麗に着地したが、女はドスンと尻から落ちた。



「っっ!?……痛った〜」

「受け身を取らないと痛いですよ?」


「落ちるって先に教えて欲しかった……」

「あはは。ほら、いじけてないで。着きましたよ」


「わぁ〜!地球みたい。息もできてる」



周りを見渡しても、地球とほぼ変わらない。

『地球です』って言われても全く疑わないだろう。

 


空を見上げると澄んだ青空で、鳥が飛んでいる。地球で見た空よりも、少し濃い青空だろうか……



「では、主の元に向かう前に。コレを」

 


何処から出したのか、手渡しされたのは手鏡だった。

 


( パパ達に会う為に、身だしなみを整えろと?)

 


そこまで自分はボロボロか?と軽くショックを受ける。数年ぶりに会うし小綺麗にするのは仕方ない、と渡された手鏡を覗き込み――瞬きを数回。



「えっと……どちら様?」

「貴方様です」



急いでもう一度鏡を見る。顔形は紛れもない私。

だが色が違う。黒目黒髪の純日本人の色彩だった筈。

 


鏡の中は銀髪に虹色の瞳。異世界人そのものだった。



「ま、魔力のせい??」

「生まれつきの色です。魔力封印の際に、体の色素を変える術も共に施されていました。解鍵と同時にこっちの術も解けたんです」


「色変わったのに、皆なんで無反応だったの?!」



総司は元々知っており、クロニス程の力を持つ者は見破ることが出来ていた。ヴィズは特に気にしない。


故に、誰も翠に外見が変わった事を言わなかった。



「ブレスレットが私の色って、この意味だったのね」

「そうです。あの人、頭まで撫でて……腹立たしい」

「あ〜。……ソウちゃん舌打ちしてたもんね」


「お二人さん。モタモタしてていいのか?」



翠の中からヴィズが出てくる。

こうやって見ると、私とヴィズの目はソックリだ。



「そうだね!早くパパ達に会いに行こう」

「会いに行く前に、やる事が出来たぞ」


「やる事?ヴィズ何か用事でもあるの?」

「僕じゃない。お前達だ」

「私達?」


「そうですね。我々は国境を防御壁で守っている国に、転移魔法を滑り込ませて侵入してきましたから」

「それ…………最近似た話を聞いた気がするよ」



( クロニスの時とは規模が違う。不法入国じゃん?)



早速パパ達に会いに行こうと浮き足立っていたら、出鼻を挫かれてしまった。


不法入国なんて内容が物騒過ぎる上に、さっきから物凄く嫌な予感がして背中がゾワゾワする。



「防御壁を壊さず、あえて滑り込ませるなんて高等技術この世界で出来る人物は限られてます。国からしたら、そんな要注意人物が無断で入国など、脅威でしかない。かなり警戒されてると思います」


「ちょっとー!パパに連絡は?!」

「すっかり忘れてました」

 


( なんだとぉぉー!?)

 


「すぐ!ソウちゃん、今すぐパパに連絡して!」

「おーい。もう手遅れじゃない?」

「……へ?」



ヴィズは呆れたように翠後方をジーッと見ている。

 


(ヴィズ!頼むから後方を意味ありげに見ないで!)

 


気付かない!気のせい!そう思いたい……


でも背中から感じる圧迫感が凄い。

段々と複数の羽音と気配が近付いてくる。地球でこんな羽音は聞かない。恐竜映画を観てる時ぐらいかな〜あはは……。



 バサッ―― 「動くな!お前達、何者だ!!」

 


( ………………ぁあ……終わった…………)



「怪しい者じゃないんです……ヒッ?!」

 


そろりと振り向くと伝説上でしか知らない動物と、白い騎士服を着た人達がいた。鋭い爪と牙、ギョロリとした目に長い尻尾。背中には羽が生えている。



動物は恐らく『竜』と呼ばれる動物(見た事ないから分かんないけどさー!)で間違いなさそうだ……



「防御壁を通り抜けて来たのは、お前達だな?」

「いや〜、大変お騒がせして申し訳ありませんでした。私はソウジュ=フェルセン。ハーブルベルト公爵閣下の側使えをしております」


 

( 本当にソウジュって言ってたんだ!)



ヴィズに自己紹介した時、総司が自身の名前を噛んだと思い、翠は笑っていたので衝撃だった。



( 総司とソウジュ……ほぼ一緒じゃん!)


 

国の用心棒に囲まれ一触即発のビリビリとした空気の中、1人明らかに場違いな思考回路になる。

 


( 呼び方そのままで良いの、ほんっと助かる〜)

 


ヴィズは翠の考えが分かっているかのように、白けた目を翠に向け呆れ返っていた。


 

「ハーブルベルト公爵家だと?公爵閣下からは何も伺ってはいない」

「事前連絡が上手くいっておりませんで」


「謀ると為にならんぞ」

「謀る?そのような。全て真実ですよ」

 


人の良さそうな顔で、困ったように微笑む。


先頭にいる騎士がソウジュの笑顔に一瞬たじろいだ。

やり取りの最中、後方からは遠目でも分かる程に大きな竜が猛スピードでこちらに飛んで来ていた。



一際大きい竜の背から、黒色の騎士服を着た美青年が降り立つと、他の騎士には目もくれず早足でソウジュに寄っていく。



「ソウ!」

「おや?クオン様。お久しぶりでございます」


「呑気に挨拶してる場合か!何故この星にいる?」

「例の転移魔法に巻き込まれてしまい、色々あって先程こちらに到着致しました。――スイと共に」


「なんだと!?」



黒服の騎士は総司を押し退け、翠を見つけると驚愕に目を見開いた。考えに集中する翠に大股で近付き、長い手を伸ばすと強引に引き寄せ強く抱きしめた。



「会いたかった」と掠れた声で囁かれ、頭が真っ白になる。自身の名前は変わるのか?を必死に考えており、突如として異性に抱きしめられ慌てふためく。



急に、逞しい胸元が目前に飛び込んできて驚いた。

風が吹くと、ふわっと優しく爽やかな匂いがする。



頭上から「スイ?」と呼ばれドキッとした。

低く声変わりはしているものの、何処か懐かしさを感じて鼻の奥がツンとした。


「――お兄……ちゃん?」

「覚えててくれたか?……大きくなったな」

「……っ!」



翠が顔を上げると目が合い、黒服の騎士は愛おしそうに微笑む。優しい手つきで頭をひと撫ですると、掌はするりと滑り両頬を包んだ。



黒服の騎士は、行方不明になっていた兄の久遠(クオン)だった。



5年前、心の何処かで家族の死を覚悟していた私。


家族に逢えないのが辛く、泣いても泣いても涙は止まらず、塞ぎ込んでいた時期もある。


高校生になりやっと気持ちの整理が徐々に出来ていたが、寂しい気持ちだけは増すばかりだった。



翠は顔を俯かせ一切動かなくなる。

突然、下を向き顔が見えない妹に心配をした直後。 翠は今までの我慢が爆発した――

 

「……っぅ」

「具合悪いのか?大丈夫か?」


「ぅわ〜ん!……寂しかった!どうして生きてる事だけでも教えてくれなかったの?!酷いよー!!」

「うわ!?……スイ」



必死で押し込んでいた感情は、一度溢れてしまうと抑えようがなかった。大粒の涙が滝のように流れる。

 

幼子のように声を出して泣き出した妹に、眉を下げオロオロしながら必死に宥める黒服の騎士。

周りの騎士達はその光景に一同唖然とする。



「孤高の黒騎士が……」

「美人に言い寄られても、見向きもしない人が……」

「微笑んだ上に……慌ててる?! 」

「……新手の幻覚か?! 」

 


泣く妹を宥める兄、周りにいる騎士達のざわめき。 それら全てを慈愛の目で見つめる1人と、面倒くさそうに見つめる1匹がいた。

 


「うんうん……感動の再会ですね」

「おい。コレいつまで続く訳?」

「今は黙ってて下さい」


 

※※※

 

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