第64話 悩む人々 それぞれの道
愛なんか何かの役に立つのだろうか。
奇しくも同じ時刻に、三人の男が考えていた。
キースとバートとダグだった。
こんなに愛し愛されているのに、引き裂かれなければならない。
それも自分の意思で。
キースとマリアの愛は一緒に逃亡するわけにもいかなかった。
彼らには、一族の命運が託されていた。
バートはどんな手を使ってでも、フローレンのそばにいたかった。
そのためには王城に勤務し、できるだけ王の秘密近くに使え、そのためには遠見になることが一番だった。そして、おそらくは王から冷たいあしらいを受けるに違いないフローレンをなんとかして慰めたい。自分が愚劣で卑怯で、不幸な道をたどる馬鹿だということも承知していた。この愛は、フローレンを幸せにしないだろう。
そしてダグは悩んでいた。
フローレンは手の届かない存在だった。
フローレンの豪胆さには度肝を抜かれる。だが、それは危なっかしくても、ルーンと同じく、うっかり信用してしまうような逞しさを持っていた。
アレンの頃から、彼女は仏頂面だった。
理由はたぶん、自分のしたいことをダグに止められていたからだ。
ダグは憎まれ役だった。
そして、大部分の若者達が失敗するところを、彼女は、この世に数人しか生まれない天才たちが自分の運命に導かれて進むときの、説明のできない自信と確信をもって突き進んでいるのだ。
そこにダグの出番はない。
彼はできるだけのことをしていた。世間の常識や、細かな対処法など。
それらは便利で、ずいぶんフローレンを助けたと思う。だけど、たいした魔法ではない。自分は、ルーンみたいなすごい魔法使いじゃない。
今、フローレンは選択を迫られている。ジルベルトと戦うか、別の道を模索するか。
その選択の中にダグはいるのだろうか。
必要とされているのだろうか。
多分、時間はそうない。
何しろ相手は数が多いのだ。いずれ見つかる。
それを思うと、派手な真似は慎んで、できるだけ長く潜伏期間を取りたいとダグは考えたのだが、それは意味を持つのだろうか。
フローレンは殺傷力の高い炸裂性の砲弾を発注すると言い出した。
ジルベルトと戦う気なのだ。妥協をするつもりはないのだろう。
「どうも昔からそうだったが、白黒つけたがる性格だったんだな」
「そんなことはない」
他には誰もいないホテルの部屋で、二人は意見の合わない友人同士が対立している時のように、ポツポツと話していた。
同じ部屋に居ながら、どうして異性だというのに、俺を全く意識しないのか。
あるのは別の種類の緊張感だ。
ちょっとくやしい疑問だったが、今はそれどころではない。
本気で戦うつもりなのだとしたら、その戦略を聞かねばならない。
ルーンとも、辺境伯とも連絡を取り、すべての手の内をさらして、リンツやマドレーユの協力者にも準備を頼む必要がある。
今はまだ、ダグが必要だ。絶対に。
そして、戦ったあとは、どうするつもりなのか。
ジルベルトと結婚しないなら、この国をどうするつもりなのか。
勝ったとしてもヘルデラントの大混乱は必須。
何を求めて戦うのか。
教師を務めてきたダグはしっかり聞かなければならない。
そして、より良い軌道修正の道があるなら提示して……それでも、ダグはもうフローレンを止められないだろう。
その日が近づいているのだ。
「考えなきゃなんないことがたくさんあるよね? ダグ」
ん?……とダグは思った。
思ったことを唐突に仕出かすヤツだとばかり思っていたのに。
「やっちゃってから考えるんじゃなくて?」
フローレンは、アホかと言う目つきでダグを眺めた。
アホはお前だ。……と、ダグは思った。あの魔獣狩りの日々を思うと、やっちまってからどうにかケリをつけるタイプだと思っていた。
「いやいや、魔獣狩りはどう考えても簡単にケリがつく話だったし」
「俺は心配した」
「それはすまなかったけど、得意不得意があって、戦闘系は得意中の得意だ」
それはこの前、ルーンの塔を破壊した時、谷に矢をぶち込んだ時の的の回収方法を見て痛感しました。
「で?」
「で、今のこの状況なのだけれど、ぶっ潰すのは簡単だ。兵が数万の単位で来ても、なんだか負ける気がしない」
「ルーンみたいなことを言うね」
ダグはなんとも言えない顔をしてフローレンに向かって言った。
「だけど、ルーンも言ってたよね? 兵は毎日やって来るって」
「毎日数万ずつ殺していったら、もう来ないだろう」
「兵はいなくなるかも知れないが、それ以外の雑魚ならいくらでもいるんだ。二十四時間、寝ないで戦う続けることなんかできない。もっともっと味方が必要だ」
少なくとも、フローレンが休んでいる間、持ち堪えられるだけの戦力が。
「だが、ジルベルトの拡張路線は、近隣の国に脅威を与えている」
「近隣の国が、ヘルデラントに脅威を与えているからだ」
「それでビストリッツが欲しいわけだろう?」
ダグは黙った。
「たとえば私だ。私が、嫁げばヘルデラントは最強の国になるのだろう? それこそ誰も侵略など考えないだろう国に」
ダグは黙った。
そんなことは一度だって考えたことがなかった。
「それはヘルデラントの犠牲になるだけだ」
しばらく黙ってからダグは答えた。
「ジルベルトはお前の幸せなど考えない。ただの道具だ。戦闘になれば、真っ先に一番危険な最前線に駆り出されるだろう」
「それはビストリッツにいても同じだ」
ビストリッツのためならば……あの場所を守るためなら、なんでもする。だけど、狡猾なジルベルトが支配するヘルデラントになんの愛情があるものか。
「まだ、半分しかヘルデラントを旅したことはないけど、ここは豊かな穀倉地帯だ。ビストリッツのような野趣あふれる場所ではない。だが、たなびく麦の穂は心を慰める」
ダグはフローレンの言葉になんとなく驚いた。
フローレンのことはなんでも知っていると思っていた。
だけど、フローレンはもっといろんなことを考えている。感じている。
「ルーンは、ジルベルト殿をよく知っているのだろう? 聞いてみたい」




