02.宇宙人でした
「どういう意味ですか?」
「?そのままの意味だ」
さも当然という態度に、つい納得しそうになる。
そのままの意味とは『お前は地球外生命体だ』と言っているも当然なのだ。簡単に納得したら駄目だろう。
総司に視線を向けるも瞬時に顔を背けられ、此方からは一切どんな表情をしているのかは分からない。
クロニスも『大した話じゃないが』みたいなテンションで、私が卒倒しそうな情報ぶっ込まないで欲しい。
「いやぁ……流石に笑えないんですけど〜」
「やれやれ。もう隠すのは厳しいですね」
決定打!
総司の発言でエイリアン確定である!
私の本当の姿は全身をシルバーに覆われた頭でっかちで、手足はひょろ長く目が大きい……アレ……ですか?
ショックが大き過ぎて自身を受け止めきれないかも。見た目宇宙人の心は日本人って……
シュール過ぎるのではなかろうか?本気で泣きたい。
「お、おい。大丈夫か?」
「…………まったく……大丈夫ではない」
膝から崩れ落ち打ちひしがれる。
灰になりかけている姿を見兼ねたクロニスが、外見は変わらないと必死に説得し宥める羽目に。
危うく乙女心に深い傷を背負う所だった翠は、宥められ持ち直すことができた。
気を取り直した翠が総司と目が合い笑顔を向けられる。秘密を打ち明けてくれるらしく「話長いので、よく聞いといてね」と、いつもの調子で語り出した。
だが……
奇想天外な内容を淡々と話すので、綺麗な顔をした頭のネジが飛んでる変人に見えてしまったのは秘密だ。
☆ ☆ ☆
長い、長い話を聞き終え分かったのは――
自分達は地球から遠く遠く離れた『アトリス』という星の住人という事実。
地球に瓜二つというアトリス。
星自体は一回り小さく豊かな自然と人々の暮らしはとても似ていたが、大きく違う点は2つ。
魔法の力が進化し大きく4つの国でわかれている事。
軍事力に秀でたアレス国。
魔法に秀でたローガニス国。
貿易の盛んなグレゴッド国。
資源の豊富なデメテル国。
当時アレス国の皇妹であったパメラは17歳の頃、
ローガニスの公爵家に嫁ぎ息子のルクスが誕生した。
息子のルクスは学生で在りながらも騎士団に所属し、真面目な性格で騎士や街の者からも人気は高かった。
アレス国の皇太子の立場にあるヘンリーは、ローガニス国内で人気者になっているルクスが気に食わず周りの者へ不機嫌に当たり散らしていた。
優秀だと隣国にでさえ流れてくる従兄弟の評判。
同い年というだけで常に比べられる。
その度に――
勝手に落胆され、嘲笑され、自尊心を踏み躙られた。
滅多に会わぬ従兄弟を相手に膨らみ続ける憎悪。
憎悪が殺意へ変化するのは、とても容易い。
皇太子はルクス暗殺を目論んでは失敗を繰り返した。
痺れを切らしたヘンリーは最終手段に出る。
私的な感情だけで絶対に命令をしてはいけない危険視される一族に暗殺を依頼したのだ。
古くから王家にだけ仕える影、ヒルトブルク伯爵家。
ヘンリーが命令を下すと、当主は一族の中でも腕が立つ娘のスキアを任務に就かせる。ルクスの評判はヒルトブルク家の耳にも入っており、一筋縄ではいかないと判断されたのだ。
その判断は的中した……というべきか。
いざ任務に就いたは良いが相手は察知能力が異常に高く、接触しようにも気付けば姿を消してしまうのだ。
追いかけっこのような攻防戦は暫く続き――
スキアの苛立ちは限界をとうに超え、精神的に疲れ果て公園のベンチで項垂れていた。
スキアが殺気を纏っていなかったからなのか。
将又、面白半分なのかは不明だが……
標的は項垂れて座っている目の前に、呆気なく歩み寄ってきた。
『いつもご苦労様。隣座ってもいい?』
チラッと目線をやると、許可と受け取ったようだ。
一応警戒はしているのか距離を取り隣に座ってくる。
『あのさ。
熱烈に迫ってくれるのは凄く嬉しいんだけど
追いかけっこいつまで続けるの?もう止めない?』
( なによ……続けても無駄って言いたいの?)
『じゃあ、貴方。死んでくれるの?』
標的を見ず前を見据えたまま答えた。
暗殺を依頼してきた皇太子も
言われるがまま動く実家も
どちらも嫌気が差すほど嫌いだった。
さっさと任務を終わらせたら、すぐにでも家と縁を切って他国に雲隠れしてやる――。
全く喋らなくなった標的に目線を送ると、嬉しそうな顔をしてスキアを見つめていた。
『な、何よ?!その顔。
殺すって言ってんのよ?そんな顔で見ないでよ!』
『ん?ああ、ごめんね?凄く綺麗だなと思って』
不覚にも――ときめいてしまった。
皆を魅了する美貌を持ち、騎士としての功績を上げているのに全く鼻にかけない。
温厚な性格で感謝される事はあれど
暗殺されるような人ではない。
とっくに調査済みだから。
だからなのか?
正直、この任務遂行に躊躇う気持ちが有る。
認めたくはないが無意識に接触をしないで済むように行動している自分が居たのも事実だった。
『う〜ん。殺されるのは困るなぁ』
『……』
『だって、君をもっと知りたいんだ』
濃い色気を全身に纏い甘い台詞を吐きながら
目を見つめてくる。
口説き文句など過去に幾度も受け流してきた。
なのに、心臓の音が煩くて声も出てこない。
彼は女性がいくら群がろうとも全て遠慮がちに断るし、職務に集中したいと言っている姿も見ている。だからか予想外の不意打ちで心臓が跳ねた。
『3日後の同じ時間。また此処で逢えるかな?』
『…………いや、私は』
『駄目?逢いたいんだ。ずっと待ってる』
『…………』
その後3日間を落ち着かない気持ちで過ごした。
揶揄われているだけかもしれない。
そもそも行く義務など私にはない。
……そう自分に言い聞かせて。
3日後。
自宅の自室で時計を眺めてたまま
約束の時間を1時間、2時間と過ぎていく。
これで良いんだ、と気持ちが沈んだまま彼が待っていた筈の公園のベンチに向かった。
( 当然よね……約束を2時間以上も過ぎてるんだもの)
日も暮れ始めた公園で誰も居ないベンチに座る。
心にポッカリ穴が空いた様な空虚感に苛まれていた。
自業自得なのに馬鹿らしくも傷付いている。
自分の愚かさに渇いた笑いを浮かべ、帰ろうと腰を上げようとした時――
背後から強く抱きしめられた。
『まだ帰っちゃダメ。来てくれて、ありがとう』
聞けば、夕方になるにつれ気温が下がり始めたので温かい飲み物を買いに行っていたらしい……2人分の。
『来るかどうかも分からないのに?』と言えば
来ると信じていた、と優しく微笑んでくれる。
生まれて初めて、胸の奥が暖かいと感じた――
一気に距離が縮まると共に過ごす時間も格段に増えた。
想い合う者同士が恋人になるのは必然で、付き合って
1年後には照れる彼からプロポーズを受ける。
幸せ過ぎて一生分の幸福を使い果たした気分だった。
プロポーズを受けたものの、無事に結婚するには頭の痛い問題が残っている。実家には暗殺対象者との関係は隠し通してきたが、結婚するのならば堂々と結ばれたい。
良い解決策が出てこず悩み唸っていると
ルクスが『俺に一任してくれない?』と申し出る。
自分の問題を任せてしまうのに気が引けるも
笑顔で大丈夫だからと抱きしめられ託すことにした。
ルクスの行動力は凄まじく
皇帝と謁見を済ませ『とある許可』を頂くと、すぐさまスキアの実家へ行き義父と面会した。
暗殺対象である標的が現れ鋭い目をしている実父。
そんな実父を相手にルクスは書類を1つ提示した。
書類には驚くべき内容と皇帝直筆のサインが。
『とある許可』に記載されている内容、それは。
――ヒルトブルク伯爵家と伯爵家に連なる一族全て
パメラ王女が嫁いだハーブルベルト家の専属となり
ハーブルベルト家の許可する者のみ従うことを命ずる――
皇太子とヒルトブルク家の呪縛を完全に断ち切った。
ヒルトブルク家の当主も本音では無意味な虐殺にうんざりしており、この話に手放しで喜んだ。
この出来事をきっかけにスキアの実家も乗り気になり、
異例の速さで婚約そして結婚へと進む。通常は準備に1年かかるが半年で式を挙げ夫婦となることが出来た。
そんな幸せも束の間に不穏な気配は無情にも足早にすぐ側まで近付いていた。
不穏の正体は以前から燻っていた不安要素。
危険を感じる程では無かったのもあり放置していたのが
裏目に出てしまった。
要注意人物と初めて会ったのは結婚する2年前。
アレス国の留学生としてやってきた時だ。
メガイラ=アヴェール公爵令嬢。
両国の友好を目的とした交換留学で来た生徒であり
ヘンリー皇太子の婚約者という来賓でもあった。
日が経つにつれ
彼女は皇族の婚約者がいる身にも関わらずルクスへ執拗にアプローチしていたが、一度も相手にされず留学期間は終了し帰国。
皇太子妃となってからも執着を見せていたが、
ルクスの結婚を聞きつけると顕著に現れた。
ローガニス陛下の専属護衛となっていたルクスを譲れと陛下に懇願の手紙を寄越してきたり、スキアに接触を試みては偽りの不貞行為を仄めかすなどエスカレートしていく。
しかし、メガイラの思惑は見事に外れる。
スキアは他人の戯言を間に受けるような純粋な性格では無く手応えが全く無かったのだ。
離縁に応じる気のない態度に焦れ、暗殺するしかないという恐ろしい考えに至る。
だが、ここでまたしても誤算だったのは
相手が一般的な伯爵令嬢には程遠い
暗殺の元エリートという特殊な経歴を持っている事実。
スキアが現役時代の顔馴染みの同業者が数人来たが、幾ら辞めているとはいえ分が悪いとそそくさと帰って行った。
失敗するたびに皇太子妃は物を壊し部屋は散乱していたが
皇太子は妻が他の男に執着してるのも知った上で、全て放置していた。
内心ではメガイラと同じく、2人に離縁して貰ったら好都合だったのだ。ヘンリーはルクスの嫁に恋心を抱いていたから。
皇太子は幼い頃からルクスが邪魔で仕方なかった。天才肌で勉強も、剣も、魔力も、全てにおいて勝てた試しがない。
全く非の打ち所がない存在に、劣等感は苛まれるばかり。幼い頃から周りの重圧は息苦しく、比較される存在がいるのは苦痛だった。
劣等感から性格は段々とキツイものになり、やがて残酷な面が顕著に現れ始める。王家お抱えの影がいると知るや否や気に入らない者を影に使い始末させるようになった。
ある日も、気に入らない奴を消すのに影を呼びつける。
有能と噂の娘も一緒に。
単なる暇つぶし。
女の癖にどんな凶悪な面か見て笑い飛ばしてやろうと期待していたが、違う意味で裏切られた。
登城した女は暗殺とは無縁そうな気高く凛としており
瞳を奪われた。
臆さず瞳を真っ直ぐに向けてくる意志の強さと、数多の女を見てきた男が見惚れてしまう美貌。
我が物にしたい欲求が芽生え、ヒルトブルク当主が登城する際には必ず娘も共に連れて来るよう命じた。
アヴェール公爵家との関係でメガイラとの婚約解消は出来ないが、アイツも別の男に執着している。スキアを側妃にしても問題は無いと考えた。
『すぐに側妃にして、可愛がってやる』
そう決めていたが
スキアはヘンリーが最も憎む相手と結婚してしまう。
『絶対に、アイツから奪ってやる。愛しいスキア』
何年も飽きずに仕掛けてくる皇太子妃達。
2歳になる長男の教育にも良くないと、ルクス達は魔の手が届かない遠く離れた地球に身を寄せる事を決める。
アレス国の皇帝は息子夫婦の目に余る暴走と執着から可愛い甥っ子を庇い、地球行きの情報が周りに一切漏れない様に取り計らった。
お陰で、ルクスは無事に家族と側近のフェルセン伯爵家と共に地球へと移り住み、暫くは穏やかな日々を過ごすことができていた。
その間、アレス国では皇太子妃が名のある魔導師を集め、狂ったようにルクスを捜し求め魔導士達は日々増していく狂気に慄き誰も逆らう事が出来ない。
10年という歳月が経ち――。
とうとう居場所が特定されてしまった。
皇太子妃はすぐさま転移魔法を使い、ルクス達をアトリスへ強制送還させようとする。スキアの咄嗟の判断で、翠だけは魔法に巻き込まずに助かったのだった。
「ちょっと待って」
「はい」
「翠って私の事だよね?」
「はい」
「これって――事故の時の話なの?」
「…………そうです」
総司の顔には気まずさと申し訳なさが見える。
「皆んな皇太子妃に捕まってるの?」
「いえ、無事です。現在はローガニス国にいます」
「………………そっか」
行方不明と思っていたけど――生きている。
真実を隠されていた事より今はその事実が何より嬉しい。
「皇太子妃の転移魔法って、あの黒い渦?」
「はい」
(……ってことは?私、狙われてる?)
「目的は不明ですが、狙われているのは確実です」
「『時の部屋』に忍び込めたお陰で、私達助かったんだ」
「失礼な。忍び込んでいませんよ」
「そうだな。堂々と入ってきた」
傍聴者に徹していた筈のクロニスが話に割って入って来た。物申したかったのか身を乗り出してくる。
「何故、お前はこの場所が分かった?」
「万が一の際には、と部屋に繋がる呪文を主から聞き及んでいました」
「なに?……お前の主とは一体誰だ?」
クロニスは訝しげに総司を睨む。
この部屋は惑星を管理している都合上
強力な2重層の防御魔法と遮断魔法で守られており、場所を特定されないようになっている。
部屋の場所を発見のみならず部屋をこじ開けて侵入して来た時点で本来かなりの危険人物。緊急事態扱いしなかったのは、総司にどこか懐かしい気配を感じたから。
そのことをクロニス自身も不思議に思っていた。
「スイのお父君である、ルクス様です」
地球では霧島光一と偽名を名乗っていた父親。
顔が日本人離れしておりルクスと聞いて妙に納得した翠がうんうんと頷いているのに対し、クロニスは驚愕の顔で固まっていた。
「……父だと?」
「そうです」
「では……この娘はルクスの子なのか?!」
「そのように先程から申し上げてます」
(急に食いついてきたな。我が主は無意識の人たらし。
依存者は増える一方だし…………困った人だ)
クロニスが興奮する程、総司の纏う空気は冷ややかなものへと変わっていく。
「パパを知ってるの?」
「勿論。唯一、この場所の入室を許可した者だ」
( はて?来客は以ての外って、さっき…… )
総司から
『他人行儀な関係ではなく自分達は親しい仲だから良いと言ってます』と、冷めた目を向けながら教えてくれた。
( なるほど。パパは特別扱いを受けてるのか)
「惑星間の転移は莫大な魔力を使用するが故に複数人で行うのですが、ルクス様は単身で行える程の魔力をお持ちです。全てにおいて規格外な人ですので『時の部屋』を見つけた後も、よく遊びに行っておりました」
「部屋の防御壁を更に強化してルクス以外は絶対に見つからない様にしたがな」
自慢気に言ってるのが絶妙に気持ち悪い。
管理人の仕事向いてないのでは?とさえ翠は思う。
「お前から懐かしい感じがするのはルクスの娘だったからか。納得した」
「パパが最後に此処に来たのはいつですか?」
「半年前か。フェンリルの件で呼び戻され以降来ていない」
「ふぇんりる?」
聞いたことのない単語だ。業界用語か何かだろうか?
仕事で呼び戻されて以降来ないのはずっと忙しいからだろう、と的外れな考えをしていた。
「フェンリルはそのうち会うだろう。ルクスが使役しているようだからな」
「会うって……人の名前なの?会社の後輩とか?
呼び戻される程の問題児なんて、すっごく大変そうだね」
「…………問題児という点は合っている」
「うん?」
地球でも忙しそうに仕事をしていたが休日は家族と過ごしていた。アトリス星ではブラック企業に勤めているのかと
翠は不安に駆られていた。
( パパに会ったら即転職するように言わなきゃ!)
「ストーカーの相手と、ブラック企業勤め。ストレス凄そう。……薄毛になってないか心配」
「ふふ、ブラック企業。確かにそうかも」
「え?ソウちゃんは知ってるの?」
「勿論。ルクス様とは連絡を取ってますから」
(さっきもそれっぽい事を言っていたかも……)
翠は知らない事ばかりだが総司は何でも理解していて急に不公平に感じた。口止めをされており総司を責めるのは間違っていると頭では理解していても腹が立つ。
「ムカつく」
「え、急に?なにを怒っているのですか?」
「……オコッテナイ」
「嘘。顔を見せなさい」
「イヤ」
総司の弱点――それは翠に嫌われること。
翠もそれを理解しているので、口で勝てない時なんかはこうして地味にダメージを与えている。
ずっと隠し事をされていたのだ
これくらいの反撃をしてもバチは当たらないだろう。
ギャーギャーと2人で言い合っている横で、存在を忘れられている部屋の主が居た。
「話が全く進まん……ルクスは一体どんな教育をして」
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