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11.嵐の前触れ



クオンの肩に担がれ翠は無様な帰宅を果たした。



転移した先は実家のフロントロビー。

侍女も執事長も事前に知っていたかのように、突然現れた翠達に微塵も驚かない。


 


ナマケモノ化する妹をソファーに降ろし、翠付き侍女3人に幾つか指示を出し疲れた顔で1階へと降りて行く。




優秀な侍女達の手によりテキパキと湯船で磨かれ、支度が完了するタイミングで再び翠の部屋を訪れたクオンは途端に渋い顔をした。


 


「……ずっと無反応のままか?」

 

「「「はい」」」


 


翠は帰宅から現在まで放心したまま動かない。

アストゥロの部屋へ突入した時から現在も様子は変わらず、詳細を問いただしたい所だが到底無理だと判断した。



 

「はぁ……仕方ない。抱えて行くか」


 


 

☆ ☆ ☆


 

 

翠がやっと正気を取り戻したのは、食堂のテーブルに座り夕食の匂いを嗅いだ時だった。



 

「ご飯!!」

 

「……妹の食い意地が凄い」




クオンは呆れを通り越しドン引きした眼差しを向け、周りの者含め何とも言えない空気が漂っていた。微妙な空気感の中、城から戻った両親とソウジュが食堂へと入る。


 


本来ならば実家には居る筈のない娘。

その姿を捉え綻んだ顔をするも、すぐに違和感を察知したようだ。


 


「あれ?翠がいる。殿下と喧嘩でもしたかい?」


「いえ、、、実は……」


 


クオンが両親の元へ歩み寄りルクス達にだけ聞こえるよう小声で事の詳細を伝える。最初は余裕の表情で聞いていた両親は目を見開きソウジュは倒れてしまった。

 



「ギャー!ソウちゃん、しっかり!!」

 

「な……な……」

 



ルクスは動揺する気持ちを抑え、幼い子に言い聞かせるよう翠に語りかける。


 


「いいかい、翠。よく聞いて?

結婚前の年頃の娘は男の部屋に入ってはいけない。外見がどんなに優しそうに見えても男は獣。危ないんだ」



「……?……??

この国ではお試しで一緒に住むのが常識でしょ?

お城の寝室にも扉があって行き来ができる仕様だし」




部屋の空気は途端に零度へと急降下する。

何奴が嘘を吹き込んだかは明白で食堂に居るスキア以外の者は全員ただならぬ気配を纏う。普段とても温厚なルクスですら怒りを必死に抑え笑顔を取り繕っていた。

 


 

「パパが悪い虫を懲らしめておくから安心しなさい」

 

「へ?急になんで虫??

 よく分かんないけど……一応ありがとう」

 

「――私も、是非ご一緒させて下さい」


 


ゾンビのように這い上がる今のソウジュに普段の爽やかさは微塵もない。背後にドス黒い魔力を漂わせながら、2人は虫退治に闘志を燃やしている。


 


ハーブルベルト家の嫡男であるクオンとはいえ、ガチギレしている2人を相手にすればタダでは済まない。

親友(アストゥロ)の危機ではあるが、巻き添えで怪我をするのは御免だと手出しはしないと決めた。


 


「はぁー……今回ばかりは助けてやれんぞ。

まったく、アイツ(アストゥロ)も何を焦ってるんだ」



 

 

翌日の早朝――


 


秘密の特訓にはソウジュも参加した。

不穏な空気の2人を前にアストゥロは頬が引き攣るも腹を括るしかなく、大怪我を覚悟して全力で向かう。



 

化け物級の戦闘能力を持つ3人が本気で対決した為に、騎士団の訓練所が壊滅状態になったのは言うまでもない。


 

 

☆ ☆ ☆


 


その夜――


 


「……眠れない……」


 


眠ろうと目を閉じるが耳の奥で()()()が聞こえる気がして、その度に心臓の鼓動が早くなり眠ることが出来無いでいた。




《――――――・・・》




気の所為にしてしまえば良いのに心臓()を捕らえられたかのように、あの声に縛られている。


 

考え始めると目の奥がまたズキズキと痛み出し、のそりと体を起こした。ふと窓から見えた月明かりに釣られベッドを抜け出し気分転換にバルコニーへと向かう。心地の良い夜風が吹き痛む目元を撫でると少し和らぐ気がした。

 


 

手摺りに頬杖をつきボーッと月を眺め自身に問い掛ける。あの声は誰なのか……何て言っていたのか……

答えの分からない悩みに頭を抱え唸っていると、真横から予想外の人物の声がする。


 

 

「今晩は。愛しい人」

 

「――?!」


 

 

頭を勢いよく上げ隣を見ると同じように頬杖をついているアストゥロの姿。


 


「二階なのに……まさか、よじ登ったんですか?」

 

「はは――そんな何処かの泥棒みたいな事はしないさ」




元々綺麗な顔立ちをしているアストゥロだが、特に今夜の月明かりに照らされた姿は月の女神の様に神々しい。

軽やかに笑う姿に翠の目は惹きつけられ離せない。


 


(月明かりのせい?いつもと雰囲気が違って見える――)


 

 

そう思いながらぼんやりと眺めていたのだが、アストゥロの顔が月の光に照らされると頬に擦り傷を見つけた。


 


「本当によじ登ったりしました?頬に傷が」

 

「ぅん?ああ、大したことはないよ」




翠はアストゥロの頬に手を添えると集中した。

手を伝い暖かい魔力が流れ出すと、淡い光が優しく全身を包んで癒していく。



 

「如何ですか?」

 

「とても体が軽い…………ありがとう」


 

 

実は、魔力が戻りコントロール方法を学ぶ前から自然と使えるようになった治癒魔法。初めて披露するが驚いた様子はなく懐かしむように手のひらに光る魔力(翠の魔力)を眺めている。



 

「この魔法は誰から?」

 

「いや、実は学ぶ前から使えて……自分でも不思議なんですけど初めから知ってたような感覚があるんです」

 

「――そうか……」



 

少しの沈黙の後、アストゥロは切なさを含むような微笑みを浮かべ手を握り締める。どうしたのかと口を開きかけると同時に感情の無い声が場を切り裂いた。



 

「こんな夜遅くに娘を攫いに来たのか?」

 



食堂の時には抑え込んでいた怒りを今は隠す気も無いのか全身に怒りを纏いアストゥロを威嚇していた。ルクスの圧に対抗するかのようにアストゥロも無言で睨み返す。

間に挟まれた翠は状況を理解出来ないでいた。


 


(ぇ〜っと?なんで突然修羅場に??怖………………)




視線は離さずルクスは翠に此方へと手を差し出す。

おずおずと父の元へ歩み寄ると娘を守るように背後へと移動させる。翠が自身の側を離れてしまうと、もう此処に用は無いとでも言わんばかりに両手を軽く上げた。



 

「争うつもりは有りません。

父上を怒らせてしまったようだし、今日は失礼するよ」



 


余裕ある態度でそう言うと、ルクスの背後から見ていた翠に口の動きで『またね……』と伝えスゥッと消えた。

挑発的な態度のアストゥロに違和感を覚えながらも、翠は去って行くアストゥロに軽く手を振る。



 

ヒラヒラ〜と手を振っていたが振り向いた父親の顔を見て凍りついてしまった。腕を組み頭には怒りマークをつける姿に、次は自分が叱られる番なのだと嫌でも察する。

 

 


「前回の話に追加事項だ――

夜遅くに男と会ってもダメ!特にコソコソと二階から来るような奴は論外です!」



「ハイ・・・ゴメンナサイ」




相手が勝手に訪れたのに叱られる理不尽さにイマイチ納得出来ないが、火に油を注ぐ位ならと反省したフリをする。娘の思惑など父親にはバレバレだったが、本人が多少意識するようになり危機回避に繋がるならばそれで構わない。




皇城から離れた草原では月明かりに金色の髪を輝かせたアストゥロが降り立っていた。動かずにジッと手の平を見つめていたが微かに残っていた翠の魔力が浮かび上がると軽く握りしめ恋焦がれるかのようにキスをする。


 


「敢えて傷を(頬の)つけた甲斐があった」




ゆっくりと開いた瞳は月の光さえも吸収してしまいそうな深い緑紫――

 



⭐︎⭐︎⭐︎


 


アストゥロは王族の中でも飛び抜けて魔力が多く、戦いのセンスも優れておりルクスの対戦相手ができる一人だ。しかし今回はソウジュが加わり負担は大きかった。


 


鍛錬後にルクスが治癒魔法を施そうとしたがアストゥロには『自分でします』と断られた。一瞬とはいえ理性を失い婚約者を皇族の私室へ連れ込み、あろうことか鍵をかけるという暴走を働いた自身への戒めの意味がある。

 


 

翠が現れるまでの彼は理性的で絵に描いたような王子様だったが、本心を決して露わにせず心理を悟らせない。

それが少しずつ望みを口にするようになり、表情も幾分柔らかくなったようだ。


 


「アストゥロ殿下って、つい構いたくなるんだよなぁ」

 

「ふふ、悪戯心が燻るのね。また喧嘩しちゃうわよ?」

 

「喧嘩じゃないさ!俺なりの叱咤激励だよ?」



 

それにしても、、、我が娘の鈍さには対策が必要だ――


 


「ルクス?」

 

「……なんでもないよ。

さあて、アストゥロ殿下のお見舞いに行ってくるかな」

 

 

「まぁ!自分達でボコボコにした癖に」


 


その日、騎士団達は壊滅状態になった訓練場を見て戦争の始まりかと息を呑んでいたが、猛者達の大暴れした原因が超プライベートでしょうもない理由だからと極秘扱いに。ローガニス国王陛下からは全員がこってりと絞られた。




「怪我治療しましょうか?アストゥロ殿下」


「結構です。猛省を兼ねておりますので」




アストゥロは特訓で負った傷に治癒魔法を施さず、全身の至る所が負傷したまま。とはいえ周囲に心配をさせない為に顔の傷だけは治していた。


 



「――猛省、ね……そういえば殿下。

 娘と最後に会ったのは?」


 


――

――――

 

 

 

「……………………」


 


執務室は重苦しい空気に包まれていた。

難しい顔をしたままアストゥロが口を開けずにいたのには理由がある。




絶対に回避不可の頭を悩ませる問題が勃発したのだ。それは他国の王族による急過ぎる留学の申し出。

しかも、相手は問題視するアレス国の第一皇子……



 

「クソッ…………なんてタイミングだ」

 

「相手が相手だからか勘繰ってしまうな。

選りに選って妹と同学年ってのが至極気に食わん」

 

「アレス国のルイ殿下は頭の切れる人物で有名です。

 留学を強引に進める意図がある筈……」


 


執務室にはクオンが訪れており、ノックスを含めた3人。其々が不穏な予感を拭えなかった。



 

「承認をすれば早くても1週間後には入国する」

 

「次の期まで延ばせないのか?」

 

「無理だな。相手は急かしてきてる位だぞ……」


 


その時、慌てた様子の騎士がアストゥロの執務室へと駆け込んでくる。


 


「――大変です!!」

 

「何事だ?そんなに慌てて」

 

「申し訳ありません!前触れ無しにアレス国のルイ殿下が登城し陛下に謁見を――」



 

――――!!

 



アストゥロは陛下の元へと急いだ。


 


『謁見の間』の扉が開いた先で玉座の陛下と対峙しているのは――漆黒の髪を持つ男。


 


アレス国の王族の中で唯一彼だけが持つ、アメジストとエメラルドが溶け合うような美しい瞳。

冷たいまでの鋭さを感じさせる絶世の美形で近寄りがたいオーラを放っている。


 

 

「ああ……お久しぶりですね。アストゥロ殿下」



 

しつこくルクスに執着している皇太子妃の息子。

幼い頃に何度か会っている2人だが、大人のような物言いで無愛想にも関わらず人の懐に入るのが上手く外交を担っていた。ストラーネ宰相も警戒する厄介な人物だ。


 


「まだ留学の回答をしていませんが?」

 

「拒否する理由ないですよね。

待ちきれず早めに来ましたが、いけませんでしたか?」

 

「……いえ。万全な状態で、お出迎えしたかったので」



 

( ――わざとらしい。

『来たら悪いか』と副声音が聞こえるんだが?)

 


 

普段はアストゥロ同様かそれ以上に他人へ対し欠片も興味を示さない男が挑発してくるのは極めて珍しい。


 


「留学の件は準備が整い次第お伝えします」

 

「成る程?

では、それまでは此方で待機させていただく」

 

「っ……帰国はされないと?」

 

「良い機会なので、街を散策して楽しませて貰う」


 

 

間違いない。

国に留まる本当の目的が他にあると確信した。


 


「では……

客室を用意させますので、少々お待ち下さい」


 


謁見の間から退出し侍女に客室の指示を出す。

なにせ大国の王族が相手だ。ミスは許されず城内の者達にも緊張感が走った。

 

 


城内には張り詰めた空気が漂う中で準備は進む。最終確認の段階に入り、アストゥロ自身も忙しなく移動していると前方に仕事増加の原因を作った人物が見える。


 


謁見の間を退出後ルイは応接間に通されていたが、勝手に廊下に出てきて外を眺めていた。皆が慌ただしく準備をしている最中、大人しく待機しろと多少の愚痴も言いたい。


 

 

此方の目線に気付いたルイは無表情のまま何事もなかったように応接間に戻って行った。


 

 

「何を見て………………っ!?」



 

ザワつく胸騒ぎにアストゥロが窓の外を確認すると――

愛らしい笑みを浮かべ護衛と談笑する愛しい婚約者の姿。



 

『やはりか……』不思議と確信めいたものがあった。

ルイが滞在する期間、絶対にお互いを出逢わせては駄目だとアストゥロの心には味わったことのない不安が渦巻く。




「侍女長に急ぎ伝えろ。妃教育は暫く延期だと――」


「…………殿下」




ノックスが長年仕える中で初めて見せる顔をしていた。

取り繕うことさえしなくなった表情の奥底に激情を感じ生涯付き従うと決めた相手にも関わらず総毛立つ。


 


「来い、ノックス。

 ――――――彼女を早く送り届けなければ」




キラキラとしていた金色の瞳は暗闇に呑まれ濁っていき、アストゥロの心情を鮮明に映し出すかのように。


 


翠の元へと急ぎ向かう主君の背中に恐怖を覚えるが、止めるべきか従うべきか判断が出来ない。楽な方に身を委ね付き従う自身が情けなかった。



(クオン――――万が一は頼んだぞ……)

 

 

※※※

 

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